開戦!
ルシフェルが距離をとった後、キルビスが両手を地面についてゆっくりと立ち上がった。
顔についた土を払って、怒りの目でルシフェルをにらむ。
「き……貴様……!」
「偉大なる生徒会長さま相手に意外とわたしも健闘できているようで。度重なる失礼をお許しください。ですが、これも修練のため。お互いに今日限りで忘れる方向でお願いしますよ」
ボコボコにしている側が言ってはいけないセリフを口にしながらルシフェルが無遠慮に間合いを詰める。
「なめるな!」
キルビスが剣を振るう。
もちろん、そんなものがルシフェルに当たるはずもない。
「この腕がわたしを倒そうとする悪い腕ですかッ!?」
ルシフェルがキルビスの右腕にびしりと手刀を叩き込む。
「ぐうぉおおおお!?」
キルビスは右手を押さえて身体をのけぞらせた。
「大丈夫、折れてませんから。もうちょっとボディを殴って削っておきましょうか?」
どどどん! と高速の連撃でキルビスの胴体を殴りつける。
キルビスご自慢の鎧が嫌な音とともにひび割れた。
「お……が……!?」
後ろによろめいたキルビスが胃液を吐く。
「ああ、そうそう。足も少しばかり痛めつけておいたほうがバランスがいいですよね?」
ルシフェルの右足が円弧を描き、まるで居合い斬りのような鋭さでキルビスの両足を刈り取る。
バランスを崩したキルビスが尻餅をついた。
「くううううおおおお!」
キルビスはまだ諦めていなかった。怒号を吐き出しながら、すぐ跳ねるように立ち上がり、そのままの勢いで剣を突き出す。
もちろん、そんなものがルシフェルに当たるはずが――
さくっ。
……。
…………………………。
……あれ?
俺の見間違いだろうか。ルシフェルの胸にキルビスの剣が突き刺さっているような……。
ルシフェルの口から、ぐふりと血が漏れる。
「……さすがは生徒会長ですね。起死回生の一手……愚才ではまだまだ遠く及ばないようで……」
ルシフェルの目がちらりと俺を見た。
そして、その美しい口元がにやりと笑う。
あいつ――!
そういうことか……わざとやりやがったな。
俺はすべてを理解した。
今回、俺の個人的な勝利条件は『アルカシオンにキルビスを倒させること』だ。
だが、それはなかなか難しい。
ルシフェルの見立てだと――
「アルカシオンは一万強の理力と、魔族の強靭な身体能力を受け継いだ優秀な生徒です。単純な戦闘力だけならフレイアにも勝るでしょう。しかし、理力五万のキルビスを相手にするには荷が重いですね」
とのことだ
そのため、アルカシオンが勝つための条件を整える必要がある。
俺が与えたアールグレイブの剣もそのひとつだ。
もちろん、それだけだとキルビスには届かない。
そこでキルビスの誘いにあえて乗ったルシフェルが置き土産代わりに――
キルビスをボコボコにした。
ぜんぜん本気ではなかったが、天界の元最高位天使にそれなりの力で小突かれたのだ。無事のはずがない。
キルビスの全身は激痛にさいなまれているだろう。
ルシフェルはキルビスを文字通りの意味で弱体化したのだ。
で、ルシフェルは自分の役割が終わったとみるや、わざとキルビスの刃に倒れた。
でなければ、ルシフェルの鉄壁の防御力をキルビスごときの刃で貫通できるはずがない。意図的に防御力を下げたのだ。
――ここまでお膳立てしたのです。あとはちゃんとやってくださいよ、魔王さま?
俺に向けた最後の笑みはそういうことだろう。
ルシフェルの身体が光の粒子となって消えていく。
取り残されたキルビスの顔に勝利の余韻はまったくなかった。端正な顔は土で汚れ、見開いた目には余裕のかけらもない。綺麗に中央でわけられた髪は乱れきっていた。
勝者というより、それは敗者の顔。
キルビスも気づいているのだろう。
自分が勝利したのではなく、勝利を譲られたという事実に。
茫然自失のキルビスを隠すように、赤いメガネをかけた銀髪の女が立ちはだかる。
「先ほどの戦い、勝者は生徒会長キルビス・アーガイル! その事実は揺るがぬ! さあ、見せ試合は終わった! これより本戦を開始せよ!」
女は戦場に響き渡るような声で勝利を宣言、そして、キルビスに肩を貸して移動を開始する。
二人の後を追うように三人の生徒が付き従う。
そのうち二人には見覚えがある。ダンジョンでアルカシオンを監禁していたラガルドと帝国からの留学生であるルゥリーだ。
ということは、あいつらが生徒会組か……。
去っていく生徒会の五人を遮るように、今までギャラリーに徹していた生徒たちが俺とアルカシオンの前に立ちはだかった。
俺たちに敵意の視線を向けつつ、すらりと剣を引き抜く。
「オウマ……うちら狙われてるで……!」
俺の横に立つアルカシオンが緊張した声を上げた。
ああ……。
そうだったな。
俺たち以外はみんな敵だったか。
「ははッ……!」
笑う俺を、アルカシオンが見上げる。
「ど、どうしたんや、オウマ……?」
「全員が敵! わかりやすくていいじゃないか!」
その通り。実にシンプルだ。
俺は右手をすっと上げて、敵意の視線を向ける生徒たちを順に指さした。
「あいつも、こいつも、そいつも! 目につくやつを片っ端からぶっ飛ばすだけ! 実に簡単じゃないか!」
俺の言葉に、俺たちを囲む連中の敵意がぐんと濃度を増す。
「おや? 気分を害したか? すまない、根が正直でな。思ったことがつい口から出てしまうんだ。群れなきゃ何もできないお前たちに苦戦するなんて思えなくてね」
俺は俺たちを取り囲む無数の勇者たちをぐるりと見る。
「だけどな、俺は押しつけがましくはないんだよ。お前たちにも主張のチャンスはある。オウマ弱し! 相手にならぬ! 俺に勝利して好きなだけ喧伝すればいい。五〇倍の数で俺たちを押し潰したとしても、卑怯だなんて言わないさ」
連中の敵意は爆発寸前だった。怒りが剣先に伝わり、ぶるぶると震えている。
いいぞ、いいぞ。怒ればいい。
本気で俺を潰しに来てくれ。人数差に油断して舐めて挑んでくるまねはやめてくれ。
少しくらいは楽しませてくれよ?
俺は笑いながら叫んだ。
「お前たちの微力を尽くして証明してみせるがいい! この俺の愚かなる蛮勇を!」
同時、生徒たちが一斉に俺たちに襲いかかってくる。
「臆せずついてこい! アルカシオン!」




