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ダンジョン配信で指示厨してたら師匠になってた。  作者: 指示厨


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11/22

一歩

アキトはツインダガーを握りしめ、腹部の“大穴”へと踏み込んだ。

その瞬間、全身の細胞が一斉に叫び出すような感覚があった。

「ここだ……!」

逃げたとき、一度だけ見えた“弱点”。

その記憶が、今のアキトを前へ押し出していた。

番人の四本腕が反応し、同時に下から突き上げてくる。

巨体からは想像できない速度。

まるで地面から複数の杭が飛び出してくるような圧力。

《止まるな。

 今の“自分”だけが戦っているんじゃない。

 前に逃げた“お前”を越える瞬間だ》

その言葉で、アキトの恐怖が一瞬だけ、違う熱に変わった。

(逃げた俺を……越える……)

身体が自然に動く。

四本腕の軌道を感じ取る。

“見える”のではなく、“感じる”。

右足をわずかに外側へ。

左肩を落として、腕の下をくぐる。

ツインダガーを胸元に引き寄せながら回転。

そして――腹の前へ滑り込んだ。

「……っらあぁ!!」

右、左、右――

素早い三撃が穴の外縁を削るように叩き込まれる。

ザザッ!

黒い霧のようなものがわずかに漏れた。

だが――まだ浅い。

《まだだ。

 点で殴るな。

 “線で殺せ”》

「線……!」

アキトはダガーの使い方を切り替えた。

刃の先端ではなく、“刃そのものの軌跡”を使う。

腕を止めず、滑らせる。

ダガーで描く半円を連続で重ねるように。

シュッ、シュッ、シュッ!

刃が穴の周囲を円状になぞり、外殻の“音膜”を削り取っていく。

番人が不快そうに揺れた。

穴が高速で震え、小さな吸音が生じる。

アキトの服が吸われながら揺れる。

しかし構わず踏み込んだ。

「っは、はぁ……!」

呼吸が荒れ、肺が苦しい。

足が重くなり、全身が焼けるようだ。

しかし、それでも攻撃を止めなかった。

(ここで止まったら……あの時の俺と同じになる。

 怖くて止まって……逃げて……!

 だから今は、絶対に止まらない!)

ダガーの連撃がさらに速度を増す。

左右の手が独立して動き、刃が交差するように連続で走る。

黒い霧が濃くなり、穴がひび割れていく。

《割れかけている。

 “中”を露出させろ》

アキトは一息だけ吸い、最後の踏み込み。

「うおおおお!!」

決死の連撃。

鋭い軌跡が十数本重なり、ついに穴の外殻が裂けた。

バキッ。

穴が崩れ、“内部の黒い芯”が露わになる。

《そこだ》

一行の文字が画面に現れた瞬間――

番人が暴れた。

四本腕が同時に、無軌道に振り回される。

壁の穴が一斉に震え、空気が圧縮される。

音は出ない。

しかし“空間が悲鳴を上げている”のがはっきりと伝わった。

「くっ……!」

アキトはとっさに後退しようとした。

だが、番人の腕の一本が地面を叩いた衝撃でバランスを崩す。

身体が揺れ、視界が歪む。

足がもつれた。

《立て!》

画面の文字が叩き付けるように光る。

アキトは歯を食いしばり、倒れそうな身体に力を込めた。

(倒れるな……! 倒れたら……死ぬ!)

ぐらつく膝を、爪先に意識を集中して強制的に支える。

足裏で地面を押し返し、重心を立て直す。

その瞬間――

胸の奥でなにかがカチリと噛み合ったような感覚があった。

(これは……“逃げなかった”身体だ……!

 俺は……倒れない……!)

番人が次の攻撃を繰り出す。

腕が二本、横に広がる。

前回の逃走で、アキトはこれを“背後から”見た。

逃げながら、偶然避けた攻撃。

(あの時は、逃げるために必死だった……

 でも今は……正面から見える!)

視界が鮮明になる。

番人の動きが、まるでスローモーションのように読めた。

初撃は左から。

二撃目は右下からの逆薙ぎ。

三撃目は上段から落ちてくる叩きつけ。

(全部、知ってる……!

 一度逃げた俺が“覚えている”!)

アキトの身体が迷いなく動いた。

左へ滑る。

右へ捻る。

身体を沈め、叩きつけを回避。

《十分だ。

 奴の“隙”が生まれた》

番人の腕が一瞬だけ止まった。

アキトの心臓が垂直に跳ねた。

「今……!!」

ツインダガーを逆手に握り直す。

全身の力を刃へ集中させる。

腹部の“芯”がむき出しのまま、アキトの攻撃を待っているかのようだった。

《行け》

師匠の文字が視界に焼き付いた。

アキトは地を蹴る。

全身が一瞬で加速する。

「喰らえ……っ!!」

ツインダガーが一直線に走る。



アキトはそのまま腹部の“芯”へ刃を突き立てた。

ズブッ。

手応えは異様に重く、粘りつくようだった。

まるで金属でも肉でもない、得体の知れない物質に刃が沈む感触。

「……っ!」

番人の穴という穴が同時に震えた。

黒い霧が噴き出し、空間が一瞬だけ歪む。

音のない世界で、唯一“世界が悲鳴を上げた”瞬間だった。

《引け!》

アキトは全身の力を使ってダガーを引き抜く。

弧を描くように、二本を同時に引き抜いた。

ズシャッ。

黒い霧が裂け、番人の体の中心が崩壊する。

四本の腕が脱力して落ち、巨体が膝をつく。

(……倒れた?)

いや、まだ。

番人はまだ完全には沈んでいない。

穴が一斉にアキトを“見た”。

表情のない怪物が、怒りも苦痛もないまま、ただ生物としての反応を見せる。

《気を抜くな。

 奴は最後に“自爆吸音”を行う可能性がある》

「自爆……?」

《最後に全ての穴で同時に吸音を起こし、

 周囲を“空気ごと潰す”》

アキトの背筋に冷たい汗が走った。

ここで油断すれば、勝っても死ぬ。

番人の穴が膨張する。

大小の穴が“吸う”準備を始めている。

ズズズ……

ただの生物反応。

だが、それは破壊そのもの。

《動け》

一行の文字。

アキトは即座に後退した。

足がもつれそうになる。

だが前傾姿勢のまま、全速力で走る。

通路を戻る。

壁の穴たちがザワザワと揺れる。

(急げ……急げ……!)

背後で、空気が“死ぬ音の気配”を生んだ。

ゴッ……!

音ではない。

鼓膜を直接押しつぶすような衝撃。

アキトは転がるように走り続けた。

耳の奥が痛い。

肺が焼ける。

《止まるな》

言われなくても止まれない。

止まったら、吸われて潰される。

ズン……!

背後の空間が、凹んだ。

(近い……!)

歯を食いしばり、最後の力で跳ぶ。

通路のくびれを抜け、第一層側へ転がり出る。

その直後、背後で空気が破裂したように歪んだ。

ゴォッ……!!

だが、その歪みはアキトの背中までは届かない。

ぎりぎりの位置だった。

床に倒れ込む。

汗と涙が混じり、肩が震える。

「……は……は……っ……」

生きている。

確かに生き延びた。

スマホの画面が視界に揺れた。

震える指で手に取る。

そこに表示されたのは、たった一行。

《……よく、“あの日”を越えた》

アキトの目が熱くなる。

涙が流れる。

決して格好のいい涙ではない。

恐怖から解放された、情けないほど純粋な涙。

「あの日……逃げた俺を……越えられたんですか……」

《お前は戻ってきた。

 逃げた自分を、倒すために。

 それは探索者にとって最も難しいことだ》

アキトは嗚咽をこらえながら、必死に呼吸を整える。

「師匠……俺……」

言葉が続かない。

胸が熱すぎて、声すら出せない。

画面にさらに文字が現れた。

《第二層は突破だ。

 だがダンジョンはまだ“序章”にすぎない。

 ここから先が、本物の深淵だ》

アキトはゆっくりと立ち上がった。

膝は震えている。

だが、歩ける。

歩きながら、自分の影を見る。

第二層の光を受けた影は、細い線ではなく、太く、濃く、揺るぎない形をしていた。

(もう……逃げた俺じゃない)

ツインダガーを握り直し、深呼吸をする。

「行けます。

 俺は……まだ進みたい」

《なら進め。

 誤差の深淵へ》

アキトは歩き出す。

第二層を越えたその先へ。

少年の背中は、もはや“初心者探索者”ではなかった。

戦う者の背中だった。

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