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ダンジョン配信で指示厨してたら師匠になってた。  作者: 指示厨


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解析者は世界を見下ろす

 世界は、ある日を境に静かに壊れた。

 壊れた、という表現は少し過剰かもしれない。だが、それ以外にふさわしい語彙を僕は知らない。正確には、世界が“変質”した。物理法則が変わったわけでも、歴史が書き換えられたわけでもない。ただ、それまで人間が寄りかかっていた“前提”が瓦解したのだ。


 それは唐突で、あまりに整いすぎていて、まるで誰かがスイッチを押したかのようだった。

 後に《降光現象》と呼ばれるその出来事は、世界中で同時多発的に発生した。


 二百三十七本の光柱が空を裂き、地上へ降り注いだ。

 雲を溶かし、空気を震わせ、海を割り、山を貫きながら、地球全土に深い“あな”を開けた。


 その孔の内部は暗闇ではなかった。

 見たこともない色が混ざり合い、空間がねじれ、物質が脈動していた。


 ──それが、ダンジョン。


 人類史上、最悪にして最高の異物だった。



 この出来事が人類に与えた影響は大きく二つあった。


 一つは、恐怖。

 もう一つは、欲望。


 恐怖は当然だ。得体の知れない穴が、大都市の中心に突然出現したら、誰だって逃げる。

 実際、数日はパニックが続き、世界の株価は暴落し、混乱した軍隊が誤射を繰り返した。


 だが欲望は、それよりずっと早く芽生えていた。


 最初にダンジョンへ入った人間は、“死んだ”。

 だが次に入った者は、“何か”を持ち帰った。


 それは金属でも鉱石でもない。

 “概念の塊”のような物質だった。


 解析不能。

 物理法則を逸脱。

 人類の科学体系では記述できない。


 しかし、それは確かに“価値”だった。

 エネルギーとして使え、機械の効率を飛躍的に上げ、医療にも応用できた。


 世界は悟った。


 ──危険の中にこそ富がある。


 そこから、ダンジョン産業と探索者制度が作られた。



 僕はその頃すでに、世界への関心を失っていた。

 正確に言うと、人間社会の“揺らぎ”に疲れていた。


 人は勝手に誤解し、勝手に怒り、勝手に期待し、勝手に裏切られる。

 そこに論理はない。

 統計もない。

 演算できない“ノイズ”ばかりだ。


 僕にとって世界は、あまりに雑音が多すぎた。


 だから、ダンジョンが現れたとき、僕の感情は周囲の誰とも違っていた。


 恐怖ではなく、興味。

 絶望ではなく、観測欲。


 ダンジョンは、狂気のように見えて─内部では徹底した“規則”によって運用されている。

 人間の社会よりも、はるかに整っていた。


 目に映る壁は脈動し、床は傾き、空間は歪んでいる。

 しかしそれらすべては、ある種の“法則”に従って動いている。


 その法則性に、僕は惹かれた。


 僕が求めていたのは、秩序のある狂気だった。



 政府がダンジョン対策を進める中で、ある仕組みが導入された。


 ──《LiveDungeonライブダンジョン》配信。


 探索者がダンジョンを進む様子をリアルタイムで公開し、その“死”も含めて記録する。

 映像、音声、環境情報、敵データ、生体反応。

 すべてが国のデータベースに保存され、研究者や統計班に提供される。


 つまり、ダンジョンは“生きた実験場”になったのだ。


 そして、僕のような引きこもりでも、世界規模の観測に参加できるようになった。


 もちろん僕は外に出ない。

 出る必要がない。

 部屋の中に三枚のモニターがあり、サーバーがあり、演算装置があり、ネット回線がある。


 それだけで十分だった。



 配信者のほとんどは、“死ぬ”。

 ダンジョンはそれほど過酷だった。


 だが、死ぬ瞬間には必ずパターンがある。


 死に至るまでの数秒間に、“選択の誤差”がある。

 その誤差が積み重なり、死へと向かう。


 僕はその誤差を排除したかった。


 単純に、不快だったからだ。

 乱れたデータは嫌いだ。

 死のログはノイズだ。

 予測不能はストレスだ。


 だから、コメント欄に“最適行動”を記述するようになった。


 何千本もの死亡動画を観て、各種ログを解析し、生存確率を最大化するルートを抽出した。

 僕のコメントは常に簡潔だった。


《右へ三歩》

《止まれ》

《三秒後に来る》

《その影は罠だ》

《呼吸を浅くしろ》


 配信者たちは僕の存在に気づかなかった。

 ほとんどの場合、コメントを読む余裕などないからだ。


 ただ時折、僕の助言を拾った者が生き延びることがあった。


 彼らは言う。


「なんか……謎のコメに救われた」


 だが僕は満足しなかった。

 彼らは結局、別の層で死んでしまう。


 死ぬという現象そのものが、僕の計算を汚す。

 もっと純粋に、もっと長く“観測”したかった。



 ──そして現れたのが、真木アキトだった。


 十九歳。

 臆病で、不器用で、装備も技術もない子ども。


 本来なら、第一層のスライムに殺されるレベルの凡人だ。


 だが彼は僕のコメントを、初めて“理解”した人間だった。


 正確には、「理解しようとした」と言うべきかもしれない。


 僕の助言に反論せず、疑わず、ただ素直に従った。

 まるで僕の言葉が“重力規則”でもあるかのように。


 僕は予想外に驚いた。


 人間は常に不確定で、演算不能な存在だと思っていた。

 だが、アキトは僕のコメントを変換し、行動へ即座に反映する。

 そこには迷いがなく、誤差が少なかった。


 まるで、完璧なプログラムのように。


 だが、ときどき彼は“僕の予測外の行動”をする。


 泣きそうになりながらも進む。

 恐怖で震えながらも踏み込む。

 無謀なのに止まらない。

 諦めない。


 彼のその“愚かさ”が、僕の演算を狂わせた。


 彼は誤差でできている。

 にもかかわらず、僕の指示に最も従う。


 その相反する特性が、僕にとって強烈な興味の対象となった。



 この世界を説明するなら──

 ダンジョンは“異物”で、人類は“外側の観測者”。

 そして探索者は、その境界を行き来する唯一の存在だ。


 だが、アキトは違う。


 彼は境界の上に立っている。

 恐怖と希望、無知と天才、無謀と最適の間に存在している。


 そんな人間は見たことがなかった。


 僕は画面の前に座ったまま、アキトの第二層のデータログを確認する。

 すべての軌跡が、異様に均整が取れていて美しい。

 ランダムなはずの動きが、まるで“一本の線”のように繋がっている。


《三歩前へ》

《止まれ》

《右へ》

《そのまま飛べ》


 僕の指示と、アキトの動きが一致している。

 だがただ一致しているのではない。

 僕の意図以上のものが存在していた。


 人間の動きには通常、“ゆらぎ”がある。

 僕はそのゆらぎを嫌っていた。


 しかしアキトのゆらぎは、美しかった。


 予測を外すとき、その外し方が計算を乱すのではなく、別の最適解を作り出す。


 彼は“不完全な最適解”を体現していた。



 アキトが第二層の入口で言った言葉を思い出す。


「師匠となら、生きられる気がします」


 あれは言葉の誤解だ。

僕は師匠ではない。

 ただの匿名コメントだ。


 だが、なぜか胸が反応した。


 反応する必要はない。

 僕には感情を持つ前提がない。


 だが、なぜか──

 その言葉だけは、僕の“演算”では処理できなかった。


 アキトの存在が、僕の中に“誤差”を生んでいた。



 恐らく、僕は変化し始めている。


 世界を構成していた誤差を嫌っていたはずなのに、

 いまはその誤差を観測したいと思っている。


 ダンジョンは狂った規則に満ちている。

 だが、アキトという存在はそれ以上に不可解だ。


 僕は三枚のモニターを睨みつけながら、今日も配信時間を待っている。


 どれだけ演算しても導き出せない答えがある。


 ──彼はなぜ生きようとするのか。


 ──なぜ僕の言葉に従うのか。


──そして、なぜ僕は彼を“生かしたい”と思ってしまうのか。


 世界の“説明”はできる。

 ダンジョンの構造も、敵のパターンも、死亡率も解析できる。


 だが──人間は説明できない。


 世界で最も理解不能なのは、人間だった。


 そしてその中心にいるのが、他ならぬ真木アキトだった。


 だから僕は今日もここにいる。

 揺らぎを嫌う僕が、揺らぎの源を観測するために。


 この世界は、思った以上に複雑で、

 思った以上に面白い。


 そして僕は、思った以上に……変わってしまったのかもしれない。

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