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そうだ、友情に年齢なんて関係ない

 そんなある日のこと。館に、少し不思議な客がやってきた。





 最初に発見したのは、フィール先輩だった。そして、先輩から連絡を受けた俺が到着すると、そこには確かに客がいた。……いた、のだが……。



 廊下の先には、少し風変わりな姿の男性が立っていた。長身で痩せ気味、肩幅はそこそこ広いものの、全体的に細い印象だ。きっちり整った黒髪に黒縁の眼鏡をかけている。そして、何が風変りかというと……キラキラと、周囲が輝いている。あれ、なんかちょっと前に見た。……勇者? 勇者じゃない?


 服装は、ゆるく編まれたグレーのセーターに、濃紺のスラックス。足元はスリッパ――ではなく、妙にくたびれた室内履きだった。その手には、なぜか湯気の立つコーヒーカップ。そして、もう片方の手には鉛筆と小さなメモ帳。


 ……謎が多い。なんでカップ持ってんの? 明らかに部屋着っぽいけど、この人の家がいきなり倒壊したりしたのだろうか。




「ああ、やっと話の分かる人間が来たか。ここがどこだか吾輩に伝える権利をやろう」


 鋭い目元でこちらを見据えながら、彼は低い声でそう言った。落ち着き払っているように見えるその姿に、俺は思わず目を瞬かせる。


「吾輩……?」


 明治時代の文豪かな? それにしても、勇者って偉そうな人間しかなれないのかぁ……。まあ、選ばれし者だもんな。うん、俺はできるサポートをしよう。


「あ、はい。ご案内させていただきます」


 そう答えると、彼は短く頷き、眼鏡のブリッジを中指で押し上げた。そしてそのままコーヒーを一口すする。その姿は妙に余裕があるようでいて、どことなく浮いている。召喚されたばかりの人間が抱くべき困惑や動揺が、あまり見られないのだ。……え? ひょっとしてこの人、リピーターか何か?


「えっと、そのコーヒーは……」


 俺が思わず尋ねると、彼はカップを少し持ち上げて見せた。


「自宅で執筆中だったところを突然引きずり出された。幸い、コーヒーは倒さずに済んだがな」


 ため息混じりにそう言いながら、再びメモ帳を広げる。そして、そこに何かをガリガリと書きつけ始めた。


「やれやれ、これでは筆も止まるというものだ」


 鉛筆を指でくるりと回しながら呟く彼。その仕草は手慣れていて、恐らく長い間これを繰り返してきたのだろう。でも、どこか気の抜けた格好と、この館という舞台が全く噛み合っていない。


「では、案内を頼む。ここがどこでもいいが、こうして時間を浪費している場合ではない」


 その言葉を残し、彼はカップを片手に持ったまま、少し面倒そうな顔をしながら歩き出した。いや、どこ行くんですか。






 吾輩勇者は、ここが異世界に行くための準備をする館だという説明を聞いても、眉1つ動かさなかった。どういうことなんだ。


「ということで、何かあれば私に申し伝えください」


「よかろう。吾輩はオムライスを所望する」


「オムライス、ですか?」


 俺が聞き返すと、彼は眼鏡を押し上げながら眉をひそめた。


「何かおかしいのか? 吾輩が昼食にオムライスを所望するのは、奇妙なことかね?」


 いや、奇妙というか……可愛いなって。彼の真面目な顔を見たら、もうどうしても笑いを堪えられなくなってしまった。口元を手で隠しながら、何とか声が漏れないようにする。


「いえ! オムライスですね! 分かりました、すぐにご用意します!」



 リリーさんと俺の間で、オムライスに「吾輩」と書いた旗を立てるべきかどうかが長時間協議されたものの、まずは様子見しようということで、旗なしのオムライスが選択され、特大のオムライスを吾輩勇者はわずか8分で平らげた。







 吾輩勇者は、食事はオムライスしか注文しなかった。他の料理を知らないか、ものすごい偏食かは、俺たち館のスタッフの間でも議論が分かれている。ちなみに俺は偏食派である。さすがに現代日本でオムライスしか知らない食生活は無理がある。


「おい、そこのお前!」


 俺が廊下を掃除していると、大きな声で呼び止められたので、俺はぱたぱたと急いで走り寄った。


「はいはい! なんでしょうか?」


「はい、は1回だ」


「すみません」


「吾輩の創作意欲を手助けしたまえ。館の中を案内しろ」


「はい、ではこちらにどうぞ」





「こちらが台所です。オムライスは日々ここで生産されています」


 俺が吾輩勇者を案内すると、リリーさんはぴゅーっと走って食堂の方へ一目散に逃げて行った。それを見て、何かをガリガリとメモに書き込む吾輩勇者。目がちょっと怖かった。





「こちらはハモさんです。館の警備員もしてくれて、庭の木も整えてくれるんですよ!」


 がっしゃがっしゃと揺れる鎧を目の前にして、吾輩勇者は何度も眼鏡の位置を直し、非常にまじめな顔のまま、何度も頷いた。何に納得したのかは分からない。





「ここは開かずの部屋です! 中には、お客様を煽る標語が貼られているらしいんですが……実は、私も見たことがなくて。開かないので見られるのはドアだけですね」


「なぜお前は吾輩をここに連れてきたのだ」







 一通り館の中を案内して、部屋に戻ってきた後、聞いてみた。


「そういえば、何かまたリクエストありますか?」


「吾輩はチョコレートケーキを所望する」


「やっぱり偏食派だった……!」


「ん?」


「いえ、承りました」


 この人も勇者なのだから、きっと世界を救う冒険の旅に出るのだろう。俺にはこの人の冒険の手伝いはあんまりできないけれど、一時の安らぎを提供するくらいは協力できたら、と思った。しかし、俺の淹れた紅茶を口にして、吾輩勇者は渋い顔をした。


「吾輩は紅茶よりコーヒーが好きだ。次は許さんぞ」


「すみません……」


 ……そういやそうだった。コーヒーカップ持ってたもんな。








 次の日。反省した俺は、現実世界で、コーヒーミルと豆を買い、館に持ち込んだ。そういえば、コーヒーをインスタントでなく淹れられるってちょっとかっこいい気がする。ちょうどいい機会かもしれない。


 そのままゴリゴリと勢いよく豆を挽き、そこに適当にお湯をじゃぶじゃぶ注ぐ。うん、黒い。苦そう。格言、コーヒーは黒ければ黒いほど、苦ければ苦いほどいい。詠み人俺。マサヤスペシャルと命名しよう。





 誕生した俺のマサヤスペシャルをしばらく見つめ、吾輩勇者はしばらく動かなかった。気のせいか、眼鏡が斜めに少しずり落ちている気がする。そのまま、彼は、カップに少し震える手を伸ばした。


「これは、本当にコーヒーなのか……?」


「ええ、結構うまくできました!」


 俺がニコニコしながら見守っていると、しばらく固まった後、カップの中身を口にした吾輩勇者は、すっと一瞬で無表情になった。


「次は許さんぞ」


「えぇぇ……はい……すみません……」






 これはいけない。ということで、リリーさんに特訓してもらった。まずリリーさんはコーヒー豆をじっと見つめた後、口に運び、ポリポリと咀嚼した。


 なるほど。豆から。勉強になる。俺も見習って1粒食べてみた。


 ……に、苦い……! あとすっぱ! なんか意外に苦みと酸味がダイレクトに来る……! これが液体になると飲めるようになるんだからすごい。手本として俺の淹れたコーヒーも飲んでもらった。リリーさん、これが日本で流行っている飲み物、コーヒーですよ。




 そして、リリーさんは腕を組んで大きく1度頷いた。


『大体理解した』


『リリーさん、私のマサヤスペシャルどうでした?』


『正直言って、全く美味しくない』


『……はい……』


 はっきり。覚悟していたものの、すっぱり言われるとやっぱり凹む。いや、何となくそんな気はしてたけど。


『10段階で言うと1』


 最低点じゃん。そして、あの後30分かけて完飲してくれた吾輩勇者に、申し訳なさが募る。すみませんでした。


『ただ、改善は簡単。あなたに足りないのは豆の挽き方、濾し方、温度の管理方法とお湯の注ぎ方』


 結構あった。


 ついでにお茶の淹れ方も教えてもらった。俺の舌でも明らかに違いがわかるくらいに上達した。一家に一人、リリーさん。








 いちおう、お姉さんにも新しい勇者が来たことを伝えに行った。吾輩勇者は、廊下を行ったり来たりするハモさんを眺めながら、何やらメモをガリガリ書いている。どうやらハモさんが気に入ったらしい。なんかだんだん馴染んできているのが恐ろしい。あれも勇者たるゆえんだろうか。



 しかし、俺の報告を聞いて、お姉さんは不審そうな顔をした。


「次の勇者だと……?」


「どうかしたんですか?」


「勇者は世界の危機に召喚されるんだが、こんなに連続して召喚されるものじゃないんだ」


 相場が分からない。けど、そういうものらしい。


「まあ、確かに危機多すぎってなりますもんね」


「既にいるしね、前に召喚されたのが」


「俺様勇者さんですね」


「君、かわいそうだからそろそろ名前くらい覚えてあげなさい」


「実は名前を聞くタイミングを逃してしまって」


「まだ聞いてすらいないのか」


 普通はこんなことは起こらない、らしい。うーん、まあ、勇者が多い分にはいいのか? 








 そして、吾輩勇者が明日には館を出発する、となった日。俺がリリーさん特製のアイスクリームを食べてると、フィール先輩が、俺の部屋の扉から顔を出した。


『サヤ! 俺様勇者が来たわよ』


 直後、部屋の扉が荒々しく開かれる。……あ、なんか久々に見る気がする。俺様勇者は、リリーさんに特訓を受ける代わりに、館に客が来たときは俺が接客を優先するという条件をお姉さんに飲まされていたから、館に来客がある間は1人で旅に出ているのだ。


「あ、どうもお久しぶりです」


「この前来たらお前いなかったからな。住み込みのくせに。……あ。いいなそのアイスちょっとくれよ」


「リリーさんに貰ってきますね」


「あ、それはくれねーのな」


 お待たせしました、と持ってきて話再開。


「最近ついていけなくてすみません……というか勇者って休みとかないんですね」


 ブラックだなぁ。俺が学校に行っている間も、きっと彼は魔物退治にひたすら勤しんでいるのだろう。俺が勇者の労働環境に思いを馳せていると、彼は、不満そうに口を尖らせた。なんだどうした。




「ていうか、もう客じゃないんだから、いい加減敬語やめねえ? もう知り合ってどれくらい経つと思ってんだよ。なんか距離感じて嫌だわ」


「嫌なんですけど……」


「……嫌か? そうか、俺様、お前の友達じゃないもんな……」


「なっ……なんて嫌な言い方……別に友達じゃなくは……あれ? 友達でしたっけ……?」


 すると、俺様勇者はチッ! と大きく舌打ちをした。うわ、外堀埋めようとしてきた。……おお、でも、これって俺のこと友達とは思ってくれてる? 初めての男友達、できちゃう感じ……?


「じゃあ敬語禁止でいいか?」


「ちなみに、おいくつですか?」


「16」


「まさかの年下……!」


「え⁉ あんたいくつだよ⁉」


「絶対言いません」


「年上!? でも、近いよな?」


「分かったから! 敬語やめるから、この話終わり! 閉廷! 以上!」


 17だからたった1つ上ではあるけど。もうすぐ俺は18になるし。実質2歳差は大きい。……いや。友情に、年齢なんて関係ない。





「あーマジでうまい。ていうかお前、お茶淹れるの上手くなった?」


「気づいた? 最近リリーさんに特訓してもらってる……の」


 あ、でもちょっとアレかもしれん。敬語じゃなくなると、本格的に女子っぽく喋らないといけなくなる。……まあ、友達が1人増えるのなら、致し方ない、か……?


「このチョコケーキもうまいし」


 吾輩勇者さんがこの前食べてるのを見て俺も食べたくなり、さっき作ってもらったのだ。お茶を飲みつつリリーさん特製のチョコケーキを2人でつついていると、フィール先輩が顔を出した。


『サヤー、吾輩が来たよ』


「あ、どうも」


「……今の人、なんて? まだやっぱよく聞き取れねえや」


 俺様勇者が変な顔をした。あ。ちょうどいいのでは? だって2人とも、日本語を話す相手に飢えてるんだろ? ここは、仲良く一緒に冒険に出かけたらいかがだろう。そうだ、友情に年齢なんて関係ない。






 ところが、2人が顔を合わせると、そろって変な顔をした。じろじろと無遠慮に相手を見定めたり、ガンを飛ばしたり。まるでお互い、喧嘩前の犬みたいな挙動だった。まさに今も、吾輩勇者の周りをぐるぐると俺様勇者がひたすら回っている。……地球と月かな?

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完結済みランキングから来ました。 一気読みしてます。 「吾輩」さん。館に来た時に、片手にコーヒーカップ。片手に鉛筆とメモ帳 その状態で、『メモ帳を広げる。そして、そこに何かをガリガリと書きつけ始め』…
完飲に30分かかる苦痛なのにちゃんと飲むのは好感度高いぞ!
> 実は名前を聞くタイミングを逃してしまって これ今度は完結時に勇者君の名前にしっくり来なくなるパターンでは? これは合法?ロリ?年上お姉さん(♂)に情緒を破壊される俺様勇者君のおはなし。
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