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第五話

 特撮ヒーロードラマから始まる、日曜日の朝。夢中になってテレビを見た後、余韻に浸りながらご飯を食べた。SNSに流れてくる感想や公式アカウントの裏話などをチェックするのが楽しくて、時間を忘れそうになる。

 今日は買い物に出かける予定だから、切り替えなくちゃいけない。と言っても行くのは近くのドラッグストアだから、そんなに時間を焦る必要もない気もする。せっかくの日曜日だから、もう少し遠出をしようかとも思うが、別に遠出をする必要はない。

 いや、こないだ少し見たロリィタ古着のお店にまた行きたいような気がする。でも、とりあえず今日はドラッグストアでコスメを買うだけにしようか。お洋服も買うとなると、出費が少し困る。

 近所に出かけるだけならメイクなんてしなくていいとも思ったけど、メイクをすることに慣れていくべきだとも思った。日焼け止めとフェイスパウダーを塗って、チークとリップはどうしようかと少し迷う。パーソナルカラー診断の結果を信じるなら、合わない色を買ってしまったらしい。でもとりあえず試しに使ってみる。鏡でよく見ても、自分の肌に合うのか合わないのか、自分にはよくわからなかった。

 これでいいんだろうか、変じゃないかな、とは思ったものの、自分に合うメイクの正解がわからない。ひとまずこれでいいことにする。そのまま近所のドラッグストアまで出かけた。

 ドラッグストアに着いて、コスメの棚を見る。今日はチークとリップとアイシャドウを買うつもりで来たけど、コスメって本当に色々とあってびっくりしてしまう。診断結果によれば色は青みピンクとかラベンダー系とかが合うらしい。インターネットでできる簡易的な診断だから、精度は高くないかもしれないけど、とりあえずその診断結果に従って色を探そうとした。

 そんなものは考えずに自分の好きな色を選ぶ方がいいんじゃないかとも思う。けど、自分の好きな色って改めて考えるとよくわからない。色と言えば、戦隊ヒーローを見ていると追加戦士を特に好きになることが多い。でも、追加戦士は物語の途中で追加される説得力があるから、それが大きな魅力になって好きになるのであって、色が好きなわけではない。ただ、シルバーやゴールドなどはギラギラしていて特別感はあるとは思う。

 そもそも好きな色を考える時に戦隊ヒーローを思い出すのが違うのだろうか。子供の頃はなにも考えず単純に好きな色を選んでいたような気がするが、そんな小さい頃のことはもう忘れてしまった。

 好きな色、って、そんなに深くは考えないものなのか? 私は少し考えすぎなのかもしれない。

 なんだかよくわからなくなってきてしまったから、とりあえずは診断結果に頼って色を選ぶことにする。改めて、ブルベ夏に合うコスメを検索してみた。チークとリップ、アイシャドウを同系色にするのがいい、みたいなのが目につく。

 面倒になってきたので、もうチークとリップ、アイシャドウも全部を一つにできないのかと思ってしまった。そういえば、アニメグッズでそういうのを見かけたことがある気がする。マルチカラーと言ったか。検索してみたら、アニメグッズで確かにそういうのはあるらしい。でもアニメグッズだと色が選べないランダムの物ばかりのようだ。色が選べないコスメって需要があるのかと疑問を感じるが、今はそんなことはどうでもいい。

 検索してみた感じ、チークとリップの二つを兼ねる物なら選べるのがあるようだった。なんだか随分と長い時間、検索して考えてばかりで、少し不審なのではないかと思ってしまう。家でもっとちゃんと検索して考えてからお店に来るべきだったかもしれない。

 とりあえず、ドラッグストアの棚に、検索して出てきた物があるか探してみる。チークとリップ兼用できるやつがちょうどあったので、それをカゴに入れた。

 アイシャドウは、似たような色で統一するのがいいか、違う色がいいのか、パレットと呼ばれる物がいいのか、単色がいいのか……。ドラッグストアの棚をざっと見て考える。単色の方がわかりやすい、というか、複数色の物を使いこなせる気がしない。ブルベ夏で検索して出てきた単色の物が棚にあったので、それにする。

 それから、メイクする時に指を拭くウェットティッシュも買わなくちゃいけない。ウェットティッシュをカゴに入れて、他に買う物はあったかなと考える。ひとまずはこれでいい気がした。あと、出先でリップを直したい時のために手鏡が必要だと思ったが、手鏡は百均でいいだろう。

 そこまで考えて、出先でリップを直したい時、リップとチーク兼用の物では面倒なのではないかと気付いた。スティックのリップだったらさっと塗り直せるけど、チーク兼用の物は少し塗り直すのに手間がかかる。

 まだお会計を済ませていなかったから、チーク兼用の物は棚に戻してスティックのリップと別のチークを選ぶか、そのままお会計をしてしまうか迷った。でも、一度カゴに入れた物を棚に戻すのは少し抵抗感がある。いや、戻す必要はないのか。チークとして使うのは使うとして、リップだけ別の、スティックの物を買えばいい。

 コスメの棚に戻って、スティックのリップを探した。チークと色味の近い物を選んでカゴに入れた。

 ドラッグストアのお会計を済ませて、その足で百均に向かう。ウェットティッシュも百均でよかったんじゃないかと思ったけど、もう買ってしまったのでまあいい。というか、百均にもコスメってけっこうあるんだな、と気付く。百均でコスメを買うという発想がなかった。百均のコスメって質はどうなんだろうかと思いながら、手鏡を棚から取る。

 お会計を済ませて百均を出て、ご飯はどうしようかと考えた。あんまり荷物を持った状態で外食をするのは落ち着かなくて好きではない。買った荷物があるので、スーパーでお弁当でも買って帰ることにする。

 たまには自炊をするべきかな、なんてことを思う。自分を大事にするって、そういうことも含まれる気がする。自分を愛するって難しい。いや、私が難しく考えすぎなのかもしれない。

 出来合いのお弁当やお惣菜ばかりでは栄養が偏るとか体によくないとかはよく聞く。自分を大事にしようと思うなら、そういうところから気を付けるべきだろうか。でも、自炊をするのはなにかと面倒だ。面倒だからと言って、逃げるのがよくないのか。とは言っても、自炊を毎日ちゃんとする余裕なんてないと思ってしまう。

 そもそも、私は刃物が怖いので包丁を持っていない。炊飯器もフライパンも家にない。袋麺を茹でることくらいはできるようにと買ったお鍋はあるけど、それすら面倒であまり使っていなかった。

 でも、考えてみれば、お鍋さえあればどうにかなにかはできそうな気もする。味噌汁とかスープとか、それくらいは何か作ってみようか。そういうのは一人分だけの分量で作るものではない気がする。作るなら多めに作って、食べる時に温めるのか。いちいちお鍋を火にかけて……? 面倒にもほどがある。かといってレンジで温めるのは危ないような。

 色々と考えたけど、ひとまず出来合いのお弁当を買って帰宅した。買った物を整理してから、お弁当を食べて、シャワーを済ませる。紅茶を淹れて一息ついた。

 SNSをチェックすると、キョウカ様の投稿が目につく。「明日の二十一時半から配信します! 気軽に見に来てね〜」との告知だった。配信、この前はあまりコメントができなかったけど、今度はコメントできればいいなと思う。

 この前は、コメントを読まれて反応を返されることにとても驚いてしまって、流れに乗れなかった。初めてのことだったから戸惑ったというのもある。二度目となれば、少しは慣れたかもしれない。

 紅茶を飲み干して、カップを片付けた。明日の夜を楽しみにして、今日は寝よう。


 月曜日は、楽しみにしているマンガ雑誌の発売日。休憩時間にアプリで読む。いつも通りの仕事をこなして帰宅して、やらなくちゃいけないことを済ませて、キョウカ様の配信を待った。

 時間になり、配信が始まったという通知が来たので、配信アプリを開いた。

「こんばんは~。みんな気軽にコメントしてね!」

 キョウカ様が挨拶をして、視聴者が「こんばんは」「待ってた!」と次々にコメントをしている。私もその波に乗らなくてはと、少し焦りながら「こんばんは」とコメントした。

 キョウカ様は挨拶コメント一つ一つ名前を確認して返事をしている。私のコメントも「リオンちゃんこんばんは~」と返事をされた。

「改めて、こないだ、木曜日はライブありがとうございました!」

 挨拶の流れがひと段落したところで、キョウカ様が話題を変える。私は「ライブ楽しかったです」とコメントを送った。

「リオンちゃん! 来てくれてありがとね~、嬉しかったよ!」

 キョウカ様に返事をされて、心臓が飛び跳ねる。コメントを読まれることにまだ慣れなくて戸惑ってしまう。戸惑いながら、他の視聴者のコメントが流れていくのを見ていた。キョウカ様はそれを一つずつ拾い上げていく。

 当たり前だけど配信を見ているのは私だけじゃなくて、他の視聴者と、全員とキョウカ様は対話をしている。同時に複数の人間と話しているのはすごいなと思った。

 私が関心しているあいだに、他の視聴者のコメントをきっかけに話題が切り替わっていく。コメントの流れに乗りたくてもタイミングがわからなかった。キョウカ様が他の視聴者のコメントを拾うのをただ眺めているだけになってしまう。

 キョウカ様は楽しそうに話し続けていて、コメントが途切れない。私はなんだか焦ってしまって、どうすればいいのかわからなくなる。

 そもそも私は人と会話するのが苦手だ。一対一ではなく複数人で話すのは特に苦手だ。話題に対して自分が発言していいタイミングがわからない。

 とても楽しそうに話すキョウカ様を見ていることしかできなくて、なんだか寂しくなってしまった。

「そろそろ一時間だから終わろっか」

 そう言われて、私は、もうそんな時間なのかとびっくりする。

「終わる前に告知! 一周年ライブ、本当にめちゃくちゃ来てほしいです! 手売りチケットならサインもできるので、よろしくね」

 キョウカ様が言うと、「周年ライブ楽しみ」「チケット買ったよ」とコメントが流れていく。流れに乗るならここかなと思い、「一周年ライブ楽しみにしてます」とコメントした。

「リオンちゃん手売り買ってくれてありがと〜、楽しみにしてて!」

 返事をされて、コメントしてよかったと思った。

「それから、今週は金曜日に対バン、日曜日にフリーライブがあります! みんな無理ない程度に来てね」

 告知を受けて、そういえばもう今週だったと思い出す。スケジュールは前にチェックしていたはずなのに忘れていた。私がどうしようかと思っているのをよそにコメントが流れていく。

「じゃあ、今日はこれで終わり! おやすみ〜! またね」

 コメントの流れが落ち着いたところで、キョウカ様が画面に手を振る。私が慌てて「また」まで文字を入力したところで配信が終了して、送信できなかった。

 暗くなった画面を見ながら、私はどうしてこんなんなんだろうかと考えてしまう。コメントの流れに乗ることができないのはなぜなんだろう。コミュニケーションが苦手だ。複数人で話すことができない。いや、一対一でも、言葉が出なくなる時はある。

 コミュニケーションって難しい。私が重く考えすぎなだけなのか、わからない。コミュニケーションに正解なんてないはずなのに、間違えちゃいけないと思って、間違えたら嫌われると不安になってなにも言えなくなる。間違うことが怖くてたまらない。

 そう思ったけど、そうじゃないのかも、とも思った。怖いのは間違うことではなくて、否定されることかもしれない。なにかを間違えて、否定されることが怖い。自分のことを否定されることが恐ろしくて、身動きできなくなる。

 どうしてそうなってしまったんだろうか。発達障害だから、ASDだから、とは言えるけど、だからと言って仕方ないとは思えない。

 自分を愛するって、きっとこういうところからだ。自分の気持ちをしっかり言葉にして出すことをしなくちゃいけない。それがどんなに怖くても、怖いからって気持ちを閉じ込めてるから、苦しくなる。

 思ったことを口に出す、それだけのことなのに、それだけのことができない。昔から私は少し周りからズレてるところがあった。それが原因で同級生に揶揄われたことが、一度や二度ではない。だから、自分の本音を出すことが怖くなった。本音を出すと、周りから否定されると思ってしまった。

 否定されることが怖くて、人と喋ることが恐ろしくてたまらなくて、コミュニケーションなんてできないんだと自分の感情を閉じ込めている。それじゃダメなんだ。自分を愛したいって本気で思うなら、自分の感情を大事にしなくちゃいけない。自分の感情を素直に出せるようになりたい。

 配信にコメントすることって、多分そんなに深く悩むことじゃない。思ったことを文字にするだけでいいんだ、きっと。

 ごちゃごちゃと悩んでしまっていたけど、今週のライブのことも考えたい。ティアスタの公式SNSから、対バンライブの詳細を確認する。会場は前とは違うライブハウスらしい。タイムテーブルを見ると、後ろから三番目で、出演時間は前回の対バンライブよりも少し遅いようだった。有給休暇を使わずとも仕事帰りで間に合いそう。特典会は終演後と書かれている。

 日曜日のフリーライブの詳細も確認した。会場はまた知らないショッピングモールだった。ティアスタにハマってから、行ったことのない場所にたくさん行っている。自分の世界が広がっているような気がした。時間帯は前のフリーライブに比べて一時間ほど遅い。

 それにしてもライブに行きすぎなんじゃないかと少し心配にもなる。金銭的な不安がまったくないわけではないけど、今のところはそこまで問題はないはず。体力的な面では、まあ無理ではないだろう。総合的に見て、そんなに不安になることはないと判断した。

 対バンライブのチケットを、お目当てティアスタで予約する。ケータイのスケジュールに予定をメモしておいた。

 メイクや服装などはどうしようかと考える。メイクは日焼け止めとフェイスパウダーは朝に塗ることにして、チークとアイシャドウ……チークとアイシャドウは、今回はやめておこう。職場にメイクをして行くのは気が引けるから、というのと、職場を出てから手間のかかるメイクをするのは少し困る。リップだけなら手軽にできるから、リップと手鏡はカバンに入れておいて職場を出てからリップだけすればいい。

 服装は、あまり前と同じにはしたくないから、前とは違うなるべくキレイな服を手持ちから厳選する。悩んだ末、ネイビーのズボンにベージュのトップスを合わせることにした。黄色のヘアピンも忘れないようにカバンに入れる。

 スマホショルダーはこの前は使わなかったけど、どうしようか。ケータイとチェキを受け取る時にポケットがないと少しごちゃごちゃしてしまうからとスマホショルダーを買ったけど、普段はスマホショルダーを使わないからあまり慣れない。買う必要がなかったんじゃないかとも思う。

 迷ったけど、スマホショルダーは今回は持っていかないことにした。ペンライトはカバンに入れておく。とりあえずこれで今日は早く寝て、明日からの生活に備えよう。


 仕事をして、マンガを読んで、アニメを見て、生活をこなしていたら、あっという間に金曜日になった。朝は少し早めに起きてメイクをして、仕事に出かける。

 休憩時間もライブのことで頭がいっぱいで、今日の会場のマップと会場の最寄り駅までの乗換案内を何度もチェックしていた。仕事を終えて、少し早歩きで駅に向かう。

 電車に乗って、時間を確認した。そういえば、夕飯をどうするかを考えていなかったと気付く。食べてから行く時間はなさそうだ。夕飯はライブが終わってからにすればいい。

 リップを塗るタイミングをどうしようかなと思う。手鏡はあるから、今やってもいいけど、電車の中でメイクをするのは迷惑と言われるのをインターネットで見かけたことがある。ガッツリとメイクをするのはそれは迷惑かもしれないが、リップを塗るだけならいいだろう。でも、念のため後でトイレに寄った時にしようかと判断した。

 電車に揺られているあいだに、今日は特典会のことをちゃんと考えておきたい。枚数は、サインチェキ一枚と写メを二枚にしておく。問題はポーズなんだが、本当にどうすればいいのかわからない。検索してみるといくつか出てくるけど、これをやりたいと思うものはない。

 そもそも、私はキョウカ様と写真を撮るのを楽しみにしているんだろうか、という疑問が出てくる。写真を撮るのを楽しみにしているなら、撮りたいポーズもあるかもしれないが、私が楽しみにしているのは写真を撮ることではない気がした。

 私が楽しみにしているのは、写真を撮ることそれ自体ではなくて、キョウカ様と交流する時間なのではないか。そう考えると、そうかもしれない。写真も記念に撮れるなら欲しいけど、それ以上に、キョウカ様と交流できる時間を楽しみにしている。写真のポーズに関してはそこまで考えなくていい気がした。

 交流できる時間が楽しみと言う割りには、ちゃんとコミュニケーションを取れていないとは思う。話すことを事前に考えておくべきなんだろうか。いや、事前に考えたところで、うまく話せはしないと思ってしまう。発達障害だからコミュニケーションができないなんて、そんなことはないと言いたいけど、実際コミュニケーションができていない。

 考えていたら、もうすぐ会場の最寄り駅だった。ライブ前だというのに暗い気持ちになってはいけない。電車を降りて、駅のトイレに寄る。トイレに備え付けの鏡で見ながらリップを塗って、黄色のヘアピンを前髪に付けた。少し気持ちが上を向く。

 歩きながらケータイでチケットのQRコードを表示しておく。会場に着いて、受付を済ませて入ると、ドリンクカウンターには常温のミネラルウォーターが並んでいた。メニューを見ると、ペットボトルはミネラルウォーターのみと書かれている。ペットボトルの方が助かるので、ドリンクチケットをカウンターに置いて、並んでいたミネラルウォーターを取った。

 ステージにいるグループが、自己紹介をしているところだった。タイムテーブルでは確かティアスタの二つ前に書かれていたはず。そう思っているあいだにそのグループは退場されて、お客さんたちが前へ後ろへ移動する。

 私はとりあえず後ろの方に立ってペンライトをカバンから取り出した。ステージに次のグループが登場して、歌い始める。なんとなく音楽に乗って、ペンライトを点灯させずに振っておく。

 そのグループが退場して、次がティアスタの番。私は前に移動するお客さんの流れに乗ったけど、どこまで前に行っていいのかわからなかった。結局ステージから少し距離のあるところで立ち止まり、ペンライトを黄色にする。

 ステージにはティアスタが登場した。ティアスタは、キョウカ様は本当に眩しく輝いていて、ステージに夢中になる。キョウカ様の歌声が、私の心を掴んで離さない。

 あっという間に三曲が終わってしまった。

「僕たち、ティアスタです! よろしくお願いします!」

 三人が並んで声を揃えてそう言った。

「メンバーカラーはホワイト、白峰ミユキです!」

「メンバーカラーはヴァイオレット、横谷サトリです!」

「メンバーカラーはイエロー、新村キョウカです!」

 続けて一人ずつ名乗っていった。客席から拍手が起きて、私も拍手する。

「この後、終演後に特典会があります。僕たちティアスタのライブを初めて見たよ〜って人は、チェキが一枚、無料で撮れます! ぜひ遊びに来てください」

 サトきゅんが言って、続けてキョウカ様が口を開く。

「そして! 僕たちもうすぐ一周年ライブを控えています! 一周年ライブのチケットも物販で買えますので、よろしくお願いします」

 キョウカ様がそう言うと、次はミユキくんが口を開いた。

「それでは、終演後に特典会でまたお会いしましょう! 最後まで楽しんでいってください!」

 ミユキくんが言い終えると、三人が足を揃えて並び直した。

「ティアスタでした! ありがとうございました!」

 三人が出を振りながらステージを去っていく。私は黄色のペンライトを振ってその姿を見送った。

 周りのお客さんが移動する流れに乗って、私はとりあえず後ろの方に移動した。ペンライトはとりあえず消灯して、カバンにしまうかどうしようか迷う。すぐに次のグループが出てきた。このグループを含めて二組の出番が終えたら特典会のはず。十五分ずつのステージだから、三十分くらい。

 三十分は、待つには少し長いような気がするけど、ライブを見ていればあっという間な気もする。タイムテーブルで名前を見た以外はなにも知らない、興味のないグループのライブ。ステージを見ないでケータイを見ているお客さんがいるのは、少し気持ちはわかるような、わからないような。

 会場にいるんだから、ステージを見るのは礼儀だろうと思い、音楽に合わせてペンライトを振っていた。何色にすればいいのかわからないから消灯したまま。

 楽しいのか楽しくないのかわからないような気持ちで、ペンライトを振ってステージを見ていた。この前の対バンライブはティアスタの出番の後にすぐ特典会だったから、こんな時間はなかったけど、こういうこともあるんだなと思った。

 ライブが終わって、特典会の案内が始まる。ティアスタの物販列に並んで、そんなに待たずに順番が来た。

「キョウカ様の特典券を四枚お願いします」

「キョウカ四枚ですね」

 スタッフさんとのやり取りは少し慣れてきたような気がする。特典券を確認して、撮影待機列に並んだ。

 ほどなくしてメンバー三人が出てきた。

「ティアスタ、特典会を始めます、よろしくお願いします!」

 挨拶をされて、撮影が始まった。少しずつ列が進んでいく。

 特典会を待っているあいだって、どうしていればいいんだろうなと思う。とりあえずなにとはなしにケータイを眺めておく。

 ぼんやりしていたら順番が来た。今回も荷物置きの長机はなく、カバンは床に置くようだ。

「サインチェキ一枚、写メ二枚で」

「サインチェキと写メ二ですね、どうぞ」

 案内されて、キョウカ様の隣に立つ。

「リオンちゃん、来てくれてありがと〜! ポーズどうする?」

「あっ、お、おまかせで……」

「了解! じゃあ、俺に合わせてポーズしてね」

 キョウカ様に言われるがままポーズをして、撮影が終わる。ケータイをスタッフさんから受け取って、ちゃんと撮影できてるか確認した。

「リオンちゃん、本当に来てくれてありがとね! 毎回いてくれるのめちゃくちゃ嬉しいよ」

「えあ、や、そんな……あはは……」

 なんて答えればいいのかわからず、曖昧に笑うことしかできない。

「配信も来てくれたの嬉しかったよ!」

「あー……はは……」

「緊張してる?」

「えぁ、はい……」

 私の顔を覗き込むキョウカ様の瞳が眩しくて、目を逸らしたくなってしまう。

「そんなに緊張しなくていいのに〜。話したいことあったら気軽に言ってくれていいからね?」

「あゃ、は、はい……」

 話したいことなんてないです、と思ってしまったが、じゃあなんで私は特典会でキョウカ様と交流する時間を買ってるんだろうか。

「前も言ったけど、無理しなくていいからね。ライブも配信も特典会も、リオンちゃんのタイミングで来たい時に来てくれればいいんだよ」

「む……無理はしてない、です……」

「そう? ならいいんだけどさ。今日のライブは楽しかった?」

「あっ、た、楽しかった! です、すごく……。キョウカ様の歌声が本当に好きで……!」

「本当? めっちゃ嬉しい〜!! ありがとう!!」

 キョウカ様の嬉しそうな笑顔に、心臓が跳ねた。

「お時間でーす」

 スタッフさんに声をかけられて、キョウカ様からチェキを受け取る。

「リオンちゃん、またね〜!」

「ま、また……」

 キョウカ様とハイタッチを交わして、カバンを持って離れた。まずケータイをカバンに入れて、チェキは手に持ったまま、とりあえず会場を出る。サインをされたペンのインクがどれくらいで乾くのかわからないから、チェキはカバンにしまうタイミングを迷った。

 チェキがちゃんと撮れているかどうかだけパッと見ておいて、問題はなさそうだと判断する。そのまま駅まで歩いて、改札を通る前に、チェキをカバンにしまった。

 電車に乗って、席に座り落ち着いてから、チェキをカバンから出して改めて確認する。サインと日付とメッセージ、今回は「リオンちゃんいつもありがとう!」と書かれていた。とても嬉しくて、幸せな気分になる。

 それと同時に、緊張してろくに話せかったなと後悔する気持ちも湧いてきた。緊張しなくていいなんて言われても、緊張しないわけがないだろう。緊張していたのもあるけど、それだけでもないような気もする。ASDだから、なんて、思いたくはないけど、実際そうだからとしか言えない。

 人とのコミュニケーションを、もっとしっかりできるようになりたい。どうしてこんなにできないんだろうか。

 こんなに暗い気持ちになるなら、特典会に参加しないでライブだけ見て帰る方がいいかもしれない。ライブを見て楽しい気持ちだけで帰る方が、幸せなんじゃないのか。でも、それはそれでつらいような気もする。

 キョウカ様と会ってお話する時間を買えるなら買いたい。写真を残したい気持ちもあるし、やっぱり、キョウカ様ともっと……もっと話したい? 話したいことがなにか具体的にあるわけではない。でも、キョウカ様と交流することができるなら、交流したい。

 そもそも私はなんでこんなにキョウカ様を好きなんだろうか。歌声に惚れたというのはあるけど、それだけではない。……キョウカ様は、私を見てくれているから?

 キョウカ様は、私のことを見て笑顔でお話してくれて、私に向けて大好きだと書いてくれた。私は人と目を合わせて話すのが怖くて、コミュニケーションが極度に苦手で、人を避けて生きてきている。キョウカ様はまっすぐ私を見て、笑顔で話して、大好きなんて気持ちを向けてくれた。

 それは私にとって信じられないくらい奇跡的でありえないこと。でも、だからと言って好きになるのは、接客でかわいい女の子に笑顔で接してもらえて勘違いする迷惑客みたいなものじゃないか? いや、それは違うか。接客の女の子には大好きなんて感情は微塵もないけど、キョウカ様はちゃんと大好きって感情が本当にあるんだから。

 キョウカ様はアイドルだから、ファンのことが大事で、だから私にも笑顔を向けて大好きという言葉をかけてくれている。私のことを特別に見ていて私だけを大好きなわけではない。でも、それでもいいというか、それだからいいというか。

 私だけがキョウカ様にとって特別なのではなくて、キョウカ様はファンのことを平等に大好きなんだ。それは、恋愛ではなく、友情でもなく、ただ貴方のことが大好きという愛情。それって、なんだかうまく言えないけど、とてもまっすぐで、ステキな感情だと思った。

 私は、私にそんなステキな感情を向けてくれるキョウカ様のことが、たまらなく大好きで、私もキョウカ様に大好きを伝えたい。キョウカ様ともっと交流したい。特典会で、コミュニケーションを取ることが難しくても、キョウカ様が私を見てくれる、私に笑顔を向けてくれる時間を買いたい。

 気が付くと、もうすぐ自宅の最寄り駅だった。電車を降りて、スーパーに寄ってお弁当を買って帰る。帰宅したらまずシャワーを済ませて、スキンケア。化粧水と乳液を塗るのは、いまだに慣れなくて、何度やっても毎回こぼしそうになっていた。ヘアミルクとヘアオイルも塗って、髪を乾かしたら、ようやく落ち着いてごはんを食べることができる。

 ごはんを食べながら、なんとなくなにか流しておきたくてテレビをつけた。あまり知らないアニメを、とりあえず流しておく。

 食べ終わったゴミをゴミ箱に捨てて、ゴミ箱がいっぱいになってしまいそうだったので袋を取り替えた。明日の朝にゴミ置き場に入れておこうと思い、袋を玄関に置く。

 明日は土曜日だから、朝は特撮ヒーロードラマを見る。もうけっこう遅い時間だから、今日はもう寝てしまおうかと思った。その前にチェキをチェキファイルに収納しなくてはいけない。

 チェキを収納しながら、キョウカ様の書かれたメッセージを見る。キョウカ様が私に向けてくれる愛情を、大切にしなければいけないと思った。

 寝る前にアラームの設定をしようとケータイを開き、キョウカ様のSNSを見ていなかったと気付いた。ライブ後の投稿があるはずだから、チェックしておきたい。

 SNSを開いて、キョウカ様のアカウントを見た。「対バンライブ来てくれてありがとうございました! 楽しかったー! 次は日曜日にフリーライブ、気軽にみんな来てね!」と、キョウカ様の写真が添えられた投稿がトップに表示されている。私はその投稿にいいねをして、「ライブ本当に楽しかったです! お疲れさまでした」と返信を送った。

 SNSを閉じてアラームの設定をしていると、キョウカ様が返信をいいねされたという通知が表示される。いいねされる早さにびっくりしながら、ケータイを離して布団に入った。


 土曜日の朝、いつも通り特撮ヒーロードラマを見るためにテレビをつけた。街で暴れる怪獣と戦うヒーローの姿を今日も応援する。見終わってから、SNSで感想や関係者の投稿などをチェックしながら朝ごはんを食べた。

 今日はどうしようかなと考える。この前に出かけた時に気になっていたロリィタ古着のお店にまた行ってみようかと思ったけど、出費が大丈夫かと少し不安にもなった。そこまで心配しなくても大丈夫なはずではあるものの、少し抑えた方がいいような気もする。

 迷ったけど、とりあえず行ってみるだけ行ってみることにした。でも、服装をどういう感じで行くべきかでまた迷った。かわいいお洋服で行くべきかと思うけど、かわいいお洋服は前に買ったミモザのワンピース一着しか持っていない。あのワンピースはティアスタのライブの時に着ていきたいから、今日は着ないことにする。普段着の中からなるべくキレイに見えるものを探した。

 メイクはやってみようかと思い、コスメとウェットティッシュを並べた。日焼け止め、パウダー、チーク、リップ、アイシャドウ……もっとメイクにこだわるなら、ハイライトとかマスカラとかもあるはずだけど、私にはこれだけでもいっぱいいっぱい。マスカラなんかは目に入らないかと怖くなってしまう。アイシャドウだって、こんなに目のキワに付けていいんだろうかと不安になる。全体的に本当にこれで合ってるのかなと少し心配にもなりながら、どうにか仕上げた。

 随分と時間がかかってしまった気がする。髪の毛もアレンジをできればいいのかもしれないが、そこまでする気力も体力も技術もない。

 出かける前に鏡で確認してみて、まあまあいい感じにはなっているかなと思う。でも、誰に見せるわけでもないのに、メイクをして意味があるんだろうか、なんて考えてしまった。そういうことを考えてしまうのが、私のよくないところかもしれない。

 メイクで自分の顔をかわいく整えるのは、誰に見せるためでもなく、自分のためにやるものなんだろ。自分で鏡を見てかわいくてテンションが上がったら、それでいいんじゃないだろうか。まあ、そんなにテンションが上がるほどかわいく変身はできていないから、余計なことを考えてしまうわけだ。

 そんなことを考えつつ、電車に乗って街に出た。前に見たロリィタ古着のお店に向かう。

 お店に入って、前に見た黄色のカーディガンとスカートを探したけど、見つからなかった。どうやら売れてしまったのか、今は置かれていないらしい。他に黄色のいい感じの物がないか探してみる。

 キャミワンピースと書かれた、明るい黄色のチェック柄でかわいらしい物が視界に入った。値段を見ると、思ったより安くて少しびっくりした。値段が安いのは状態が悪いのかとも思ったが、状態としては普通程度と書かれている。

 キャミワンピースというのは、これ一枚で着るのだろうかとちょっとわからなかった。ジャンパースカートのように中にブラウスを着るのかもしれない。少し検索してみる。一枚で着てもいいのかもしれないが、中になにか合わせるのが一般的なようだ。

 中に着るブラウスをどうしようかと考える。ここで買う方が安いか、それとも別のお店で新品の物を買うのがいいか。色は何色がいいか。キャミワンピースの黄色チェックに合わせるなら、中のブラウスは無難に無地の白がいいかもしれない。白のブラウスはかわいくて値段も安い物がここのお店にあるから、ここで買っていこう。

 目についた白のブラウスの中から値段を見てなるべく安くて状態も悪くなさそうなのを選んだ。中古だから試着ができないのは少し不安要素ではあるが、恐らく大丈夫だと思いお会計を済ませる。

 お店を出て、時間はあるような気がするけどどうしようかなと思いながらふらふらと歩く。なんとなく百均に入った。

 コスメの棚を少し見てみる。百均の物ってどうなんだろうなとも思ってしまうが、最近の百均は質がいいものも多いらしい。なんとなく見るだけのつもりだったけど、棚に並んだネイルを見て、ちょっと気になった。

 ネイルは職場で禁止はされていないはずではあるが、派手なものは避けるべきだろうとは思う。でも、落とそうと思えば簡単に落とせるものだから、ちょっとやってみてもいいかもしれない。剥がせるネイル、というのがあるらしい。でも、黄色が見当たらなかった。普通のネイルなら黄色もあるみたいだったけど、普通のネイルは除光液というのが必要なはずだから、面倒に感じてしまう。

 剥がせるネイルというのを少し検索してみる。爪に優しい水溶性で、アルコールで簡単に落とせるという物が出てきた。お湯でふやかして剥がすこともできるらしい。百均に比べると少し値段は困るけど、買うのをためらうことはない値段だ。販売が限られているようで、ドラッグストアで買える物ではないらしい。でも、販売店舗一覧を見ていたら近くに販売されている店舗があるようだった。行ってみることにする。

 マップを見ながら歩いて、お店に着いた。目当てのネイルはすぐに見つかった。専用の除去液、除去シートという物もあるらしい。お湯で剥がせるらしいからと買おうと思ったけど、そういう物で落とす方がいいんだろうか。少し迷ったけど、ここまで来て買わないという選択肢もないので、黄色の物と、除去シートを手に取り、お会計を済ませてお店を出る。

 今日はもうこれで帰ろうかなと思い、駅に向かった。電車に乗って、買ったお洋服とネイルの入った袋を大事に抱えながら、ぼんやりと窓の外を眺める。ネイルをしてみようなんて自分が思うようになったことが少し不思議だった。ティアスタに出会ってから、キョウカ様に出会ってから、知らなかったことをたくさん知って、初めてのことをたくさん経験している。

 キョウカ様が、私が今まで知らなかった世界を見せてくれている。なんだかすごく、幸せだなと感じた。

 自宅の最寄り駅に着いて、ごはんはどうしようかなと考えた。荷物があるから、一旦は帰宅して荷物を置いて、改めて近所のスーパーに行くことにした。

 スーパーで安売りの弁当を見ながら、この食生活を改めるべきなんだろうかと少し迷う。でも、自炊をする気にはなれなかった。せめて少しでも栄養を取れそうな物を買おうと、ヨーグルトをカゴに入れる。

 帰宅して、ヨーグルトを冷蔵庫に入れてから、弁当を食べた。やることが色々あるような気がして、どうしようかなと考える。お洋服が、試着はできないお店だったから本当にちゃんと着られるか少し不安になり、着替えてみた。問題なく着られたので、安心する。

 お洋服を脱いで、シャワーを済ませた。ネイルを塗ってみようかなと思う。明日はティアスタのフリーライブに行くから、今日の内にやっておくのがいいだろう。

 なにせ初めてのことだから、少し苦戦してしまった。どうにかこうにか塗り終えて、一息つく。少し不格好にはなったけれど、黄色に塗った爪を見て、気分が上がった。

 寝る前にSNSをチェックしようと、ケータイを開く。キョウカ様の投稿があった。「明日はフリーライブ! みんな気軽に来てね~、楽しみだね!」と書かれていた。私はその投稿にいいねをして、返信を送ろうか迷ってやめた。ライブ行きます、と返信したいなと思ったけど、行きますと言って、なにかがあって行けなくなったら嫌だなと思ってしまった。いや、行けなくなるなんてことはないだろうとも思うが、万が一の可能性を考えてしまう。

 まあ、そんなことは考えていても仕方がない。明日のフリーライブを楽しみにしながら、布団に入った。


〈六話へ続く〉

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