魔王vs堕天使(ただし遊び)
「おや、魔王さま?」
ルシフェルが驚いたような顔で俺を見た。
「ルシフェル……?」
「まさか出くわすとは……わたしと魔王さまの主従関係に運命を感じるレベルですね?」
「運命は言い過ぎだけど縁はあるかもな」
「そうですね。ですが、今は敵同士」
ひゅんひゅんひゅんと棒を振り回した後、ルシフェルが棒と盾を構えた。
「魔王さま、武器を構えてください」
「え、ええ!? 戦うの?」
「久しぶりにどうですか? こういう機会でもなければ戦わないでしょう? 遊びですよ遊び」
どうやらルシフェルは乗り気っぽい。
「棒でぽこんってやるだけでしょ? いいじゃないですか。わたしたちが本気でやると殺し合いになっちゃいますから。これくらい緩いルールじゃないとね?」
俺たちがいるのはそこそこ広い部屋で体術を駆使して戦うなら充分な広さがある。
場所は問題ないんだが……。
うーん……ルシフェル強いからなあ……。
たぶんガチンコで死ぬまでやるなら俺が勝つんだけど、一発敗北ルールだと絶対の自信はない。
負けると主君としての沽券に関わるし……。
「魔王さま。負けると主君としての沽券に関わるし……とか思ってますよね?」
「ぐっ!?」
ルシフェルがにや~っとした笑顔を浮かべた。
「ええ~。いつも俺は最強とかイキってるくせに日和ってるんですかあ? 魔王さまの最強って逃げまくりの最強なんですかあ?」
むかむかむか!
わりと俺は頭にきた。
「ほ、ほほ~。言ってくれるじゃないの、ルシフェルさん」
「へいへい、魔王びびってるびびってるぅ~」
安い挑発。そんなことはわかっている。
だが!
「いいだろう、ルシフェル! お前の挑戦、受けてやろう!」
俺は叫び、構えを取る。
俺とルシフェルの戦いが始まった。
俺もルシフェルも安易には飛び込まない。じりじりと距離を計っている。
一撃死ルールだからな……。
雑に動くのは命取りになる。
「……仕方ないですね。では、わたしから行きましょう!」
ルシフェルが素早い動きで距離を詰め、棒を突き込んでくる。
さすがルシフェル、無駄も隙もない!
俺は刺突を盾で払う。
その瞬間、ルシフェルの蹴りが飛んできた。
ちっ!
俺は腕を使ってルシフェルの蹴りを防ぐ。どしぃ! と腹に響く音がして俺の腕に衝撃が走る。
いって!
「棒で叩かれるよりもお前の蹴りのほうが普通に痛いぞ……?」
「ふふふふ。でも勝利条件は棒で叩くことですからね。体術の防御に意識を向けすぎるのは危険ですよ?」
なるほど。それがお前の作戦か。
俺たちのように一撃一撃が必殺級のレベルならば、それは確かに有効だ。
「丁寧なアドバイス、どうもありがとう!」
俺はぶんと棒を振る。
ルシフェルが一歩下がってそれをかわす。
俺はルシフェルに詰め寄り、体術による攻撃を仕掛けた。
心優しい副官からの戦術指南。パクらせてもらうとしよう!
だが、ルシフェルも生半可ではない。俺の打撃技を涼しい顔でガードしてみせた。
さらに攻め立てる俺の攻勢をルシフェルは次々と受け流す。
問題ない。すべては隙を生み出すための布石でしかない!
隙隙隙! さあ、ルシフェルよ、隙を見せてみろ。その瞬間に俺の棒がお前の頭をはたいてやるぞ!
俺の意識がその戦術一色に傾いた瞬間――
ルシフェルの唇が笑みを浮かべた。
俺がゼロ距離から放った肘打ちをルシフェルが迎撃する。
体術ではなく、棒で。
え、棒?
棒!?
棒で身体の一部を叩かれると負けになる。ということは、棒で攻撃を受け流されると俺の負けになる!?
「っとお!?」
俺は無理やりに体勢を変えてルシフェルの棒を避けた。
「お、やりますね!?」
その隙を見逃すルシフェルではない。
体勢の崩れた俺めがけて素早い動きで棒を何度も叩き込んでくる。
くそっ!
俺はそれを必死に防ぐ。何度かの応酬を終えて、どうにか逃げ切った俺はルシフェルから距離を置いて一息つく。
「あっぶねえええ!」
ルシフェルが棒で自分の頭をかいていた。
「いやあ……あれを逃げ切りましたか。勝ったと思ったんですけどね。壁際に追い詰めて退路を断ってからのほうがよかったですかね?」
こ、こわぁ~……。
主君を確殺するための反省会やってるよ……。
ていうか、本当に怖いのは――
「体術で牽制して棒を叩き込むって戦術を俺に説明したのって、俺の攻撃を誘って棒で迎撃するための罠だったりする?」
「あ、バレました?」
ルシフェルが平然と答える。
こいつは……!
俺が作戦をパクるのを承知で、べらべらと作戦を口にしたのだ!
お、おそろしい……! 信じた俺をハメようとするなんて……!
油断も隙もあったものじゃない。
「お前って怖いやつだよな……」
「はっはっは。真正面から魔王さまに挑んで勝てるとは思いませんからね。魔王さまも浅はかですよ。ちょこざいな手なんて似合いませんから使わないほうが身のためです。真正面から押して潰す。それこそが力あるものの戦い方では?」
「そうなんだけどね……」
ルシフェルの言い分はごもっとも。
だけどさっきのやりとりがあるからな……真正面から来いよと言われたら、それこそが罠かといぶかしんでしまう。
いや、そう思わせて俺の動きを封ずるのが目的か……?
ルシフェルにしてみれば俺との真正面からの戦闘を避けたいのは事実。むしろ、それを防ぐためにこんなことを言っているのかもしれない。罠と警戒した俺が消極的になるのを見越して……。
うーん。どっちだ……?
「さて、どっちでしょう?」
にやにやとルシフェルが笑っている。
あああああ! こいつは!
俺はこういう心理戦が苦手だ。単純明快が俺のモットーなのだから。そんな俺が考えている時点でルシフェルのペースと言えよう。
これはよくない!
「行くぞ、ルシフェル!」
俺は腹を決めると、棒と盾でオーソドックスな戦いでルシフェルに挑みかかった。
考えても仕方がない。
正面突破! それこそが常に俺の戦い方だ!
俺の攻撃を棒と盾で受けながらルシフェルが口を開く。
「おやおや、調子が戻ってきましたね、魔王さま?」
「おかげさまでな!」
棒をかわし、盾で弾き、隙をついて棒をねじ込む。俺たちは互いに一歩も退かない攻防を展開した。
それは何の駆け引きもない、純粋な力と力のぶつかり合い。
うーん、楽でいいわ、これ……。
とはいえ、俺とルシフェルの実力は伯仲している。このままでは決め手に欠ける。早く地上に戻らないといけないので時間は無駄にできないのだが……。
俺の攻撃をルシフェルが右手の棒で受け止めたときのことだった。
「うっ――!」
ルシフェルの眉間にしわが刻まれ、右腕をかばう姿勢になる。
あっ……!
ルシフェルは右腕を痛めているのだった。俺との戦いでその痛みが悪化したのだろう。
悪いことをした……。
俺は攻撃の手を休めてルシフェルに声をかける。
「大丈夫か、ルシフェル。すまない。痛いのか?」
ルシフェルは苦しそうな顔で、直後、にっこりと笑った。
「なーんちゃって」
電光石火のような速度で――
ルシフェルが俺のふところへと潜り込み、棒を一閃する。
これはやばい!
油断した俺は完全に虚を突かれた。
負け? 問題ないね。しょせんは遊び。勝ち負けなど戯れ言。そう言って笑って受け入れればいい。
なんて思えたら楽なんだけどね。
俺は最強だ。
最強魔王だ。
勝負として申し込んできたものを、俺は受けたのだ。その勝ち負けから目をそらすことなどできない。
ルシフェル。
たとえ遊びでもそう簡単には負けてやれないな!
ルシフェルの攻撃が俺の胴を薙ぐ刹那。
俺の神経がかっと熱くなった。




