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ダンジョン配信で指示厨してたら師匠になってた。  作者: 指示厨


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6/22

少年は影の中で息をつく


 人は誰でも、生まれたときは“平等”だと言う。

 しかし、その言葉を信じている人間は少ない。

 実際、平等だったのは「何も持たない」という点だけで、そこから先はあらゆる不平等が雪崩のように積み重なる。


 僕は、その不平等の下側にいた。



 幼少期の記憶はどれも曖昧だ。

 色彩が薄くて、音が遠くて、何を見ても他人ごとのように感じた。


 家は狭かった。

 壁には傷が多く、ドアの蝶番はいつも軋んでいた。

 父はほとんど家におらず、母は常に疲れていた。


 母は優しい人だったが、僕に向ける目がどこか“申し訳なさそう”だった。

 僕が望んだわけでもないのに、僕の存在そのものが母の負担であるように見えた。


 子どもは敏感だ。

 その気配を感じ取るのに、時間はかからなかった。


 母は僕を責めているわけじゃない。

 ただ──僕は、母にとって“重荷のひとつ”だった。


 それを知った瞬間、僕は無意識に、自分の存在を小さくしようとした。


 泣かない。

 叫ばない。

 頼らない。

 邪魔にならない。


 それが、幼い頃の僕の“生存戦略”だった。



 学校では、僕は目立たなかった。

 というより、「そこにいるのに記憶に残らない存在」だった。


 授業中に手を挙げたことはない。

 クラスの中心に入ったこともない。

 友達と呼べる相手もいない。


 別に嫌われていたわけじゃない。

 ただ、興味を持たれなかった。


 僕自身も、誰かに興味を持たれるほどの価値があるとは思えなかった。


 勉強はそこそこできたが、特筆すべき才能もない。

 スポーツは苦手。

 身長は平均より低く、声は小さい。


 俗に言う“無害な背景キャラ”だった。


 そんな僕に、たまに教師が言う。


「もっと前に出ていいんだよ」


 だが、その言葉は僕にとって呪いに等しかった。


 前に出れば、無能が露呈する。

 注目されれば、失望される。


 だから僕は、影に隠れ続けた。


 それは臆病だったわけじゃない。

 “正しい選択”だった。


 僕のような平凡な子どもが目立てば、必ず誰かに踏みつけられる。

集団とはそういう仕組みで動く。


 僕はただ、自分を守っていただけだ。



 ダンジョンが世界に現れたのは、僕が十一歳のときだった。


 テレビはどのチャンネルも「光柱」「異空間」「国家非常事態」の文字で埋まり、外ではサイレンが鳴り続けた。


 大人たちは混乱したが、子どもである僕はほとんど状況を理解していなかった。


 ただ、世界が大きく変わったという事実だけは、子どもの直感にも刺さった。


 学校は休校になり、父は失業し、母は二つの仕事を掛け持ちした。


 生活はさらに苦しくなり、家の空気は重く沈んだ。


 世界が変わっても、僕の暮らしは悪くなるばかりだった。



 初めて《LiveDungeon》を見たのは、十二歳のときだった。


 当時は、配信者はほとんどが素人の勇気ある馬鹿か、金に困った大人だった。

 そして多くが、死んだ。


 子ども向けの教育放送でも「ダンジョンの危険性」が繰り返し流され、

 “絶対に真似をしないように”と細心の注意が払われた。


 でも、その注意喚起は逆効果だった。


 僕は、画面の向こうの配信者たちを見て初めて──

 「自分より弱い人間」を認識した。


 ドジで、無謀で、泣きながら進み、死んでいく。

 その姿に、僕は奇妙な安心感を覚えた。


 “自分以外にも無能はいるんだ”と。


 その感情は醜く、子どもらしくなかった。

 だが、当時の僕には救いだった。



 中学に上がった頃、父は完全に家へ帰らなくなった。

 離婚届が届いたのは一年後だった。


 母は倒れ、仕事を失い、生活保護を受けることになった。


 僕は、家の中でも外でも、誰にも必要とされない存在になっていった。


 誰かに頼れば負担になる。

 存在を主張すれば邪魔になる。


 だから僕は、自分の存在を薄める方向へ、さらに踏み込んだ。


 反抗期もなく、友達も作らず、学校では空気のように過ごす。

 先生の質問に答えることさえ、僕には大胆すぎる行動だった。


 人生には、積極的に失敗しにいけるほどの“安心”が必要だ。

 僕にはそれがなかった。



 そんな僕にとって、《LiveDungeon》は唯一の娯楽であり、世界とのつながりだった。


 鋼鉄の扉の向こうで、誰かが死ぬ。

 無謀な新人が、泣きながら帰還する。

 熟練者が驚異的な技でモンスターを倒す。


 そして、時々、謎のコメントが配信者を救う。


 そのコメントを、僕は何度も見ていた。

 だが、その正体を考えたことはなかった。

 ただの運の良い視聴者だと思っていた。


 自分とは関係のない世界だと思っていた。


 僕がその存在に“救われる”ことになるとは、まったく想像していなかった。



 高校に進学すると、僕はさらに空気になった。


 勉強はそこそこ。

 運動はできない。

 外見も地味。

 家は貧しい。


 スクールカーストに分類すれば、底辺の“その他大勢”だ。


 ただ、一度だけ教師に呼び出されたことがある。


「真木。君、何がしたい?」


 その質問は、僕の胸を突いた。

 “何がしたい”という問いは、世界が平等であるという前提がなければ成り立たない。


 僕は即答した。


「……わかりません」


 本当にわからなかった。


 何を望んでいいかもわからなかった。

 望んでも叶わないことばかりだと知っていた。


 だから僕は進路希望欄に、空欄を提出した。


 何も書かなければ、誰も失望しない。

 誰の期待も裏切らない。

 それが正しい選択だと思っていた。



 母は再婚しなかった。

 僕に負担をかけないためだろう。


 僕は高校卒業と同時に家を出て、安いアパートで一人暮らしを始めた。

 貧しい暮らしだったが、誰に気を使う必要もなかった。


 そして──

 僕はとうとう《探索者募集広告》を見つけた。


《未経験歓迎》

《命の危険あり》

《装備支給》

《功績に応じて報酬》


 世間の若者は、この募集をバカだと言った。

 危険すぎる、と。


 でも僕は思った。


 ――僕には、失うものがない。


 死んでも誰も困らない。

 生き残れば、多少の金が手に入る。

 もし功績を上げれば、母に仕送りもできる。


 それに何よりーー

 “僕でも何かを変えられるかもしれない”

 という、とても小さな期待があった。


 その期待が、僕の背中を初めて押した。



 初めて配信をしたとき、カメラの前で僕は震えていた。


 ダンジョンの入口に立つだけで、喉が痛くなるほど緊張した。


 そして、第一層で僕は死にかけた。


 鉄パイプを持つ手は震え、足はもつれ、スライム一匹を倒すのにも苦労した。


 視聴者は笑い、馬鹿にした。


《新人くん草》

《帰れw》

《どうやって生きてきたwww》


 だが、その中に、たったひとつ──

 まともなコメントがあった。


《ライトを下げろ。その影は罠だ》


 それは冷静で、簡潔で、感情がなかった。


 ただそこには、“僕を生かすための意図”だけがあった。


 そのコメントの通りにライトを動かすと、影の中からスライムが飛び出し、ギリギリで避けることができた。


 僕は驚いた。


 その瞬間、初めて“自分は生きられるかもしれない”と思った。


 そして、僕の口から自然にその言葉が漏れた。


「……師匠?」


 それが始まりだった。



 彼──“s_opt”の存在は、僕の人生を変えた。


 僕は臆病で、無能で、何の価値もないと自分で思い込んでいた。

 だけど師匠のコメントに従ったときだけ、僕は“自分が生きられる人間”だと感じられた。


 その感覚は、人生ではじめて味わうものだった。


 僕は影として生きてきた。

 誰にも必要とされず、誰の記憶にも残らない存在だった。


 だが初めて、誰かが僕に“生きろ”と言ってくれた。


 師匠の言葉は、僕にとって初めての“光”だった。



 だから僕は探索者になった。

 だから僕は今もダンジョンに潜る。


 そこに死があるからではない。

 そこに希望があるからでもない。


 ただひとつ。


 “生きている理由が、初めて見つかったからだ。”


 師匠がいる限り、僕は進む。

 影だった自分が、光の方へ歩いていける気がするから。


 生まれて初めて、僕は誰かに導かれている。


 僕の人生は、師匠と出会った瞬間から始まったのだ。


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