第三話
日曜日の朝も、特撮ヒーロードラマから始まる。私の大好きな時間。今日もとてもおもしろかった。大好きなヒーローに熱中している時間は、とても幸せで、テレビを消してからも、今日はその余韻に浸ることができた。
余韻に浸りながらご飯を食べて、SNSに流れてくる感想や公式サイトの次回予告などをチェックする。そうしていたら日曜日の午前中が終わる。今日は特に予定は入れていなかったけど、どこかに買い物にでも出かけたい。
ペンライトは買うべきだなと昨日のライブで思った。検索してみると、アニメショップでなくても買えるところはあるらしいが、アニメショップのポイントが少しあったはずなのでアニメショップに行こう。そう思って電車に乗った。
アニメショップに着くと、日曜日だからか、けっこうな混雑だった。ペンライトなんて買おうと思ったことがなかったので、どこにあるのかわからない。店員さんに聞こうにも、混雑しているから困ってしまう。
ふらふらと歩き回っていたら、「推し活コーナー」というのが目に入った。推し活、最近よく聞く言葉だ。私は時代の変遷に合わせて推しという言葉を使うようにはなったが、自分が推し活をしているとは思っていない。
私がやっているのはオタク活動であると認識している。まあ今はそんなことはどうでもいい。
どうやら推し活コーナーにペンライトがある。それだけでなく、いわゆる痛バッグと呼ばれる透明な窓の付いたバッグや、チェキやブロマイドなどの収納用ファイル、チェキやアクリルスタンドなどを持ち歩くためのケース、様々なアイテムが用意されていた。
チェキは収納するだけでなく、お気に入りの一枚を持ち歩くという選択肢もあるのか。でも、私はそういうのを持ち歩くことで傷や汚れが付いたり、なくしたりしてしまうのではないかととても怖かった。だからグッズは滅多に買わないし、買ってもほとんど持ち歩くことはない。
ここのアニメショップのポイントが少し貯まっているのは、特典付きのマンガを買うことがあるからだった。最近は紙よりも電子で買うことが増えているが……。
ひとまずは今日の目当てであるペンライトを見る。けっこう種類があった。一般的らしいキングブレードというのでいいだろうか。値段が違う物があるが、どう違うのかわからないので手に取って説明を見る。
アプリで色を設定できる機能があるらしい。それは必要ないかなと思った。基本的なカラーチェンジができる物で、恐らく充分だろう。乾電池が必要らしい。乾電池はそこにはなかったので、後でどこかで買おう。
とりあえず一本あればいいだろうか。予備として二本くらい買ってもいいかもしれない。少し迷ったが、一本だけ買うことにした。
お会計を済ませて、アニメショップを出た。近くにある家電屋に寄り、乾電池を買った。今日の目的はとりあえず済ませたが、ついでにご飯でも食べていこうかと迷う。とりあえず歩いていると、一つの看板が目についた。
「ロリィタ古着」と書かれていた。ロリィタ、というものに憧れていた時期があることを、思い出す。中学生の頃に、ロリィタという文化を知った。フリルのたっぷり付いたお洋服がとってもかわいくて、目を奪われた。
でも、とても中学生に買える値段ではなかった。親に、こういうお洋服を着てみたいと言ったら、「こんなものどこに着ていくんだ」というようなことを言われ、散々に否定された。親に否定されたという心の傷は残っているが、同時に、かわいいお洋服への憧れも残っている。
なのに私は、普段着はいつも無難であることを意識して、なるべく値段の安い服を買っている。もう少し、自分の中に押し込めてしまっているそういう感情を開放してもいいんじゃないのか。少しお店の中を見てみるだけ見てみようか。
しかし、いきなりお店に入る勇気はないので、看板に書かれたお店の名前をケータイで検索してみた。ロリィタ専門の古着ショップ……そういうものがあるなんて、知らなかった。
古着なので、値段はかなり抑えられているようだった。買えない値段ではないなと思った。しかし、今の自分の服でロリィタのお店になんて入っていいんだろうかと躊躇ってしまう。今日は、街に出かけることは少し意識はしたが、無難なことを優先して買っている地味な普段着で、ロリィタのようなかわいいお店に入るのはどうだろうかと思ってしまう。
いや、そんなことを言っていたら初めての一歩を踏み出すことがいつまでもできない。しかし、いきなりロリィタ服を買うのはハードルが高く感じる。見るだけでも、お店に入ってみてもいいだろうか。
迷っていても埒が明かない。思い切って、踏み出してみることにした。階段を上がり、お店の扉を開く。
かわいらしいお洋服が、所狭しと並んでいた。そうだ、私はこういうかわいいお洋服に憧れる気持ちを持っていたんだ、と思い出した。子供の頃はとても買えなくて、親に否定されて、諦めてしまったお洋服。
値札を見てみると、古着なので、買えない値段ではなさそうだった。試着はできないとの案内が書かれているのが目に入る。古着だからだろうか。古着というのはあまり買ったことがないのでよく知らない世界だ。
試着ができないのは少しだけ不安だが、私は身長も体重も平均的なので、そこまで心配もないかと思う。
店内を回ってみて、かわいい黄色のお洋服が目についた。ワンピースかと思ったが、値札を見るとジャンパースカートと書かれている。ジャンパースカート、そういえばロリィタに憧れていた頃に覚えた単語だ。
一枚で着られるワンピースとは違い、ブラウスやカットソーなどの上に着る物。値段をよく見たら、とても手を出せない値段だった。諦めて棚に戻す。
ロリィタ服はどれもこれもとてもかわいくて輝いて見える。けど、黄色は案外そんなにないのかもしれないと思った。ロリィタでなくても、黄色のお洋服って案外そんなに売られていないような気がする。
どんなにかわいいデザインのものでも、今は、それよりも黄色であることを優先したいなと思った。キョウカ様が、黄色のお洋服を着てくれて嬉しいと言われたから。
店内をぐるっと一周して、黄色のカーディガンと、スカートを見つけた。値段はどちらも買えなくはなさそうな値段だった。古着というのは値段の振れ幅が広いようだ。
スカートを手に取って、店内の鏡で自分の体に合わせて見てみる。今、着ている服が地味な普段着なので、それにはとても合わない。けど、スカートはとてもかわいくて、サイズは問題ないように見える。
問題はやはり、自分の顔だなと思ってしまった。どんなにかわいいお洋服を身に着けても、自分の顔には似合わないと感じてしまう。
お洋服よりも、メイク用品を買って、メイク技術を磨くべきなのかもしれない。メイクしてみたら、もう少しだけでも変わることができるだろうか。
今日は買うのをやめておこうかと思ったが、古着なんだから、同じ物は一つしかないし、次に来る時までここにあるのかもわからない。
今、買っておかなければ、手に入らないかもしれない。でも、そこまで欲しいかなとも思った。憧れていたロリィタ服、昔は買えなくて諦めていた物が、目の前にある。
けど、黄色のワンピースをこないだ買ったばかりで、今はそこまで優先してお洋服を買わなくてもいいような気がした。ちょっとだけ考える時間が欲しいかもしれない。一旦スカートを元の場所に戻して、お店を出た。
近くの喫茶店に入って、少し考えることにする。紅茶とサンドイッチを注文した。何から考えようか、とぼんやり思いながらとりあえずケータイを触る。
こないだのライブの時の、特典会の写真が目についた。特典会の時、ケータイとチェキを同時に手に持つのは少し大変だったので、ケータイを入れられる小さいショルダーバッグみたいな物が必要かもしれない。
そういうのを見かけたことはあるが、欲しいと思ったことはなかった。でも今は必要だなと思う。お洋服を買う前に、必要な物を考えて買うべきかもしれない。
それよりも何よりも、問題は、自分の容姿が好きになれない現実だった。特典会の時、私が変なリアクションをしてしまったから、キョウカ様は戸惑っていたように感じる。すぐにスタッフさんに時間だと声をかけられたから、切り替えていたように見えたけど。
変なリアクションをしてしまったのは、自分の容姿を好きになれないから。自分のことを認められていないから。障害者支援の施設やSNSに流れてくる言説などで、よく、「ありのままの自分を認めることがいい」と言われているのを目にする。
ありのままであることを受け入れるというのは、かわいくなりたいと思わず、そのままでいることを選ぶってことなんだろうか。私は、キョウカ様に出会ってから、かわいくなりたいと思った。
でも、かわいくなりたいなんて思わず、自分のそのままの容姿を受け入れられれば、幸せなのか。自分のそのままの容姿を好きになることなんて、できるのか。
かわいくなりたいと思ったのなら、かわいくなれるように努力するのがいい気がする。それは自分のありのままを受け入れていないことになるのか。ありのままって、なんなんだ。
かわいくなりたいと思ったんだから、その気持ちを大事にしたい。その方がいいんじゃないか。それが正解なのかはわからないけど、大事なのは自分の気持ちだ。
紅茶を飲んで、サンドイッチを食べて一息つく。かわいくなりたいのなら、ではどうすればいいのか。とりあえずメイク用品を調べてみることにする。
わかっていたが、メイク用品なんて本当に色々ありすぎて、どれが自分に合うのかわからない。ブルーベース、イエローベースという言葉が視界に入る。SNSで見かけたことはあるものの気にしたことがない単語だった。
メイクに関わる言葉だというのはなんとなく知っている。パーソナルカラーという概念があるらしい。自分に合う物がどんな物なのか自分でわからないのであれば、そういう診断を受けてみるのがいいかもしれない。
でも、調べてみると、パーソナルカラー診断というのはけっこうな値段がするようだった。とても手を出せないというほどでもないが、躊躇う程度の値段。
何もわからないまま闇雲にメイク用品を買うよりかは、こういう診断を受けてみるのがいいかもしれないが……。
色々とメイクに関して検索してみて、そういえば化粧水という物を買っていないなと思い至る。化粧水、乳液、基礎化粧品と呼ばれる物を持っていない。
そういうのを使わずに今まで生きてきて困らなかったので、そういうのを使う習慣がなかった。メイクをしなければ、そういうのは必要がないと思っていた。いつも、洗顔料を使うことすらせず、ちゃんとした洗顔はしていないから、そういうのは必要ないと認識していた。
日焼け止めを使っただけでも、クレンジングというのをちゃんとしなければならない、らしい。クレンジングとは、洗顔とは違うのか、そこからわからない。
検索してみると、どうやらクレンジングと洗顔は違うもので、どちらもスキンケアに欠かせないようだった。メイクを学ぶ前に、まずスキンケアをちゃんとするのがいいのではないか。
でも、基礎化粧品にも色々あって、全部を揃えるのは大変な気がした。最低限なにが必要なんだろうかと検索してみる。少なくとも、化粧水と乳液、クレンジングは必要らしい。それに洗顔も必要か。洗顔料はこないだメイクも落とせる洗顔料というのを買ったが、それではダメなんだろうか……?
検索して情報を頭に入れれば入れるほどわけがわからなくなる。とりあえず、化粧水と乳液は買おう。
そうなると、お洋服を買っている場合ではない気がしてきた。紅茶を口に含んで、考える。さきほどお店で見たスカートとカーディガンはかわいくて欲しいけど、優先度は考えるべき。
ティアスタの一周年ライブのチケットだってまだ予約していない。特典会でお金を使うのも考えるべき。
改めてティアスタの公式サイトでライブのスケジュールを確認する。次の週は、木曜日の夜に、対バンライブというのが書かれていた。対バンライブ……検索してみると、複数のアーティストが出演するライブイベント、らしい。
今まで見たライブは二回ともティアスタだけのライブだった。対バンライブというのがよくわからないので、なんだか不安になる。チケット販売サイトを見ると、ティアスタの一周年ライブと同じサイトだった。まだ会員登録をしていない。会員登録をするという行為がなんだかとても億劫だった。
でも、ティアスタのライブにこれから何度も足を運ぶことになるんだろうから、チケット販売サイトの会員登録はするしかない。遅かれ早かれするしかないんだから、しておこう。
会員登録をして、改めて対バンライブのチケット販売ページを見た。ティアスタ以外にも、十組程度のグループが出演されるようだ。タイムテーブル、と書かれた画像が載っている。出演する順番と時間が書かれていて、ティアスタは真ん中より下の辺り。
グループによって「並行特典会」と時間が記載されているものと「終演後特典会」とだけ書かれているものがある。どうやら並行特典会はその時間に特典会があって、終演後特典会はライブがすべて終わってから特典会があるらしい。ティアスタは並行特典会だった。
対バンライブというのは、出演されるグループ全部を見るものなんだろうか。チケットは一枚で、全部のグループを見ることはできるようだ。でも、ティアスタ以外はまったく知らないグループで、興味を引かれない。
ティアスタだけ見てもいいんだろうか。それでもいいんだろうが、タイムテーブルを見るに、ティアスタの出演時間は十五分しかないようだった。十五分は短いのかどうかわからない。
対バンライブというのはそういうものなのかもしれない。しかし、チケットの値段や、平日であることなどを考えると、行くのは少しキツい気がする。
色々と考えていたら、紅茶を飲み干してしまった。飲み終わったのに、あまり長居してはいけない。まだ考えがまとまりきってはいないけど、ひとまずお会計をして出ることにした。
外に出て、先ほどのロリィタ古着のお店の前まで戻った。色々な優先順位を考えると、今は買うべきではない。でも、今日のうちに買っておかないと、欲しかったお洋服は残っていないかもしれない。
いや、もしかしたらもう売れてしまっているかも。そう思うと、買わなくちゃいけない気がするが、優先度は考えるべき。今日のところは、ロリィタ服に関しては諦めよう。ロリィタ古着のお店には入らないで、駅に向かって、電車に乗った。
買う必要があるのは、特典会の時にケータイを入れる用のショルダーバッグと、基礎化粧品、それに、一周年ライブのチケット。ショルダーバッグは自宅の最寄り駅から近いところにある値段が安めのショップでいいだろう。基礎化粧品も自宅から近いドラッグストアでいい。
一周年ライブのチケットに関して、ティアスタの公式サイトでよく確認してみると、ウェブで販売されているチケットとは別に、「手売りチケット」というのがあるらしい。ティアスタのライブ会場で買えるとのこと。
ウェブで販売されているチケットも値段は同じのようだが、手売りチケットは、買うと特典会でサインをして貰えるらしい。それなら、ウェブで買うよりも手売りチケットの方がいいのではないか。
ウェブのチケットとの違いを確認してみると、ウェブのチケットはQRコードで、紙のチケットは発券されないらしい。ウェブのチケットには手数料もかかるから、同じ値段でも手数料がない分、手売りチケットの方が少しお得。
問題は、ライブ会場でしか買えない、ということだから、ライブ会場に行かなければならない。というか、今まで行った二回のライブでも、恐らく販売はされていただろうに、私がまったく気付いていなかった。今度ライブに行く時はもう少し周りをよく見よう。
そもそも、今度ライブに行くのはいつになるのか。対バンライブ、というのはなんだかよくわからない感じがして不安だ。ティアスタのライブスケジュールを改めて確認する。
一周年ライブは来月の下旬。あと一ヵ月くらいある。その間にあるライブを一つずつ確認していく。木曜日に対バンライブ、その翌週は金曜日にまた対バンライブ、日曜日にフリーライブ、その次の週は土曜日に対バンライブがあり、一周年ライブはその次の週の金曜日。対バンライブというのがけっこう多いようだ。
フリーライブもあるなら、フリーライブに行くのがいいかもしれない。でも、対バンライブも気になるというか、ライブがあるなら行きたい気持ちはある。けど、対バンというシステムがよくわからなくて不安だ。
一周年ライブ、曜日をよく気にしていなかったけど、土日ではなく平日だったのか、と今更に気付く。有給休暇はあるので使ってもいい。時間帯的に仕事帰りでも行けそうではあるが、有給休暇を使う方がいいだろう。
考えていたら、自宅の最寄り駅まであと四つほどのところに来ていた。ショルダーバッグを買うので、お店に寄るために、次の駅で降りる。
いつも普段着を買っているお店に入って、ショルダーバッグを探す。少し店内を歩いて、スマホショルダーと書かれている物を見つけた。
自分のケータイと比べてサイズを確認する。サイズは問題ない。値段も手頃なので、これにしよう。お会計をしてお店を出て、少し歩いたところにある近くのドラッグストアに入った。
化粧水と乳液と、クレンジングは買うべきなのか結局よくわかっていない。クレンジングと洗顔、両方やるのがいいとも書かれていたけど、両方の役割のある物を使えば一つだけでいいとも書かれていた。
メイクも落とせる洗顔料では足りないのかどうなのかがわからない。一応またケータイを開いて検索してみる。色々と情報がありすぎて頭がパンクしそうになるが、とりあえずはメイクも落とせる洗顔料だけでいいだろうと判断する。
ついでに少し、メイク用品も検索してみた。ファンデーションという物に苦手意識があるというか、あまり肌に塗る物を増やしたくないという気持ちがある。あまり塗り重ねると息苦しいような気がしてしまう。
それに、工程が多いのは面倒だという気持ちもあり、ファンデーションはなくてもいいのかと検索してみた。ファンデーションを使わないメイクというのはけっこうあるらしい。フェイスパウダーというのは使う方がいいようだ。
化粧下地、という単語も出てくるが、メイクってそんなに工程が多いのか、とげんなりしてしまう。
色々と見てみて、ひとまずはこないだ買ったトーンアップ日焼け止めに、フェイスパウダーを使うだけでいいのではないかと判断した。
それから、チークは買うのがいいかもしれない。アイシャドウ……は、自分に合う色がわからなくて判断ができない。フェイスパウダーとチークだけ買ってみようかと、棚を探す。
フェイスパウダーにも色々な種類があるようだった。インターネットでよく見かける気がする値段が手頃な物にしようかと思ったが、それにもいくつかの種類がある。なんだか色が違うらしい。どれが自分の肌に合うのかわからない。コントロールカラーだの血色感アップだのと書かれているが、どれがいいんだ。
どれがいいのかと見ていたら、ラベンダーで透明感アップという文字が目についた。日焼け止めをなんとなくラベンダーの物を買ったから、フェイスパウダーも色を合わせるのがいいのだろうか。わからない。
血色感アップと書かれているピンクの物がキレイに見えるような気もする。迷った末、血色感アップのピンク色を買った。
次はチークだ。チークは、頬に赤みを入れる物だと認識していた。だからそんなに種類はないだろうと思っていたのに、見てみたらけっこう様々な色がある。これに関しては本当にどれがいいのかわからない。
チークを買うよりも、やはり、パーソナルカラー診断というのを受ける方がいいのかもしれない。でも、パーソナルカラー診断は値段を見て躊躇った。赤みが強すぎないピンク色がいいだろうか。オレンジ色のようなのもある。
パッと目についた真っ赤な物を手に取って見ると、リップにも使えると書かれていた。これでいいんじゃないだろうかと思う。これにすることにした。
お会計をして、お店を出て、今日は帰ることにする。電車に乗って、ケータイを開く。そういえば、結局、次はいつライブに行くのか決めていない。でも、帰宅してから、ゆっくり考えることにしよう。
帰宅して、買ってきた物を整理する。ペンライトには乾電池は入っているようだが、入っている乾電池はテスト用だと書かれていた。買った乾電池を入れ替えようとして、蓋をどうやって開けるんだかわからなかった。
ドライバーが必要だったか、と思い検索してみると、十円玉を使うのがちょうどいいらしい。財布の中から十円玉を取り出して使った。スマホショルダーは付いていた値札を捨てて、化粧水と乳液、フェイスパウダーとチークはそれぞれ棚に置いた。
ご飯やシャワーなどを済ませて、落ち着いてから、ライブのことを改めて考える。対バンライブというのは不安が強いような気がする。平日だから少し行くのは大変かなという気持ちもある。日曜日のフリーライブがいいような気がするが、色々と他の予定も考えたい。
遊園地のヒーローショーや、映画なども……。そもそも、ライブがそんなに頻繁にあるとは思っていなかった。毎回、欠かさず通っていたら、すぐにお金がなくなってしまいそう。でも、ライブに行きたい気持ちが強い。
いや、全部のライブに行くのは無理だとも思う。冷静に予算を考えて行動するべき。とりあえず、フリーライブは日曜日なのもあり、観覧は無料なんだから行っていいと判断する。問題は対バンライブだ。仕事帰りに行くのは、やはり少しキツいかもしれない。
有給休暇はそんなに使っていないから、有給休暇を使うという手段はある。そこまでして行きたいのか、とも考えるが、そこまでしてでも行きたい気がした。でも、一周年ライブでも有給休暇を使う必要がある。丸一日お休みにするのではなく、半日お休みにするという手も考えた。
それなら有給休暇の残りをそこまで気にしなくてもよさそうだ。対バンライブのルールとかマナーとかよくわからなくて不安なのもあるが……。
対バンライブについて検索しようとしてケータイを触ると、間違えてSNSを開いてしまった。タイミングがよかったのか、キョウカ様の投稿が目に入る。「明日の夜、久々にちょっと配信しようかな~って思ってます! 初めての人も気軽に見てくれると嬉しいな!」と、URLが添えられていた。配信ってなんだ。
ユーチューブでのライブ配信というのは見たことがある。そういうものかなと思ったが、URLを確認すると、聞いたことはあるが使ったことのないサービスで、会員登録をしてアプリをダウンロードする必要があるようだった。
会員登録をするのもアプリを増やすのもとても億劫で、かなり躊躇う。配信、配信ってなんだ。何があるんだ。どうやらパソコンからブラウザで見るだけなら、会員登録もアプリのダウンロードも不要でできるらしい。
コメントやアイテムを送ることはできないとのこと。コメントはわかるが、アイテムってなんだ。こういうのはコメントを送ることがかなり大事、らしい?
オタク隠れるべし、という強烈な刷り込みがまた頭の中で暴れる。配信でコメントをするなんて……。でも、コメントを読まれることはそんなにないかもしれない。ユーチューブのライブ配信ではそういうのも見たことがある。
しかし、かなり躊躇うので、明日まで一旦は置いておきたい。何をしようとしていたのか忘れてしまった。対バンライブに行くのかどうか考えるんだった。
そろそろ寝る準備をしたい気もする。まだライブまで日はあるから、明日にしてもいいだろう。とりあえず今日は寝ることにする。
翌日は、いつも通りの平日。休憩時間にマンガを読んだ後、ライブ配信のアプリのことを考えた。夜に慌てないように、今のうちにダウンロードするならしておく方がいいだろう。
かなり躊躇う、が、キョウカ様のことを考えたら、なんだか勢いで行動できる気力が湧いてくる。SNSを見ると、キョウカ様の投稿があった。「配信は今日の二十一時半から! 一時間くらいやる予定です。気軽に見に来てね!」と、URLが添えられている。
迷う気持ちはまだあったものの、結局はアプリのダウンロードをして、休憩時間を終えた。
帰宅して、諸々のことを済ませて、配信のアプリを開く。プロフィールの設定をまだしていなかった。名前もアイコンも、他のSNSと同じ「藍音リオン」に設定する。
このアプリは配信だけではなく、動画の投稿もできるようだった。というより、動画の投稿の方がメインかもしれない。
よくわからないままダウンロードしてしまった。とりあえずキョウカ様のアカウントをフォローしておく。
時計を見ると、二十一時だった。あと三十分くらいある。マンガを読んで時間を潰すことにした。
マンガに夢中になっていると、あっという間に時間が過ぎていて、配信が始まったというアプリの通知が表示された。
慌てて通知をタップして、アプリを開く。キョウカ様のお顔が表示された。配信ってこんな感じなのか、とびっくりする。
「こんばんは~!」
キョウカ様が挨拶すると、コメントが流れてきた。「こんばんは」「配信待ってた!」「配信嬉しい~」と次々に表示される。
「こんばんは~」
「待っててくれたの? 嬉しい!」
「コメントありがとね~」
キョウカ様はコメントの一つ一つに返事をしているようだった。一つ一つに返事をされている……? 配信のコメントって、そんな、返事をされるものなのか。読まれることすら稀だと思っていたのに。一つ一つを読んで返事をされている。そんなことがあるのか。
私も挨拶をコメントしようとしていたが、読まれて返事をされるとなると、コメントをするのを躊躇う気持ちがあった。「こんばんは、初めて見ます」と入力するところまでしていて、あとは送信するだけだったけど、送信しないで閉じようかと思う。コメントを読まれるなんて、怖すぎる。
しかし、閉じようとしたはずなのに慌てて誤タップして、送信していた。
「初めて? あ、リオンちゃんだ! 配信も来てくれたの? 嬉しい~! ありがとう!」
「えっ、あ、ええっ?!」
向こうにこちらの声は聞こえないのに、びっくりして声を上げてしまった。名前を呼ばれた。嬉しいと言われた。すべてのことにびっくりして、キョウカ様からの言葉が嬉しくて、たまらなくなる。
私がびっくりしているあいだに、キョウカ様は次々とコメントを読んでいた。話がどんどん進んでいく。
「最近のライブで初めて見てくれた人もいるし、一周年ライブに向けての宣伝も兼ねて、配信も力を入れていこうかなって思ったんだ。初見さんも気軽にコメントしてくれたら嬉しいな」
私はなにかコメントしようとしたが、何をコメントすればいいのかわからずにただ見ていた。
「遊園地でのフリーライブも嬉しかったよね! 遊園地また行きたいなぁ。あそこで初めて見てくれた人もいるよね」
私が初めてティアスタを見た日のことだ。
「遊園地で初めて見ました」
恐る恐るコメントしてみる。
「リオンちゃんはそうだよね! 覚えてるよ、嬉しかったなぁ」
「うわあっっ!!」
またびっくりして声を上げてしまった。コメントをするたびにこんなにびっくりしていたら、心臓がいくつあっても足りない。
「ショッピングモールでのライブも、来てくれた人たちありがとうございました!」
ライブ楽しかったですとコメントしようとしたが、躊躇う気持ちが強い。コメントを読まれて返事をされるのが、嬉しいけどとても恐ろしい。
私がコメントをできないでいるあいだに、キョウカ様は視聴者のコメントを拾って雑談を進めていた。私もその中に入りたいと思いながら、なんだかとても恐怖心があり、でもコメントしたい気持ちもあって、ぐちゃぐちゃになる。
自分は発達障害だからコミュニケーション能力に問題があると思っている。SNSで、文章でのやり取りならそこまで問題ないと思っていたが、配信のコメントというのは難しいのだと知った。他の視聴者もコメントしていてなんだか流れがあって、その流れに乗るのが難しく感じてしまう。
「今度の対バンは、平日だから厳しい人もいるだろうけど、来てくれたら心強いな」
キョウカ様の言葉を受けて、「行くよ」とコメントする人がいた。キョウカ様は嬉しそうに「ありがとう」と返している。
私も行くよって言いたかった。でも、なんだかタイミングに乗れなくて流れるコメントを眺めるだけ。「行けない」とコメントする人はいないんだなと思っていたら、キョウカ様が口を開く。
「念のため! こういう話の時に俺は何度も言ってるけど、『行けない』とか『ごめんね』とかいらないからね! 謝らなくていいし、行けない報告は本当にいらない。来れる時に来て、好きに楽しんでくれたらそれでいいんだよ」
優しい口調で、でもキッパリと、キョウカ様はそう言った。私はなにかコメントしたかったが、なにを言えばいいのかわからない。そのままキョウカ様は視聴者のコメントを拾って話を進めていった。
もうすぐ配信が始まってから一時間が経つ。私は結局コメントできていないまま。
「はい、ここで告知をさせてください。一周年ライブ! 本当に大事なライブなので、これを見てる人は来てほしいです! 見てない人も来てほしい。いや、大事じゃないライブなんてないんだけどさ。フリーライブとか対バンとかに比べて時間がたっぷりあるし、絶対に楽しい! いつ来てもどのライブも楽しいけど、この日は特に!」
キョウカ様が言うと、コメント欄には「絶対行くよ!」や「めっちゃ楽しみ!」など流れていった。キョウカ様はその一つ一つに返事をしていく。私はまだチケットを買っていないから、どうしようかと思ってしまった。
「じゃあ、そろそろ今日の配信は終わりにします。おやすみ! またね~!」
あぁ、終わってしまう、と、私は慌ててコメントを入力した。「また」と、たったそれだけ書いて、送信する。キョウカ様が手を振って、配信が終了された。
アプリを閉じて、ケータイを離す。一時間もあったはずなのに、あっという間だった。
なんだか私には、色々と足りていないような気がしてしまう。配信にコメントをすることすらできないなんて、思わなかった。
コミュニケーション能力がないから……自分に自信がないから? コミュニケーションって、どうすればいいんだろう。発達障害なのだから仕方ない、と諦めてしまうのは違う気がする。もう少しだけでも他人としっかりコミュニケーションを取れるようになりたい。
でも、そのためにどうすればいいのか、わからなかった。障害者支援の施設やユーチューブで出されている動画などで、コミュニケーションの講座みたいなものも見たことはある。いわゆるSST、ソーシャルスキルトレーニングというやつ。
そういうのは、その場でわかった気になることはできても、実際に人とコミュケーションを取りたい時に役立てることはできていない。実際に人とコミュニケーションを取ること、無理にでもそれを重ねていって、慣れていくしかないんだろうか。
ライブのことも考えたい。平日だけど来てくれたら心強いというキョウカ様の言葉が、耳に残っていた。色々とわからなくて不安だけど、チケットを予約してしまおうか。
でも、私はなにかを予約するという行為を嫌っていた。予約したら、絶対にそれを守らなくちゃいけないのが、少し怖い。時間を縛られることが嫌だった。何か予定があるとそのことにばかり気を取られてしまって困る。でも、そういうことにも慣れていくのがいい気がする。
しかし、仕事帰りにも行けなくはなさそうな時間だけど、念のため有給休暇を使って半日お休みにする方がいいかもしれない。明日、有給休暇の申請をしてから、チケットを予約しようと決めた。
翌日、さっそく有給休暇の申請をする。「もう少し早めに言ってくれたら助かるんだけどね」と言われたが、申請は受理された。
さっそくお昼休みに対バンライブのチケットを予約する。「目当てのグループ」というのを選択肢から選ぶところがあった。どうやら対バンライブというのはそういうものらしい。
一周年ライブのチケットも少し迷ったが、手売りチケットで買いたいから、対バンの時に買うことにしよう。
服装はどうしようかと考える。半日お休みにするから、帰宅して着替えてからでも時間としては間に合うだろう。でも、ご飯を食べる時間と移動時間に余裕を持てるようにしたい。ライブの会場が初めて行くところだから、道に迷うかもしれない。
ライブの会場を確認しようとしてチケット販売ページを見ると、ドリンク代という単語が目についた。そういえば何度も視界に入ってはいたはずだが、これは何なのかよくわかっていない。検索してみると、どうやらライブハウスに入る時には、ドリンク代というのを払う必要があるらしい。
ドリンクチケットというのを受付で貰い、ドリンクカウンターでドリンクと交換するというのが一般的なようだ。ティアスタに出会ってから、初めて知ることばかり。とりあえずライブ会場の場所を確認して、休憩時間が終わった。
自宅に帰って、色々と済ませて落ち着いてから、服装のことを考える。ライブに行く時にいつも同じ服を着て行くのは、ちょっとどうなんだろうか。でも、黄色の服が今のところ一着しかないから、それしかない。
しかし、職場にかわいいワンピースを着て行くわけにはいかない。着替えてから行く時間はあるかもしれないが、時間の余裕を考えると、職場からライブ会場までそのまま行く方がいい気がした。職場からそのまま行くのであれば、どういう服装になるだろうか。
普段着の中から、なるべくキレイなものを選ぶしかない。職場にも着て行けるけど、なるべくキレイなもの。職場は、スカートを着て行っても派手でなければ問題はないはずだが、私はいつもズボンなので、職場にスカートを着て行くのは落ち着けない気がする。
ズボンはいつも通りにして、トップスを選ぼう。白いブラウスが無難かと思ったけど、白はミユキくんの色だ。ベージュかネイビー、黒でもいいかもしれないが、ズボンが黒なので、黒づくめは避けよう。
迷った末、ネイビーのトップスにすることにした。でも、せめて何か小物でも黄色を入れられないだろうか。明日にでも、百均でヘアアクセか何かを見てみよう。
翌日になって、仕事帰りに百均に寄った。ヘアアクセのコーナーを見る。黄色の物を探してみると、ヘアピンやヘアゴムなどあったが、子供っぽいように見える。
あまり、大人が身に着けるのはどうなんだろうかと思ってしまった。偏見だろうか。黄色のリボンが付いたヘアゴムを、手に取ってすぐに戻した。
よく考えたら、ヘアアレンジなんて自分でしたことがあまりないから、髪の毛を後ろで一つに結ぶことしかできない。ヘアピンを付けるくらいならできるか……。
形は普通によくあるヘアピンの、カラフルなセットがあった。黄色も入っている。それを買うことにして、レジに行った。
帰宅して落ち着いてから、明日の予定を確認する。半日でお休みにして、職場からライブ会場に行く。ペンライトはカバンに入れておかなくちゃいけない。スマホショルダーもカバンに入れておく。
買ってから開けていなかったフェイスパウダーとチークが目についた。ライブに行くならメイクはしておきたい。でも、職場にはメイクをして行ったことがないので、職場にメイクをして行く気にはなれない。
職場を出た後に、どこかでメイクをしてからライブ会場に行けばいいだろうか。メイクと言っても、そんなに派手にはしないから、職場にメイクをして行っても問題はないかもしれない。でもなんだか気が引けた。日焼け止めとフェイスパウダーだけなら、そこまでメイクをしてる感じはないかもしれない。
チークを塗るとメイクしてる感じが出る気がする。そういえば、今になって見ていて気付いたけど、チークにはブラシが付いていない。ブラシは別で買うべきだったのか。ブラシを使わずに指で塗るのか。指で塗った後、指に付いたのはどうするんだ。ティッシュで拭うのか、ティッシュで落ちるのかわからない。
すぐに洗い流せばいいのか? なんだか億劫になってしまう。買う時にちゃんと見てブラシも買うべきだった。今からブラシだけ買いに行くのは面倒くさい。
迷った末、チークは未開封のまま置いておく。フェイスパウダーは開封した。色付きリップクリームをカバンに入れる。
日焼け止めとフェイスパウダーだけのメイクは朝にすることにして、職場を出てからリップクリームを塗ろうと思った。百均で買ったヘアピンのセットから、黄色だけ取り出して、それもカバンに入れる。ライブのチケットはQRコードだから、忘れる心配はない。
対バンライブというのがどんなものなのかわからない、という不安はある。でも、ライブは楽しみだった。
〈四話へ続く〉




