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ダンジョン配信で指示厨してたら師匠になってた。  作者: 指示厨


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15/22

閑話

 俺はダンジョンに潜ったことがない。

 危険区域に足を踏み入れたこともない。

 ついでに言えば、体力もない。

 換気の甘い部屋に閉じこもり、

 モニター越しの世界にしか興味がない人間だ。

 ただ──

 世界の“誤差”を見るのが得意だった。

 映像の揺れ、呼吸の乱れ、足音のリズム、

 視線の向く角度、敵との距離、影の落ち方。

 それらの細かい差異が示す意味が、

 なぜか俺には手に取るように分かる。

 つまり、俺は“現場には行けないが、解析は得意なタイプ”だった。



 ◆

 アキトの配信を初めて見たとき、

 俺は「あー、また無謀な新人が一人増えたか」としか思わなかった。

 だが三分後には、

 画面の中の少年から目を離せなくなった。

 戦い方が下手くそなのに、判断だけは異様に速い。

 逃げ腰なのに、引くべき一歩と踏むべき一歩を正確に踏む。

 恐怖を抱えたまま、妙に冷静な軸がある。

 あんな新人いるわけがない。

 そう思って気づいたらコメントを打っていた。

 《右に避けろ。足の角度ずれてる》

 するとアキトは、一拍置いて動いた。

 まるでずっと指示を待っていたかのように。

 その瞬間、俺は冷静に判断した。

 《こいつは伸びる》

 論理だ。

 才能云々ではなく、“構造的に伸びる動き”をしていた。

 俺が興味を持ったのは、その一点だけだ。




 ◆

 罵倒スタイル云々について言えば──

 俺は優しい言葉が嫌いなだけだ。

「次は頑張れるよ」

「気にしなくていいよ」

「誰にでも失敗はある」

 そういう曖昧な言葉は、何の情報も含んでいない。

 問題点が分からなければ、改善もしようがない。

 だから俺の言葉は自然と短く、冷たく、刺さる。

 《違う》

 《遅い》

 《甘い》

 《判断がぶれてる》

 周りから“罵倒”と呼ばれようが、

 俺は正しいと思うことしか言わない。

 アキトがそれをどう受け取るかは知らない。

 ただ、動きは確実に良くなっている。

 それがすべてだ。




 ◆

 第二層の番人戦のとき。

 俺は画面の前で眉をひそめていた。

 あの黒い巨体。

 四本腕。

 あれは新人向けの敵じゃない。

 はっきり言って“詰み”だ。

 普通なら、開始十秒で死ぬ。

 だがアキトは死ななかった。

 恐怖で震えながら、その震えを抱えたまま制御し、

 鈍った視界を捨てて音を拾い、

 足裏で距離を測り、

 最後の一撃を“偶然ではなく必然”で入れた。

 画面の前で俺は思った。

 《……は? なんだこいつ》

 驚いた。

 人に驚くことなどほとんどないのに。

 同時に、胸の奥がわずかに熱くなる感覚があった。

 それは興奮ではなく、

「こいつはさらに上に行ける」という純粋な期待だった。

 俺は潜れないが、

 俺の知識と認識を“武器”にする人間が現れた。

 その事実が、妙に納得できた。




 ◆

 アキトが部屋を片付ける前後。

 あいつが訓練を終えたタイミングで、俺はメッセージを送った。

 《部屋を整えろ》

 監視しているわけじゃない。

 ただ、あいつの行動パターンを把握しているだけだ。

 訓練後の緩む時間、

 後回しにしたくなる性格、

 そして第三層前日の不安。

 そういう“揺れやすい場所”を外すために送っただけだ。

 アキトは素直に返してきた。

「片付けました。

 訓練スペースも作りました」

 それで十分だ。

 《環境を整えられるやつは伸びる》

 俺が言いたいのはいつも一つだけだ。

 強くなる意志があるなら、その行動を積み重ねろ。





 ◆

 アキトが第三層に行きたいと言ったとき、

 声が少し震えていた。

 それでいい。

 恐怖は正常だ。

 むしろ怖さを忘れる探索者は長生きできない。

 だがあいつは、震えながらも前に進もうとした。

 そのとき俺は確信した。

 《こいつは、生き残る側の人間だ》

 どれだけ丁寧に教えても、

 自分で決めた一歩を踏めない奴は結局死ぬ。

 アキトは違う。

 悩み、不安に揺れ、それでも前に進む。

 俺が導く理由はそこにある。

 俺は潜れない。

 だが──

 俺の言葉が、あいつの武器になるのなら。

 《進め。

 その一歩を踏めるやつだけが上に行く》

 それが、俺の“正しさ”だ。





 ◆

 佐藤は、深夜のモニターをひとつ閉じた。

 アキトに送ったメッセージの余韻がまだ指先に残っている。

 《進め。

 その一歩を踏めるやつだけが上に行く》

 短い。

 だが、それ以上の言葉は必要ない。

 自分が言っていいことは、もう全部言った。

 アキトがどう受け取るか。

 それは佐藤が介入できる領域ではなかった。

(あいつは……行くだろうな)

 確信でもなく、願望でもなく、

 ただ観察結果として思っただけだ。

 佐藤は椅子に深く座り、

 暗い部屋の中で静かに息を吐いた。

 モニターには今も、

 アキトの過去の配信の一部が映っている。

 ぎこちないステップ。

 恐怖で震える呼吸音。

 必死に刃を振るう細い腕。

 その全部が、

 今日のアキトとは別人に見えた。

(変わった、じゃない。

 “変えた”んだ)

 そこにある違いを、佐藤だけは正確に見抜けた。

 アキトは弱いまま突っ込んだわけではない。

 強くなれるよう、自分で歩いてきた。

 佐藤はキーボードに指を置いたが、

 何も打たず、ただそのまま止めた。

(余計な言葉はいらない。

 導きすぎてもダメだ)

 第三層は“自分だけの感覚”が武器になる世界。

 外からの言葉ではなく、内側の体験でしか越えられない。

 だから、佐藤にできるのはただ一つ。

 背中を押すでもなく、手を取るでもなく──

 黙って“次の一歩”を見守ることだけだった。

 



 その同じ頃。

 アキトの部屋でも、薄暗い灯りがついていた。

 布団に横たわったまま、

 アキトはスマホに残る師匠のメッセージを見つめていた。

 《怖いなら進め。

 その一歩を踏めるやつだけが強くなる》

(……怖い。正直、怖いよ)

 第三層の情報は少ない。

 視界が乱れる。幻視が現れる。

 音が嘘をつくこともある。

 新人が挑むには危険すぎる階層だ。

 それでも──。

「行く……俺は行く」

 小さく声に出すと、

 胸の奥に火が灯るような感覚が広がった。

 昨日までは“怖くて逃げそうな自分”がいた。

 だが今は、

 逃げたくない。

 逃げて終わりたくない。

 ここまで来たからこそ、前に進みたい。

(俺、一人じゃない。

 師匠がいる。コメント欄の人たちもいる。

 でも──最後は俺がやるんだ)

 握りしめた布団の端が小さく震えた。

(第三層……絶対に越える)

 その決意が胸の奥で固まりかけたその瞬間──

 スマホが小さく光った。

 画面には、師匠の短い文字。

 《寝ろ。

 明日、死ぬほど疲れる》

 アキトは思わず笑った。

(……ほんと、師匠だな)

 肩の力が少し抜ける。

「……はい。寝ます。

 明日……行きます」

 送信。

 既読はつかなかった。

 しかし、それで良かった。

 深呼吸をひとつ。

 目を閉じる。

 明日、アキトの人生はまた一段階変わる。

 誰よりも遅れて走り始めた少年が、

 初めて“未知の領域”へ踏み出す。

 その夜、部屋を包む静けさはやけに深く、

 けれどどこか温かかった。

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