少年は影の中で息をつく
人は誰でも、生まれたときは“平等”だと言う。
しかし、その言葉を信じている人間は少ない。
実際、平等だったのは「何も持たない」という点だけで、そこから先はあらゆる不平等が雪崩のように積み重なる。
僕は、その不平等の下側にいた。
◆
幼少期の記憶はどれも曖昧だ。
色彩が薄くて、音が遠くて、何を見ても他人ごとのように感じた。
家は狭かった。
壁には傷が多く、ドアの蝶番はいつも軋んでいた。
父はほとんど家におらず、母は常に疲れていた。
母は優しい人だったが、僕に向ける目がどこか“申し訳なさそう”だった。
僕が望んだわけでもないのに、僕の存在そのものが母の負担であるように見えた。
子どもは敏感だ。
その気配を感じ取るのに、時間はかからなかった。
母は僕を責めているわけじゃない。
ただ──僕は、母にとって“重荷のひとつ”だった。
それを知った瞬間、僕は無意識に、自分の存在を小さくしようとした。
泣かない。
叫ばない。
頼らない。
邪魔にならない。
それが、幼い頃の僕の“生存戦略”だった。
◆
学校では、僕は目立たなかった。
というより、「そこにいるのに記憶に残らない存在」だった。
授業中に手を挙げたことはない。
クラスの中心に入ったこともない。
友達と呼べる相手もいない。
別に嫌われていたわけじゃない。
ただ、興味を持たれなかった。
僕自身も、誰かに興味を持たれるほどの価値があるとは思えなかった。
勉強はそこそこできたが、特筆すべき才能もない。
スポーツは苦手。
身長は平均より低く、声は小さい。
俗に言う“無害な背景キャラ”だった。
そんな僕に、たまに教師が言う。
「もっと前に出ていいんだよ」
だが、その言葉は僕にとって呪いに等しかった。
前に出れば、無能が露呈する。
注目されれば、失望される。
だから僕は、影に隠れ続けた。
それは臆病だったわけじゃない。
“正しい選択”だった。
僕のような平凡な子どもが目立てば、必ず誰かに踏みつけられる。
集団とはそういう仕組みで動く。
僕はただ、自分を守っていただけだ。
◆
ダンジョンが世界に現れたのは、僕が十一歳のときだった。
テレビはどのチャンネルも「光柱」「異空間」「国家非常事態」の文字で埋まり、外ではサイレンが鳴り続けた。
大人たちは混乱したが、子どもである僕はほとんど状況を理解していなかった。
ただ、世界が大きく変わったという事実だけは、子どもの直感にも刺さった。
学校は休校になり、父は失業し、母は二つの仕事を掛け持ちした。
生活はさらに苦しくなり、家の空気は重く沈んだ。
世界が変わっても、僕の暮らしは悪くなるばかりだった。
◆
初めて《LiveDungeon》を見たのは、十二歳のときだった。
当時は、配信者はほとんどが素人の勇気ある馬鹿か、金に困った大人だった。
そして多くが、死んだ。
子ども向けの教育放送でも「ダンジョンの危険性」が繰り返し流され、
“絶対に真似をしないように”と細心の注意が払われた。
でも、その注意喚起は逆効果だった。
僕は、画面の向こうの配信者たちを見て初めて──
「自分より弱い人間」を認識した。
ドジで、無謀で、泣きながら進み、死んでいく。
その姿に、僕は奇妙な安心感を覚えた。
“自分以外にも無能はいるんだ”と。
その感情は醜く、子どもらしくなかった。
だが、当時の僕には救いだった。
◆
中学に上がった頃、父は完全に家へ帰らなくなった。
離婚届が届いたのは一年後だった。
母は倒れ、仕事を失い、生活保護を受けることになった。
僕は、家の中でも外でも、誰にも必要とされない存在になっていった。
誰かに頼れば負担になる。
存在を主張すれば邪魔になる。
だから僕は、自分の存在を薄める方向へ、さらに踏み込んだ。
反抗期もなく、友達も作らず、学校では空気のように過ごす。
先生の質問に答えることさえ、僕には大胆すぎる行動だった。
人生には、積極的に失敗しにいけるほどの“安心”が必要だ。
僕にはそれがなかった。
◆
そんな僕にとって、《LiveDungeon》は唯一の娯楽であり、世界とのつながりだった。
鋼鉄の扉の向こうで、誰かが死ぬ。
無謀な新人が、泣きながら帰還する。
熟練者が驚異的な技でモンスターを倒す。
そして、時々、謎のコメントが配信者を救う。
そのコメントを、僕は何度も見ていた。
だが、その正体を考えたことはなかった。
ただの運の良い視聴者だと思っていた。
自分とは関係のない世界だと思っていた。
僕がその存在に“救われる”ことになるとは、まったく想像していなかった。
◆
高校に進学すると、僕はさらに空気になった。
勉強はそこそこ。
運動はできない。
外見も地味。
家は貧しい。
スクールカーストに分類すれば、底辺の“その他大勢”だ。
ただ、一度だけ教師に呼び出されたことがある。
「真木。君、何がしたい?」
その質問は、僕の胸を突いた。
“何がしたい”という問いは、世界が平等であるという前提がなければ成り立たない。
僕は即答した。
「……わかりません」
本当にわからなかった。
何を望んでいいかもわからなかった。
望んでも叶わないことばかりだと知っていた。
だから僕は進路希望欄に、空欄を提出した。
何も書かなければ、誰も失望しない。
誰の期待も裏切らない。
それが正しい選択だと思っていた。
◆
母は再婚しなかった。
僕に負担をかけないためだろう。
僕は高校卒業と同時に家を出て、安いアパートで一人暮らしを始めた。
貧しい暮らしだったが、誰に気を使う必要もなかった。
そして──
僕はとうとう《探索者募集広告》を見つけた。
《未経験歓迎》
《命の危険あり》
《装備支給》
《功績に応じて報酬》
世間の若者は、この募集をバカだと言った。
危険すぎる、と。
でも僕は思った。
――僕には、失うものがない。
死んでも誰も困らない。
生き残れば、多少の金が手に入る。
もし功績を上げれば、母に仕送りもできる。
それに何よりーー
“僕でも何かを変えられるかもしれない”
という、とても小さな期待があった。
その期待が、僕の背中を初めて押した。
◆
初めて配信をしたとき、カメラの前で僕は震えていた。
ダンジョンの入口に立つだけで、喉が痛くなるほど緊張した。
そして、第一層で僕は死にかけた。
鉄パイプを持つ手は震え、足はもつれ、スライム一匹を倒すのにも苦労した。
視聴者は笑い、馬鹿にした。
《新人くん草》
《帰れw》
《どうやって生きてきたwww》
だが、その中に、たったひとつ──
まともなコメントがあった。
《ライトを下げろ。その影は罠だ》
それは冷静で、簡潔で、感情がなかった。
ただそこには、“僕を生かすための意図”だけがあった。
そのコメントの通りにライトを動かすと、影の中からスライムが飛び出し、ギリギリで避けることができた。
僕は驚いた。
その瞬間、初めて“自分は生きられるかもしれない”と思った。
そして、僕の口から自然にその言葉が漏れた。
「……師匠?」
それが始まりだった。
◆
彼──“s_opt”の存在は、僕の人生を変えた。
僕は臆病で、無能で、何の価値もないと自分で思い込んでいた。
だけど師匠のコメントに従ったときだけ、僕は“自分が生きられる人間”だと感じられた。
その感覚は、人生ではじめて味わうものだった。
僕は影として生きてきた。
誰にも必要とされず、誰の記憶にも残らない存在だった。
だが初めて、誰かが僕に“生きろ”と言ってくれた。
師匠の言葉は、僕にとって初めての“光”だった。
◆
だから僕は探索者になった。
だから僕は今もダンジョンに潜る。
そこに死があるからではない。
そこに希望があるからでもない。
ただひとつ。
“生きている理由が、初めて見つかったからだ。”
師匠がいる限り、僕は進む。
影だった自分が、光の方へ歩いていける気がするから。
生まれて初めて、僕は誰かに導かれている。
僕の人生は、師匠と出会った瞬間から始まったのだ。




