魔王はダンジョンで迷子になった!
俺はGゲートからのスタートとなった。長いハシゴを降りてダンジョンへと降り立つ。
そこは正方形の部屋だった。
ルシフェルの話によると五階層目らしい。ここから上階へとのぼり地上を目指すのだ。
ダンジョンは人工的な造りだった。壁や床はむき出しの土ではなく、整形された石を組み上げて造られている。自然のものではありえない、何者かが意図を持って造り出したダンジョンなのだろう。
「ようこそ、一五六番オウマくん」
部屋の隅に男性教師が立っていた。
「準備は整っているかね?」
「ああ、問題ない」
「そうか。この部屋――というより、各スタート地点では生徒同士の接触を禁じている。なので速やかに出発して欲しい。もしもリタイアしたい場合は教師にその旨を伝えればいい」
「わかった」
「他に質問はあるかね?」
「このダンジョンにモンスターは出るのか?」
「いい質問だ」
にこりと教師が笑う。
「このダンジョンの浅層はすでにオールクリーンアップ済みだ。一切のモンスターは出ない」
「オールクリーンアップ。さすがは勇者学校だな」
俺はにやりと笑った。
……内心では、オールクリーンアップって何? って感じなんだけど。
なんていうか、当たり前のように言われたので、え、もちろん知ってるよ? みたいに反応しちゃった……。
あとで何でも知っているルシフェルに質問すると、こう教えてくれた。
「閉鎖空間のダンジョンでモンスターがわき続けるのって不思議だと思いませんか?」
「言われてみるとそうだな……」
「仕組みは単純で、魔界とダンジョンがゲートでつながっているからです」
「え!? そうなの!?」
魔王だけど知らなかった!
「ダンジョンのような『穢れを溜め込みやすい場所』は空間のゆがみが生じやすいんですよ」
「へー」
「ゲートを封鎖するとモンスターが出なくなります。さらに徹底的に浄化するとゲートは出現しなくなります。この状態を人間たちはオールクリーンアップと呼んでいます」
「へー」
ということらしい。すごいね、ルシフェル!
ま、まあ! オールクリーンアップって言葉から安全なんだろうなあ、くらいは俺にもわかったけど!
ただ、オールクリーンアップという言葉自体はそれほど重要ではない。
大事なことは、モンスターが出ないと教師が断言したことだ。
普通の生徒たちがこの棒と盾でモンスターと渡り合えると思えなかったのだが、それならばこの貧弱な装備も納得できる。
「ただし――」
と教師が話を続ける。
「イベント期間中のみ、魔法使いの教師が作成したリビングアーマーが配置されている。先にスタートした学生が有利なのでね、足止め要員と言ったところだ」
「……わかった。ありがとう」
俺はうなずくと教師に背を向けた。
「オウマくん、学長から話は聞いている。頑張ってくれ!」
俺は部屋を出た。
ダンジョンには一定間隔で魔法の明かりが灯っている。これも学校のイベント用のサービスだろう。
一応、地図は渡されたのだが――
スタート地点周辺限定である。その範囲を出たら自力で何とかしろということだろう。
しばらく歩いて俺は思った。
うーむ。
やばい。
――……予選が不安なんですよね……兄上さま、方向音痴だし。
ルシフェルの言葉が蘇った。
俺自身も不安になってくる。
こう……ぐるぐる回っていると同じ場所を歩いているような気分だった。自分が前に進んでいる実感がまるでない。
あ、これ俺の苦手なやつだ。
いやー……さすがルシフェル。見抜いているなんて。
――魔王さまの副官ですから当然です。
そんな勝ち誇ったルシフェルの声が聞こえてきそうだった。
ええい!
くそっ!
弱気になってはいけない! 俺は魔王である。魔王がダンジョンで迷子とか冗談ではない!
ようはこのピンチを何とかして脱すればいいのだ。
俺が得意でないのならば――
得意なやつを探せばいい。
ルシフェルは言っていた。二人で進むには『偶然ダンジョンで会わない限りは無理ですね』と。
逆に考えればいい。
知り合いと偶然ダンジョンで出会うのではなく、ダンジョンで出会ったやつを仲間に加える。
これだ。
そしてここで学校内に響き渡った俺の名声が役に立つ。
俺という強い用心棒からの誘い。断るはずがない……!
お。
ちょうどいい。前を女子生徒が歩いている。高そうな髪留めを使っているので貴族だろうか。彼女に声をかけてみよう。
俺は早足で近づいた。
「そこの君」
声をかけられた女生徒が振り返った。
「何かしら――」
俺の顔を見た瞬間、女生徒の顔が引きつる。
引きつる?
「ひっ」
女生徒が息を呑んだ。
「あ、あなた……オウマくん!?」
「そうだけど……」
女生徒は後ろへ二、三歩さがる。そして、
「近づかないで!」
と叫んだ。
え、ええええええええええ!?
俺が何をしたって言うんだ!?
「ごめん、でも、どうして? 驚かせた?」
「違う……」
涙目で女子生徒がぶんぶんと首を振る。
「噂なの……あなたに近づいた貴族はひどい目にあうって!」
え!? そんな噂が!?
「そ、そんなことはないんじゃないかな……」
「あなたに絡んだラーロットさまがあんな目にあったじゃない!?」
ああ……。
「大貴族ですらつぶされるのよ? わたしみたいな子爵なんて……」
「いや……勘違いだって。ほら、フレイアの家は大丈夫だろ?」
「あなたとフレイアさんは恋人じゃないの?」
え、ええ!? それはまた盛大な勘違いを……!?
「ご、誤解だ! お、落ち着いて――!」
「近づかないで!」
女生徒の声は悲鳴のようだった。
「ダメ。わたしのせいでお父さんとお母さんに迷惑を――家を犠牲になんてできない。許して許して!」
そう言いながら女生徒は走って逃げてしまった。
どうやら、貴族連中の受けはかなり悪いらしい。
ラーロットのやつをぶっつぶしたのは事実だしなあ……。王都での細かい出来事は学校の連中も知らないだろうが、ラーロットが俺に絡みまくっていたのは有名だからなあ……。
やれやれ。貴族と仲よくするのは無理っぽい。
じゃあ、仕方がない。
ならば同じ平民に声をかけてみるか。
「オウマ! お前は俺たちとは住む世界が違う。ミファーが言っていたよ。平民界の超新星だって。恐れ多すぎて一緒にはいけない。俺たちなんて軽く飛び越えて進んでくれ! 頑張れよ!」
そう言って、平民の男子は去っていった。
……。
貴族もダメで平民もダメか……。
どうやら俺はひとりで頑張らないとダメらしい。
参ったなあ……ていうか、一緒に行ってくれる生徒を求めてあちこち歩いていたので、わりと迷子が本格的になってきた。
まずいな……。
悩める俺は新しい部屋へと踏み込んだ。そこは四方から通路が伸びている部屋だった。
部屋には先客がいた。
「お前がオウマか」
部屋の中には三人の男たちが立っていた。学生服に身を包んだ男子生徒で髪の色が赤黄緑の三人だ。
「そうだが。お前たちは?」
「俺たちはこの学校の三年生だ!」
「何の用だ?」
……声の調子からして友好的な感じはしないのだが。
「学校の英雄とか呼ばれて調子に乗っているらしいな」
「三人がかりで悪いが倒させてもらうぜ」
「お前の腕がどんなものか見てやろうじゃないか」
などと言いつつ、三人が俺を囲むように位置を変えていく。
どうやら三人で俺をボコろうという算段らしい。
俺は笑った。
「はははは! 一年生ひとりに対して三年生三人がかりか! 剛胆な勇者なことだ!」
俺の安い挑発に三人の怒気が揺らめく。
「黙れ!」
三人が一斉に襲いかかる。
ルシフェルの話だと――この棒で先に殴ると勝ちになる。つまり一発だけ当てればいい。
となると、三人がかりは相当有利。
まあ……相手が俺じゃなければな。
俺の閃光のような三連撃が赤黄緑たちの棒を一瞬で弾く。
相手が驚くよりも早く――
俺は三人の身体を棒で叩き、さらにその囲みから外へと抜ける。
俺はゆっくりと振り返った。
「という感じだが、これで満足か?」
そのとき、俺は手の棒が光っているのに気づいた。三人の棒は特に光っていない。光はしばらくすると消えた。
なるほど。当てるとこうなるのね。
「つ、強い……」
「悪かった、すまん……」
「別に好きで狙ったわけじゃないんだ。俺たちの家を呪うのはやめてくれ……!」
などと言いつつ三人の先輩たちは部屋から出ていった。
いや、家なんて呪ったりはしないんだけど……。俺は貴族たちの間でどう噂されているんだ……。
などと落ち込んでいた俺だったが。
「おい。そこで覗いているやつ。出てこないのか?」
俺は三人が消えた方角とは違う通路に声をかけた。
部屋に入った頃から、そこの気配に気づいていた。
その通路は部屋の手前で折れ曲がっているので、隠れて中を覗くにはちょうどいい場所だ。
気配が動いた。
現れたのは肩まで伸ばした青い髪をぴったりセンターでわけた面長の男だった。
男は拍手しながら姿を見せた。
「さすがだね、学校の英雄オウマくん」
「……お前は誰だ?」
男は柔和な笑みを浮かべてこう名乗った。
「本校の生徒会長キルビス・アーガイルだ」




