武術大会(本戦)いよいよ開幕!
ようやく武術大会の当日となった。
俺たち五人が指定された会場に向かうと、そこにはバカでかい壁が立っていた。ほとんど透明に近い青色で向こう側が透けて見える。
「なんだこれ?」
答えてくれたのは何でも知っているルシフェルだ。
「本大会の試合場を区切る結界ですよ」
ルシフェルは指先で正方形を描いた。
「こういう感じで四方を結界が覆っています。この中で戦うことになりますね」
俺は左右を見た。境界の先が見えず、かなりバカでかい。
「どれくらい大きいの、これ?」
「ざっくり二キロ四方です。ここから見える範囲だけでも草原、林、池、丘など多くの地形が用意されています。好きなポイントで戦えと言うことでしょうね」
「ふーん……」
なんて話をしていると、ルシフェルの名前が呼ばれた。
ルシフェルが結界を通り抜けて中に入ると――
おや?
結界の色が薄い青からふっと薄い赤になった。
その後、そばに立っていた教師と何事かを話すとまた結界の色が青に戻った。
なんだろう、あれは……。
しばらくして俺の名前が呼ばれた。俺が結界を通り抜けるとあいかわらず色が青から赤になる。
「ナンバー76。オウマくん、ようこそ」
そばに立つ教師が口を開く。
「早速だが、ラシェットと言ってもらえないか?」
「ラ、ラシェット?」
俺が質問のつもりでそう言った瞬間、結界の色が青に戻った。
教師がうなずく。
「ありがとう。これで君はこの結界に登録された」
「登録?」
「前もって渡しておいた手引き書に書いていたはずだが……?」
すいません! 読んでません!
「この結界に登録されると結界内で死亡しても結界に入る前の状態まで巻き戻るんだ。ケガだって治る。その代わり、結界の外まで飛ばされるけどね。つまり遠慮なく本気で戦ってくれていい」
そういうことか……。
どおりでフレイアやミファー――というか参加生徒全員がガチガチに武装していたわけだ。あれ、クラスメイト死んじゃうよ? と思っていたのだけど、なるほど、ガチの殺し合い推奨なわけか……。
「オウマくんは制服で……剣一本だけ? 大丈夫かい?」
「問題ないさ」
俺は余裕で答える。
防御装備ゼロでも何の問題もない。
おまけにこの剣も俺が使うものじゃないしな。
「さすがは英雄オウマだな。期待しているよ」
教師はうなずき、言葉を続けた。
「オウマくん、覚えておいて欲しいルールはふたつだけだ。ひとつ、この結界の外に出れば失格。ふたつ、結界に外に出たら決して結界の中に入らないこと。いいね?」
「わかった」
教師は俺にリストバンドを差し出した。
「では、これをつけて奥へ」
「これは?」
「われわれ教師からの連絡に使う。円滑な運営のためだ。連絡があればおとなしく従ってくれ」
「わかった」
俺はリストバンドをつけながら、先に入っていたルシフェルと合流した。
「なんだかすごい結界だな。傷が回復するなんて」
「回復というか、厳密には時間戻しの結界ですね」
「時間戻し! そりゃすごい! こんなのがあったら戦争で負けないんじゃない? 王さまをここにいれとけば死なないだろ?」
「いやー、それほどでもないと思いますよ。暇だったから魔術組成を調べてましたけど、この結界、合い言葉を言わない人が一人でもいると無効になるんですよ」
「え、そうなの?」
「はい。結界の色が青や赤に変わっているでしょ? あれは合い言葉を言わない人間が入ったので無効になったというシグナルです。赤い間に死んじゃうと死んだままですね。お気をつけください」
……だから教師は外に出たら二度と入るなと言っていたのか……。
「あと結界外からの攻撃は時間戻しの対象外になるので治りません」
「へー」
「合い言葉を言わない敵が乗り込んできたらどうする? とか、結界外から弓やら魔法を撃たれたらどうする? とか実運用するには制限が厳しすぎますので、こういう練習試合でしか使えないでしょうね」
「でもさ、練習試合だけでも便利じゃん? 授業の模擬戦で出るケガ人を防げるだろ? どうして使わないんだろ?」
「けっこう大がかりな魔力で起動させているようなので日常使いには無理かと。このイベント用に時間をかけて魔力を蓄積しているのでしょうね」
「お手軽には使えないってことか……」
「時間戻しの魔法ですからね。ほいほいとは使えませんよ」
なんて会話をしていたら、アルカシオンがやってきた。
アルカシオンは俺たちから近くもなく遠くもない微妙な距離を保って立っている。
あいかわらず人との距離感を縮めないやつである。『自分は嫌われ者』という考えなので遠慮しているのだろうが……。
俺はずんずんと遠慮なくアルカシオンに近づいた。
「アルカシオン」
「な、なんや? オウマ?」
アルカシオンも他の生徒同様、鎧と剣で武装している。他の貴族のような高品質きらきら装備ではなく、平民のような地味な装備だ。実家との仲が悪いからだろう。
「お前の持っている剣は聖剣か?」
一目でそうじゃないとは思ったが、一応、訊く。
アルカシオンは自嘲気味に首を振った。
「……ただの安い剣やで」
「そうか。なら俺の剣と交換しよう」
俺は左手に持っていた剣を差し出した。
「え? うそ? これ……めっちゃいい剣ちゃうの?」
「いいから。やるよ」
俺は無理やりアルカシオンに押しつけた。
それは漆黒の剣だった。剣の鞘も鍔も真っ黒。鍔の中央に埋め込まれた翡翠だけが――まるで脈動にも似た光を放っている。
触った瞬間にアルカシオンが息を呑む。
魅入られたかのような様子で、アルカシオンはゆっくりと剣を引き抜いた。
細身の刃だった。ただ速度だけを追い求めたような。
刃もまた漆黒だったが、中央に彫り込まれた一本の溝が緑色の輝きを放っていた。
アルカシオンは息を吐く。そして、困った顔で俺を見た。
「こ、これを、ホンマにくれるんか?」
「お前が使うべきだ。気にするのなら物々交換といこうか」
アルカシオンから普通の剣を奪い取ると、俺はそれを持ってルシフェルの元へと戻った。
しばらくアルカシオンは困惑していたが、やがて引き抜いた剣を振り回して嬉しそうな表情を浮かべた。
剣に生きるものならば、いい武器を手に入れて嬉しくないはずがない。
存分に喜んでくれ。お前が喜べば俺も嬉しい。
それは間違いなくいい武器だ。
保証するよ。
お前の母親アールグレイブが使っていた武器だからな……。
アールグレイブが行方不明になったときに遺していった剣。俺はルシフェルに頼んで魔王城から持ってきてもらったのだ。
アルカシオンはアールグレイブに似ている。
アルカシオンが母親の武器を持つ姿は、俺を少しばかり感傷的にさせた。
そうこうしているうちにフレイアやミファーもやってきた。
やがて全参加者が結界内に集い、本戦開始の準備が整う。
――君たち以外と君たちの戦いになる。君たち以外の参加者はすでに私と同盟を組んでいる。
キルビスはそう言っていた。
つまり、俺たち以外の参加者はみんな敵。
それを証明するかのように、俺たちの近くにいる生徒たちは冷たい目で俺たちを見つめている。
その奥からキルビスが優越感に満ちた表情を俺に向けていた。
それは勝利を確信したものの顔。
やれやれ……。
俺も安く見積もられたものだな……。
やがて教師のひとりが中央に立ち、拡声器の魔法具を使ってルールの説明を始めた。
予選のような面倒なルールはない。
ただただ目の前の敵を倒せ。
それだけ。
そのルールはとてもありがたい。まさに俺のためにあるルールだ。俺が一等賞になる以外の結果がないルール。
悪いな、キルビス。
俺の勝ちは決定だ。
「最前も説明しているが、本試合で相手を殺すことはない。証明しておこう」
ぴっと教師が別の教師を指さした。
指さされた教師はうんとうなずくと、取り出した短剣で迷いなく自分の喉を突く。
直後、教師の身体がまるで光の粒子に分解されたかのようにふわりと輝いて消えた。
「あっちだ」
司会の教師が指さした結界の外に、さっきの教師がいた。
彼は傷ひとつない姿で手を振っている。
「死ななくても、結界の解除と同時にすべての負傷は治る。君たちの安全は保証しよう。全力で戦ってくれ」
司会の教師が右手を空へと向ける。
「これより、本戦を開始する! 諸君らの健闘を祈る!」
そして――
空に目がけて火の玉をぶっ放す。火の玉は中空に打ち上がると轟音を立てて破裂した。
この瞬間。
教師の言葉どおり、本戦が始まった。
空気が一変する。
一瞬にして戦場をぴんと張り詰めた緊迫感が覆う。
俺はぺろりと唇を舐めた。
悪くないね、こういう感じは。
俺は周りの連中の様子見から始めた。どう動くかな……。こいつらは全員キルビスの駒。倒すべき敵だ。
一斉に俺たちに襲いかかってくる?
それともキルビスを中心に守りを固める?
だが、誰もすぐには動かなかった。
俺たちを警戒するように距離をとっているが、それだけで誰も動かない。否、動くものがひとりだけいる。
ゆったりとした足取りで俺たちに近づくのは――
生徒会長、キルビス・アーガイル。
キルビスは俺たちの前で足を止めた。
……ここで俺が有無を言わせずキルビスを殴り倒して退場させたら面白いだろうなあ……。
キルビスを殴るのは俺の仕事じゃないからやらないけど。
キルビスが柔和な笑顔で俺に話しかける。
「余興を提案したい」
「余興?」
「そうだ。そこのフレイア、ミファー、ルシフの三人と私で試合をしたいのだ。もちろん――」
自信たっぷりの顔でキルビスが続けた。
「三人同時に相手してみせよう」
え……。
ルシフ――ルシフェルも?




