やはり暴力……暴力は全てを解決する……!
なんて題名だ
俺様勇者は、お姉さんに向かって、抜いた剣の切っ先を突きつけ、胸を張って叫んだ。必然的に、お姉さんに抱き寄せられた俺にも剣が向かっており、ちょっぴり怖かった。
「俺様がお前を退治してやる!」
「聖剣も持ってない勇者が? ふふ、面白いことを言うねぇ」
お姉さんは、そこで少し黙った。振り返って見ると、なんだか天井を見上げながら目を閉じて、額に手を当てている。その挙動は、どこか芝居がかって見えた。
「ああ、しかし困ったなぁ……。私ってそこまで戦闘能力はないんだよ。だから戦う時は、普段なら従者3人と一緒に戦うんだが……。よし、君の勇気に免じて、サービスだ。従者は1人にしよう」
「私が従者1人だけで戦うなんて、百年に一度あるか無いかのことなんだよ?」 と言い、お姉さんは言葉を締めくくった。な、なんか急に魔王みたいなこと言ってる……。
そして、お姉さんがパチンと指を鳴らすと、周囲の風景がゆらりと揺れ、俺たちはいつの間にか、館の庭に立っていた。足元で、綺麗に刈られた緑の芝が、さわさわと揺れる。目の前で、俺様勇者が警戒したように、少し距離を取った。
「フィールは遠距離、ハモさん中距離、リリーは近距離。ふむ……。フェルガルフとの戦いを見る限り、フィールやハモさんと戦うと、近づけずに一方的な戦いで終わってしまうな……。それはつまらない」
『リリー。おいで』
『はい』
一礼して、リリーさんがお姉さんの側にいきなり現れた。いつも通りの給仕服だった。しかし、その手には大き目のナタが握られている。そして、いつも通りの無表情で、じっと俺様勇者を見つめた。
いや、これはどっちを応援すれば……。お姉さんの側で、俺はしばし悩んだ。……でも、俺様勇者って、ギルドの討伐隊が全く手も足も出なかったフェルガルフを圧倒してた気がする。一方、リリーさんは単なる館の料理人。よし、ここはリリーさんを……。
顔を上げた俺の前で、キンッ! という金属音とともに、勇者の剣は空高く跳ね上げられた。……えっ?
剣はまるで意志を持ったかのように弧を描きながらくるくると宙を舞い、俺様勇者の背後へ向かって飛んでいく。光を反射する刃が一瞬きらめき、庭の草地に「ガスッ!」と突き刺さった。
剣が落ちた場所は勇者から数メートルも離れていなかった。刺さった剣がかすかに揺れ、地面に小さな振動を伝えている。
お姉さんが、それを見て、ゆっくりと口を開いた。
「勇者って、要は、強い人間のことを指す。心が強くても戦闘が強くてもいいと思うんだが、君はまだまだどっちも足りないなぁ……それじゃあつまらない。ということで、少し鍛えていきたまえ。……心と戦闘、どっちを鍛えたいかな?」
「……も、もう1回! もう1回だ! もう油断しねえ!」
『リリー。勇者くんが起き上がって来なくなったら、サヤちゃんと日本語の勉強をしようか』
焦ったように剣を取りに走る俺様勇者と対照的に、リリーさんはこちらを向いて、こくりとだけ頷いた。
俺はもう1度、目の前の光景に目を凝らした。さっきは、正直何も分からなかった。気が付いたら俺様勇者の剣が上に飛ばされてたから。
館の庭は広々としていたが、漂う緊張感で、空気が重たく感じる。俺様勇者が剣を構え、正面に立つリリーさんを睨みつけている。俺はその様子を、庭の端から見守ることしかできなかった。
「さっきは驚いたが……もう油断しねえ。スピードにさえ注意すりゃ、何とかなるはずだ」
リリーさんは無言のまま佇んでいる。ただ、さらさらと風に揺れる髪の音だけが聞こえる。そして、なぜかちょっと驚いてるような感じがあった。
俺の隣にいたお姉さんが、向き合っている2人を眺めながら、口を開いた。どうやら解説してくれるらしい。
「ちなみにさ。リリーって、スピードに頼る攻撃方法はあんまりしないんだ。だから、さっき様子見であっさり勝負がついてびっくりしてると思うよ」
スピードに頼らないらしい。目に見えないくらいに早く動けるのに。
「……じゃあ一体、リリーさんは何が得意分野なんですか」
「パワーかなぁ。リリーは力で全部何とかできるから。ついでに言うと、能力を使い出したら手のつけようがなくなるよ。近接戦闘でリリーに勝てる存在は……」
「スピードでかき回される前に、一気にケリをつける……!」
俺様勇者が、自分を鼓舞するように叫んだ。同時に、剣が眩い光を放ち始める。その光は勇者の周りを包み込み、まるで空間ごと切り裂こうとしているかのように鋭い気迫を放っている。
俺はその様子を見て、勇者の本気を感じ取った。あの剣が輝くとき、普通の相手なら確実に仕留められるはずだった。……いやいやちょっと待った! 仕留めたらまずくない⁉
「待っ……!」
「……これでどうだ!」
俺様勇者が叫ぶと同時に、剣が光の弧を描いてリリーさんに振り下ろされる。その閃光が庭全体を照らし、まるで時間が止まったような一瞬が訪れた。
しかし――。
「っ……⁉」
俺様勇者の剣がピタリと止まった。いや、止められた。リリーさんが表情を変えないまま、剣の刃先を片手の指先だけでちょいと受け止めている。ほんの軽い仕草に見えたが、その刃先は、彼女の指から一切動かない。そして、刃先を掴んだリリーさんが腕を振ると、剣と一緒に俺様勇者は庭の端まで軽々と飛んでいった。
そのまま、俺様勇者は芝生の上を滑るように転がった後、「ドサッ」と大きな音を立てて庭木にぶつかり、止まった。それを眺め、リリーさんは少し困ったように俺をちらりと見た。……あ。ごめんやり過ぎたかも、って思ってるっぽい。
「……えーっとなんだっけ。そうそう、リリーに近接戦闘で勝てる存在は、ほぼいないだろうね」
「なんでここで料理人してるんですか……?」
「まあ、何度かやれば気が済むだろう。私たちは中に入っておこうか。君の前でボコボコにされるのも彼の精神衛生上よくないだろうし」
俺とお姉さんは、食堂に引っ込んだ。リリーさんが真っ二つにされないということも分かったし、いちおう手加減してくれてるみたい……? いや、庭の端までぶん投げるのが手加減かと聞かれると正直困るが……。
今も、食堂の窓から見える庭では、俺様勇者がゴロゴロと転がり、起き上がってリリーさんに斬りかかっていった。そのガッツは見習いたい。
「ちなみに、戦いの強さの方を選びましたけど、精神の強さだったらどういう修行を……? ほら、別に最強にならなくてもいいと思うんです。心の強さでみんなを引っ張っていく、みたいなのもアリかなって」
ちょっと見てられなくなったので、目を逸らしてお姉さんに聞いてみた。すると、お姉さんは何事もないみたいな顔で、肩をすくめる。
「簡単さ。君が彼を誘惑して、彼がそれに耐えられるかという……」
「絶対嫌ですけど……!」
耐えられなくなったらどうするんだ。誰も得しないじゃないか。
「いや、考えてみなよ。君って中身、男じゃない? なら、誘惑したって可愛いもんさ。そんな気になんてならないって。だって男なんだから。君も、彼の成長に協力してあげなよ。君の力が必要なんだ」
「そ、そうですか……? そうかなぁ……なら、まあ、いいですけど……」
『ということで、彼が戦いに音を上げて精神的な強さを選んだ場合のために、何をするかを考えよう。ほら、フィールもおいで』
かくして、食堂では、臨時のスタッフ会議が行われた。テーマは、俺が勇者を誘惑するためにはどうすればいいかという、およそ正気の沙汰とは思えない議題であった。まず、きらきらと目を輝かせて、フィール先輩が手を挙げる。
『まず、添い寝よ! 朝、ベッドに潜り込むことから始めましょ!』
『いいね。サヤちゃんが起きる前に頭を撫でて、彼の疲れを癒す、これでいこう!』
『あ、それもうやりましたよ。……いや、撫でてはないですけど』
俺が申告すると、お姉さんと先輩は「えっマジで?」みたいな顔をした。そして、先輩がどこか迷いながら、俺の顔を覗き込んでくる。
『それで、ど、どうなったの? 何か言ってた? 何かされた?』
『なんか、危なかったって』
『セーフっ! セーフよ!』
『アウトじゃないかなぁ。まあいいや。じゃあ添い寝から始める、と。……次は? どんどん出そう。どうせ君がやるんだから、そんな大ごとにはならないって。それにほら、サヤちゃんも、彼が慌てた顔はちょっと見たいだろう?』
『ま、まあ……』
3人の話し合いの結果、朝は添い寝で起こし、食事はすべて「あーん」で食べさせ、食後は膝枕で耳かき、午後に降ってきた雨で(主に俺の)服がびしょ濡れになった後、雨宿りで駆け込んだ倉庫に2人して閉じ込められるというプランが出来上がった。なんだか盛りすぎた感もある。かえって不自然のような……。
『毎食後、私が耳かきするんですか? 耳から血が出そう……』
『全部食べさせるってのも、ちょっと行きすぎじゃない? 介護かしら……?』
しかし今更ながら疑問がある。これって精神的に鍛えられるのか……? どのへんで?
お姉さんは俺の疑問を聞くと、ふむ、という顔をした。そして、人差し指をピンと立てる。
『もし、だよ。もし、彼が君を女の子として見てきたらどうする? 例えば、告白してきたりとか』
なんか話のジャンル変わってない? えーっと、俺様勇者が告白してきたら? えっ無理無理。いい友達になれたらいいなぁとは思ってるが……
『ひたすら泣き叫びます。私、男をそういう目では、死ぬまで見られないと思いますから』
『うん、そういうことだよ。たぶん彼も、そういう反応が返ってくるって分かってるからね』
えっ……間違って告白される可能性あんの⁉ よかった戦いの方選んでくれて……!
俺は、立ち上がり、テーブルをぺちぺち叩きながら、意見を180°翻した。誰だこの作戦でもいいですよなんて言った奴は。
『いえ、精神的な強さなんて何の役にも立ちません! やっぱり戦いですよ戦い! 力はすべてを解決しますから!』
『サヤちゃん急にスタンス変わったね』
まあでもよく考えるとそんなことは起こらないんじゃないか? だってそんな雰囲気も全然ないし!
結局、俺様勇者はリリーさんに1度も勝てなかった。しかし、最後まで、諦めるとは言わなかった、らしい。
リリーさんに頼んで、ぐったりした俺様勇者を、俺の部屋のベッドに運んでもらった。俺様勇者は、持ち上げられたというのに、全然起きる気配を見せなかった。
ボロボロになった勇者の寝顔を見ながら、俺はうーんと悩んだ。いや、なんかできることある? そもそも、俺は世界を救うとかいう使命を与えられてないんだから、何もしなくてもいいと言えばいいんだが……。まあ、いちおう知り合いだし……。友人と言い切れる関係性ができてるかはちょっとまだ自信がないが、知り合いではある、はずだ。
えーっと、撫でると、疲れが取れる……? ほんとか? そんなことある?
とりあえず、よしよし、と遠慮気味に俺様勇者の頭を撫でて、感謝の意を伝えてみた。寝てる時だからこそできる行為である。
「お前はすごいよ。世界を救うなんて、俺にはとてもできないからさ」
その後、そのうち起きるだろうと、お茶の用意をしていたら、椅子で俺もつい寝てしまった、らしい。
ふと、チリチリという気配を感じて目を開けると、目の前で俺様勇者が身を起こし、神妙な顔で手を伸ばしてくるところだった。狸寝入りをしていると、次第に近寄ってくる俺様勇者。なんか、俺の頭に手をそーっと伸ばしては引っ込めるという、意味の分からない挙動を繰り返している。
どうやってびっくりさせようか迷った結果、普通に対応することとした。俺には寝起きドッキリの才能はないらしい。ていうか何しようとしてるんだ。落書きでもする気かな?
「……できたら、やめてほしいです。まさか勇者様が寝てる私にイタズラしようとするなんて……」
「いや、ちが、違うって! お前も誉めてやろうと思って!」
「寝てるときに? 普通、知り合いにそんなことします?」
「だってお前も……あーもう!」
顔をそらした俺様勇者の頬が少し赤いのを、俺は見逃さなかった。……えっマジで……?
その後、食堂で、俺とお姉さんは真剣な顔で座って向かい合った。フィール先輩も、神妙な顔でぷかぷか浮かんでいる。台所からは、日本語講座の本を胸に抱いたリリーさんがさっきから顔をのぞかせているのだけど、少しだけ待っていただきたい。
お姉さんが、顔の前で両手を組んだまま、口を開いた。
『やっぱり……精神的な強さも必要じゃないかな? プラン組んだ方がよくない?』
『否定できません……! なんかちょっとヤバいかもって思いました……!』
『しかしまあ、それはゆっくり考えるとして。戦う力が足りてないのも事実。とりあえず、聖剣でも取ってきてもらおうか。このままだとつまらないからね』
せ、聖剣……? そんなの、どこに……?




