半魔の少女の母にして――魔王の盟友『迅雷蜂』アールグレイブ
俺が魔界統一の旅に乗り出した頃のことだ。
やたらと手こずった敵のひとりがアールグレイブ。翡翠色の瞳と髪をした、尖った耳を持つ魔族の女だ。
すさまじい攻撃速度を誇り、一瞬の隙をついて強力極まりない緑色の電撃を叩き込んでくる。蜂の鋭い動きを思わせる戦い方からついたあだ名が『迅雷蜂』。
正直なところ、当時の俺はまだ弱かった。
それでもアールグレイブの実力は俺が戦ってきた魔族の強者のなかでも上位に入るだろう。今の俺が戦っても簡単には勝てない。
最後にアールグレイブと戦ったのは彼女の居城だ。
俺の最後の一撃を受けてアールグレイブは崩れ落ちた。
あのときの達成感を俺は今でも思い出せる。それほどにアールグレイブは強かった。
「ああくそ! 強かったぞ! お前! 終わりだ終わり!」
俺はそう吐き捨てて、大の字になって床に寝転がった。
「それはこっちのセリフやっちゅーねん。強すぎやろ、お前……」
癖のある喋り方で言った後、アールグレイブがふふっと笑った。
「さすが魔王を名乗るだけのことはあるやん」
アールグレイブの言った通り、俺はこの頃からすでに『魔王』を名乗っていた。
当時の副官が「魔王くん! 形から入るのは重要だよ! 立場が人を作るってね! 君もその気になるし、そんな君が連戦連勝を重ねれば周りもきっと認めるさ!」なんて言って。
「……殺せや」
アールグレイブがぽつりと言った。
俺は即答した。
「やなこった」
「なんでやねん! 倒すために戦ってたんやろ!?」
「そう、倒すためだ。殺すためじゃない。別に俺がお前より強いことが証明できればいいんだ」
俺は言った。
「俺たちの覇道に無駄な血は必要ない」
それが俺と副官の誓いだった。
俺たちは魔界を統一し、いつ果てるともない流血の群雄割拠を終わらせるために旗をあげた。
そんな俺たちの覇道が血で濡れていては笑い話にもならない。
「変わってるなー、あんた」
「そうだな。そんなことより」
俺は一言切ってからアールグレイブに言った。
「俺の部下になれよ、アールグレイブ」
それが俺の狙いだった。アールグレイブは俺のような戦闘バカとは違って知能も士気能力も高い。副官からも捕まえて部下にしろと言われていた。
アールグレイブは即答した。
「いやや」
「おいい!? 激闘を制してわかりあった感じだったよな、今!?」
「しゃーないやん。一応、言っとくけど、あんたのことが嫌いやから言ってるわけやないで?」
「理由があるのか?」
「……うちは真実の愛を探してんねん」
「は?」
「……うちは真実の愛を探してんねん。せやから、あんたの部下にはなれへんよ」
真実の――愛?
「アールグレイブ、俺お前の頭をそんなに殴ったかな? ごめんな」
「うちは正気や! もうええやろ! あっちいけ!」
「い、いや……せっかくなんだから説明してくれよ……」
「別に。うちは意外と乙女チックなだけや。この相手と出会うために生きてきた! って感じの愛を探してんねん」
俺は笑いそうになったが、必死でこらえた。
まさか腕利きの魔族でも裸足で逃げ出す迅雷蜂が乙女チックだの真実の愛だの言い出すとは。
冗談だろうと笑いたかったが、それはできない。
アールグレイブは間違いなくガチだ。
「愛が見つかったら、うちはすべてを捨ててその愛に尽くすんや! だから、お前の部下にはなれん。いずれお前の元を去るからな!」
「真実の愛ねえ……いつ見つかるんだ?」
「いつやろな。とりあえず、あんたが相手やないのは確かや!」
ぐはっ!
い、いや……別に俺も迅雷蜂を異性として見ていないので別にいいんだけど、真正面から言われるとなあ……。
「うちの理想はな、顔が良くてぇ、気も利いてぇ、優しくてぇ、頭も良くてぇ、仕事への責任感があってぇ――」
い、いかん! 聞いていないことまでべらべら喋り出した!
ていうか、こんなやつだったんだね、迅雷蜂!
「聞け、アールグレイブ! なら俺の部下にはならなくていい! 仲間でどうだ? お前が真実の愛とやらを見つけたらいつ出ていってもいい!」
という条件で迅雷蜂アールグレイブは俺の仲間になった。
その後、俺は魔界を統一したのだが、その時点でもアールグレイブは真実の愛とやらを見つけ出してはいなかった。
俺がアールグレイブと最後に会ったのは二〇年近く前だろうか。
俺はアールグレイブに地上への出撃と拠点防御を要請した。
出ていくアールグレイブに俺は問うた。
「で、見つかったのか、真実の愛とやらは?」
「まだやなあ……なかなか。でも、そろそろ見つかるんちゃうかなあ~って気もすんねんけど」
「会うたびに言ってないか、それ?」
「せやったっけ?」
アールグレイブが笑う。
「ま、いつかうちの子供があんたの前にひょいと現れるかもしれへんから、その日が来てもビビるんやないで?」
からからと笑いながら出ていくアールグレイブの背中。もう何度も見送ったその背中が魔王城に戻ってくることはなかった。
数ヶ月後、俺の元に報告がもたされた。
「アールグレイブさま、戦死されました」
配下の魔族はそう言って、アールグレイブの愛剣を差し出した。
人間の騎士ともつれ合い、二人で谷底に落ちたらしい。
俺は信じられなかった。魔界でも間違いなく強者である迅雷蜂が人間ごときと相打ちになるなど。
きっと迅雷蜂は帰ってくる、俺はそう思った。
「人間界でも真実の愛は見つからんかったわ」
そんな風に笑いながら。
だが――
アールグレイブが戻ってくることは二度となかった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「お前の母親の名前、アールグレイブって言わないか?」
「え、そうやけど……なんでオウマが知ってんの?」
アルカシオンがきょとんとした顔で言った。
あ……。
思い出した喜びでうっかり口にしてしまったが……設定上は一六歳の俺が知っていてはいけない情報だ。
えーと……。
「い、いや、俺の知り合いの戦士がな、昔、魔族との戦いに参加していて……そのときめっぽう強い雷を使う魔族がいたって話をしていてさ……もしやと思って……」
俺はしどろもどろにでっちあげた。
ルシフェルっていつも正々堂々とでたらめ言うけどすごいね……。
「そうなんや」
アルカシオンはあっさり信じてくれた。
「すまない、アルカシオン。お前の母親――いや、両親について少し教えてもらえないか?」
「うちの?」
「ああ……どうしても聞きたいんだ……」
「まあ、別にええけど……」




