こっそり魔王城に帰ろう!
「――久しぶりの魔王、楽しませてもらうとするかな」
隣のルシフェルが俺の声色をまねてそう言った。
「なーんて威風堂々な感じで喋っておきながら、なぜにこそこそと夜間に移動しているのですか?」
ルシフェルがうんざりした口調で言う。
言葉の通り、俺とルシフェルは魔界の魔王城めざして二人でこそこそと歩いていた。
魔界の魔王城――
そう、今俺たちは魔界にいた。
学校から転移魔法で飛んだのは『人間界の』魔王城である。そこに一週間ほど逗留してから俺たちは『魔界の』魔王城へと移動した。
魔王をしているだけならば別に人間界の魔王城にいればいいのだが、もともとの予定は魔界の温泉に行くこと――ルシフェルの右腕の療養である。
というわけで、魔界に戻ってきたのだ。
「今度はこっそり帰ろうと思ってさ……」
「ええ? 人間界の魔王城みたいに魔王さまの帰還! みたいなのやればいいじゃないですか?」
「……それが面倒でさ……」
俺は疲れた声で言った。
人間界の魔王城に戻ったとき――
なんか玉座の前でイキった発言をしていた気もするが、あれは気分が良くなって調子に乗ってしまっただけ。
ああいうセレモニーみたいなのは好きじゃないんだよね……。
何も考えずに正門からバカ正直に戻ったところ、衛兵から伝え聞いた臣下たちが大挙して押し寄せて、
「魔王さま! お戻りになられるとは! ぜひ盛大にお迎えさせてください!」
なんて勝手に興奮してのアレである。
さっさと部屋に戻って寝ようと思っていたんだけど……。
それから三日間は祝賀ムード一色。もちろん主賓の俺は何だかただただ忙しかった。
もういいじゃん、あれだけやったんだから……。
また魔界でもやられたら過労死しちゃうよ……。
ルシフェルが口を開く。
「面倒? ノリノリだったと思うんですけど?」
「そうかなあ……?」
「お前たち! 待たせたな! 王の帰還だ!」
「やめて! 恥ずかしい!」
ルシフェルの口まねに俺は両手で顔を覆った。
……調子に乗っちゃうと仰々しいセリフを言っちゃう癖は直したほうがいいかなあ……。
「そう何度も歓迎会されてもね。俺としては静かに逗留したいわけ」
「うまくいきますかね……?」
「大丈夫だって。爺やには『戻るけど構わなくていいから』って何度も言っておいたから」
ルシフェルが怪訝な顔をする。
「え、爺やさまですか……?」
「そ。爺や」
爺やというのは爺やである。出会った頃から老齢の爺さんだった。いったい何歳なんだろう……。俺と当時の副官が旗揚げしてすぐに配下になった魔族だ。ルシフェルや前任の副官のように頭が切れるわけではないが、マメな性格で雑務全般を取り仕切ってくれている。
「爺やさまは……あんまりアテにされないほうがいいんじゃないでしょうかねえ……」
「おいおい。あんまり嫌ってやるなよ、ルシフェル。根はいいやつなんだぞ、あの爺さん」
「気を回すのがお得意のようですが、いささか気を回しすぎて相手のして欲しいことを超えている気もするんですよねえ……」
ま、まあ……。
そういう感じもちょっとするな……。
いや……かなりするな……。
「そういうとこもあるかもしれないけど! 今回は大丈夫だって! 爺やが用意してくれたルートのおかげで誰とも出会わないだろ?」
「……そうですけどねえ……」
なんてことを話しているうちに魔王城の近くまでやってきた。
ちなみに――
転移魔法でいきなり自室に飛ぶ、ということは魔界だとできない。
それができればこっそり帰れるので楽なんだけどね……。
理由は魔界だと転移魔法は阻害されるから。当たり前だ。こんなものを野放しにしていたら暗殺し放題になる。よって、領土のコアな部分には転移魔法を妨害する結界を張るのが常識だ。
で、魔王城といえばコアもコア。
それこそネズミ一匹たりとも転移できないほど、びっしりと結界が張り巡らされている。
というわけで、俺たちは徒歩で侵入するしかないのだ。
「さて、ここから入ればいいらしいが……」
俺は見張りが立つ城の正門を迂回し、目立たないところにひっそりとある小さなドアへと近づいた。
ドアノブをひねると、かちゃっと鍵の開く音がする。
通常ならここは二重三重の魔法によるロックがかかっていて、さらに定期的な見張りの巡回もあるわけだが、爺やの手回しによってすべて排除されている。
ありがとう……爺や……!
「入るぞ」
俺とルシフェルはこっそりと魔王城へと侵入した。
入った部屋は真っ暗だった。
明かりがないという意味で、だが。
俺もルシフェルも夜目が利くので問題ない。なんとなく少し暗いかなー? という感じだ。
部屋奥のドアノブをつかんで、俺はふとつぶやいた。
「なあ……ルシフェル……」
「魔王城の間取りってどうなってたっけ? ていうか、俺の部屋ってどこだったっけ? ですか?」
……ぴったりだった。
「……まさか、本当にご自分の城の構造を忘れてるんですか?」
「……うん……」
何年も帰っていないせいか、本当に忘れてしまった。
ドアノブに触れた瞬間、ふと確信したんだよね。
あ、これ迷子コースだぞって。
どうしよう……。
「はいはい。わかりましたよ。わたしがご案内しますよ」
ルシフェルが俺の代わりにドアを開けて先に出ていった。
ずんずん先へ進むルシフェルの後を俺はついていく。
「ありがとう……ルシフェル……ていうか、俺の考えがわかるなんてお前すごいね」
「魔王さまの副官ですから当然です……と言うほどでもないんですけど。知能の低い原始的な生物って行動パターンが限られているから読みやすいですよね?」
「へえ、そうなんだ」
……ん? なんだかバカにされたような気がする……?
気のせいかな……?
「なあ、ルシフェ――」
「はい。城のロビーですよ、魔王さま」
俺の言葉を遮るようにルシフェルが言って、ドアを開けた。
ロビーとは言ってもそこは夜。誰もいるはずもなく静かに闇の底に沈んでいる――
はずだが。
俺はルシフェルにこっそりささやいた。
「いるな」
「はい」
気配がする。それも一体だけではなく複数の気配が。
おまけにロビーの闇が深すぎる。俺の目でも奥まで見通せない。明らかに魔法的な闇による阻害であろう。
故意に作られた闇に潜む無数の影。
これほどわかりやすいものはない。
罠だ。
どうやら俺たちは何者かの罠にかかってしまったらしい。
「こっそりドアを閉めて退却することもできますが?」
ルシフェルの言葉に、俺は小さく笑って返す。
「俺の副官なら俺の考えが読めるんじゃないのか?」
「読めますよ」
そう言って、ルシフェルは開けたドアの横へと下がった。
「副官ですからね。主の考えがわかっていても安全を第一に考えるのが役割なのです」
「お前の忠義に感謝する」
俺は傲然と胸を反らしてロビーへと突き進む。
罠?
そんなものに怖気づく俺ではない。
いつだってそうだ。用意周到に張り巡らされてきた罠の数々を俺は正面突破でぶち壊してきた。
そんなもの俺が足を止める理由にはならないんだよ。
そんな強気の俺だったが、心中には少しばかりの寂しさもあった。
俺とルシフェルの帰還を狙った謀反劇。
間違いなく城内のものによる手引だ。
そうか、俺を裏切るものが現れたか……。
その事実は俺の胸を重くする。
まあ、もうずっと魔界の魔王城には戻っていなかったからな……愛想を尽かしたやつがいてもおかしくはない。
確かに俺はいい王ではなかったかもしれないな。
いいだろう。だからこそ。
最後の最後くらい俺は王として反逆を受けてやろう。
さあ、どう歓迎してくれる? お前たちの精一杯を見せてくれるか?
ロビーの中央に来た瞬間――
部屋のあちこちから口径の絞られた照明魔法が俺めがけて打ち放たれた。
闇の中、俺の周りだけが昼のように輝いている。
何者かの気配が、闇よりふわりと浮き上がった。
「ようお帰りなさいましたのう、魔王さま――」




