ついに決着! 武術大会の優勝者は――!
痺れから立ち直ったキルビスとアルカシオンが再び剣を交える。
アルカシオンの刃がキルビスの水の結界に阻まれるが――
ばちり!
黒剣にまとわりつく緑の雷撃がスパークし、水の結界を貫通した。
「ぐぅお!?」
電流は水を伝わる。
それだけの単純な理屈。
雷撃の衝撃でキルビスの水の結界が弱まり、ついにアルカシオンの黒剣がキルビスの身体へと届く。
アルカシオンの一撃はキルビスの鎧に弾かれて終わったが、その事実は二人に大きな感情をもたらした。
刃が届くという事実に対する喜びと。
刃が届くという事実に対する驚きを。
アルカシオンにとってキルビスの水の結界は難攻不落のものではなくなった。
「余裕がないんちゃうか、生徒会長!?」
「舐めるな、穢れた血が!」
黒と白の剣がぶつかり、緑の雷光が火花のように散る。
二人の戦いは乱打戦へと移行した。
キルビスの絶対防御が崩れた今、条件は互いに対等。キルビスには聖剣による特攻があり、アルカシオンには雷撃による追加ダメージがある。
防御ゼロ、火力超過の状態。
互いが互いをどう速く削り殺すか。
二人はそういう戦いを繰り広げた。
やがて――
キルビスの聖剣がアルカシオンの右胸を貫く。
「ぐあっ!」
だが、悲鳴は一方だけではなかった。
「ぐう……!?」
アルカシオンの黒剣もまた、キルビスの腹を刺し貫いていた。ルシフェルが叩き割った部分を。
互いの剣が互いの身体を刺し貫いた状態。
文字通り身を裂くような痛みにも二人の戦意は衰えない。
にらみ殺すような視線を互いにぶつけ、二人は剣を強く握りしめた。
そして、獣のように叫ぶ。
「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」」
アルカシオンの雷撃がキルビスを灼き、キルビスの理力がアルカシオンを灼く。
意地と意地、我慢の比べ合い。
だが、それはそれほど長くも続かなかった。すでに死力を尽くしきった二人の限界は近い。
やがて、どちらからともなく手を離して距離を置いた。
「おのれ……ここまでか……」
ぎりっとキルビスが奥歯を噛む。
アルカシオンが小さく笑った。
「ここまで……? お前はここまでなんか、キルビス?」
がらん、とアルカシオンが身体から引き抜いた聖剣を地面に投げる。
「うちは違うで。自分から手を離したんや。あのまま倒してしまったら、お前をぶん殴られへんからな……!」
アルカシオンが右手を握りしめる。
ばちぃッ!
電流がほとばしり、アルカシオンのこぶしが緑色に帯電した。
キルビスの顔が蒼白に変わる。
「受けろや、生徒会長。これがうちの怒りや!」
アルカシオンが最後の気力を絞ってキルビスに襲いかかる。
キルビスは動かない――動けない!
「うちはうちや! アルカシオンや! 誇り高き魔族アールグレイブの娘! そして、魔王を倒す勇者や!」
アルカシオンのこぶしがキルビスの頬をとらえた。
みしり、と骨のきしむ音ともにキルビスの顔面がゆがむ。同時、轟音とともに爆発した電撃がキルビスの全身を焼き尽くした。
そう、まるで――
アルカシオンの激怒が発現したかのように。
「ぐうううううおおおおおああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」
キルビスが喉の奥から絶叫を吐き出した。
キルビスは吹っ飛び、音を立てて地面に倒れる。
「……この……私が……あんなやつに……負ける……?」
キルビスは呆然とした顔で空を見上げた。そして、まるで空をつかむかのように手を伸ばす。
「くそ……」
その手が、光となって消えた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
アルカシオンが勇者学校に入学してまだ間もない頃の話だ。
これまでの経験で人間関係に臆病だったアルカシオンも少しばかり新しい世界に期待していた。
勇者学校という特殊な環境。
初めての寮生活。
灰色だった世界が色めく可能性をアルカシオンはほんの少しだけ――本当に少しだけ信じていた。
結果、何も変わらなかった。
アルカシオンの来歴はすでに貴族たちの間で共有されていた。平民たちは貴族であるアルカシオンには近づかない。
勇者学校でも、アルカシオンはひとりぼっちだった。
(ええねん。ひとりには慣れとる。別に嫌われててもええんや)
アルカシオンが可能性のドアを閉じようとしたとき――。
生徒会から直々にアルカシオンに呼び出しがかかった。
生徒会長、キルビス・アーガイル。
その名前はアルカシオンも知っていた。品行方正で貴族も平民も差別なく接し、強いリーダーシップで学生たちを引っ張っている。
まるで物語の世界から抜け出てきた主人公のような存在。
だから、またアルカシオンは少しだけ期待した。
(ひょっとしたら、この人ならうちを信じてくれるかもしれへん)
緊張した面持ちでアルカシオンはキルビスと相対した。
キルビスは開口一番言った。
「君はこの学校にふさわしくない。自主退学してくれないか」
「え……」
唐突な言葉にアルカシオンは言葉を失った。まるで見えないハンマーで頭をがつんと叩かれたかのような気分だった。
「学校側の失態だよ。君のような穢れた血を持つものが入学するなど。君が魔族側のスパイだったらどうするのだ?」
「そんな! うちはそういうのやないです!」
「口では何とでも言えるさ。そもそもふさわしくないのだよ、君という存在が。魔を打ち倒す勇者の学校に、魔の血を引くものが? 悪い冗談だ! 勇者学校に魔王が入学するようなものだ!」
どん! とキルビスが机を叩く。
「穢れた血はこの学校に必要ない。君の存在そのものが学校の名誉を傷つける! 他の生徒も動揺している。早々に退学したまえ」
「……いやです……」
「なんだと?」
「うちは絶対にやめません!」
それはアルカシオンの意地だった。
別に勇者学校に強い思い入れがあるわけではなかったが、キルビスの言い様を認めることができなかった。
「うちは穢れた血やない! アルカシオンです! うちにはうちの目標がある! うちはやめません!」
「目標……?」
キルビスが鼻で笑った。
「穢れた血の君が、この勇者の学校で何を成そうというのだ?」
「魔王を倒す勇者になります! そして、うちを嫌う人たちの意識を変えたい!」
「……くだらないな」
キルビスは一言で切り捨てた。
心底から興味がないという口調で。
「君の力など必要ない。和を乱すものはいらない。辞めたまえ。それだけが君が唯一できる貢献だ。穢れた血よ」
「やめません!」
そう言うと、アルカシオンは部屋を飛び出した。寮の自室に駆け戻ってベッドに倒れ込む。
そして、アルカシオンは少しだけ泣いた。
今まで陰口を叩かれることは何度もあったが、面と向かって否定されたのは初めてだった。
しかも、穢れた血という強い言葉で――
少しだけキルビス・アーガイルに期待していたのも辛かった。その期待は真っ向から弾き返された。
アルカシオンは手をきゅっと握った。
(もうええ……。うちは誰も信じへん。うちには誰も必要ない。自分の力だけで生きていくんや)
アルカシオンは暗い道をひとりで生きることに決めた。
誰にも肯定されなかった道を、孤独に。
――お前は間違っていない。
――五人目として、俺たちに力を貸してくれないか?
オウマが現れるまでは。
キルビスの身体が光となって消えたのを見届けた直後、アルカシオンの身体がぐらりと揺れた。
キルビスに強がってはみたものの、アルカシオンの身体もすでに限界だった。
(うちの、勝ちや……あんときの借りは返したで、キルビス……)
満足感とともに崩れ落ちるその身体を支えるものがいた。
「おっと」
ぼやけつつあるアルカシオンの視界でも、その顔ははっきりと誰かわかった。
「オウ、マ……」
「よくやったぞ、アルカシオン。お前の勝ちだ」
「……いや、全部あんたのおかげや……オウマ」
「やり遂げたのはお前の力さ。気分はどうだ?」
「気持ちええな……。なんかようわからんけど、前に進めた気がするわ……」
「それはいいことだ」
「……うちの血は……穢れてなんかないよな……?」
「もちろんだ。お前の血は穢れてなどいない。お前が継いだものは魔王の盟友アールグレイブの気高き血だ。むしろそれは誇れるものさ」
「……前から気になってたんやけど……なんでオウマはうちの母親のこと詳しいん……?」
「え!? いや、そ、それは……!」
アルカシオンは笑った。オウマの露骨な動揺が面白かったから。
「ま、別にええわ……」
大きく息を吐いて、アルカシオンは手を伸ばした。
オウマがその手をつかむ。
「ありがとな、オウマ……いろいろと……」
アルカシオンは自分の手が光となって消えていくのを見た。
視界が消えていくなか、アルカシオンは審判を務める教師の声を聞いた。
「武術大会本戦――一〇六人の頂点に立つ優勝者はオウマ、君だ!」




