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『よもつへぐい』

 俺様勇者は、今日も今日とて、境界の館でリリーさんにボッコボコにされている。……世界の危機を救う旅に出なくていいのか……?


 気になったので、ハモさんに回復魔法をかけてもらっている最中の俺様勇者に聞いてみた。ハモさんは意外にも(?)、この館の回復担当であるらしく、調子がいいときはこうやって俺様勇者を癒してくれるのだ。ちなみに調子が悪いときのハモさんは廊下の隅っこでカタカタ震えるだけの存在になってしまうので、そうなるとハモさんクリニックは閉店である。この人も謎が多い。


「いや、この前も城に行ったんだけどさ。特に何もしなくていいんだと」


「……諦められてません?」


「いやマジだって!」


 だって、世界の危機があるから勇者が召喚されたんじゃないの? まあ、いいけど。俺はその場を去ろうと席を立った。すると、後ろで、俺様勇者が不思議そうな声を上げる。


「あれ? どこ行くんだ? 俺様も回復したら料理番の人ともう1回戦いたい」


 いやいや、今からちょうど授業だし。


「すみません、この後リリーさんと約束があるので、しばらく無理だと思います。戦いたいって言ってたって、私、伝えときますよ」


「……約束ってなんの?」


「あっその、はい、…………料理です。いつも教えてもらってるので」


「いやそういう感じじゃなかったじゃん。え、何、何してんの」








 俺様勇者は無理やりついてきた。どうしても振り切れず、俺は渋々白状する。実はリリーさんとは日本語を勉強する会を開いてますっと。すると、俺様勇者はとんでもないことを言い出した。


「俺様も異世界語、習いたい! 教えてくれよ!」


「えー……面倒……」


 俺は控えめに拒否したが、駄目だった。なんか、異世界語を学ばれたら俺の存在意義ってなくならない? とも思ったのだが、自立してくれるなら別にいいかと思い直す。そうだよな。助っ人外国人みたいに、平和を取り戻した後のパーティーで片言の異世界語でぜひスピーチとかしたらいいと思う。





 リリーさん特製のチーズケーキを試食し終わった後、俺は机に座る生徒2人に向き直った。リリーさんは綺麗な姿勢で背筋がピンと伸びている。一方、俺様勇者は既にぐでっと机に寝そべっていた。彼の生前の授業態度が偲ばれる。


 まず、俺様勇者向けに、授業用のホワイトボードに挨拶の言葉を書き、何度か読んでみせた。異世界語は結構ざっくりなところがあるというか、この挨拶1つで「こんにちは」「ありがとう」「さよなら」といろんな場面で使えたりするので便利なのだ。


「今日はこれを覚えましょう。どの場面でも使える、ハワイで言うアロハみたいな言葉です。これを言うだけでやばい人間とは思われないし、変なあだ名も付けられなくなります」


「ハワイ知ってんの? あと、俺様、街の人間からやばい相手だと思われてたの?」


「いえそんなことないですよ? あとハワイって何ですか? 私そんなこと言ってません」


 くるりと背を向け、きゅっきゅっとホワイトボードを消すのに集中する俺。しまった。街の人たちに「山賊」とか「ピカ泥」(おそらく「ピカピカ光ってる泥棒」の略だと思われる)とか呼ばれていたという事実を突きつけるのは、俺にはとてもできない。俺がすーっと目を逸らすと、勇者は少し目を細めた。こわっ。そういう目付きしてると不良みたいだからやめた方がいいと思う。友達できないぞ。


「消すの早すぎねぇ? こっち向けって。で、俺様についてたあだ名について詳しく」


「いえ、決して野蛮って思われてた訳じゃなく。むしろ尊敬、そう尊敬です!」


「だからせめてこっちの目を見て言え。もう字消えてるから。手を動かすのやめろ」





 騒いでいる俺様勇者をとりあえず置いて、リリーさんの隣に俺は座った。そして、ゆっくりと発音しながら、日本語で話しかけてみる。


「リリーさん、今日はいいお天気ですね」


「わたしは、とても、げんき。サヤは、げんき?」


「リリーさん! 天気です! お天気!」


 俺が訂正しようと手を振ると、リリーさんもニコニコ笑いながら、控えめに手をふりふりと振ってくれる。


「サヤがげんきでわたしもうれしい」


「リリーさん……! 私も! 私も嬉しいですよっ!」


 手を取り合う俺とリリーさんを眺めて、勇者は呆れたような声を上げた。


「お前ら馬鹿じゃねえの? ……っていうか今、名前……」


「はいうるさいですよそこ。リリーさんを馬鹿にしないでください」


「お前はいいのかよ」










 ところで、以前も抱いた疑問。昔、どこかで聞いた、山の中にある館の噂について。どうしても詳しく思い出せなかったので、現実世界の学校で、由依に聞いてみた。俺の友人といえば由依だけだから、聞く相手もすぐ分かる。……悲しくなんかない。


「山にある不思議な館の噂って、小学生の時になかった? 覚えてないか?」


「あー、あったような気はするけど……ごめん、忘れた。でもなんかすっげー不幸な話だった気がする。身も蓋もないっていうか……確か、うん、登場人物だいたい全員死ぬみたいな感じ」


 この時点で、なんだか嫌な予感がした。俺はなんとか方向を修正しようと、あえてとぼけた声で話を振ってみる。


「そうだっけ? 館に行った人は悩みが全部なくなるとかそういうのじゃなく?」


「あんまりよく覚えてないけど、それが絶対違うってことだけは自信持って言えるわ」


 しばらくうんうんと唸っていたものの、結局、由依も思い出せなかった。その代わりに、ある代案を提示してくれる。


「そういうの詳しい友達いたじゃん。ほら、県外の高校行った……水原さんだっけ。同じクラスだったでしょ? 聞いてみたら?」


「さすがにそこに突撃する勇気はないなぁ……。まず連絡先知らないし」


「いいよ、あたしが連絡してあげる」


 お礼を言うと、由依はぱたぱたと片手を振った。


「いや、雅也が何か頼むのって珍しいじゃん。そんくらいしてあげるって。……あ、ほらすぐメッセージ返ってきた。来週、地元に帰ってくるから会ってくれるってさ」







 果たして、翌週、水原さんと無事に顔を合わせることができた。水原さんの視線は俺の頭の上から足元までを何度か往復し、やがて遠慮がちに口を開く。


「堀田くん、久しぶり……? うん、ごめん、すぐ思い出せなくってさ。変わった?」


 そりゃそうだろう。久しぶりに会ってすぐ思い出されるようなら、俺も遠足のバスに置いていかれたりしない。かつての俺を見失わなかったのは、ゆかちゃんだけだった。今考えると、ゆかちゃんって雑踏の中にいる俺を見つけ出すとかいうS難度なこともしてのけてた気がする。あれっていったいどうやってたんだろ。


「いい、いい。むしろ、俺は今、無視されないだけでも感動してる」


「目の前にいるのに……⁉」


 旧交を喜び合った後、早速、館の話を聞いてみる。というか、水原さんはいちおう俺を認識することができるらしい。どうやら俺の影の薄さは少しずつ改善を見せているような、気がしなくもないかもしれない。






「ああ、館の話ね。何年か前にここらで流行ったっていう、町の七不思議の1つだった気がする」


 ……珍しい。なんだか七不思議って言ったら学校なイメージがあるのに。俺だけかな。七不思議って、他にどんなのがあるんだろう。


 俺の疑問が顔に出ていたのか、水原さんは笑って、「また町の七不思議については、詳しく調べて教えてあげるね」と言ってくれた。そして、コホン、と咳払いする。


「とりあえず、館の話ね。あの山の奥、深い霧の向こうに、古い洋館があるんだって。訪れた者は歓待され、試練を乗り越えた者は、願いを叶えてもらえる。それでも、その館は決して訪れてはいけない。なぜなら、そこはあの世への入口で……館には死者だけしかいないそうよ」


「へえー」


 うん、まあ知ってた。そうだろうねって感想しかない。願いをかなえてもらえるのは本当なんだ、ってくらい? 最近、俺の中でのお姉さんへの信頼低下が著しい。まあ、いちおうまた確認してみるか?






 ……ところが、水原さんの話には、もう少しだけ続きがあった。


「そして、もし生きた者が迷い込んでしまって、試練を乗り越えられなかったら」


「……ど、どうなるんだ?」


 水原さんは、声を潜め、俺の目をじっと覗き込んだ。


「――2度と帰って来られない。そのままお化けの仲間にされちゃうの」















「お姉さん、私ってここにいても大丈夫なんですか? その、帰れなくなったりとか……しないですよね……?」


「……んー? たぶんね。変なことしなきゃ大丈夫さ」


 水原さんの話が気になりすぎて、お姉さんにストレートに聞いてしまった。しかし、返事はどうも曖昧だった。なおも聞いてみたところ、お姉さん曰く、大丈夫じゃなかったら俺はとっくに死んでいるとのことらしい。だからたぶん大丈夫なんだって。……安心できる要素ある?


「変なことって?」


「ここは君の夢の中なわけだが、同時に他の世界に繋がっている、ってのは以前も言ったよね。だから、ここで君に起こったことは、現実の君にも影響を及ぼす可能性がある」


「後半初耳! それ初日に説明しておくことじゃないですか⁉」


 姿が変わるかもとは言ってたけど! しかし俺が声を荒げたにもかかわらず、お姉さんはまったく動じずに話を続けた。くそう。


「で、ここで君が死ぬとする。基本的に夢の中で死んでも現実で死んだりはしないが……」


 あ、なんか嫌な予感してきた。基本的に、しないが、って言い方的に。


「そのまま現実の君が死ぬ可能性はあるね。一割くらい。まあ、ちゃんと保険は掛けてある。安心していいよ」


「既に1回死んでるんですけど⁉」


「大丈夫だったじゃないか。あんな風に直接殺されるなら大丈夫なんだよ。魂に直接影響を及ぼす攻撃を受けるとまずいんだ」


 どんな攻撃なんだ。まあ、もう死なないと心に誓った。絶対死なない……!




 あと、ここは死後の世界というか、この館って死んだ人が生まれ変わる準備をする場所なんですか? とストレートにお姉さんに尋ねてみたところ、あっさりと頷かれた。やっぱりそれはそうらしい。まあ、そこは俺の予想通りではある。


 ところが、ふむふむと頷く俺を見て、お姉さんはクスクスと楽しそうに笑った。


「ということは君、気づいてたのにあんなことしてたの? 相変わらず、怖いもの知らずだねえ」


「あんなこと、ですか?」


「いつもリリーと試食会やってるだろう? 君、よもつへぐいとか知らないの? 知らないよ、どうなっても」


「よもぎだんご……?」


「あ、知らないんだね。君、怖い話好きなはずじゃなかった? 古事記知らない?」


 古事記って、怖い話だっけ……? 昔の本だよな、確か。









 教室で、改めて由依にお礼を言った。


「この前はありがとう。水原さんと無事に話できたよ」


 話したおかげで、少しわかったこともあったし。


「あとさ、よもぎだんご……いや違うな。よも、よもつ……ってなに?」


 思い出せなかったので後半はむにゃむにゃ言ってごまかした。すると、由依は胡散臭いものを見つめる目でこちらを見てきた。お願いだからそんな目で見ないでほしい。


「よもぎだんご?」


「それは正解じゃないんだって。昔話に出てくるらしいんだ。古事記だったかな」


「古事記って昔話か……? まあいいや。なら、『よもつへぐい』かな」


 確かにそんな響きだった。由依、知ってるんだ。さすが神社の娘。


「確かね、あの世のものを食べちゃいけない、って話だったと思う。旦那さんがね、死んだ奥さんを黄泉の国に迎えに行くんだけど、そこでやっちゃいけないことが、向こうの物を食べること、だった、みたいな……? 多分そんな感じ」


 ……ふむふむ。つまり、違う世界の物を食べるのは禁止、ということか。なら、お姉さんが注意したのもわかる。確かに、魔法があったり魔物がいる世界なんだから、体に良くない成分が含まれている可能性もありそうだし。現実の俺にも影響があるかもって話だもんな。ちょっと食べる量、減らした方がいい?


 お礼を言い、ふと気になったので尋ねてみた。


「古事記では、向こうの物を食べたらどうなるんだ? 食べ過ぎたらお腹壊すとか?」


「ううん」


 由依は神妙な顔で首を横に振った。




















「一口でも食べたら最後。もう黄泉の国から戻れなくなるんだって」


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― 新着の感想 ―
今更ですけど、訪れた人間に料理を提供するのは「馴染ませる」ためだったんですねえ。 力にしても何にしても、進めるごとに主人公が徐々に後戻りできなくなって、かつ自覚しても自発的にその先に進んで人外になっ…
なんか異界の住人らしき人に餌付けされてる小学生がいたような……
黄泉の国のものを食べられない…。間違ってリリーさんの作ったものを現実に持ってきて誰かに食べさせたら大惨事が起きそうですね。
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