キルビスvs悪鬼ルシフェル
「『業炎の大刺突』!」
フレイアの奥義が炸裂した。
顔面に業炎の大刺突の直撃を受けたキルビスは、まるで吹っ飛ぶかのような勢いで後ろへと数歩よろめく。
しん、と空気すら振動をやめたかのような静寂が降りる。
先に苦々しげな声を漏らしたのは――
フレイアだった。
「届かなかったか……!」
ぎぱん、という音ともにキルビスの顔を覆っていたフルフェイスの兜が真っ二つに割れ、地に落ちる。
キルビスの端正な顔があらわになった。額の小さな切り傷から血がつっと流れている。
だが、それだけ。
フレイアの刃はキルビスの薄皮を切っただけだった。
「落ち込む必要はないよ、フレイア・パーティキュル。むしろ誇りたまえ。君の炎が私の結界を打ち消すように、私の結界もまた君の炎を弱める。私が張り直した水の結界に減衰されながらも、これほどの力を維持するとは」
キルビスは片腕で額の血をぬぐった。
「この装備は名工が珍しい鉱石を使って作成した逸品でね。魔法による強化も施されている。それを叩き割るなど尋常ではないよ。普通の甲冑であれば確実に私の頭は砕かれていただろう。恐ろしい技だ」
キルビスが剣を構える。
「さて……相棒は落ちたようだが……まだ君たちに切り札はあるのかな?」
フレイアは肩で息をしている。さっきの一撃に賭けて全理力を絞り尽くしたのだろう。
もう勝ち目はない――
それでもフレイアの目は死んでいなかった。荒い息を少しずつ落ち着かせながら剣をキルビスへと向ける。
キルビスが首を傾けた。
「諦めない。そういう気高さは嫌いではないよ」
フレイアはキルビスに斬撃を繰り出すが、そのすべてをキルビスは悠々といなす。
もともと理力に圧倒的な差がある。
加えて、フレイアは力を出し尽くしていた。フレイアの身体を包む理力の炎もずいぶんと弱々しい。
それはすでに勝敗の決した戦いだった。
「終わりにしようか、フレイア」
キルビスの一声。
同時、キルビスの刃がフレイアの胸元に突き出された。フレイアの赤い鎧が耳障りな音ともに割れる。
刃が心臓に届く直前――
剣を持つキルビスの手をフレイアがつかんだ。
「見せよう! これが最後の切り札だ!」
フレイアの聖剣イグナイトが、まるで蘇ったかのように炎を吹き上げた。
フレイアの正真正銘、最後の理力を喰らい尽くして。
フレイアは燃え上がる刃をキルビスの顔面へと突き込む。
フレイアの炎はキルビスの水の結界を打ち消すことができる。そして、すでにキルビスの顔を守る兜は割られている。
この刃が直撃すれば――!
「甘いな」
どしゅん!
射出音と同時、フレイアの背中から水の柱が飛び出す。その勢いに突き飛ばされるように、フレイアは後ろへと吹っ飛んだ。
「うぐぁ!?」
あおむけに倒れたフレイアの胸にはこぶし大の穴が開いていた。
「超高圧の水は何物をも貫通する」
キルビスがぶんと剣を振ると、びしゃりと音を立てて水が地面に飛んだ。
「先ほど同様――ほんの少し届かなかったな、フレイア」
「……わたしが……ほんの少し届かないくらいか……」
フレイアがふっと笑った。
「……優勝するのが誰か、もうわかったよ……」
フレイアの身体が光の粒子へと変わり結界から消えた。
俺は大きく息を吐いた。
魔法により死なないとは言え、自分の知っている人間が致命傷を受けて倒れるのは気分がよくない。
死ななくても貸しは貸しだ、キルビス。
きっちりと払ってもらおうか――
俺が一歩前に踏み出そうとしたときだった。
「おやおや。終わった感じになってますけど、誰か忘れてませんか? 三人のうち落ちたのは二人だけですよ?」
なんて言いながら姿を見せたのはルシフェルだ。
あーれー(棒)とかやる気のない声を最後に退場したと思っていたが、どうやらまだ落ちてはいなかったらしい。
キルビスが髪をかき上げる。
「相手をして欲しいのなら構わないが、一人だけで戦っても勝算がないのでは?」
「いえいえ。尊敬する生徒会長さまの胸を借りられる絶好の機会。たとえ負けても学ぶべき部分もあると思いますので、ぜひ胸を貸していただきたく」
目をキラキラさせてそんなことを言っている。
うわー、空々しい……。
お前がキルビスから学ぶことなんてなんもないだろ……。
ていうか、お前の目ってきらっとすることあるんだ……。
「ならばいいだろう。しかと目に焼き付けるがいい」
キルビスの身体を水の膜が覆う。
「最強という言葉の意味を」
「では遠慮なく」
ルシフェルが一瞬でキルビスのふところに踏み込んだ。
踏み込んだと皆が気づいたときには、すでに剣まで振り下ろされたいた。
キルビスですら何が起こったかわかっていない顔だった。
――なぜ、ここにルシフが?
そんな顔をしている。
どうやらルシフェルのやつ、やる気らしい。もちろん、まだまだ全力にはほど遠いが。
ルシフェルの振り下ろした太刀筋を示すように、キルビスの鎧を覆う水の膜が切り開かれていた。
その膜の開いた部分、鎧の右胸から腹部にかけてが――
ぱっくりと開いている。
「な――!?」
驚いて後ろに下がろうとするキルビス。
だが、それよりも速くルシフェルが踏み込み、キルビスへの追撃を放つ。
「おまけでどうですか?」
距離を置いたキルビスの鎧、その腹部が真横に切り開かれていた。
キルビスが鎧の傷を触りながら血相を変えている。
ルシフェルが口を開く。
「そう焦らないでくださいよ。切ったのは鎧だけ。血は出ていないから痛くもないでしょ?」
「……な、なぜ、水の結界が……!?」
「先輩のご指導ご鞭撻のおかげで結界が切れるようになりました。いやはや、ありがとうございます。実感できる成長というものはありがたいですね」
このドエス、完全にキルビスをおちょっくてやがる。
絶対無敵なんてキルビスはドヤっていたけど……あの程度の水の防御など俺たちにしてみれば無いに等しいんだよな。
「さて、先輩。水の結界は破られたようですが……まだ先輩に切り札はありますか?」
ルシフェルが前に踏み出した瞬間――
「無論だ!」
キルビスの刃から超高圧の水が打ち出された。
フレイアの胸を打ち抜いた強烈な一撃。水の刺突がルシフェルの喉元へと突き刺さる。
「どうだ!?」
次の瞬間、勝利を確信したキルビスの顔が凍り付く。
割り込んだルシフェルの手が、あっさりとそれを受け止めていたからだ。
「超高圧の水は何物をも貫通する――でしたっけ(笑)」
ルシフェルは防いだ水を地面に投げ捨てる。
「なかなか面白い曲芸ですね、先輩。いい勉強になりました。宴会芸くらいには使えそうです」
「ふ、ふざけるなあ!」
怒りのキルビスがめったやたらと水を打ち放つ。
超高速の水撃。だが、その水がルシフェルの届く頃には、もうルシフェルの姿はそこにない。
「ま、受け止める必要もないんですけどね」
ルシフェルはキルビスのふところに飛び込んでいた。
「こんなノロマな代物」
言うなり、ルシフェルの右こぶしがキルビスの腹を鎧の上からぶん殴る。
びきり、と鎧にひびが入り、キルビスの長身がくの字に曲がる。
「ぐああああああああああああああああ!?」
「そうだ。負けたら土下座して謝るんでしたっけ?」
ルシフェルが後ろへと回り込み、キルビスの後頭部に手を添える。
「したことないでしょう? 土下座の練習でもしておきますか?」
どごん!
という音とともに、キルビスの頭が地面に叩きつけられた。
「……ああ、失礼……。うっかりしていました」
ルシフェルが首をかしげてつぶやく。
「土下座の約束はしていませんでしたね」




