そして、夏休みへ――魔王くんの里帰り
終業式が終わった後、俺たち四人はいつもの場所に集合した。
きぃん!
甲高い音ともにフレイアの持っていた剣が天高く舞う。俺の剣が弾き飛ばしたのだ。
フレイアが頭をかく。
「やれやれ……最後の最後までお前には届かなかったか、オウマ。いや、その差の大きさを日に日に実感する毎日だ。恐ろしい男だな、お前は」
「俺に追いつくのは諦めたのか?」
「その気持ちは変わっていないさ」
じっと俺の目をフレイアが見た。
「いつか必ずお前に追いつく。わたしはお前の横に立てる存在になりたいんだ――」
そこまで言って、フレイアが顔をかっと赤くした。
「そ、その! 横に立つというのは、戦場でのことであって! そそそ、それ以外の意味ではないからな!」
それ以外の意味……?
どういう意味があるんだろうか……。
よくわからなかったが、とりあえず俺は適当に相づちを打った。
「そうだな。いつかそういう日が来るといいな」
「ああ。夏休みも鍛錬を欠かすつもりはない。一段と強くなったわたしに期待していてくれ!」
「小生もパワーアップして帰ってきます!」
そう言ってミファーが割り込んできた。
「フレイアさまのお屋敷に滞在しますから、フレイアさまとの訓練が楽しみです!」
「ああ、頑張ろう、ミファー。一緒にな!」
「はい!」
ミファー、フレイアの屋敷に泊まれるってんでテンション爆上げみたいだけど大丈夫かな……フレイアの訓練ってマジでガチだぞ……。
ま、ミファーは意外と芯が強いから心配しなくてもいいか……。
「おい、ルシフェル。お前のほうから何かあるか?」
ベンチに座っているルシフェルが本に視線を落としたまま、手をひらひらと振る。
そして、さりげなく指先をぴっと立てて離れた木陰を指した。
……俺も気づいちゃいるんだがな……。
遠慮なんかしやがって。
フレイアが口を開いた。
「そろそろ行くか、ミファー」
「はい!」
「……まあ、待て」
俺が制止する。
「せっかくだ。優勝チーム全員そろって挨拶して解散しよう」
俺はルシフェルが指をさした方向に大声を張り上げた。
「アルカシオン! 出てこいよ!」
木陰のすぐ裏にいた人影がびくりと震える。
そして、俺の言葉どおりアルカシオンがおずおずといった感じで姿を現した。
アルカシオンが照れくさそうな表情で俺たちに近づいてくる。
俺が声をかけた。
「お前、あんなところで何やってたんだ?」
「え、いや……!? その!? で、出ていくタイミングがつかめへんかったわけやなくて!」
そうか……出ていくタイミングがつかめなかったのか……。
「お前らには世話になったからな……ちゃんと、その……礼を言っておきたくて……」
アルカシオンは深く頭を下げた。
「ありがとな。オウマだけやない。他のみんなも。チームに入れてもらえたおかげで、うちはうちの道……言うんかな……なんか、よう言葉にでけへんけど、何か見つけられた気がする。ありがとな」
そう言って挙動不審げに視界をきょろきょろさせると、おもむろにアルカシオンはばっと手を挙げた。
「ほ、ほな! みんなの邪魔するとあかんから! 部外者は消えるんで! もしも良かったら夏休みが明けても仲よくしたってな!」
足早に去ろうとするアルカシオンの腕を――
俺はつかんだ。
「オ、オウマ……?」
「そう遠慮するなよ。もうお前は部外者じゃない……いや、違うな。部外者かどうかを決めるのはお前次第だ、アルカシオン」
俺の言葉にアルカシオンが目を見開く。
「俺は――俺たちはお前を仲間だと思っているんだがな。お前はどうなんだ、アルカシオン?」
アルカシオンは俺の目を見た。そして、フレイア、ミファー、ルシフェルと順に視線を泳がせる。
お前がうなずけば、俺たちは友達になれるんだけどな……。
ここまではお膳立てしてやるよ。
最後はお前が決めろ、アルカシオン。
アルカシオンが口を開いた。
「そ、そんな……でも、うちみたいなややこしい生徒と一緒におったら迷惑かけるかもしれへんし……」
「……俺はお前以上にややこしい生徒扱いされてるけどな……」
俺がそう言うとアルカシオンが笑った。
「アハハハハ! ホンマやな!」
「……だから、そういうのは気にするな。そもそも誰も気にしていない。俺もフレイアもミファーもルシフも」
しばらくモジモジしてからアルカシオンが言った。
「……ええんかな。その……うちがおっても……」
「お前は俺たちのこと、どう思ってるんだ?」
「え、その……みんなで練習してるのは何度か見てて楽しそうやな……と思ってた、けど……?」
「じゃあ、いいんじゃないか。お前が望めば、お前は俺たちの仲間だ。お前はどうしたいんだ?」
俺の言葉を受けて――
意を決した表情でアルカシオンが答えた。
「うちは……これからもみんなと一緒にいたい。メンドくさいやつやけど、よければ仲よくしてくれへんかな……?」
俺はほっと息を吐いた。
ようやく……こいつは……手間のかかるやつだ。
「うむ。これからもよろしくな、アルカシオン」
「アルカシオンさま、一緒に頑張りましょう!」
フレイアとミファーがアルカシオンの手をとる。ルシフェルはベンチで本を読んだまま、ひらひらと手を振った。
「あっ、そうや!」
そう言ってアルカシオンが俺を見る。
「うちはオウマの三番目の弟子ってことになるんかな?」
「え、ええ!? 別にどうでもいいぞ、そんなこと……」
「いや、でも――」
アルカシオンは照れたような表情で言った。
「せっかくやし、うちも弟子になりたいねん、オウマの」
「変わってるな、お前……ま、好きにしろ」
そう言うと、嬉しそうにアルカシオンがうなずいた。
「うん、好きにする!」
新たなる弟子を迎え――
俺たちは新学期での再会を誓って解散した。
王都に戻るフレイアたち三人を見送り、俺とルシフェルだけが後に残る。
ぱたん、と本を閉じてルシフェルが立ち上がった。
「魔王さま」
そう言って、ルシフェルが俺のかたわらに立つ。
「それでは戻りましょうか、魔王城に」
「ああ、そうだな」
瞬間――俺たちの姿は転移魔法で学園から消えた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
縦に長細い部屋だった。
部屋の奥に玉座があり、その玉座に続く道のように真っ赤な絨毯が伸びている。
俺はその絨毯をずんずんと歩いていた。
俺の斜め後ろをルシフェルが歩いている。いつもの制服ではなく、灰色のドレスに身を包んだ姿で。
俺もまた制服姿ではない。
王国を蹂躙したときに着ていた金と銀の刺繍が鮮やかな漆黒のローブをまとっている。
「魔王さま……」
「魔王さまの帰還だ……」
「お待ちしておりました!」
赤い絨毯の左右には魔族たちが立っている。人の形をしたものから骨の化け物、タコのような異形まで。
この多様な外見を見て俺は思った。
戻ってきたのだな、と。
ここは魔王城。人間界の最果てに築いた魔族の前線基地。
人間界に連れてきた俺の側近たちが熱狂にも似た視線を俺に向けている。
ルシフェルは所用でちょいちょい帰ってきていたけど、俺はずっと学校にいて長らく留守にしていたからなあ……。
約三ヶ月半ぶりくらい?
いやいや、待たせてすまないね。
俺は玉座の前にたどり着く。
そして、ローブをひるがえしながら配下たちに振り返った。
「お前たち! 待たせたな! 王の帰還だ!」
その言葉と同時――
謁見の間に集った魔族たちが割れんばかりの歓声をあげた。
その声はぞくりと俺を昂揚させる。
別に王として称えられているのが心地よいのではない。思い出すのだ。魔界統一戦時代の、あの底の底から頂点へと駆け上っていった黄金の日々を。
寝て覚めて。
戦いを繰り返すだけで。
至高なる玉座が、最強の看板が確実に近づいてくる実感を。
「俺はお前たちとの戦いの日々を忘れない! お前たちを忘れない! 俺の愛しの配下たちよ! 俺はいつだって必ずここに戻ってくるぞ! お前たちの王として!」
俺はゆっくりと玉座に腰を下ろし、足を組んだ。手すりに肘を置き、その手に頬を乗せる。
学校の英雄オウマはしばらく休業――
「久しぶりの魔王、楽しませてもらうとするかな」




