比類なき生徒会長キルビス・アーガイル(下)
「さて、リリィナ。武術大会の準備は進んでいるのかね?」
「ええ。何も問題ないわ」
リリィナが執務机の前に立ち、そう答えた。
武術大会とは一学期の最後に開かれる学校行事のひとつだ。全校生徒が参加し、その実力を競い合う。
基本的に大会の運営は教師たちの仕事であるが、規模が大きいだけに生徒会も準備の手伝いをしている。
「あなたの三連覇がかかった大会だもの。ケチのつけようがない大会にしないとね」
リリィナの言うとおり、キルビスは一年生二年生と連続で一位になっており、今年は前人未踏の三連覇がかかっている。
その結果こそ、彼が『比類なき最強』と呼ばれる理由だ。
「私の三連覇などどうでもいいさ」
「でも取るつもりなのでしょう?」
「もちろん、取る」
照れも気負いもなくキルビスは言い切った。
彼にとってそれは当たり前の結果でしかないのだから。それゆえに『どうでもいい』のだ。
「よかったわね、ラーロットが出てこなくて」
「ラーロット? ああ……除籍されたのだったか」
「いたら台風の目になってたかもよ?」
キルビスは声を上げて笑った。
「本気で言っているのか、リリィナ? ラーロットごときに私が倒せると?」
「冗談に決まってるでしょ。たかだか理力八〇〇〇なんて」
「その通り」
生徒会メンバーの理力はどれも三万を超えている。特に生徒会長であるキルビスは五万を誇っていた。
当代最強であるリグルフォンの二万をはるかに超える理力。
それは彼らが第二世代の勇者であるがゆえだ。
「性格に難はあったが理力的な素質はあった。私の配下として鍛え直し、正しく育てばこの生徒会を継がせてやっても良かったのだがな……こうなってはそれまでだ」
もったいないことになった――
などとキルビスは思わない。
あれだけの問題を起こし、醜聞にまみれたのだ。もともとラーロットに勇者になる資格はなかった。それだけだ。
資格のないものが盤外に消えた。
それ以上の感想をキルビスはもたなかった。
「それまでって。同じ五公爵でしょ? 冷たいわね」
「関係ないさ。それに五公爵のよしみというのなら、それこそお門違いだ。罪人の彼はもう五公爵の地位は剥奪されているからね。終わったことだ。興味などないよ」
「そ。じゃ、話題の一年生オウマにも興味ないの?」
「非常に興味深いね」
もちろん、キルビスはオウマの名前を知っている。
大貴族のラーロットを追い落とした平民の超新星オウマ。
その名はキルビスが記憶するに値する。
「どういう人物か見定める必要がある」
「見定めてどうするの?」
「私の陣営に加えたい」
「べた惚れね」
「魔王を倒すという大任があるのだ。優秀な部下は多いほうがいい」
「優秀な部下が倒してくれれば、あなたの手柄になるものね?」
リリィナが意地の悪い言い方をする。
だがキルビスは眉ひとつ動かさない。
「その通りだ。統率は困難な仕事だよ。人を活かし、策を活かす。必要であれば――勝利のために味方を殺す。よって私の指揮下で挙げた手柄である以上、それは私の手柄となる。違うかね?」
「違わない。あなたの手腕にはそれだけの価値がある」
「本人と話してみたい。予選で顔見せできるよう取りはからっておいてくれ」
「わかったわ」
リリィナが取り出した手帳に何事かを書き込んだ。
「それで――」
キルビスの声が一段と低くなった。
「あの穢れた血の扱いはどうなった?」
キルビスの言葉はとても冷たかった。本当に汚らわしいものの話をしているかのような口調だった。
「あなたの指示どおり教師陣には強くプッシュしておいたわ。彼女、成績がいいから大変だったけど。でも、もともと難ありの出自なのは間違いなかったから、最終的には折れてくれたわよ。今度の大会でいい成績を残さなければ退学になる見込みになったわ」
「素晴らしい」
ふふふと上機嫌そうにキルビスは笑う。
だが、機嫌がいいのはそこだけだった。
「学校システムの不備だよ。あんなものの入学を許すなど。間違いは正さなければならない。それは我ら生徒会の仕事だ」
そして、吐き捨てるように言った。
「魔族の血を引くものなど――!」
同じ学び舎でそんな存在が学んでいる事実が、キルビスには我慢ならなかった。
「大会の成績次第と言ったな。穢れた血が生き残らないよう、ぬかりなく予選で落とせ」
「生徒会のメンバーを張り付けて確実に動きを封じるつもりよ」
「そうだ。それでいい」
キルビスは満足げにうなずいた。
この大会で三連覇という偉業を達成し、さらには学校に入り込んだ穢らわしき魔族の血を一掃することができる。
おまけにオウマが使える人材であるのなら、彼を勧誘することでキルビスの陣容はさらに厚みを増す。
(実に面白い……楽しみな大会じゃないか……)
キルビスの心には輝ける未来がどこまでも広がっていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
難民キャンプから戻ってきて数日がたったある日――
俺は学長の部屋に呼び出された。
部屋に向かう道すがら、俺は少しばかりどきどきしていた。そもそも普通の生徒は学長に呼び出しを受けない。
わざわざ呼び出されるのは何だろう。
思い当たる節が――ありすぎて困る。
学長と言えば、森が吹っ飛んだ事件の後、俺を「勇者の鏡じゃ!」とか呼んで(望んでもいないのに)有名にしてくれた人物である。
おかげで俺は学校の有名人となった。
なので、英雄の君に頼みがある! なんて言って妙な依頼を持ちかけられたらどうしようと俺はびびっていた。
ドアの前に立ち、さてノックしようかな……と思っていたときのことだった。
がちゃ!
といきなり勢いよくドアが開いた。
おわっ!?
ドアから出てきたのは一人の少女だった。
亜麻色の髪をポニーテールにした少女なのだが、風変わりなことに毛先は薄い緑だった。髪の下三分の一くらいにグラデーションがかかっていて、少しずつ色が変化している。
彼女は翡翠色の目で俺をぎろっとにらむと――
え、俺、にらまれてるの?
俺を驚かせたことに対して謝りもせず、そのまますたすたと廊下を歩いていった。
な、なんなんだ、あいつは……!?
俺は呆然とその後ろ姿を見送った。
……こんなことで怒って呼び止めるのも大人げないしな……。
俺はノックして学長室へと入った。
執務机の向こうに学長の爺さんが座っている。
「久しぶりじゃのう、オウマくん……そうそう、先日、王と会う機会があってな。君の事情は知っておる。気にせんでよいぞ?」
「事情?」
なんだろう……。
「ほら。子供の頃に病気をしたせいで敬語が喋れなくなったという話じゃよ」
ああ……あの、ルシフェルのほら話……。
とうとう王都から学校まで飛び火したのか……。
「言葉遣いは気にせんでもよいぞ。教師たちにも伝えておいた。ああ、そうじゃ。礼儀がないと怒るものもおるかもしれん。全校生徒たちにも伝えておかんと――」
「い、いや! だ、大丈夫だ! 気にしないでくれ!」
わりと必死に止めた。
勝手に俺の変な噂が膨らんでいっちゃう……!
「オウマくん。王が君のことを気にかけておったよ。君はきっと国の希望になる逸材じゃと」
じっと学長が俺を見た。
「儂もそう思っておる」
「ああ……」
どう返事したらいいんだろ……。
希望らしく頑張る必要があるのだろうか。
悪鬼ルシフェルの扱いに困っているみたいだったから、俺のほうから一言いってやるくらいはできなくもないんだけど。
「そんな希望の星の君にこんなことを伝えなければならないのは本当に心苦しいのじゃが、これも規則でな」
ふぅと重いため息をつき、学長が言った。
「オウマくん、武術大会で何としても良い成績をとってくれ」
武術大会……?
「良い成績を? ……どうして?」
学長はしかめっ面をして答えた。
「オウマくん、このままだと君は退学じゃ」




