比類なき生徒会長キルビス・アーガイル(上)
勇者学校での出来事が王都に伝わるように、王都の出来事もまた学校に伝わる。
大貴族ラーロットの失脚。
そして、一〇〇の精兵を従えるラーロットの追跡を逃げ延びたオウマの活躍も。
その逸話はオウマの名声をさらに高めた。
オウマのすごさはどの生徒たちも一目置くレベルだが――
誰も最強だとは口にしなかった。
そのことを考えるものもいなかった。
なぜなら、この学校にはすでに『比類なき最強』がいるからだ。
学生たちの強さのランキングを決める武術大会。その大会で一年生の頃から二年連続で一位をとり、三連覇の期待がかかる人物。
そのものの名はキルビス・アーガイル。
今は勇者学校の三年生として生徒会の会長をしている。
キルビスはラーロットと同じく五公爵家の嫡男である。一八歳の青年で、やや面長ながら整った顔立ちをしている。手入れの行き届いた青い髪を首まで伸ばし、真ん中でぴったりとわけている。
彼のことを知る生徒たちは彼をこう評する。
歴代最強にして最高の生徒会長だと。
最上級の家柄に加えて品行方正で正義感の強い性格。平民も貴族も差別しない公正で力強い統率力を誇り、教師や学生たちから強い信頼を勝ち得ている。
そんな彼は今、生徒会専用に用意された一室で――
上半身裸で突っ立っていた。
上半身には余分な脂肪は一切なく、鍛え抜かれた筋肉で覆い尽くされている。
整った顔と均整のとれた肉体。
まるで一個の美術品を思わせるほどに美しい。
右手に握りしめた無骨な木の棒がすべてをぶち壊しているのが残念だったが。
彼を取り囲むように、三人の男が立っていた。髪の色はそれぞれ赤黄緑。彼らは勇者学校の三年生で、いずれも剣と鎧で武装している。
その剣は刃のない練習用のものではなく、本物。
上半身むき出しのキルビスが直撃を受ければ大ケガではすまないだろう。
だが、キルビスの表情に焦りはない。
むしろ、余裕がないのは彼をとりまく三人の生徒たちだ。
「そう硬くならないでくれたまえ、諸君。これは練習だ。遠慮せずこのキルビス・アーガイルに打ち込んで欲しい」
キルビスは優しげな声で言う。
やがて、意を決した三人が同時に動き出した。気合いの声とともにキルビスへと斬りかかる。
キルビスはすっと息を吸い込み――
展開した理力が変質する。
理力の形態変化。フレイアがオウマとの戦いで炎をまとったように、理力を別の物質へと転嫁させる技だ。
キルビスは水。
キルビスの上半身を薄い膜のようなものが覆う。
「ああああああああああああ!」
雄叫びとともに学生たちの剣がキルビスへと襲いかかった。
だが、その剣の一本たりともキルビスの肌を傷つけることができなかった。
膜に触れた瞬間、剣が膜の表面を滑るように軌道を変えたのだ。
偶然ではない。
キルビスの技のひとつ。薄い膜の表面には常に『波』が流れていて攻撃を受け流す。
「これが噂の――!?」
態勢を整えようとする三人。
だが、その間をキルビスは与えない。
木の棒の先端ですばやく緑の髪の男の胸を突く。
それはとても軽い仕草だった。とん、という感じの。鎧の表面を軽く小突いただけの一撃。
なのに。
完全武装の男は大きく後方へと吹っ飛んだ。
これもキルビスの技のひとつ。木の棒の先端から高水圧を吹き出し、その威力で男を倒したのだ。
さらに同じ要領でもう一人を弾き飛ばす。
「くそっ!」
態勢を整えた最後の一人、赤い髪の男がキルビスへと斬りかかる。
キルビスは木の棒で迎撃した。
ただの、木の棒で。
木の棒が真正面から剣の刃と激突する。
直後、真っ二つに引き裂かれたのは剣のほうだった。
「なっ!?」
男の口から驚きの声が漏れる。
キルビスが声をかけた。
「あまり動かないでくれよ? 狙いがずれると危ない」
同時、目にもとまらぬ速さでキルビスが木の棒を振り下ろす。
ぴきっ。
そんな小さな音がして。
男の左肩の付け根から真下の鎧ががばっと切り開かれた。肩のガードが支えを失ってがらんと床に落ちる。
切れたのは鎧だけ。下の肉体には傷ひとつつけていない。
キルビスが高水圧を木の棒にまとわせ、その力で叩き切ったのだ。
鋼鉄の剣も鋼鉄の鎧もキルビスの前では無意味。
鎧だけを切って捨てたキルビスの技量も生半可ではないが。
信じられないものを見たかのような表情で尻餅をついた男に、キルビスは手を差し出した。
「ありがとう、いい練習になったよ」
「……こ、こちらこそ……キルビスの技を見れて嬉しかったよ」
「その剣と鎧、申し訳ないね。新しいものを買って請求書をアーガイル家に送ってくれ。こちらで負担しよう」
「い、いや、これはもう古いものだから……さすがに新品をそのままもらうわけには……」
「気にしないでくれ。手伝ってくれたお礼でもある」
「ありがとう、助かるよ……」
男は上気した顔をキルビスに向ける。
「またいつでも呼んでくれ。俺たちでは練習にもならないかもしれないけど……」
「そんなことはない。助けになったよ。また頼む」
キルビスは人当たりのいい笑顔でそう言うと、三人を見送った。
「お疲れ様、キルビス」
今まで部屋の奥で静かに試合を見ていた女が声をかけた。
赤いメガネをかけた銀髪の女。
彼女の名前はリリィナ。キルビスと同じく三年生の生徒で、生徒会の副会長を務めている。
「どうでもいいけど、早く服を着てくれない? レディーの前でその格好はないと思うんだけど」
「はっはっは。申し訳ない」
言葉と同時、キルビスを覆う薄い膜が消える。
キルビスの上半身はまるで風呂に入った後のように濡れていた。
キルビスは脱いだ制服の近くに置いてあったタオルを手に取り、それで身体をぬぐい始める。
「まだ形態変化の境界制御に慣れていなくてね。服を着たままだと着ているものがびしゃびしゃに濡れてしまうんだ」
「知ってるわよ、そんなこと! いい加減に慣れなさい!」
リリィナは赤い顔をして横を向く。
そんなリリィナのことなど構わず、気品のある動きでキルビスはゆっくりと制服を身にまとう。
別にリリィナを焦らしているのではなく――
それがキルビスの地だった。どんな状況でも貴族であることを忘れず、その所作を守る。
「さあ、行こうか。リリィナ」
身だしなみを整えたキルビスは隣の部屋へと入る。
そして、奥にある執務机に腰を下ろした。
気品と威厳を漂わせ、歴史ある生徒会室に座るキルビス。
少し前まで上半身裸で木の棒を振り回していた変態の面影はどこにもない。
そこにあるのは『完璧なる』生徒会長の姿だった。
「さて、リリィナ。武術大会の準備は進んでいるのかね?」




