迷子の魔王、生徒会長に引率される
「本校の生徒会長キルビス・アーガイルだ」
キルビスはそう言うと、俺に手を差し出した。
「生徒会長……ねえ」
俺はキルビスの手を握り返す。
誰だよお前という感じで信頼度ゼロなのだが、握手しないのも感じ悪いしな。
「で、どうして隠れていたんだ?」
「厳しいね」
キルビスは笑みを崩さない。
「隠れていたわけではないんだ。あの三人、少し剣呑な空気を醸し出していたからね……ちょっと様子を見ていたんだよ」
「どうしてお前がそんなことをするんだ? 順位を上げたいのなら止まっていると不利だろ?」
「生徒会長だからね。私たちは生徒として参加者でもあるが、イベントを円滑に進める立場でもあるんだ」
「なら、なぜ俺が絡まれたときに割り込まない?」
「別に生徒同士が普通に戦うことは問題ではない。普通以上になってしまったら止めるべきだ。それに」
にやりとキルビスが笑った。
「英雄オウマ。その実力を見てみたいと思うのはそれほど変かね?」
まあ、筋は通っているか……。
「で、どうだった。俺の感想は?」
「強いね。将来が楽しみだ。それだけに――」
キルビスがじっと俺の顔をのぞき込む。
「退学寸前なのが残念だが」
ぐっ!
「し、知っているのか……?」
「生徒会長なのでね。そういう情報も手に入るのだよ」
「じゃあ、わかっているだろ。俺はこんなところで喋っている暇はないんだよ」
「そうか。ならどうだ。私と一緒に来ないか?」
いきなりの申し出に俺は面食らった。
「お前と……?」
「君にとって悪くない申し出だよ。私はこの大会で二年連続一位をとっていてね。パートナーとしては最良だと思うが」
二年連続で一位……!
なかなかすごい成績だ。おまけに生徒会長……。
絵に描いたような優等生だな。
「自慢か!」
しかし、キルビスは余裕の様子を崩さない。
「そう聞こえたら謝るよ」
実にさわやかである。
だが、嫌みさはない。こいつにとってすべては自然で当然の言動なのだろう。
「キルビスだったか。俺にそんな提案する理由はなんだ?」
「君の退学を阻止したいからだよ。君の力はきっと助けになる。そんな逸材をこんなところで失うわけにはいかない」
ふぅむ……。
確かにさっきまで道案内を探していた俺としては垂涎の提案ではあるのだが――
「うーん……」
俺は渋った。
悪くない提案なんだけどな……。なーんか、こいつは気にくわないんだよな。肌が合わないというか。
漂う優等生感が好きじゃない……?
いや、それとは違うんだが、さて。
「気乗りしないのかね?」
「……そうだな……やめておくよ」
「理由を教えてもらえないかな?」
「……うーん。理由は俺もよくわからないんだよな……」
「よくわからない理由か……それは少しばかり傷つくね」
ふふとキルビスが笑う。
「なら……せめて五階を抜けるまで一緒に行かないか?」
「え?」
「理由がないのだろ? つまり、私が嫌でたまらないわけでもない。なら少しくらい同行してくれてもいいのでは?」
そういう風に譲歩されると断りにくいな……。
理由はないけど何となく嫌ってのが失礼なのも事実だ。
「俺の強さにそんなに興味があるのか?」
「それだけじゃない。私は生徒会長なのでね。なるべく全生徒と仲よくやりたいという気持ちもある。君が何か誤解しているのなら、それは解いておきたいのだ」
にこりとキルビスがほほ笑む。
「君とは長いつきあいになる気がするのでね」
そうまで言われて断るのもあれだなあ……。
迷子気味なのは事実だし。
「わかったよ。とりあえず上の階までな」
「ありがとう」
そう言ってキルビスが盾を掲げる。
「君もやりたまえ」
……なんだ?
俺が盾を掲げるとキルビスが自分の盾と俺の盾を打ち鳴らした。
「では行こう」
歩き始めるキルビス。
俺はキルビスと肩を並べて歩き出した。
確かにキルビスは生徒たちに好かれている生徒会長のようだった。
生徒たちがすれ違うたび――
「あ、会長!」
「今回も一位ですか? 頑張ってください!」
そんな声がかけられる。
「人気あるんだな、お前」
「それなりに人望のある生徒会長なのだよ。証明になったかね?」
そんな俺たちの背後をすれ違った生徒たちがつかず離れずの距離で追いかけてくる。
「ついてきてるぞ?」
「彼らにとってはボーナスタイムみたいなものだからね。わたしの後についてくれば確実にゴールまで近づける」
「ああ……楽でいいな、それ」
だけど、そんな裏技を許していいのか?
……キルビスに案内してもらっている俺が言うのも何だが。
「どうせ五分ほどで消えるさ。気にしないでいい」
「五分? どうして?」
「さっき盾をぶつけただろ? あれをしておかないと同じ人物の近くにずっといると盾が警告音を鳴らすんだよ。追っている側の減点となってしまう。後追い戦略への対策だね」
「……どうせなら、あいつらも俺のように連れてってやればいいんじゃないのか?」
キルビスが笑った。
「彼らにその価値はないよ」
人望ある生徒会長の言葉とは思えず、俺はちょっとびっくりした。
「……冷たいんだな?」
「誤解しないでくれ。冷たくはない。普通の扱いだ。特別扱いしなかっただけ。プラスでもマイナスでもないゼロの対応をしただけだよ」
「それを冷たいって言うんじゃないの?」
「君は組織論がわかっていないね」
キルビスが実に上から目線でそんなことを言った。
なんだと! 俺は魔王で魔界という巨大組織の長だぞ!
と言い返したいところだが、実務のほとんどをルシフェルに丸投げしているので俺自身に含蓄は何もない。はい。知りません。
キルビスが話を続ける。
「全員を活かすことなどできない。特別扱いするべき人材とそうではない人材。それを線引きするのもリーダーとしての役割だ」
「どういうやつを特別扱いをするべきなんだ?」
「自発的に動き、他者ではマネできない独自の価値を生んでくれる人材だ。私のようにね」
「自分で言うのかよ」
「事実だからだ。私はこの大会で少しばかり優遇を受けている」
「ほう?」
「私と君が出会ったのは偶然ではない」
「どういうことだ?」
「スタートは順番も場所も完全ランダム――だが、生徒会長である私はそこに介入する権限を持っている。私は君の順番を固定し、自分をそれより少し早い順番、近い場所でスタートするように設定した。もちろん、君に会うためだ」
「おいおい。反則じゃないのか?」
「優秀な人間にはそれだけの見返りがあるものさ。それに、そのおかげで学校も危機を回避することができた」
「危機?」
「君の退学だよ。私が君と同行することにより、君は退学を免れることができる。私に権限を与えたことで、学校も君も得をする。実に素晴らしいと思わないか?」
「俺の退学か……。だけど予選突破だけだと確実に退学免除にはならないんだよな……」
「大丈夫だ。免除にしてみせよう」
「お前が?」
「ああ。大貴族の出自にして生徒会長の私が君の人品を保証しよう。そうすれば予選突破だけで免除にできる」
キルビスが視線を俺に向けた。
「おめでとう、オウマくん。君は特別扱いを受ける側になった。こんな風に生徒会長が君を支えてくれる身分にね」
なるほど……。
特別扱いがどうのこうのという話はここに寄せるためか。
もう君は普通じゃない。こっちの世界にようこそ。スペシャルきらきらワールドの話で俺の気持ちを盛り上げようという魂胆だ。
普通のやつになら効きそうな話術だが……。
俺の考えは魔界流。欲しいものは力で奪え。自分の力でやり遂げろだからな。特別扱いなんて別に欲しいとも思わないのだが。
そんな話をしているうちに俺たちは地下四階へと通じる階段までやってきた。
俺たちは一緒になって階段を上っていく。
「キルビス、お前が俺を特別扱いするのは俺の力のためか?」
「その通りだ」
「俺の力を何に使うつもりだ?」
「もちろん、打倒魔王のためだ。そして、穢れし血をこの世界から一掃する!」
「穢れし血?」
「……魔族どものことだ!」
本当に嫌な言葉を口にするかのような口調だった。
「魔族は嫌いなのか?」
「当然だろう? 人間界にいていい存在ではない! その存在は一匹残らず、その血は一滴残らずこの世界から掃滅してみせる!」
「……そうか……」
魔族が人間界で嫌われているのは当然なのだが、どうやらこの男はその中でもかなり筋金入りの原理主義者らしい。
「私はいつか魔王討伐軍の指揮を執る。オウマくん、君にも私の配下で戦ってもらいたい。私が英雄となる道のりを支える刃のひとつとなってもらいたいのだ」
俺たちは階段を上りきり――
地下四階へとたどり着いた。
「約束の地下四階だ、キルビス」
俺はキルビスに手を振った。
「残念だが、ここでお別れだ」
キルビスの目元がぴくりと動く。
「ほう?」
こいつの魔王討伐の夢に付き合いきれないから別れるわけではない。そんなもの、フレイアもミファーも同じだ。
こいつが本格的な魔族嫌いで俺の正体が魔族だから――というのは多少ある。なんか悪いよね……。でもキルビスは振り切っているだけで他の連中も多かれ少なかれ魔族嫌いだ。決定的ではない。
一番の理由は――
「悪いな。俺とお前は相容れない」
「なぜ?」
「お前は一番上になりたいんだろ? 俺も同じなんだよ。俺は誰の下につくつもりはない」
フレイアもミファーも、俺の弟子にしてくれと言った。あいつらは俺の下につきたいと言った。
だが、こいつは違う。
俺の上に立ちたいと言った。別に最後の言葉だけじゃない。それまでの言葉もすべてが格上から格下への言葉だった。
それは無視できない。
最初に俺が感じた『気にくわない』感じ。
それはこれが原因だろう。
魔界の王である俺が、お前ごときの下にはつけない。
今まで魔界の王を賭けて戦った数々の強者たちに対して俺は申し開きができない。
俺は最強。
最強ゆえに――俺を屈服させたければ力を示せ。
キルビスは肩をすくめた。
「やれやれ。君がそう言うのなら仕方がない。それではせいぜい頑張りたまえ。本戦で待っているよ」
そう言うと、キルビスは俺に背を向けて立ち去った。
キルビスの後をつけるのが正解なのだろうが、それをするのはしゃくに触る。
俺が他の道を適当に歩いていると――
「おや、魔王さま?」
ルシフェルとばったり出会った。




