クエスト:聖剣を探しに行こう
俺と勇者は、並んで下の街を目指していた。お姉さん曰く、街の外れに凄腕の鍛冶屋が住んでいて、聖剣もその人が作ってくれるんだって。歴戦の冒険者はみんな、その人の武器のお世話になるのだとか。お姉さん曰く、「RPGのテンプレみたいなお使いが待ってるよ」らしいけど……?
「聖剣を手に入れたらリベンジして、あの人にぜってー勝つ……!」
おお、燃えてる。リリーさんに一太刀入れるどころか、掠ることもできなかったらしいから、持つ武器が変わっただけでどうにかなるのかという疑問はあるものの、控えめに応援しておくこととした。
そして、道すがら、俺様勇者は前を向いたまま、俺にも話を振ってくる。
「そういやお前ってさー、友達と話してる時はさすがに敬語じゃないよな? もう少しラフな感じだったりすんの?」
「えっ……とも、だち……?」
由依と、ってことだよな? だって俺、他に友達いないもん。一瞬、普段聞かない単語すぎて困惑してしまった。固まった俺を見て、勇者は慌てたようにこちらを振り返る。
「ま、まさか、いないのかよ?」
「い、いますよ! 私にだって友達の1人くらい!」
「1人……なのか……」
えーっと、由依と話してる時、どんな感じか? 最近はバイトの話しかしてない。辞めろと1日に10回くらい言ってくる。「あたしも一緒に言いに行ってやるから」とまで言ってくれた。お姉さんが喜ぶ未来しか見えないから、なんとか思いとどまってもらったけど。
「最近、なんか、このバイトを辞めろって。心配だし、絶対危ないからって。あと「うちでバイトしない?」って誘ってもらってて、ちょっと迷ってます」
すると、苦い顔をして俺様勇者は黙り込んだ。……ごめんて。当てつけとかじゃないから。しかし神社のバイトって何すればいいんだろう。なんかあの枝みたいなやつをひたすら振り回したりするのかな?
一方、俺様勇者はしばらく口をつぐんだ後、遠い目をして、フー、と息をついた。
「まあ、お前を見てたら心配するのも分かるよな……そういう友達って大事にしろよ」
「当然です! 私、ただでさえ少ないのに、異性の友達なんて、もうこれからできるかどうか……!」
言わせんな恥ずかしい。うん、でも大事にしよう。
俺が胸に手を当てて改めて誓っていると、俺様勇者がぱっとこちらを見つめてきた。えっ何?
「そいつって、異性なの?」
「異性っていうか……はい、そうですね。とっても仲良くしてもらってます」
今は同性だけど、普段は異性だし。しかし、ちょっと言い方間違えたかもしれん。普通に女友達って言えばよかった。まあ、別にどっちでもいいだろう。
俺が話を切り上げると、勇者はなんだか不満そうな顔をした。俺の友達トークは相手が由依1人だから、たくさんネタはないんだよ。そんな顔しても、今日はもうおしまい!
街の外れまで来た俺たちは、石造りの小さな一軒家を見上げた。煙突からは細い煙がもくもくと立ち上り、扉の横には大きな金槌が置かれている。見るからに鍛冶屋といった風情だ。
ノックすると、中から現れたのは髭もじゃの大男。肩幅が広く、鍛え上げられた腕には煤がこびりついている。エプロンのような革の前掛けをつけていた彼は、聖剣を作ってほしいと俺が伝えると、困ったような顔で腕を組んだ。
『材料が足りん。近くにある火山の洞窟でのみ取れる『紅炎晶』って鉱石が必要なんだが……近年、強力な魔物が巣くっていてな。街の奴らからも色々頼まれてるんだが、何ともなってないのが現状だ』
……あ、これ、お姉さんが言ってたお使いクエストだ。
俺は鍛冶屋で待機することとなり、勇者は1人、火山へと出かけて行った。いや俺も一緒に行こうかって言ったんだけど、聞くところによると、洞窟は火山ガスが充満し、蒸し風呂みたいな暑さらしいのだ。カナリアよりもひ弱な俺は、入って10メートルほどで窒息する環境に違いなかった。たぶん今の俺、サウナに入っても死にかねないもん。
俺が鍛冶屋の中でちょこんと座って待っていると、親方の言葉通り、何人もの街の人々が訪れてきた。やはり皆が求めるのは、火山で採れるという貴重な鉱石、紅炎晶。それは長い年月を経て自然に生成されるため、採れる量は極めて少ない、らしい。
鍛冶場の空気は、炭火の匂いと熱気が混じり合い、どこか重々しい。親方は訪れる人々を半ば呆れたような態度で迎え入れるが、その背中には鍛冶職人としての誇りが見え隠れしていた。
『親方、お願いです。この街を救うために、焔の加護炉を直してください!』
今も、教会の神父が何度も頭を下げている。神父さんの話を聞く限り、焔の加護炉とやらを動かすには、紅炎晶がどうしても必要らしい。回復魔法を増幅させるこの魔道機械は、街全体を癒す力を持つんだって。それがずっと壊れてて、街には怪我人がどんどん増えているらしい。
『紅炎晶はほんの少ししか取れないんだ。今、若い奴が取りに行ってるが、聖剣に使っちまったら加護炉なんざ直せねぇ』
親方の低い声が響く。
聖剣――それは、世界を救うために必要な剣。だが、焔の加護炉だって、この街の人々を救うために必要な装置だ。紅炎晶は、どちらか一方にしか使えない。
『つまり、聖剣を作ったらもう残らないんですね?』
俺が確認すると、親方は小さく頷いた。
『聖剣があれば世界を救える……だけど、街を救うことはできなくなるかもしれない、か』
俺の胸に、そんな思いが浮かんだ。勇者が持ち帰る紅炎晶をどう使うべきなのか――その決断は、きっと彼が戻ってきたときに迫られることになるだろう。……いや、これ、そもそも伝えるべきか? なんか、聖剣作った後に使いづらくない……?
悩みに悩んだ結果、俺様勇者には伝えないことにした。だって、さっきの話って、俺が勝手に耳にした話っていうか。俺たちが、教会から頼まれてたら別だよ? でもそういうわけじゃないし……。
夕暮れの光が、鍛冶屋の周囲を赤く染めている。長い影が地面に伸びるようになった頃、俺様勇者はようやく帰ってきた。
彼の服はところどころ焼け焦げ、肩の部分は破れ、腕には細かい切り傷や火傷が無数に走っている。顔には煤がこびりつき、髪は汗でぐしゃぐしゃになっていた。手に握られた剣の刃先は鈍くなり、鞘に収める余裕もないのか、そのまま引きずっている。
「お、おかえりなさい!」
俺が駆け寄ると、勇者はうっすらと顔を上げた。その目には疲労と苛立ちが混じった色が浮かんでいる。
「……何とか帰ってきたぜ……」
声は掠れ、息が荒い。見るからに体力を使い果たしている様子だった。
彼が歩み寄るたびに、地面に土や小石が落ちる。背中の荷物もほとんど失われているようで、辛うじて腰のポーチに何かが詰まっているだけだった。俺様勇者は剣を放り出し、鍛冶屋の石段にどかりと腰を下ろす。
話を聞いてみると、崩落する通路、噴き出る火山ガス、恐竜みたいな魔物、火の精霊などに襲われ、非常に大変な目に遭ったらしい。さらに、紅炎晶を守っている巨大な竜もいたのだとか。たぶん、俺が一緒に行ってたら5回くらい死んでそう。……ていうか巣くってた強力な魔物って竜だったのかよ。中ボスじゃん。
「ま、楽勝だった。料理番の人の方がよっぽどつえーわ。ほれ、これが紅炎晶」
そう言って、俺様勇者はポーチから石を取り出した。勇者の手のひらの上で、紅炎晶は、静かに光を放っている。滑らかな表面は深い赤に染まり、まるで燃えさかる炎をそのまま閉じ込めたようだった。光はただ輝くだけでなく、内部で揺らめくように動いている。じっと見ていると、小さな火の粒が踊り、次第に渦を描いているようにも見えた。
「じゃあこれで聖剣を……って、なんだあのおっさん?」
俺様勇者が顔を上げた方を振り返って見ると、誰かがダダダダ! と勢いよくこちらに走り寄ってくるところだった。……あ。街の神父さんだ。ま、また来たの⁉ さっき昼にも来たばっかりじゃん!
『そ、それは紅炎晶では……? お願いです! なんとか、なんとか譲ってもらえないでしょうか……?』
「……なんて?」
「えーっと……」
俺は、非常に困った。だってさ、さすがに今帰って来たばっかりだぞ? それをくれって、ちょっと調子よくない? なんか俺様勇者もすごくボロボロになってるし……。そりゃ、街の人たちには俺はお世話になってるから助けてほしいけど、勇者には関係ないし……。
俺がどう伝えるか迷っていると、勇者はしばらく考えた後、ポンと俺に紅炎晶を放り投げてきた。あわあわとしながら、辛うじてキャッチする俺。ていうか、あっつ! この石、熱っ!
「いらねーからやる。お前もいらなきゃ、そこのおっさんにでもやれよ」
「えっ……。でも、聖剣は……?」
「なくても竜は倒せたし、必要なくね? そんなんなくても俺様最強だし。それに、その石見ると、火山での最悪な記憶が蘇るんだよなー。あーやだやだ。二度と見たくねえわ」
「私もこんな熱い石は気持ち悪いので、この人にあげます!」
そして、神父さんに無理やり石を押し付け、俺たちは足早に鍛冶屋を後にした。何か呼び止められているような気がしたけれど、俺様勇者がサクサク歩いていくので、俺も小走りに後を追う。
「……よかったんですか?」
「あんな光る石なんて持ってたら、なんか目立ちたがり屋みたいじゃん。俺様、もう少し謙虚に生きるって決めてるから」
「……ふはっ……!」
謙虚だって。一人称「俺様」なのに……? 俺が思わず吹き出すと、怒ったような顔をして勇者はこちらをちらりと見た。
「あ、笑いやがったなこいつ」
「いえ、思い出し笑いです」
「すげー真顔で嘘つくじゃん……じゃ、帰るぞ。明日はあの人に絶対勝つ!」
「……はいっ! 絶対勝てますよ!」
そして、翌日。俺様勇者はリリーさんに33回挑戦し、33回負けた。ただ、何発か攻撃が掠るようになっていたので、成長しているのかもしれない。




