第六話
日曜日は、朝に特撮ヒーロードラマを見る。何年も何年も続いている私の大事な時間。
テレビを見終わって、ごはんを食べて、SNSで感想や裏話などをチェックする。ここまではいつも通りで、とても楽しいはずなのに、なんだかソワソワしてしまう。今日はライブに行く予定があるとは言え、ライブは午後なので急がなくても時間はあるのに、落ち着けない。
ライブ会場はショッピングモールだから、早めに行っても時間を潰せる手段はなにかしらあるかもしれない。そう思って、とりあえず会場のショッピングモールのホームページを見た。
映画館が入っているようなので、映画を見るのもいいかもしれない。映画館のスケジュールを見たけど、見たい作品はなさそうだった。でも、映画館のスケジュールを見ていたら、少し落ち着いたような気がする。
そういえば、映画とかヒーローショーとか、ティアスタのライブ以外で外出したい予定をあまりチェックしていなかった。映画館のスケジュールを見た限りでは、映画は今の時期はあまり見たいものはない。ヒーローショーの開催スケジュールはチェックしておこうかなと、遊園地のホームページを確認した。
再来週、ティアスタの一周年ライブのある週の日曜日に、ヒーローショーがある。ショーの後に撮影会もあるらしい。行こうかなと思い、ケータイのスケジュールアプリに予定を書き込んだ。
ヒーローショーは別にここの遊園地に限らず全国各地で色々と開催されてるけど、なんとなくここの遊園地にいつも行っている。初めてちゃんと見たヒーローショーがここだったから、というだけの理由。たまたまタイミングが合っただけで、特別な理由があったわけではない。
都内には毎週ヒーローショーを開催されているヒーローショーの専用に近い劇場もあるらしい。テレビでCMが流れるのでずっと気になってはいるものの、今まで行ったことがない。距離的にも時間的にも問題なく行けるはずで、いつも行っている遊園地よりも距離的には近い。なのに、大人が一人で行くのは気が引けてしまう。遊園地のヒーローショーだって同じかもしれないが、なんとなく遊園地のヒーローショーの方が気軽に足を運べる。
そんなことを考えてぼんやりしていたら、もうお昼の時間だった。お昼はどうしようかなと少し迷い、買い置きしているレトルトごはんと、冷蔵庫に入れていたヨーグルトを食べた。そろそろ出かける準備をしてもいいかもしれない。まだパジャマから着替えてもいなかった。
ふっと、黄色のネイルを塗った爪が視界に入る。ネイルって、ふとした瞬間に視界に入って、気分が上がっていいなと思った。
昨日に買ったブラウスとキャミワンピースに着替えた。髪の毛を一時的にまとめて、メイクをする。メイクをするのは、まだ慣れないので、ちゃんとできているのか自信が持てない。でも、まあまあキレイにはできてるんじゃないかなと、鏡を見て思う。まあまあではなく、キレイにできてると自信を持って思えるようになれたらいいのかもしれないが……。
メイクをしてから、一時的にまとめていた髪の毛をほどいて整えた。へアレンジをできるように、もう少しなにか検索して調べるくらいはするべきかもしれない。そうは思いつつ、今はそこまでする気力がないからと、とりあえず黄色のヘアピンを付けておく。
まだライブまで少し時間はあるけど、出かけることにした。電車に乗って、ショッピングモールに向かう。
ショッピングモールに着いて、まずライブ会場の場所を確認した。時間を見ると、特典券の販売開始時間まで、五十分くらいある。カフェにでも入るか、フードコートもあるようだからフードコートでもいいかなと思った。お腹はそんなに空いてはいないので、フードコート内のファーストフード店でドリンクだけ買って座る。時間が微妙にあるから、ケータイでマンガを読んで時間を潰した。
販売開始時間が近づいてきたので、片付けて会場に移動する。もう列ができていたので、最後尾に並んだ。そういえば特典券を何枚にするか決めていなかったと気付いた時、もうすぐ私の順番だった。
「キョウカ様の特典券を……えっと、四枚、お願いします」
「キョウカ四枚ですね」
なんとなく今回も四枚にした。特典券と、入場整理券を受け取る。整理券の番号は九だった。番号が一桁って、もしかしてかなり良いことなのか?
入場開始まで四十分くらい、どうしようかなと思いながら、ふらふらと館内を歩く。雑貨とかお洋服とかを見るだけ見てみるのもいいかもしれない。ライブの前にトイレは済ませておくかと、トイレに寄った。
ついでに鏡でメイクを確認する。メイク直し、という単語を聞いたことはあるけど、メイク直しって何をどうするのかわかっていなかった。メイクが崩れるほど泣くようなこともないし、そこまで壮絶に汗をかく時期でもない。わからないから、今はとりあえずいいかと判断した。
ぼんやりとなにを見るでもなく歩いて時間を潰して、時間を見て会場に戻った。時間になり、順番に番号が呼ばれる。九、と呼ばれるのを聞いて前に進んだ。一番前の列の端の方が空いていたので、そこに立つ。私の後ろにも人が次々と入ってくる。少し後ろの様子を見ると、二階から見ている人もいた。
ペンライトをカバンから取り出して黄色にする。時間になり、ライブが始まった。
端の方だと少し見づらいかなとも思っていたけど、最前列だから、ステージとのあいだに遮るものがなくてよく見える。距離も近くて、手を伸ばせば触れてしまえそうな気がした。
二曲目が始まる頃、ペンライトがオレンジっぽい色になっていることに気付いた。気付かないあいだにボタンに触って色を変えてしまったかなと、ボタンをカチカチと押す。なんだか色がいつもと違うなと思った。これはもしかして電池が弱っているのか、と思い至る。
一旦ペンライトの電源をオフにして、もう一度オンにする。オンにした直後はいつもの色だったので、黄色に戻した。でも、すぐに光が弱ってオレンジに近くなってしまう。ライブ中に電池を替えることはできないので、そのままライブを見るしかなかった。
三曲目が終わって、三人がステージ中央に並んで立つ。
「僕たちが、煌めく星々の雫、ティアスタです!」
三人が声を揃えて名乗った。
「それではここで自己紹介をさせてください」
キョウカ様が言って、ミユキくんが前に出る。
「想いを届ける流れ星! 白峰ミユキです! メンバーカラーはホワイト、ミユキって呼んでください!」
「ミユキ〜!!」
今回は対バンじゃなくて時間に余裕があるから、省略していない自己紹介らしい。私はまだコールをすることに慣れていなかったけど、少し大きな声を出せるようになってきた。
「煌めく笑顔の元気印! 横谷サトリ、メンバーカラーはヴァイオレットです。サトきゅんって呼んでねー!」
「サトきゅん〜!!」
隣の人が紫色のペンライトを高く掲げるのを横目に見ながら、私は名前をコールした。
「始まりを告げる一番星! 新村キョウカ、メンバーカラーはイエローです。キョウカ様って呼んでほしいな」
「キョウカ様~!!」
私も黄色のペンライトを掲げたいなと思ったけど、電池が弱ってオレンジに見えてしまうようになっているので、今はできなかった。名前のコールは、大きい声でできた気がする。
「大きな声援ありがとうございます! 後ろの方も、しっかり見えてますからね!」
サトきゅんが言って、ブンブンと元気よく手を振った。
「二階もありがとうございます!」
キョウカ様が二階の方にも爽やかに手を振る。
「次の曲で最後になります」
ミユキくんが言うと、客席から「ええぇ~っ!!」と残念そうな声が上がった。
「ありがとうございます、それでは聞いてください」
ミユキくんがそう言って、曲が流れ始める。私はちょっとペンライトの電池が弱っているらしいのが気になりながら、ステージを見ていた。
「最後に、告知をさせてください!」
サトきゅんが言って、キョウカ様が少し前に出る。
「僕たち、再来週の金曜日に一周年ライブを控えています! ぜひぜひ来てほしいので、よろしくお願いします! 今日の物販でもチケットが買えます!」
キョウカ様からの告知が終わり、今度はミユキくんが少し前に出た。
「この後は特典会があります。僕たちティアスタのライブを初めて見たよ~って人は、チェキが一枚、無料で撮れます! ぜひ無料チェキだけでも気軽に来てください!」
ミユキくんが言い終わると、三人がステージ中央に並ぶ。
「以上、僕たちが、ティアスタでした! ありがとうございました!」
客席に手を振りながら、三人が去っていった。ペンライトを消してカバンにしまいながら、帰りに電池を買わなくちゃと思う。
すぐに特典会の整列が始まったので並んだ。特典会を待つあいだって、どうしていればいいのか、いつもわからなくなる。とりあえずぼんやりとケータイを開いてSNSを眺める。
少しして、メンバーが出てきた。
「特典会、始めます! よろしくお願いしまーす!」
挨拶をされて、列が動き出す。前に並んでいる人たちの様子を見ると、リップや前髪などを整えている姿が目に付いた。待ち時間はそういう風に使えばいいのか。私もリップを直すくらいはしようと思った。
少しずつ列が進み、私の順番になる。
「サインチェキ一枚と、写メ二枚でお願いします」
「サインチェキ一と写メ二ですね、ではこちらに、荷物はそこの机に置いてください」
今日の会場は荷物置きの机が置かれているようだった。カバンを置いて、前に出る。
「リオンちゃん! 来てくれてありがとう~! 今日のお洋服めっちゃかわいいね!」
「えぁ、あ、はい……」
キョウカ様にそう言われて、私はなんとも言えない気分になった。
「今日もポーズおまかせでいい?」
「はい」
「じゃあ、俺に合わせてね」
キョウカ様に合わせて、ポーズを撮る。
「ネイルも黄色にしてくれたの? ネイルいいね! ネイル見せるポーズしよ~」
キョウカ様に言われるがまま、ポーズを合わせた。撮影が終わり、スタッフさんからケータイを受け取る。
「今日も来てくれて本当に嬉しいよ~、ありがとね、リオンちゃん!」
「あ、はは……」
私はなんて答えればいいのかわからず、曖昧に笑うことしかできない。
「今日メイクもいい感じだし、めっちゃかわいいね! すごい素敵!」
「あぇ……」
なんだかすごく心が複雑に折れてしまうような気分だった。
「今日のライブどうだった? 最前列だったね」
「あ、はい……すごい、近くてびっくりしました……」
どうにか言葉を絞り出したけど、もっとなにか、楽しかったとかなんとか言うべきなんじゃないかと思う。
「そうだよね、近いよね~。音がうるさいとかはなかった? 大丈夫?」
「え、はい、大丈夫です」
「そっか、大丈夫ならよかった。疲れてはない? 緊張してる?」
「緊張……は、してます……」
「そんなに緊張しなくていいのに~。気軽に話してくれていいんだよ?」
「ぁや、えっと、……」
そんなことを言われても、何を言えばいいんだろうと、言葉に詰まってしまう。
「無理はしなくていいんだけどさ、ごめんね、困らせちゃった?」
「だ、大丈夫、です……」
大丈夫でもない気がしたが、そんなことしか言えなかった。
「大丈夫ならよかった」
キョウカ様の笑顔に、心を救われる。
「そろそろ時間でーす」
スタッフさんに声をかけられた。キョウカ様からチェキを受け取る。
「またね~!! 本当にありがと、リオンちゃん」
「ま、また……」
キョウカ様とハイタッチをして離れた。カバンを荷物置き場から取って、少し離れたところにあるベンチにひとまずカバンを置く。ケータイの写真がちゃんと撮れているか確認して、チェキも問題ないか確認する。
チェキには、「黄色かわいい! ありがと! 大好き!」と書かれていた。なんだか胸の内がとても複雑な心地がしてしまう。あまりベンチに長居してはいけないと思い、チェキをカバンにしまって、駅に向かって歩き出した。
電車に乗り、窓の外に視線を向けながら、今日のことを思い返す。「かわいい」と言われることも、「大好き」という言葉を向けられることも、私はまだしっかり受け止められない。嫌なわけじゃない、と思いたかったけど、嫌なのかもしれない。
キョウカ様は私に対してただ純粋に褒めてくれて、まっすぐな気持ちを向けてくれているのに、それが嫌だなんて言いたくはない。でも、私はそれをまっすぐに受け止めることができない。
メイクをして、かわいい服を着ても、どれだけ容姿に気を使ったつもりになっても、自分のことが受け入れられない。自分のことが嫌いで、自分のことを好きだなんて言うのはおかしいと思ってしまう。私はこんなに自分のことが嫌いなのに、私のことを好きだと言ってくれる人がいるわけない。そんな風に思ってしまうけど、私は私を好きになりたい。
キョウカ様の純粋な気持ちを、しっかり受け止められるようになりたい。そうは思っても、どうすればいいのかわからない。私はどうしたら、自分を好きになれるんだろう。
どうして、ライブは楽しかったはずなのに、こんなに暗い気持ちになっているんだろうか。そういえば、ペンライトの電池が弱っていたことを忘れていた。電池を買って帰らなくちゃいけない。ごはんも買わなくちゃいけないし、少し日用品も買っておきたいから、ドラッグストアとスーパーに寄って帰ろう。
自宅の最寄り駅に着いて、スーパーとドラッグストアに寄って買い物をしてから帰宅した。シャワーを浴びて、スキンケアをして、ドライヤーで髪を乾かす。お湯を沸かしてお茶を用意した。ごはんを食べて、あたたかいお茶を飲んだら、落ち着いた気がする。
自分を愛するって、難しい。そう思ってしまうけど、私が難しく考えすぎなだけかもしれない。
SNSをチェックすると、キョウカ様の投稿が視界に入った。「今日はショッピングモールでフリーライブありがとうございました! 楽しかった~! みんなも楽しかったかな? また土曜日! 対バンでお待ちしてます」と書かれていた。私はその投稿にいいねを押して「ライブとっても楽しかったです! お疲れ様でした」と返信をした。
少しのあいだSNSを眺めていると、キョウカ様の投稿が続けてあった。「来週は火曜日の夜、二十一時半から配信します! みんな気軽に見に来てね」とURLが添えられている。その投稿にもいいねをした。
キョウカ様が私の返信にいいねをされたという通知が来る。私がキョウカ様の投稿を見ている時に、キョウカ様も私の返信を見ていたのかなんて思う。
黄色のネイルが視界に入って、ネイルを落とさなくちゃいけないと気付いた。明日は月曜日、作業所にこのネイルで行くわけにはいかない。除去シートを出して、ネイルを落とした。
ネイルなんて人生で初めてしたけど、ネイルはふとした瞬間に視界に入って気分が上がって良かったなと思う。メイクは鏡で見ないと自分では見えないから、キレイに見えているのか自分ではよくわからない。
メイクって自分では見えないのに、なんのためにするんだろうと思ってしまった。まあ、でも、写真を撮った時になるべくキレイに見えるようにしたいから、そのためかなと考える。
今日のチェキをチェキファイルに入れてなかったと気付いて、チェキファイルに収納した。少しずつ増えていくチェキが、とても愛おしい。大切な宝物が増えていくことが、嬉しかった。
自分を愛するということ、ちゃんと考えなくちゃいけない気もするけど、夜中に考え事をしてもいい結果にはならないと思う。今日は寝て、また後で考えよう。
なにか忘れている気がする。ペンライトの電池を替えていないと思い出した。ペンライトをカバンから取り出して、電池を替えて、カバンに戻しておく。
ケータイのアラームを確認して、布団に入った。
月曜日、新しい一週間が始まる。とは言っても、いつも通り仕事をして、いつも通りマンガを読んで、いつもと変わらない日常。
今週は明日の夜にキョウカ様の配信と、土曜日に対バンライブ。それ以外は、いつも通り。時間のある時に、色々なことを考えたいような気もしたけど、一人でぐるぐる悩んでも先に進めないような気もした。いつものスーパーでごはんを買って帰宅して、どうしようかなと考える。
こんな時は、悩みを吹き飛ばすために、動画配信サービスでアニメでも見ようかと思った。でも、それは考えるのをやめて逃避しているだけかもしれない気もする。迷ったけど、とりあえず動画配信サービスを開いた。
おすすめ欄に、女の子向けのアニメのようなサムネイルが表示されているのが目についた。確か土曜日だったか日曜日だったか忘れたけど、特撮ヒーロードラマの後くらいの時間にテレビでちらっと目に入ったことがある。アイドルもののようだった。
前までは女の子向けのアイドルものは私の趣味ではないと切り捨てていたけど、今はティアスタにハマって、アイドルというものにちょっと興味が出ている。動画の詳細を見ると、シリーズ五周年で今までのシリーズからセレクション話数を期間限定配信という説明が視界に入った。とりあえず少し見てみようかと思う。
合計で四話ほど見た。キラキラしていてかわいくて、すごくおもしろい。それだけじゃなくて、私の心に強く響いたのが、「なりたい自分になる」とか「自分らしく」とかの言葉だった。今の私に必要なのはそういう気持ちなんじゃないかと思う。
でも、私には、「自分らしさ」という言葉がわからない。男らしいとか女らしいとか、子供らしいとか大人らしいとかはわかる。そういう明確な判断基準があるものはわかる。「自分らしい」っていう言葉は、何を基準にどう判断したらいいのか、よくわからなかった。
自分を好きになりたい、自分を愛したい、というのは、そういうところから始まるものなのかもしれない。なりたい自分なんて言葉も、自分にはそんななりたい自分なんてイメージはないと思ってしまう。けど、自分の内側の、素直な気持ちを大事にして、自分がなりたい自分になる、自分らしく生きるということが、大事なのかもしれないと思った。
このアニメのシリーズについて調べてみると、今は最新作が日曜日の特撮ヒーロードラマの後の時間に放送があるようだった。今度から見てみるのもいいかもしれない。とりあえず、動画配信サイトで期間限定配信されている話数は全部を見ることにする。
夢中になって見ていたら、あっという間に時間が過ぎていた。早くシャワーを浴びて、寝る準備をしないといけない。まだ全部は見ていなかったけど、続きはまた明日……明日はキョウカ様の配信があるけど、その前に見ることはできるだろう。
自分らしさってなんだろう、なんて考えたくなるけど、とりあえず寝ることを優先しようと考えるのをやめて布団に入った。
翌日、仕事の休憩時間にも動画配信サービスでアニメを見た。アニメの中の女の子たちは、キラキラふわふわしていてかわいくて、でも力強さもあって、かっこよくて、輝いている。すごく眩しかった。
帰宅して、今日は先にシャワーを済ませる。ごはんを食べて、温かいお茶を用意してから、アニメを見た。夢中で見ていたら、キョウカ様の配信が始まったという通知が来て、慌てて動画配信サービスを閉じた。キョウカ様の配信を見るために配信のアプリを開く。
配信アプリを開くと、キョウカ様が挨拶コメントを読んでいるところだった。私は少し焦りながら「こんばんは」とコメントした。
「リオンちゃん! 来てくれてありがとね、こんばんは~」
キョウカ様にコメントを読まれて、心臓が跳ねる。コメントを読まれて返事をされることに、まだ慣れなかった。
一通り挨拶コメントを読み終えて、雑談が始まった。思い思いのコメントが流れていく。キョウカ様は丁寧に一つ一つコメントを拾って、話題を広げていった。
こんなにたくさんの人が同時にキョウカ様と会話をしているんだよな、と、流れるコメントを見て思う。私はまだ、配信にコメントするというのが慣れなくて、見ているだけになっていた。コメントをしないで見ているだけでも、キョウカ様が楽しそうだから、キョウカ様の姿を見られるだけで幸せ。でも、コメントをできればもっと楽しいのかなとは思った。
あっという間に一時間が過ぎていた。
「そろそろ終わるから、終わる前に告知をさせてね~」
キョウカ様がそう前置きをして、土曜日の対バンと、来週に迫った一周年ライブの告知をされた。「行きます」や「楽しみ」などのコメントが流れていく。そういえば土曜日の対バンは行くつもりだけどチケットを予約していなかった。
「じゃあ、今日の配信はこれで終わりにするね。またね~」
キョウカ様が言って、画面に手を振られた。なにかコメントしようかと思ったけど、コメントできないまま配信が終了していた。配信アプリを閉じて、土曜日の対バンのチケットは予約しておかなければと、チケット予約サイトを開く。
タイムテーブルも載っていたので確認する。ティアスタの出演は真ん中より少し前くらいだった。けっこうたくさんのグループが出演されるらしい。ティアスタは並行特典会Bと書かれている。会場はまたよく知らないところだった。
チケットの予約をして、ケータイのスケジュールアプリに予定を入れる。今日は早めに寝ようかと思い、寝る準備をした。アラームを確認して、布団に入る。
次の日も、休憩時間も使って女の子アニメを見て、夜に帰宅してからも見た。期間限定配信されているセレクションは全部を見終わり、一息つく。自分のことを大事にするということ、わかったようなわかっていないような、いや、アニメをちょっと見ただけで、そんなことがわかるわけもない気もする。けど、自分らしくあることとか、なりたい自分になることとか、今の私に必要なことな気がするから、見ておいてよかったと思う。
自分のことを改めて考えるために、キョウカ様に今まで貰った言葉を思い返そうと、チェキファイルを取り出した。チェキに書かれたメッセージを見返して、特典会で貰った言葉を思い出す。
そういえば、キョウカ様は、私がキョウカ様のイラストを描いたことをすごく喜んでくれていた。また描いてねと言われた気がするけど、あれから描いていない。一周年ライブのお祝いにでも、イラストを描いてみようか。
そう思ったけど、私のイラストなんてお祝いになるんだろうかとも思ってしまう。でも、お祝いになにか私にできることなんて、イラストくらいしかない気がした。イラストと、お手紙も書いてみようかな。一周年ライブの時にお渡しできるようにしようと決める。イラストは少しずつ進めて、お手紙は前日の夜に書こう。
それから、木曜日と金曜日はいつも通りの日常を過ごした。イラストは少しずつ進めて、マンガもアニメも楽しむ、そんな日常。あっという間に土曜日になった。
朝の特撮ヒーロードラマを見終わって、ごはんを食べて、出かける準備をする。今日はミモザ柄のワンピースを着ていくことにした。メイクをして、髪は軽く整えて黄色のヘアピンを付ける。ヘアアレンジというのを、そろそろ一度ちゃんと調べてみるべきかもしれないと思った。
電車に乗って、ライブ会場までのマップを確認する。それから、ヘアアレンジを少し検索してみた。簡単でかわいいと紹介されているものを見ても、自分でキレイにできる気がしない。いや、やる前から諦めてしまっては、なにも変われない。今度ライブに行く時はやってみようかと思う。
今度のライブって、もう一周年ライブになるのか。ティアスタに出会ってから、私はまだそんなに時間が経っていないけど、一周年というのは大事なイベントなんだろう。そういえば、その日の有休をまだ申請していなかったと気が付いた。今週に申請しておくべきだった。
いや、有休の申請は別に直前でもなにも問題はないはずだが、あまり直前にすると上司からなにか言われるかもしれない。来週の月曜日には申請しよう。半休でいいかな。ライブの時間帯的には、半休で間に合うはず。
気が付いたら、ライブ会場の最寄り駅に着いていた。電車を降りて、トイレに寄ってから、改札を出る。
ライブ会場に着いて、受付を済ませてドリンクを貰った。あまり会場内でケータイを見てばかりいるのはよくないかなとは思いつつ、ケータイで時間とタイムテーブルを確認する。今はティアスタの前のグループの出番のようだった。
ケータイをカバンにしまって、ペンライトを取り出した。色がわからないから、ペンライトはつけないままとりあえず音楽に乗っておく。挨拶と告知があり、出番が終わったようだ。お客さんが前へ後ろへ移動していく。
私は前へ行く流れに乗った。最前ではないけど、前方で立ち止まる。ペンライトを黄色にした瞬間、ステージに出てきたキョウカ様と目が合った気がした。
ペンライトの電池はちゃんと替えたから、今日は問題なくて安心する。あっという間に二曲が終わった。
「ここで軽く自己紹介させてください」
サトきゅんが言って、ミユキくんが前に出る。
「メンバーカラーはホワイト、白峰ミユキです!」
「メンバーカラーはヴァイオレット、横谷サトリです!」
「メンバーカラーはイエロー、新村キョウカです!」
短縮版の自己紹介で、三人が続けて名乗った。続けて一周年ライブと特典会の告知がされる。
「次で最後の曲です、聞いてください」
キョウカ様が言って、曲が始まった。キョウカ様の歌声に夢中になる。本当に大好きだなと改めて思った。
ティアスタの出番が終わり、並行特典会のスペースに移動する。ほどなくしてスタッフさんが来て販売が始まった。今日もキョウカ様の特典券を四枚。
撮影待機列に並んで前を見ると、今日は荷物置き場はないようだった。少しして、メンバーの姿が見える。撮影が始まって列が動き始めた。まもなく順番が来る。
「サインチェキ一枚と、写メ二枚お願いします」
カバンを床に置いて、キョウカ様の隣に立った。
「リオンちゃん! 今日も黄色のお洋服かわいいね、ありがと〜! ポーズはおまかせでいい?」
「あっ、はい、おまかせで」
キョウカ様に合わせてポーズをして撮影されて、スタッフさんからケータイを受け取った。
「リオンちゃん、出会ってから毎回ライブ来てくれてるよね?」
「そ、そうですね……」
「すごいことだよ?! ありがとね、本当に、めっちゃ嬉しい」
「はぇ……」
なんて答えるのがいいのかわからず、ただキョウカ様の笑顔が眩しい。
「でも、本当に無理してない? 大丈夫?」
「無理、は、してないです……」
なんだかキョウカ様にはいつも心配されている気がした。
「それならいいんだけどさ。今日のライブはどうだった?」
「楽しかった、です……!」
「楽しかったならよかった。それにしても、今日もメイクもお洋服もかわいいね〜、黄色を着てくれるの嬉しいよ」
「あ、ゃ、はは……」
曖昧に笑うことしかできない。私は、どうしたらいいんだろう。
「次は一周年だね、思いっきり楽しい時間にするから、楽しみにしてて!」
「た、楽しみです」
「一緒にたくさん楽しもうね」
「はい……!」
スタッフさんから、そろそろ時間だと声をかけられた。
「またね、リオンちゃん!」
「また……」
キョウカ様からチェキを受け取って、ハイタッチをした。少し離れたところで、チェキに問題がなさそうか、ケータイの写真がちゃんと撮れているか確認する。問題はなさそうだったので、ライブ会場を出て、駅に向かった。
電車に乗って座ったところで、改めてチェキのメッセージを見る。「いつも本当にありがとう!」と書かれていた。ありがとう、って、嬉しいなと思う。
それにしても、「かわいい」と言われると、どんな反応をすればいいのかわからない。素直に受け止められればいいのに、そんなこと言われてこなかった人生だったから、困り果ててしまう。
自分のことがかわいいなんて自分では思えない。キョウカ様はお世辞ではなく本気で言ってくれているんだろうが、どう受け止めたらいいのか、わからなかった。
私が複雑に考えすぎなだけなのかもしれないとも思う。言われたことをただそのまま受け取るだけでいいはずなんだ。言われたことをそのままに受け取るだけ。そう思ったら、そうなのかもしれない。それだけのことなんだ。
そうだよな……と、今まで見えていなかったことが見えた気がした。それだけのことだったのに、私にはそれが見えていなかったんだ。
気が付けばもうすぐ自宅の最寄り駅に着くところだった。電車を降りて、スーパーに寄ってごはんを買って帰る。帰宅して、シャワーやお洗濯などのことを済ませて、お茶を飲んで一息つく。
SNSを見ると、キョウカ様の投稿があった。「今日は対バンライブありがとう! 駆けつけてくれて嬉しかったよ。いつも来てくれる人も初めましてさんも、みんなみんなありがとう! 次は一周年ライブ、めいっぱい楽しもうね~!!」と、キョウカ様の自撮り写真が添えられている。私はその投稿にいいねをして、「ライブお疲れ様でした! 本当にとっても楽しかったです。一周年もすごく楽しみにしています!!」と返信した。
明日は日曜日だから、今日は早めに寝ようかと思い、寝る準備をする。アラームを確認しようとしたら、キョウカ様への返信がいいねされたという通知が来た。通知を見て幸せな気持ちになりながら、布団に入る。
特撮ヒーロードラマから始まる、日曜日の朝。今日はそれだけではなく、その後の時間に放送されている女の子向けのアイドルアニメも見てみることにした。こないだ動画配信サービスで見たもののそのまま続きではないらしい。ストーリーが少しわからない部分はあるかなと思ったけど、すごく楽しく見られた。
SNSでアニメの感想を見てみると、今日の放送で新曲が初披露だったらしい。新曲だとか初披露だとか言われても、今日が初めての視聴だったから、私にとってはすべてが初めてだった。アニメの中の女の子たちはとてもキラキラしている。そんな言葉じゃ足りないくらい、とても魅力が溢れていて、どう言い表せばいいのかわからないけど、とにかくすごかった。
もちろん特撮ヒーロードラマも今週もすごくおもしろくて、夢中になってテレビを見ていた。そちらの感想や裏話などもSNSで見ていたくて、時間が足りないと思ってしまう。ごはんを食べるのも忘れそうになっていたけど、お腹が鳴っていたので、ごはんを食べることにした。
ごはんを食べて落ち着いてから、今日はどうしようかなと考える。少しゆったりしたいような気もした。平日は少し時間が困るような気もするから、今日の内に、ティアスタ一周年お祝いのイラストを仕上げてもいいかもしれない。
そういえば、一周年の日は服装をどうしようかと思った。ミモザのワンピースを昨日に着たばかりで、その前は黄色チェックのキャミワンピース。今のところ、黄色のかわいいお洋服はこの二着しか持っていない。あんまり同じお洋服ばかりになるのも嫌かなとも思うけど、それしか持っていないんだから仕方がない。連続で同じものにはならないよう、一周年は黄色チェックのキャミワンピースに決めた。
お湯を沸かしてお茶を用意してから、イラストに取り掛かる。キョウカ様と今まで撮った写真や、キョウカ様がSNSに上げられていた写真などを見て、髪や衣装などを確認した。三次元の人間を二次元のイラストにするのは、バランスが難しいなと思う。アニメやマンガなどのキャラクターのファンアートを描くのとは別の感覚があった。
どうにかこうにか仕上げて、気が付いたら夕方だった。お昼を食べていなかったけど、朝ごはんを食べたのがそもそも少し遅かったので、まあいいかと思う。買い置きのレトルトはあるけど、スーパーにごはんを買いに行くことにした。
お腹が空いている状態でスーパーに行くと、余計に買いすぎてしまいそうになる気がする。半額と書かれたお弁当もお惣菜も、なんでもおいしそうに見えた。少し迷ったけど、半額のお弁当とサラダだけ買ってスーパーを出た。
帰宅して、買ってきたごはんを食べて、シャワーを済ませる。イラストはもう完成したけど、SNSにアップするのは一周年ライブの日にしようかと思った。
今日この後の時間はどうしようかと考えながら、とりあえずSNSを開いた。キョウカ様の投稿が目に入る。「一周年ライブの前日に配信します! 二十一時半から、一時間くらいやる予定。ライブ楽しみな気持ちを一緒に共有しよう~!」と、URLが添えられていた。私はその投稿にいいねをする。
一周年ライブの前日にお手紙を書こうと思っていたけど、配信があるなら、どうしようか。配信を見た後に書けばいいかと判断した。
寝るにはまだ早い時間だけど、どうしようかなと、動画配信サービスを開いた。簡単かわいいヘアアレンジという動画が視界に入る。ヘアアレンジはできるようになりたいから、少し見てみた。
ヘアアレンジだけでなく、お洋服もとてもかわいいなと思う。その動画の投稿者を見てみると、ロリィタ服のモデルとして有名な人らしい。かわいらしいロリィタ服の関連のものが検索してみるとたくさん出てきた。
ロリィタ服を見ていると、本当にかわいくて素敵で憧れる。今はそんなにお洋服にお金をかけられる余裕がないから古着で安いのしか買えないけど、いつかはもっと色々と買ってみることができればいいなと思った。
ヘアアレンジの動画に戻って、動画を見ながら練習をしてみる。簡単にはできなかったけど、どうにか形にはなった。
見た目を整えても、心の持ちようを変えなければどうにもならないかもしれない。でも、少しずつでも変わっていけたらいいと思う。自分を愛するということ、急にはできなくても、少しずつでも自分のことを大事にしていきたい。
自分のことを大事にするためにも、早めに寝るのがいいかもしれない。睡眠をしっかり取ることは、何より大事だと思う。健康でいられなければ、楽しめることも楽しめない。今日はもう寝ることにした。
月曜日になり、いつも通り仕事に行く。
金曜日の有給休暇を申請した。一日おやすみにするか迷ったけど、半休にした。ライブは夜だから半休で間に合う。有給休暇の申請はもう少し早めにしてくれると助かると言われたので、次からは気を付けよう。
休憩時間にはマンガを読んで、いつも通り過ごす。
帰宅して、ごはんを食べながらぼんやりとテレビで野球中継を流していた。食べ終わって片付けて、お茶を用意してのんびりする。
少し「自分らしさ」ってものとか、「なりたい自分」ってものとかを考えてみようかなと思った。野球中継を流しっぱなしでもよかったけど、テレビを消して、動画配信サービスを開いた。
この前に見た、女の子アイドルアニメのセレクションをまた見てみることにする。セレクションではなく、一話から全話数をちゃんと見るべきかなとも思う。でも、考え事をしながら流し見るには、視聴済みの話数を振り返るのがちょうどいい気がした。
アニメを流し見ながら、「自分らしい」ってのは、自分でわかるものではないのかもと思った。友達がいて、大好きな人たちがいて、周りの人とたくさん関わって、その中で見えてくるのが自分らしさなのかもしれない。私は、人と関わることを恐れて自分の内側に閉じこもっているから、自分らしさがわからないのかも。
人と関わること、人に傷つけられることも、人を傷つけてしまうかもしれないことも、とんでもなく恐ろしい。だから、人と関わらなければいいと、拒絶してしまっている。
でも、キョウカ様に出会って、人と関わる喜びを知った。キョウカ様の隣に自信を持って立ちたくて、かわいくなりたいと思った。
キョウカ様に大好きとかかわいいとか言われるのを、受け止められていないけど、受け止められるようになりたい。それが私の、「なりたい自分」なのかも。
アニメの中の女の子たちは、キラキラしてるけど、悩みや苦しいことなんかもあって、でもそれを乗り越えて、さらにキラキラと輝いている。私もこんな風に、輝けるようになれたら……。
気が付けばいい時間になっていたので、動画を閉じて、寝る準備をした。布団に入る前に、SNSをチェックする。なにかあったわけではないけど、SNSには色んな人の言葉が溢れてて、言葉が流れていくのを見て、落ち着いた。
〈七話へ続く〉




