魔族を嫌うのは好きにすればいいけどな。俺の仲間への侮辱は許せないんだよ、キルビス・アーガイル
アルカシオンがぽつりぽつりと話し始めた。
その話をまとめるとこうだ。
アルカシオンの母はアールグレイブ。父はアールグレイブと一緒に谷底に転がり落ちた騎士らしい。
一緒に谷底に落ちたのは偶然ではなく、二人の策謀だった。
アールグレイブはアルカシオンの父を見たとき、恋に落ちてしまったらしい。味方の撤退を最後尾で支え続ける責任感のある姿に惚れてしまったそうだ。
「顔も好みだったらしいで」
とはアルカシオンの補足。このときの父親の武勇伝はアールグレイブから何度も聞かされたらしい。
「むっちゃお父さんかっこよかったって何度も言われた」
父親のほうは「それは母さんの思い出補正だ」と言っていたそうだが。
何度かアールグレイブはアルカシオンの父を殺すチャンスがあったが、どうしてもできなかった。おまけにケガで動けなくなった彼をこっそりかくまって治療までしてしまった。
この段になって、ようやくアールグレイブはこれを愛と認めたのだった。
アルカシオンの父は父でアールグレイブの優しさに触れ、こちらはこちらで恋に落ちてしまう。
だが、二人の身分が恋の障壁となった。
アールグレイブは魔王軍の重鎮。アルカシオンの父は王国貴族の息子。はい、辞めます、ではすまないのだ。
……もちろん、俺がアールグレイブから正式に相談されていたら笑顔で見送っていたけどな。どちらかというと、相手側の事情のほうが大きいのだろう。
結果、二人は谷底に落ちて戦死したふりをした。
生き残った二人は遠く離れた小さな村に逃げた。そして、村の近くにある森に小さな家を建てて暮らすことにした。
「……アールグレイブは幸せだったのか?」
「ラブラブやったらしいで」
アルカシオンが恥ずかしそうに言った。
「生涯で二番目に素晴らしい時間やった。そう言ってたわ」
やがて、アルカシオンが生まれた。
そのことをアールグレイブはこう言ったそうだ。
「うちが生まれて一番目に素晴らしい時間が始まったって」
アルカシオンは照れたような、しかし誇らしそうな口調で言った。
だが、いいことばかりではなかった。
アルカシオンの出産は難産だったらしく、アールグレイブは体調を崩してしまう。
あまり裕福ではない生活だったが、家族三人は幸せだった。
「うちにとっても、あのときが一番ええ時代やったわ」
そして、アルカシオンが六歳のとき――
「母親が死んでしもうたんや」
さらに不幸は続く。
一年と経たず、父が病に倒れるのだ。
父は自分の死が避けられないと知ると、アルカシオンを連れて実家へと舞い戻った。
そして、家督を継いでいた弟にすべてを話した。
弟は激高した。
当然の話だ。名誉の戦死を遂げたと思った兄が実は不名誉極まりない脱走兵であり、女と駆け落ちしたなどと。おまけに、その女は人類の敵である魔族で子供まで作っている。
父は土下座して頼み込んだ。
「何度も何度もお願いしてたわ。頼めた義理やないけど、この子に罪はないって。俺の代わりにこの子の面倒を見てくれってな……」
アルカシオンはそう言って、手をきゅっと握った。
弟は不満だったようだが、病身の兄と無力な子供を追い出すようなマネはしなかった。
やがて父は死に――
アルカシオンはひとりぼっちになった。
「……とまあ、これが不幸な半魔の少女の人生ってとこやな」
もうとっくの昔に昼休みは終わっていた。
それでも俺もアルカシオンも話をやめなかった。授業に戻ろうなんて考えもしなかった。もうそんなことはどうでもよかった。
俺は息を吐いた。
俺の心には冷たい石がのしかかっていた。
アールグレイブが死んだ。その言葉は重かった。アールグレイブは俺とともに魔界統一戦を戦い抜いた盟友だった。真実の愛だのおかしなことを言う面白い友人だった。
その強さも、その言葉も、いくらでも思い出せる。
そうか……アールグレイブは死んだんだな……。
だが。
だからこそ。
聞かなければならないことがある。
「アルカシオン」
「うん?」
「お前の母親は――アールグレイブは真実の愛を見つけたと言っていたか?」
驚いた顔でアルカシオンが俺を見た。
「え、オウマ、どうしてそれを……?」
「言っていたのか?」
取り繕うつもりもなかった。ただ、同じ質問を繰り返す。
俺の剣幕に押されたアルカシオンが答えた。
「死ぬときに言ってくれたよ。うちと父親を抱きしめてな。今でもそらで思い出せるわ」
アルカシオンは母の遺した言葉を俺に教えてくれた。
「お母さんはね、もう死んでしまうけど、ぜんぜん悲しくないねん。だってお母さんは真実の愛を見つけられたから。お父さんとアルカシオン、あんたらに出会えて本当によかった。あんたらに出会えない無限の時間なんかいらん。この数年がうちの生涯にとっての宝や。だから、お母さんは満足して死ぬねん。これが代償というのなら笑って受け入れる。あんたらはお母さんを死なせたとかアホなこと思わずに元気に生きていくんやで」
喋りながら、アルカシオンの瞳から涙がこぼれた。
きっと、ひとりぼっちになったアルカシオンはくじけそうになるたびにその言葉を思い出して自分を奮い立たせていたのだろう。
その言葉こそが、自分が愛されていたという確かな証拠なのだから。
そして、俺も――
「……なんやねん、オウマ? ちょっと目がうるっとしてるで?」
「いや……いい話だったからな……」
そう言って俺は目頭を押さえ、顔をそっと背けた。
俺はアールグレイブの死に悲しみを覚えていたが、それ以上に嬉しかった。
本当に嬉しかった。
アールグレイブは見つけたのだ。己の人生のすべてを捨てても満足できる真実の愛に。
――そろそろ見つかるんちゃうかなあ~って気もすんねんけど。
そんなとぼけたことをずっと言い続けていたけど。
お前、見つけたんだな。
ぜんぜん似合わない小さな家庭ってやつを作ってたんだな。
子供まで産みやがって。連絡くらいよこせよ。夫が人間でも別に構いやしないよ。特大の御殿を造って贈ってやったのに。
仲間が幸せな死を迎えたのだ。
誰にも恥じない胸を張れる死を遂げたのだ。
喜びの涙くらい流しても悪くはないだろ?
――いつかうちの子供があんたの前にひょいと現れるかもしれへんから、その日が来てもビビるんやないで?
なんて言ってたけど。
びっくりしたよ。おまけに打倒魔王らしい。お前はとんでもない子供を俺の前に送り込んできたよ。
これも、縁か。
「ふ、ふふふ、ははははは……!」
「な、なんや、オウマ!? 急に? 泣いたり笑ったり忙しいやつやな!」
「見捨てるわけにはいかないな」
俺はしかとアルカシオンを見た。
「お前は勇者になって魔王を倒すつもりか?」
「もちろんや! せやけど……本選に出場がでけへんから……」
「本選に出場したいか?」
「できるもんならしたい! 退学免除とは関係なくぶん殴ってやりたいやつもおるからな……!」
「ぶん殴ってやりたいやつ……? 誰だ?」
「生徒会長のキルビスや!」
ほう……その名前をまさかここで聞くとは。
「なにか恨み……はあるか。成績がいいのに生徒会の圧力で退学させられそうになってるもんな」
「それとは別や……!」
怨念のこもった声でアルカシオンが吐き捨てる。
「あいつは入学早々うちを呼びつけて、退学するよう迫ったんや。お前のような穢れた血がこの学校にいていいわけないだろ? とかぬかしてな……!」
それがどれほどアルカシオンにとって屈辱だったのか――今の俺ならはっきりとわかる。
人間であろうが魔族であろうが母親は母親なのだ。世界でたったひとりしかいない母親なのだ。
アルカシオンにとって彼女を愛してくれた母親の血を侮辱されたのだ。その存在を全否定されたのだ。
アルカシオンの悔しさは言語を絶するだろう。
そうか、キルビス。どうやら俺とお前はどうやっても敵対する関係にあるらしい。
俺は意外と寛大でね。人間のお前が魔族の血を嫌うってのはそれほど嫌でもないんだよ。わかる部分もあるしね。
でもな、俺は意外とえこひいきもするんだよ。
別にお前が魔族の血をどうこう言っても俺は気にしないが、お前が俺の盟友たる誇り高きアールグレイブの血を侮辱したのなら、それは許さない。
友への、友の忘れ形見への侮辱は――俺への侮辱だ。
よろしい。
本気でお前の相手をしてやろうじゃないか。
「決めたよ」
「え?」
「俺の目標はお前をキルビスの前まで無傷で連れていくことだ。そして、精一杯ぶん殴ってやれ」
「せ、せやけど、うちは本選には――」
俺はポケットから本戦出場チームの登録用紙を取り出し、広げてアルカシオンの鼻先に突きつけた。
「奇遇だな、ちょうど俺たちも五人目を探していたんだ」
目を見開くアルカシオンに俺は続けた。
「五人目として、俺たちに力を貸してくれないか?」




