していることの意味と、覚悟と
「よもつへぐい」の話を聞いて以降、ぶっちゃけ身の危険を感じたので、リリーさんの料理を遠慮してしまうようになる俺。いや、リリーさんに他意はないと思うんだけども。
すると、リリーさんはその日以来、なんかだんだん手の込んだものを作るようになった。今日なんて勉強のお供にって煮込みハンバーグ出してくれたもん。さすがに俺にも変だってわかる。断ったら、心なしか肩を落としてお盆を持ち、部屋をすごすごと出ていくリリーさん。あっあっ。
俺の罪悪感が限界突破してしまったので、よもつへぐいの話をもう1度お姉さんに聞いてみることとした。するとなぜか、声を立てて笑われた。……なぜ……?
「違う違う、それは大丈夫だよ。物を食べた程度で影響があるほど君の能力は安っぽくない。なめてもらっちゃ困るな」
「なんで威張ってるんですか⁉ じゃあなんだったのあの話⁉」
「びっくりした? ごめんごめん。でも、先に言った方がいいかなと思って。君は、自分がしていることの意味を知るべきだよ。覚悟もね」
「どういう意味……? ……あ! また!」
お姉さんから目を離さなかったはずなのに、またお姉さんが座っていた椅子の上には、ウサギのぬいぐるみが置かれていた。……逃げよった。
そのまま俺は厨房に飛び込み、力いっぱい「煮込みハンバーグください!」と叫んだ。リリーさんは何も言わなかったけど、いっぱいお代わりを作ってくれた。
一緒にテーブルを囲み、はぐはぐと2人で大量の煮込みハンバーグを頬張るリリーさんと俺。テーブルの上には大皿に山盛りの煮込みハンバーグが並び、その湯気が食欲をさらにそそる。濃厚なデミグラスソースの香りが鼻をくすぐり、二人の間に漂っていた静けさを打ち破るように、リリーさんが無言でハンバーグを切り分ける。
「うまい! ……あ、間違えた。おいしい!」
俺が勢いよく口に放り込むと、肉汁が口の中で弾け、思わず声が出た。隣でリリーさんは淡々と箸を動かし、まるでハンバーグを任務の一部とでも思っているかのように一つずつ片付けていく。それでもその顔には、かすかな微笑みが浮かんでいるように見えた。
「こんな料理、はじめてたべた」
「すごいですよね。1回食べただけで何でも再現できるなんて」
……『君は、自分がやっていることの意味を知るべきだ』。お姉さんの言葉が、妙に胸のどこかに引っかかる。お姉さんは、嘘は言わない。なら、俺が今している何かは、特別な意味がある、ということ……?
「本当。おいしい」
かすかに微笑みながら、じっと煮込みハンバーグを覗き込むリリーさん。その姿を眺めていると、何かに、思い当たりそうな感覚を覚える。しかし、その「何か」は、水の中で掴む泡みたいに散り散りになり、俺の手の中から消えていってしまった。
そして、バイトで手が空いた時。俺は、館の中を歩き回ることが多くなった。ここが、死後の世界なら。どうしても、叶えたい願いがあった。……わかってる。たいてい、1週間しかお客様は滞在しないから、俺の求める相手はきっともう、館にはいない。でも、ひょっとしたら、何かの手がかりくらい……。せめて、来ているか来ていないかだけでも分かれば……。
そうして館の中を歩き回っていると、鎧をカタカタ鳴らしながら歩くハモさんと出会った。ハモさんは、にこやかに(?)、俺に向かって金属の腕を伸ばしてくる。
『おや、どうされました? 何か、お探しですか? 一緒に探しますよ。暇ですから』
『いえ、たぶん、分からないと思います』
俺がだいぶつっけんどんな返事をしてしまったのにもかかわらず、ハモさんは気にした様子はなかった。ほっほ、と笑いながら体を揺らす。そのたびに、ガシャガシャと金属が触れ合う音がした。
『サヤ殿が探しているのは人ですか、物ですか』
『……人です。正確には、その人たちがここに来たかどうかを、知りたいんです』
『サヤ殿にとって、どんな人ですかな』
『もう1度、会いたい人達です。1つだけ、聞きたいことがあって』
言いつつ、無理だということは俺自身がよくわかっていた。だって、俺の両親が亡くなったのは、俺が3歳の時だ。仮にここに来ていたとしても、もう旅立った後に決まっていた。そして、予想通り、手掛かりなんて、何1つ見つからなかった。俺自身が何を探しているのかわからないのだから、それも当たり前だった。
そんなこんなで、俺のテンションがちょっぴり急降下を見せていた、そんなある日のこと。勇者に腕を引っ張られて、俺は下の街へ急いでいた。急ぎすぎて、カボチャを被るのを忘れてきたくらいである。……まあ、王都じゃなければカボチャは被らなくてもいいはずだからいいか。
「あの、ちょっと、なんの用ですか?」
俺様勇者は、ここ最近は腕試しだと言って、悪くて強そうな魔物がいそうな場所に乗り込み、ひたすら戦うという通り魔みたいなことをしていたはずだ。なんでも、レーダー的な何かが働くというか、悪の気配とやらがするらしい。ピカ泥とあだ名をつけられ、街の人を困らせてた時の俺様勇者自身には働かなかったのだろうか。まあ、あれはしょうがないっちゃしょうがないが……。
「なんかさ。あっちの谷にいた大きな魔物を倒してから、すげー人数の相手に追いかけられててさ。やたらピリピリしてんの。ヤバいくらいに怒鳴られたし」
「……えっ……?」
それって、なんか、まずいんじゃないの……? ほら、守り神的なやつとかだったんでは……? いやでも待てよ。悪い気配のする魔物を祀ってるとしたら、邪教の集団か何かか……?
「だから、ちょっと事情を聞いてほしーんだわ」
抜け出そうと思ってちょっと腕を引っ張ってみたけど、びくともしなかった。仕方ない、ぱっぱと終わらせて帰りますか。
「……わかりました。聞いたらすぐ帰りますからね?」
木々に囲まれた小さな村の広場には、いくつもの長テーブルが並べられていた。その上には、村人たちが持ち寄った料理が所狭しと並び、芳ばしい香りが風に乗って漂う。焚き火が高く燃え上がり、オレンジ色の光が村の広場全体を照らしていた。
『勇者様! お代わりはいかがですか!』
屈強な男が、桶に入ったスープを俺様勇者の前に差し出す。勇者は得意げに腕を組みながら、「おう、せっかくだ。もらっとくぜ!」と応じた。その態度に村人たちが一斉に歓声を上げた。
子供たちは焚き火の周りを駆け回り、老若男女が村の伝統的な踊りらしき謎の舞踊を始める。誰かが奏でる笛や太鼓の音が、青空に響いて心地よいリズムを刻んでいた。
俺様勇者は目の前の大皿に山盛りの肉料理を見つめ、「これが俺様のために作られた食事か!」と大いに満足した様子でフォークを手に取る。そして、まるで舞台に立つ役者のように、片手を挙げて宣言した。
「村を襲った魔物など、この俺様にかかれば当然の結果だ!」
『……と申しております』
俺が原文ままで伝えると、村人たちはさらに沸き立った。俺様勇者の豪快な笑い声が、広場全体に響く。
俺は少し離れたところで、村人たちが次々と運び込む料理や飲み物を眺めていた。手作りのパンや香草で味付けされた肉料理、甘く煮込んだ野菜の煮込み……素朴だけれど温かみを感じる料理ばかりだ。
『いやぁ、勇者様がいてくださらなかったら、私たちはどうなっていたことか!』
声をかけてきたのはさっき村長だと名乗った初老の男性だった。柔和そうに目じりに皺を寄せて笑う彼は、何度も頭を下げ、俺様勇者の手を握りしめて感謝の言葉を繰り返している。勇者は少し面倒そうに見えるが、満更でもなさそうだ。
時間が過ぎるにつれて、宴はますます盛り上がり、笑い声と音楽が途切れることはなかった。俺様勇者が得意満面に村人たちと語り合い、子供たちがその足元に群がっては『勇者様の話を聞かせて!』とひたすらにせがんでいる。……あれ……そういえば……。
「あの……邪教の集団はどこに……?」
「お前がどんな想像をしてたかはよく分かった」
「だって、こんなの、言葉が通じなくても分かるじゃないですか。怒鳴られたとか絶対嘘でしょ」
すると俺様勇者は、ひゃはは、と楽しそうに声を上げて笑った。
「いやー、あの村長とか棍棒振りかざして、すげー怒鳴ってたぞ。怖くてチビるかと思った」
「あんなに優しそうなのに……⁉ えっ嘘でしょ? なんで私、呼ばれたんですか?」
「お前、最近、しょんぼりしてたから。なんかこういうの、元気出るじゃん」
そして、ポンと俺の頭に手を置いた後、俺様勇者は広場中央に設置されたステージの方にスタスタと歩いて行った。ステージでは、軽快な笛の音が空気を切り裂き、太鼓のリズムが地面を揺らすように響いている。人々は音楽に合わせて笑い、声を張り上げ、思い思いに時折手拍子を打っていた。
置いていかれた俺は、頭に両手を当てたまま、勇者の後ろ姿を見送る。……いかん。なんか、気を使わせてしまったっぽい……。
その後も、村人たちはひっきりなしにステージの上にいる俺様勇者の元を訪れ、思い思いのお礼の言葉を口にした。やや遅れて合流した俺も気合を入れ、彼らの感謝の気持ちを俺様勇者にきちんと伝えた。そして、村人たちの列がなくなりつつあった終盤、事件が起こった。
村の少女らしき可愛い子が、もじもじしながら俺様勇者の前に立った。ステージの下からは、友達のものらしき『頑張って!』みたいな声も飛んでいる。……あ、これ分かっちゃった。村の英雄に感謝と愛を伝えるみたいなそういうあれじゃない? じゃあ邪魔者の俺はこれで……。
俺がそそくさとステージを下りようとすると、勇者がむんずと俺の襟首を掴んだ。振り向くと、「なんでどっか行くんだよお前」みたいな顔してる。お前……お前……! 空気読めや!
かくして、勇者と、襟首を掴まれて確保された俺の前で、女の子はおずおずと口を開いた。胸の前で手をぎゅっと握り、真剣な顔だった。その視線は、まっすぐに俺様勇者に注がれている。……いや、一瞬ちらっとこっち見た! 誰この子、みたいな顔してる……!
『……最初に勇者様を見たときから、私は心を奪われてしまいました。どうしようもないくらい、あなたのことが好きなんです。魔物を倒した時の勇者様も、こうして笑っている勇者様も、あなたの全部を愛しています!』
「なんて言ってるんだ? なんか長かったけど」
「……えーっと」
この場に俺、いる? 必要か? いや、ちょっと待った。さすがにこれを通訳通すのは良くないよな? だって、なんか気持ちが100%伝わらないじゃん。この子も絶対そんなの嫌だと思う。なので俺は、女の子に向かって、そっと口を開いた。
『あの、勇者様って異国の言葉しかわからないから、伝わらないかもです』
『わかった。じゃあ、あなたが代わりに言って。ちゃんと聞いてほしいから。話せるんでしょ?』
『……えっ? いやちょっと』
『気持ちを込めて、伝えてね』
そう言って、女の子は一歩下がった。そして、じーっと俺を見つめる。……なんていうか、静かな圧を感じた。
俺は、勇者にそっと向き直った。えーっと。なんだっけ。どうしようもないくらい全部を愛しています、だっけ……? いやそんなこと言えるか!
俺がずっと押し黙っていると、勇者は怪訝そうな顔をした。
「なんだよ」
「こちら、あちらのお客様からのメッセージなんです、けど」
「ドラマで見る、バーでよくあるやつじゃん……! テンション上がるわ……! で、なんて? そんな言いにくいこと言ってんの?」
ダメだ。なんかこのシチュエーションに耐えられない……! 青春っぽい空気と、甘酸っぱい台詞。そして、何より、男にこんなことを言う自分がちょっと無理。しかし、この子の想いを無にするのも、それはそれで申し訳ない。だってあそこまで言うなんて、よっぽどの覚悟だと思うから。
……よし。ここは、短くいこう。名前も知らない村娘よ、すまんが、これが俺にできる精一杯だ。
俺が、キッと顔を上げると、勇者はたじろいだように少し後ろに下がった。耳の先までじわりと広がるこの熱は、たぶん俺の顔が真っ赤になっている証拠だ。触らなくても、自分の頬が火を噴いているのが分かるくらいだった。そのまま、上の方にある俺様勇者の顔を、上目遣いでそっと見上げる。
「……そ、そのっ……私……」
「お、おう」
「わ、私……! あなたのことが、好きですっ……! 愛してます……!」
「…………へぁっ⁉」
俺様勇者は、盛大に裏返った声を出した。そして、後ろにじりじりと後ずさり、ステージから足を踏み外して、黙って空を仰いだまま、俺の視界からゆっくりと音もなく消えていった。一瞬後、どさりと何かが地面に落ちたような謎の音が響く。そして、しーん、という重々しい静けさが周囲を包んだ。
『伝え、ましたけど』
すると、女の子はどこかよそよそしい雰囲気で、手と首をぶんぶんと横に振った。
『すみません、なんか、あの……もうお相手がいらっしゃるなら……忘れていただいて、結構です』
『……覚悟は⁉』
『えっちょっと意味が』
――それから、俺様勇者が起き上がってくるのには、30分ほどの時間を要した。その日のことはそれ以降、俺も勇者も口にすることなく、お互い触れない話題の1つとなっている。
この話で次の勇者が出てくるはずだったのに、どうしてこうなったのでしょう




