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ダンジョン配信で指示厨してたら師匠になってた。  作者: 指示厨


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10/22

挑戦は恐怖を孕む

第二層の空気は、アキトの肺の奥に重たく沈み込むようだった。

入り口をくぐった瞬間、ひやりとした冷たい感触が首筋を走り、思わず肩をすくめた。

「……ここだ」

かつて逃げた場所。

師匠の指示がなければ、間違いなく死んでいた場所。

思い返せば、あの時の記憶は輪郭がぼやけた悪夢のようで、

ただ走って、転んで、必死に息を吸って、

背後で巨大な四本腕の影が迫ってきていたことだけが鮮明だった。

アキトはツインダガーを握りしめ、ひとつ深呼吸する。

スマホを三脚に固定し、視界に入る位置へ置いた。

その画面に、すぐ一行の文字が浮かんだ。

《戻ってきたな》

「……はい」

画面を見て、胸の奥が熱くなる。

その言葉は、不思議と“歓迎”のようにも、“確認”のようにも聞こえた。

第二層の通路は生き物の腸内を進んでいるようだった。

金属と有機の境界が曖昧な壁が、かすかに脈動している。

ズ……ズ……

自分の足音が完全に消えている。

前に逃走したときもそうだった。

第二層は“音を喰う層”。

ただ歩くだけで音が吸い込まれ、鼓膜に“静寂の圧力”がのしかかる。

「音が……ない」

《吸音領域だ。奴の生態と結びついている》

師匠には見えている。

それだけで、わずかに心が落ち着く。

通路の奥には、前と同じ“穴の群れ”があった。

大小さまざまな穴が壁に空き、その奥は深い闇。

生体なのか機構なのか判別できない奇妙な構造物。

近くを通るたび、穴が呼吸するように脈打つ。

アキトの背筋がぞくりとした。

「……来た時と同じだ」

いや、“同じではない”。

前よりも怖い。

前は“逃げること”が目的だった。

けれど今は“倒すこと”が目的だ。

逃げられない緊張は、恐怖を倍にする。

その時だった。

壁の奥から、かすかな振動。

ズゥ……ン……

アキトの全身が強張る。

脳の奥で、記憶が一気に巻き戻る。

──追いかけてくる

──息が詰まる

──四本の腕

──穴だらけの“顔”

──背後の暗闇が動く恐怖

「……来る」

スマホ画面に一行。

《覚えているな》

覚えている。

忘れられるはずがない。

黒い影が、通路の奥でゆっくりと立ち上がる。

人の二倍の巨体。

四本の腕が重力を無視するように滑らかに持ち上がる。

顔の位置には目も口もなく、代わりに無数の穴が蠢いていた。

穴は細かく震え、空間の“音”を吸い込み続けている。

第二層の門番──あの怪物。

前回はただ背を向けて逃げるしかなかった。

だが今日は違う。

「来いよ……!」

震える声。

だが、逃げる気持ちは一切ない。

番人が一歩踏み出した。

その一歩で、空間が波打つように揺れた。

音は出ない。

足音が完全に消されている。

だからこそ“見える動きだけ”が迫ってくる。

《動くぞ》

番人が地を蹴った。

巨体とは思えない速度で距離が縮む。

アキトの心臓が爆発しそうなほど跳ねた。

「っ!」

一本目の腕が横薙ぎに走る。

前と同じ動き。

《しゃがめ》

アキトは反射より早く、コメントに従った。

腕が頭上をかすめ、空気が震える。

二本目の腕が逆側から襲う。

アキトは身を捻り避けた。

「避けられる……!」

恐怖と同時に、確かな実感。

逃げていたときは“見えなかった攻撃”が、今は見える。

視界の隅に、腕の軌道がはっきりと泳いでいる。

《覚えている動きだ。迷うな》

番人が四本目の腕を持ち上げた瞬間、アキトの脳裏に前の記憶がよぎった。

あのときも、この構えだった。

そして──

「四連打……!」

《来る》

巨体が再び飛び込む。

横薙ぎ。

叩きつけ。

返しの薙ぎ。

突き刺し。

どれも、前は見えなかった攻撃だ。

ただ逃げながら転がり、師匠の指示を必死に追っていただけ。

今は違う。

見える。

目で捉え、体で反応できる。

アキトは四つの軌跡をすべてかわしきった。

「っは……!」

息が震える。

しかし──逃げなかった。

(これが……今の俺だ)

《攻めろ》

その一言でアキトの身体が走り出した。

ツインダガーを握りしめ、音の死んだ空間を切り裂くように踏み込む。


アキトは番人の懐へ踏み込んだ。

四本腕の巨体に対し、まるで小枝のような華奢な身体で――しかし足は止まらなかった。

「ぁああっ!」

喉から漏れた声は、すぐに吸い込まれて消えた。

ここでは叫んでも意味がない。

音が存在しない世界。

番人が支配する“吸音の領域”。

それでもアキトは前に出た。

ツインダガーが左右で光る。

連撃、連撃、さらに連撃。

しかし――

感触が薄い。

刃が“滑っている”。

「っ……堅い……!」

番人は音を殻にして防御している。

音そのものを吸収し、圧縮し、外骨格のように纏っている。

だから刃が入らない。

前回は“当てた”だけで弾かれた。

今は、“斬れている感触がわずかにある”。それだけが救いだった。

《まだ浅い。

 斬るな。えぐれ。

 刃を“押す”のではなく、“線でつないで”削れ》

「線で……!」

アキトは身体の動き方を変えた。

一撃ごとに止まらず、腕の軌道を繋げていく。

点を打つのではない。

線を描くように、刃が流れる。

ダガーの刃先が滑るように肉を引っかき、少しずつ音の殻を削る。

「はぁっ、はぁっ……!」

肺が熱い。

呼吸が早すぎる。

だが止まれば死ぬ。

番人が反撃に動いた。

四本腕が同時に持ち上がる。

《後ろへ跳べ!》

言われた瞬間、アキトの身体は飛んでいた。

番人の四連撃が空間を裂く。

風圧すらない。

ただ“空間がえぐられるような気配”だけが走り抜ける。

アキトは地面に転がりながら、呼吸を整える。

「はっ……はぁ……!」

番人がさらに腕をしならせる。

二本目の腕が、予備動作なく突き出される。

《下!》

アキトは地面に身を伏せた。

振り下ろされた腕が、背中ぎりぎりを掠めて通る。

「っ……!」

地面が大きく凹む。

しかし音は出ない。

ただ空間の歪みだけが伝わってくる。

番人が次に動いた瞬間、アキトは悟った。

(吸音だ……!)

四本の腕がゆっくり広がる。

穴だらけの“顔”の穴が同時に震える。

前回、恐怖で足が竦んだあの技。

《来るぞ。“大吸音”》

アキトの体が凍りつく。

この技の威力は知っている。

動いても吸われる。

耐えなければ死ぬ。

しかし前回は耐えられなかった。

今回は――

《足を固定しろ。刃を地面に刺せ!》

アキトはツインダガーを逆手に握り、両腕で地面に突き刺した。

直後。

ゴッッッ……!!

空気が一気に吸い込まれる。

視界が前方へ引きずられる。

肺の空気までも奪われ、喉が閉じてしまう。

「ぐっ……あぁ……!」

必死に踏ん張る。

しかし地面が滑る。

吸引力は想像以上に強い。

《耐えろ。

 逃げた自分に負けるな》

師匠の文字が視界に焼き付いた。

(逃げない……! 二度と……!)

アキトは足の力を限界まで使った。

腿が悲鳴を上げる。

腰が軋む。

腕が震え、刃がわずかに地面を滑る。

だが――耐えた。

吸引が止まった瞬間、肺が勝手に空気を求めて大きく膨らむ。

「っ……ぜぇ……はぁ……!」

視界が揺れる。

しかし立ち上がった。

《行け》

その一言で、アキトの脚が再び動き出す。

番人の巨体がわずかに硬直している。

吸音の直後は、わずかに動きが鈍る。

《弱点を覚えているな》

アキトの脳裏に、前回逃げたときの一瞬がよみがえる。

腹の辺りに、他より大きな穴がある。

あそこが“核”。

逃げながら見た、不気味な穴。

忘れたくても忘れられなかった。

「行く……!」

アキトは地を蹴り、番人の懐に飛び込む。

上から腕が降りてくる。

《右へ半歩!》

半歩だけ横にずれる。

攻撃は紙一重で外れた。

次の腕が横から迫る。

《しゃがめ!》

地面すれすれまで身体を落とす。

腕が頭上を通過。

そして――

腹の穴が露わになる。

アキトの心臓が爆発しそうに高鳴る。

(ここだ……! 前に逃げた俺が見た穴だ……!

 今度は逃げない……!)

ツインダガーが同時に光った。


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