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第四話

 今日はティアスタが出演する対バンライブに行く日。朝はメイクをするためにいつもより少し早めに起きた。メイクと言っても、日焼け止めとフェイスパウダーを塗るだけ。それでも、私にとっては大きな一歩だった。

 普段しないメイクなんてしているから、周りから何か言われやしないかと不安になる。でも、何も言われず午前の作業が終わった。今日は半休にしてもらっているので、さっさと事業所を出る。

 近場でお昼を済ませて、電車に乗った。時計を見ると、思ったより時間がある。わざわざ半休にしなくても、仕事帰りでも間に合ったかもしれない。でも、なるべく時間に余裕を持って行動したかった。

 ライブ会場は初めて行く場所だから、心配になってマップを何度も確認する。ほどなくライブ会場の最寄り駅に着いて、トイレに寄った。鏡で確認しながらリップクリームを塗る。トイレの鏡でメイクをするなんて、今までしたことがない。自分がこんなことをするようになるなんて思わなかった。カバンの中に入れていた黄色のヘアピンを髪に付ける。黄色を身に付けると、気分が上がる気がした。

 まだ時間はあるけど、とりあえずライブ会場の前まで行ってみる。場所の確認はできた。近くにファミレスがあったから、そこで時間を潰すことにする。

 メニューを見て少し考えて、ドリンクバーとミニサイズのパフェを注文した。ドリンクバーでなにを飲むか少し迷って、ウーロン茶にする。

 席に座ってウーロン茶を飲みながら、時間はあるけどどうしようかとケータイを見た。注文していたパフェがすぐ来たので、ケータイを置いてパフェを食べる。

 食べ終えてケータイを開き、念のため対バンライブのタイムテーブルを確認した。まだティアスタの出番まで一時間ほどある。ティアスタしか見ないつもりなのだが、ティアスタの出番の少し前に会場に入ればいいだろうか。どれくらいのタイミングで会場に入ればいいのか、軽く検索してみてもよくわからなかった。対バンライブというのは、色々とマナーがあるようで、また少し不安になる。

 入る時間は、ティアスタの一つ前のグループが始まるくらいでいいだろうと判断した。検索窓を閉じて、マンガアプリを開く。マンガを読むことで、不安感を拭おうとした。

 時間を見て、食事をしたからリップクリームを塗り直すべきかなと思い、トイレに寄った。手鏡を持っていないと、いちいちトイレに寄る必要があるのは不便だなと気付く。近い内に手鏡を買おう。

 ファミレスを出て、ライブ会場に入った。

「チケット確認します〜」

「あっ、はい」

「お目当てはどのグループですか?」

「あっ、えっと、ティアスタです」

「ティアスタですね。ドリンク七百円です」

「はいっ」

「ちょうどですね〜。こちらドリンクチケットです」

 初めてのことで少し不安だったけど、受付は問題なく済んだ。

 ロビーに入ってすぐのところにドリンクカウンターがあり、いくつかのペットボトル飲料が並べられている。ドリンクメニューを見ると、ペットボトルではない物もあるようだったが、ペットボトルの方がいいだろうと思った。ドリンクチケットを出して、緑茶のペットボトルを受け取る。

 扉を隔てた向こうから、音楽が聞こえてきていた。どうやら出入り自由なようなので、扉を開けて中に入る。

 ライブハウスというのはこういうものなんだなと思いながら、ステージを見た。ステージに立っているグループが、挨拶をしている。そのグループ名は確かタイムテーブルでティアスタの二つ前だったはず。

 ステージを見ないでケータイを見ているお客さんがいて、びっくりしてしまう。目当てのグループではないのだろうか。目当てのグループではないにしても、会場にいるならステージを見るべきなんじゃなかろうか。そんなことを思っているあいだに、ステージには次のグループが立っていた。

 前の方の場所が空いているが、どの辺りに立っていればいいのかわからない。目当てのグループ以外であんまり前に行かない方がいいらしい。とりあえず後ろの方に立っておく。

 タイムテーブルで名前を見ただけの、なにも知らないアイドルグループ。ペンライトの色も知らないけど、次にすぐティアスタが控えているから、ペンライトはカバンから取り出した。とりあえずペンライトを点灯させずに、なんとなく音楽に乗っておく。

 三曲ほど終わり、自己紹介があった。ようやくメンバーカラーを知ったものの、自己紹介が終わるともう退場されるようだった。対バンライブって、一組の出番はこんなにあっという間なのか。

 次はティアスタの出番だ。前にいたお客さんが後ろに移動していき、後ろから前の方に行くお客さんもいる。そのままロビーまで出ていく人もいるようだ。私は前に行くお客さんの流れに乗ろうとしたが、どこまで前に行っていいのかわからなくて不安になった。結局、中途半端な位置で立ち止まる。

 ティアスタがステージに出てきて、前から歓声が上がった。慌ててペンライトを黄色にして掲げると、キョウカ様と目が合った気がする。バチッと視界が弾けたような感覚があった。目が合ったなんて気のせいかもしれないし、気のせいではなかったかもしれない。そんなことを思う間もなく、キョウカ様の歌声が私の心を鷲掴みにした。

 ティアスタのライブを見るのはこれで三度目だけど、ライブを見るたびに最高を更新している。心の底からそう感じた。

 ライブハウスでライブを見るのはこれが初めて。照明がギラギラにステージを照らしていて、スピーカーの圧もすごくて、全身で音楽を浴びる感覚。遊園地やショッピングモールのステージとは違って、客席が暗いからペンライトもよく映える。

 ティアスタのライブは、やっぱり最高に楽しい。あっという間に三曲目が終わってしまった。

「僕たち、煌めく星々の雫、ティアスタです!」

 三人が並んで声を合わせてそう名乗る。

「メンバーカラーはホワイト、白峰ミユキです!」

「メンバーカラーはヴァイオレット、横谷サトリです!」

「メンバーカラーはイエロー、新村キョウカです!」

 立て続けに三人がそう名乗った。出番が短いから、自己紹介も短くされたのだろうか。

「僕たち来月に一周年ライブを控えています! 手売りチケットが物販で買えます! よろしくお願いします!」

「僕たちティアスタのライブを初めて見たよーって人は、この後の特典会でチェキが一枚、無料で撮れます! ぜひ無料チェキだけでも遊びに来てください!」

 ミユキくんとサトきゅんがそれぞれ告知されて、三人が頭を下げた。

「それではこの後も素敵なグループがたくさん出ますので、楽しんでいってください!」

 キョウカ様が言って、三人がステージを去っていった。

 お客さんが前から後ろへ、ロビーへ、後ろから前へと移動していく。私はとりあえずロビーに出る流れに乗った。ロビーに出てよく周りを見ると、A、B、Cと書かれた紙が掲示されている場所があった。そういえばタイムテーブルには並行特典会Cと書かれていたはず。ティアスタの特典会はここでやるようだ。

 すぐにスタッフさんが来て、準備を始められた。

「ティアスタ、販売を始めます。新規チェキもこちらでどうぞ!」

 スタッフさんが言って、人が並び始める。私も最後尾札を貰って並ぶと、すぐ後ろに人が並んだので最後尾札を渡した。

 今になって気付いたけど、特典券を何枚にするか決めていなかった。今日は一周年ライブの手売りチケットを買うことばかり考えていて、特典券のことをすっかり忘れていた。すぐに私の順番が来てしまう。

「あっ、えっと、その、一周年ライブのチケットを……」

「チケットですね、三千円です。特典券はいいですか?」

「えあっと、特典券、キョウカ様で……えっと、四枚……」

「キョウカ四枚ですね。チケットと合わせて七千円です」

「はい。あ、あの、チケットってサイン貰えるんですよね?」

「はい。撮影の時に特典券と一緒にスタッフに渡してください」

「わ、わかりました、ありがとうございます」

 一周年ライブのチケットと特典券を受け取って、撮影待機列の最後尾に並んだ。思ったより人が少ないな、なんて思うあいだに、後ろに人が並んだので最後尾札を手渡す。

 ほどなくして三人がやってきて、特典会の開始の挨拶をされた。列が少しずつ動き出す。

 私はもう少し事前に色々と考えておくべきだったと、この時になって気付いた。チェキのポーズを何も考えていない。どうしよう、と考える時間なんてなく、もう次が私の順番だった。慌てて特典券とチケットをスタッフさんに差し出す。

「キョウカ四枚と、チケットサインですね。チェキと写メはどうしますか?」

「あっ、えっと、サインチェキ一枚と、写メ二枚でお願いします」

「サインチェキと写メ二ですね。あ、今日は狭くて荷物置きの机を置けないので、荷物はその辺りの床に置いてもらっていいですか?」

「あ、そうなんですね、わかりました」

「では、どうぞ~」

 キョウカ様の前に行くと、キョウカ様がパッと嬉しそうに顔を輝かせる。

「リオンちゃん! 来てくれて嬉しいよ~! ポーズどうする?」

「え、あの、何も考えてなくて……」

「オッケー、じゃあ俺に合わせてね」

 キョウカ様に合わせてポーズを取って、撮影を終える。

「チケットサインもあります」

 スタッフさんがキョウカ様にチェキとチケットを手渡した。私はケータイを受け取ってパッと写メが撮れているかを確認する。キョウカ様が、とても嬉しそうにしていた。

「一周年のチケット買ってくれたの?! ありがと~!! めちゃくちゃ嬉しい!!」

「あぇ、はい……」

「今日はどうだった? リオンちゃん、対バンは初めて?」

「あっ、はい、対バンっていうか、ライブハウスが初めてで……」

「えっ、そうなの?! 初めてだと不安だったんじゃない? 大丈夫だった?」

「不安……だったんですけど、ライブはすっごく楽しかったです!」

「そう言ってもらえると嬉しいよ〜! ありがと!!」

「えへへ……」

 なんて言えばいいのかわからなくて、笑うことしかできなかった。キョウカ様の笑顔がとても眩しい。

「あのさ、リオンちゃんって、『かわいい』って言われるの嫌だった?」

「えっ?」

「こないだ、なんか戸惑ってたみたいだったから、『かわいい』って言われるの嫌な人もいるかな?って思って」

「あ、あー……その、えっと、嫌というか、かわいいなんて言われたことなかったから、戸惑ったというか……」

「そっかー。嫌じゃないならよかった。今日も黄色のヘアピン付けてくれてありがとね! 似合ってるよ」

「あぇ、あ、はは……」

 なんだかその言葉で胸が苦しくなって、私はそれをごまかすように笑った。

「リオンちゃん、遊園地で出会ってから、毎回、来てくれてるよね?」

「え、はい、でも、まだ遊園地を含めて三回しか……」

「いやいや、毎回いてくれるって、すごいことだよ? でも、無理しなくていいからね? リオンちゃんが無理してないか、ちょっと心配だよ。今日なんて平日だし、仕事とか大丈夫だった?」

「だ、大丈夫です、そんな……」

「お時間でーす」

 スタッフさんに声をかけられて、会話がストップされた。サインをされたチケットとチェキをキョウカ様から受け取る。

「じゃあ、またね!」

「ま、また……」

 ハイタッチをして、その場を離れた。ロビーには座るところがなく、他のグループも特典会をしているので、邪魔にならないようにすぐ出ようと判断する。チェキとチケットとケータイでごちゃごちゃしている手を見て、せっかく買っていたスマホショルダーをカバンから取り出すのを忘れていたと気付く。スマホショルダー、せっかく買ったけど、普段は使わないから、カバンから出すタイミングがわからなかった。ひとまずチェキとチケットとケータイを歩きながらカバンにしまう。

「再入場いいですか?」

「あ、大丈夫です」

 受付を通り過ぎて、外に出た。ご飯をどうするか迷ったけど、帰宅することにする。途中でスーパーにでも寄ってご飯を買って、家で食べよう。

 電車に乗って、ケータイを見る。今日の特典会の写メを確認した。キョウカ様は今日も最高にかわいくてかっこいい。なのに、私は、少し暗い気持ちになってしまう。

 キョウカ様に「かわいいと言われるのが嫌だったのか」と聞かれて、私はうまく答えられなかった。嫌だったわけではない、みたいなことをとっさに言ったけど、自分でもよくわからない。

 本当は、かわいいと言われるのが嫌なのかもしれない。そう思ったけど、そうではなくて、うまく言葉にならないモヤモヤが頭の中にある。

 そう、モヤモヤしている。黄色のヘアピンが似合うと言われた時も、なんだか言葉にならない気持ち悪さがあった。

 私は、自分の容姿が好きではない。だから、自分の容姿についてなにか言われることが、受け入れられないのかもしれない。こないだは、男性から性的に見られるのが嫌なのかも、と思っていた。それもあるかもしれないが、そもそも根本的に、自分の容姿が受け入れられない。

 自分の容姿、だけではないような気がした。容姿だけでなく、自分のことを認められないから、コミュケーションができない。自分に自信がないから、……自分のことが、嫌いだから。

 気が付いたら、もうすぐ自宅の最寄り駅に着くところだった。ひとまず考えるのをやめて、近くのスーパーでご飯を買って帰る。

 いつも通りシャワーを浴びようとして、そういえば今日はメイクをしてたんだったと気付く。洗顔をちゃんとして、化粧水と乳液も忘れずに塗らないといけない。メイクをしていない日は必要ないと思って、化粧水も乳液も洗顔も使っていないけれど、メイクをしなくても毎日するべきなんだろうか。した方がいいとはインターネットに書かれてるのを見たけど、毎日ちゃんとするのは億劫だった。

 シャワーやご飯などを済ませて落ち着いてから、カバンの中身を整理する。今日のチェキには「初対バンありがと!」と書かれていた。初めての対バン、初めてのライブハウスでのライブ、不安だったけど、本当に行ってよかった。

 チケットのサインも確認する。「リオンちゃん出会ってくれて本当にありがとう! 一周年ライブ一緒にめいっぱい楽しもうね! 大好き!!」と書かれていた。すごく嬉しくて、胸が張り裂けそうになる。

 それと同時に、「大好き」という言葉を素直に受け止められない。自分のことを嫌いだから、そんな自分のことを好きだなんて言われても……。

 キョウカ様は、この前のチェキでも「大好き」と書いてくれていた。喜ぶべきなんだろうが、私はそれを素直に喜べない。私のことを好きになる人間なんているはずないとすら思ってしまう。

 キョウカ様は、どうして「大好き」なんて言葉を私に向けてくれるんだろうか。こんなこと、人生で初めてで、どう向き合えばいいのかわからない。人から好きだと言われることが、こんなに苦しいなんて知らなかった。こんなものはただのお世辞、リップサービスというやつかもしれない。アイドルってそういうものなんだろうか。アイドルを好きになることが人生で初めてだから、わからないことが多すぎる。

 考えていたら、時計が視界に入った。明日は仕事なんだから、遅くならない内に寝たい。仕事……普通の仕事ではないので、仕事と言っていいのか少し疑問にもなる。A型事業所は、仕事ではあるものの、普通の会社とは違う、福祉サービスだ。でも、雇用契約を結んではいるから、まあ仕事と言っていいだろう。

 キョウカ様は、無理しなくていいと言っていた。無理をしているつもりはなかったけど、遊園地でティアスタに出会ってから、毎週ライブに行っている。今までそんなに頻繁にイベントに行くことはなかった。金銭的にも体力的にも、ライブに行く頻度はもう少し考えるべきかもしれない。

 色々と考えたいことは多いけど、時間が時間なので、今日はもう寝たい。アラームをかけるためにケータイを触ったら、間違えてSNSを開いてしまった。「今日は対バンライブ本当にありがとう! 駆け付けてくれて嬉しかったよ!」という、キョウカ様の投稿が目につく。私はそれにいいねを押して、「お疲れ様です! ライブとっても楽しくて、行けてよかったです!」と返信を送った。

 SNSを閉じてアラームをかけて、布団に入る。チラッとケータイを見たら、先ほどの返信にキョウカ様からいいねされた通知が来ていた。反応の速さにびっくりしながら、眠りに就いた。


 目が覚めて、いつも通り仕事に行く。いつもの作業をいつも通りこなして、休憩時間。色々と考えたいことがある気がしたけど、なんだか頭の中がまとまらなくて、ぼんやりとお昼を食べた。考えがまとまらないので、少し頭を休めようと思い、マンガを読む。マンガを読むのに夢中になっているあいだは、余計なことを考えなくて済むから。

 お昼休みが終わり、午後の作業も問題なく終えて、帰宅した。ご飯やシャワーなどをいつも通り済ませて、ぼんやりとテレビをつけた。見たいものがあるわけではなかったけど、無音だと落ち着けなくて、でもなにか見るわけではなく、集中しなくていい映像を流しておきたい。バラエティー番組は好きではないし、特撮以外のドラマに興味はない。ニュース番組は見ていると気が滅入ることが多い。ザッピングして、辿り着いたのは野球中継だった。

 アニメの時間がズレるから野球中継は嫌いという人もいるらしい。その気持ちも少しはわかるような気はするが、野球中継は不快感がなく安心して楽しめるテレビ番組だと思う。野球は攻撃がターン制なのがわかりやすくて、ぼんやり流しておくにはちょうどいい。

 野球中継を流しながら、ケータイのメモアプリを開く。頭の中にあるモヤモヤをまとめてしまいたかった。

 まず、考えるべきことは何か。浮かんだことからとりあえず書いてみる。

 キョウカ様に言われた、無理をしていないかということ。キョウカ様に……他人に、自分の容姿のことを言われるのが嫌だということ。大きくはこの二つだろうかと思う。

 一つずつ整理していこう。まず、無理をしていないかということ。無理をしているとはどういうことなのか。金銭的なことや、体力面などが考えられる。

 キョウカ様には仕事は大丈夫だったかと心配された。無理して都合をつけたんじゃないのかということだろう。有給休暇はあまり使っていなくて余裕があるから、そんなに無理をしたわけじゃない。まあでも、今後もライブに行くことを考えると、有給休暇も計画的に使っていかなければならない。

 体力的には、そこまで問題はない気はする。問題があるとすれば金銭面だ。ライブに行くだけではなく、メイクやお洋服などにもお金を使っている。ちょっとお金を使いすぎてしまっているような気はする。昇給なんてない仕事だから、転職でもしなければ収入が増えることはない。最低賃金が上がればもちろんその分は増えるが、そんなのは微々たるものだ。もう少し考えてお金を使うべきかもしれない。

 計画的に有給休暇を使うとか、お金の使い方を考えるとか、そんなこと自分にできるわけがないとも思ってしまう。ASD特有の衝動性が、私を突き動かす。ライブに行くことにここまで夢中になっているのも、ASDの衝動性や依存しやすさなどが関係しているかもしれない。

 冷静に考えようとすると、ライブに行くのを控えるべきなんだが、どうしてもライブには行きたいと思う。特撮ヒーローは毎週テレビで見られるけど、キョウカ様に会うにはライブに行くしかない。SNSや配信などで姿を見ることはできるけど、それだけでは足りない。ライブを味わいたい。特典会でお話したい感情もある。ライブには行くしかないとしか思えない。控えるなんて無理だ。そう、行くのを控えることこそ無理だ。ライブに行くことは無理じゃない。ライブに行けないことの方がつらい。

 もう一つの大きな問題について考えよう。自分の容姿が受け入れられないということ。

 自分の容姿だけではなく、自分の存在そのものが受け入れられていないのかもしれない。自分の存在が嫌いだから、自分を好きになる人間なんているわけないと思っている。キョウカ様の言葉を素直に受け止められない。

 キョウカ様が「大好き」だと言ってくれる自分のことを、ちゃんと認められるようになりたい。私は……私は、自分のことを、どう思ってる? 自分のことが、嫌いだけど、嫌いなままでは悲しい。ではどうしたいのか。

 私は、自分のことを愛したい。ちゃんと自分を好きになって、自分と向き合って、自分を大事にしたい。私は、私を愛したいんだ。

 昔からよく言われていることだ、他人を愛するにはまず自分を愛するべき。自分のことをちゃんと愛せるようになれば、キョウカ様の言葉を素直に受け止めることもできるはず。

 でも、そのためにはどうすればいいのか、という肝心なことがわからない。障害者支援の施設では、よく「ありのままの自分を受け入れること」が大事というようなことを言われる。

 テレビの画面から、「ホームラン!」という力強い声が聞こえた。盛り上がっている観客の姿が映る。なんだかすごく楽しそうで、羨ましいなと思った。

 私は楽しそうな人たちの姿が羨ましいのか。そんな疑問が頭に浮かぶ。どうして羨ましいんだろう。自分は今すごく悩んでいて、悩みに答えが出せなくて苦しんでいた。テレビの中に映る楽しそうな人たちは、悩みがなさそうで羨ましい? でも、あそこにいる人たちだって、今は野球観戦を心から楽しんでいても、普段は色々なことに悩んでいるかもしれない。それに、ホームランを打たれてしまった相手は悔しくて悲しいだろう。テレビで切り取られているのは、ごく一部でしかない。

 それにしても、思っていたより時間が経っていたのだと、テレビを見て気付いた。悩み事があっても、延々と悩んでいるのはよくない。それはわかっていても、延々と考えてしまいがちになる。

 少し気持ちを切り替えるべきかなと思い、SNSを開いた。様々な投稿が、視界に入っては流れていく。少し落ち着いた気がした。

 テレビを見ると試合が終了していた。どうしようかと迷いながら番組表を見て、金曜日の映画放送のチャンネルにする。今日の放送は、以前にもテレビ放送で見たことのあるアニメ映画だった。別に見たいわけではないが、なんとなくぼんやり流しておくにはちょうどいい。

 ケータイを開いて、近所の美容室を検索した。自分のことを好きになるために、外見から変えてみたい。スキンケアもメイクもなるべくもう少しちゃんとしよう。

 美容室に行く前に、どういう風になりたいのかをしっかりイメージを固めておくべきかもしれない。でも、どういうのが自分に合うのかわからなかった。検索してみると、「似合わせカット」という単語が出てくる。自分に合うカットを美容師さんから提案してもらえる、らしい。

 しっかり垢抜けたいなら、カットだけでなくカラーもするのがいいだろうか。社会人の女性でよく目にする茶髪が無難だとは思うものの、なんとなく嫌でカラーはしたことがない。

 黒髪が好きなわけでもないけど、茶髪にしたいとは思えない。もしヘアカラーをするなら派手なピンクや明るい色などにしてみたいが、そんな派手なヘアカラーはできない。事業所で明確に禁止されているかは聞いたことがないけど、事業所にはそんな派手な髪色の人はまったくいない。明確に禁止されていなかったとしても、やらない方がいいだろう。

 自分を好きになるために外見を変えたいから、どうせなら好き勝手にやるのがいいかもしれない。しかし、社会人としてのルールは守る必要がある。

 髪に関してはとりあえず似合わせカットと、せっかくだからトリートメントも予約しよう。直近で明日の十八時が空いていたから、そこにする。

 メイクに関しても考えたい。少しメイクのことを検索しようとして、気付いたことがある。私は今まで化粧品を「メイク用品」と呼んでいたが、「コスメ」と呼ぶ方が合っているのではないか。メイク用品でも間違いではないようだが、コスメと呼ぶ方が正しいらしい。

 改めてコスメを調べてみようとしたものの、やっぱりあまり工程が多いのは億劫になってしまう。ベースメイクというのは日焼け止めとフェイスパウダーで足りてると思う。リップは、まだ未開封のチークがリップとしても使えるらしいからそれがいい。買い足すとしたらアイシャドウだろうか。

 アイシャドウについて色々と見てみる。目の周りのどこにどの色を置けばいいのかがわかる説明付きのものがあるらしい。そういうわかりやすい物がいいかと思うが、単色アイシャドウというのも気になった。

 単色という名の通り一色だけのアイシャドウ。たくさん色がある物よりも、一色だけの方が使いやすそうな気がした。でも、アイシャドウというのは本当に色とりどり様々ありすぎて、どれが自分に合うのかわからない。

 一旦アイシャドウについては考えるのをやめて、他のことを検索してみる。指でメイクをしたら手を洗うのかということ。

 指でメイクをした場合、逐一ウェットティッシュで拭き取ればいいらしい。ブラシを使うのがいいかとも思っていたが、ブラシがなくても指だけでも問題ないようだ。ブラシもピンキリあって、百均でもいいかとも思うものの、なくていいなら買わなくてもいいだろう。

 あとはお洋服と、靴も考えるべきだろうか。靴だけはかわいい物にするのは無理な気がしてしまう。歩きやすいはずのスニーカーでさえ足に合わないと感じることがあるのに、かわいい靴なんて履けない。お洋服は、こないだ見たロリィタ古着のお店にまた行ってみようか。

 外見を整えることばかり考えたけど、本当に自分を愛するには、内面も変えていかなければならないと思う。でも、外見が整えられれば、少しは自信が付くかもしれない。

 テレビではいつの間にかアニメ映画がもう終わるところだった。ほとんど見てはいなかったけど、最後だけちゃんと見てからテレビを消す。無音ではない方が考え事をするにはちょうどいいとテレビをつけてたけど、電気代がもったいなかったかなとも思った。

 たくさん考え事をして疲れたから、今日はもう寝よう。


 土曜日は、朝に特撮ヒーロードラマを見る。巨大なヒーローが怪獣を倒す様が今日もかっこよかった。

 余韻に浸りながらご飯を食べる。SNSに感想を投稿して、流れてくる感想を見るのも、とても楽しい。

 ケータイのスケジュールアプリが、美容室に行く予定を告げてきた。途端に不安に襲われる。ちゃんとした美容室なんて行ったことがないから、とても不安でたまらない。

 服装はどうしようか、メイクはするべきなのか? 美容室に行く時って、普通はどうするんだか、まったくわからない。ひとまず、ボトムはズボンではなくスカートで、なるべくキレイな服装にしよう。メイクは、日焼け止めだけは塗ることにする。

 まだ時間はあるものの、落ち着けないから出かけようか迷う。そんなに距離はないところだけど、初めて行く場所だから道に迷う心配もあった。と言っても電車で二駅だから、急ぐ必要もない。でもやっぱりどうしてもソワソワしてしまう。

 ソワソワして仕方ないから、出かけることにする。電車に乗ったら、二駅なんてあっという間だった。少し歩いて美容室の場所を確認してから、時間があるので周りをふらふらと歩く。

 書店があったので入ってみた。なにか買いたいわけでもなかったけど、本がずらっと並ぶ書店の棚を見ていると落ち着く。今は電子版で買うことが多いが、紙の本も好きだ。好きだけど、部屋に置き場所がないから困ってしまう。時間をかけてゆっくり見て回って、書店を出た。

 歩いていたら喫茶店が目についたから、そこに入る。紅茶とサンドイッチを注文した。

 サンドイッチを食べて、紅茶を飲みながらケータイでマンガアプリを開く。さっき書店に寄ったから、紙で読みたいかも、とも思いながら、アプリでマンガを読んだ。

 気が付けばいい時間になっていたから、喫茶店を出て美容室に向かう。ものすごく緊張していた。

 美容室に入って、受付を済ませると、すぐに席に案内される。カットの前にカルテを記入するよう言われた。必要事項を記入して、美容師さんに渡す。

「ではカットを始める前に、なりたいイメージはありますか?」

「あぇ、あの、私、自分に合うのがまったくわからなくて、だから、その……」

「おまかせでいいですか? 長さはどうします?」

「あ……前髪は目にかからないくらいで、後ろは……切ってもらっていいんですけど、短くはないのがいいかな、って……」

「そうですね〜。前髪は今の感じで合ってると思います。顔の横の髪を作ってみませんか? 印象が変わりますよ」

「えっと、印象を変えたい……と、思ってるので、それがいい……です」

「そうしますね。後ろの髪は、そんなに切る必要ないかなと思います。髪質がキレイだから、毛先を二センチくらい切って、整えるくらいでいいですかね」

「は、はい……」

「ではカット始めますね〜」

 その会話だけでものすごく疲れてしまった。髪質がキレイと褒められたことも、なんだか少し気持ち悪く感じてしまう。自分の容姿について言われるのが、嫌だった。

 カットが終わり、トリートメントをされる。美容室のトリートメントというのは時間がかかるんだなぁと思った。

 トリートメントが終わり、髪を乾かされて、ヘアアイロンで少しだけ整えられた。長さ自体はそこまで変わっていないものの、印象は変わったような気はする。でも、期待していたほど劇的な変化ではなかった。いっそ思い切り短くしてもらう方がよかったかもしれない。けど、美容師さんが私にはこの髪型が合うと判断されたってことなんだろう。

「いかがですか?」

「あっ……いいと思います、ありがとうございます……」

 顔の横の毛は邪魔だったら耳にかけてしまってもいいとか、ヘアアイロンを使う場合はどうするのがいいかとかも教えてくれた。優しくて素敵な対応をされたと思う。なのに、なんだかちょっと苦しかった。

 美容室を出て、今日はもう帰宅する。途中でご飯を買いにスーパーに寄った。帰宅してご飯を食べて、シャワーを浴びようと思ったけど、美容室でトリートメントしてもらったんだったと気付く。トリートメントしてもらったんだから、髪の毛はそのままにしておくのがいい気がした。でも、体は洗いたい。

 美容室の後のシャワーについてケータイで検索してみた。髪の毛は濡らさないように体だけ洗うのがいいらしい。でも、日焼け止めを塗ったから洗顔もしたい。髪の毛を完全に濡らさないのは難しいけど、なるべく濡らさないように気を付けよう。

 私はこういうことを何も知らずに今まで生きてきたのか。なんだか自分はあまりにも無知だなと思った。世の中の普通の人はどこからどうやってそういう知識を得るんだろう。

 ……普通の人ってなんだ? 頭の中に浮かんだ単語に、自分でびっくりしてしまった。「普通なんてない」とか「障害も個性」だとかよく言われるけど、普通は知ってること、というのはあるよな。常識、と言うべきか。

 常識なんて人によって違うというのも聞いたことはある。でも、圧倒的に世の中に浸透している常識というのはあるんじゃないのか。私は発達障害だから、なんて言い訳みたいにしたくはないけど、常識も普通もわからない。

 塞ぎ込んでしまいそうになったものの、ひとまずシャワーを浴びて洗顔をした。化粧水と乳液の後にドライヤーをしているけど、順番はこれでいいんだろうかと今さら気になる。今日はなるべく髪を濡らさないようにはしたつもりだが、少し塗れたからドライヤーはした。検索してみると、順番としてはスキンケアの後にドライヤーでいいらしい。

 鏡を見ながら髪の毛を手ぐしで整えていると、美容室のトリートメントってすごいなと実感した。髪の毛を触った時の質感が違う。いつまでもこのまま維持できればいいのに。

 改めて鏡で見てみると、パッと見ではそこまで印象は変わっていない気がしてしまった。顔の横の毛は、確かにちょっと印象は変わるけど、それくらいしかパッとわかる違いはない。やっぱりバッサリと切るべきだったかとも思うけど、短くするのもそれはそれで自分には合わない気がして嫌だった。じゃあどうすればいいんだろう。

 私は美容室になにを期待していたんだろう。フィクションの世界で見かける、魔法みたいなパッと明るくなる変化は、フィクションの世界だからできることなのか。実際には髪を少し整えたところで魔法みたいにパッと変わることなんてない。

 まだメイクを本格的には挑戦していないけど、メイクをしてもきっと魔法みたいには変わらない。そういうことが少しずつわかってきた。でも、じゃあすべて無駄なのかと言えば、無駄ではないと思いたい。劇的にパッと変わることはなくても、少しずつでも変わっていくことはできていると思いたかった。

 少しずつ、少しずつでも、自分を愛せるように、自分のことを大事にできるようになりたい。自分を大事にするということ、まだわかっていないけど、スキンケアをするとか髪を整えるとか、そういうことから大事にしていきたい。

 形から入れば中身も伴っていくみたいなことは昔からよく言われている。まずは形から入ってみるのがいい気がした。メイクももう少しちゃんとしてみたい。明日はアイシャドウを買いに行こう。

 アイシャドウはどんな色が合うかわからないから、パーソナルカラーというものについて、改めて検索してみた。ちゃんとした診断を受けるのはお金がかかるけど、ケータイのカメラで顔写真を撮って無料で診断できるWebサイトがあるらしい。インターネットに自分の顔写真をアップロードするのは少し抵抗感はあるが、無料で診断できるのは助かる。もちろん、ちゃんとした診断を受けるのとは精度が違うんだろう。でもとりあえずやってみた。

 ブルベ夏、という診断結果が表示される。ラベンダーや青みピンク、くすみピンクなどが合うと書かれていた。なんとなくで選んでいた日焼け止めとフェイスパウダーは恐らく合っていたらしい。チークは赤いのを買ってしまっていたから、合っていないけど、どうしたらいいだろうか。合う物を買うのはいいんだが、買ってしまった物を、合わないからといって捨ててしまうのはもったいない。

 それをどうするかは後で考えればいいか、と切り替える。チークとリップ、アイシャドウはこの診断結果を参考にドラッグストアで見てみよう。

 そもそも、コスメをドラッグストアで買い揃えるのをやめるべきなんだろうか。もう少しちゃんとした、アドバイザーさんがいるようなお店で買うのがいいかもしれない。でもそんなにお金をかける気にはなれないから、ドラッグストアがいいだろう。

 今日はひとまず考えるのをやめて、寝る準備をする。ケータイのアラームを設定して、布団に入った。


〈五話へ続く〉

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