もうさ、さすがオウマくん、魔王を倒せるのは君だってお約束やめ――「さすがオウマくん!」
夜、俺とルシフェルは簡素な作りの部屋にいた。
そこそこ大きな三人部屋で、ミファーが横のベッドで眠りについている。
狼人種を倒したことへの謝意とミファーの治療も兼ねて、偉い人用に建てていた宿舎を提供してくれたのだ。俺たちはミファーの連れとしておこぼれに与っている。
本当なら今日の夕方には学校に戻っている予定だったが、ミファーの体調がよくないのでもう一泊することにしたのだ。
「で――これから天軍が攻めてくるのか?」
テーブルの向かい側に座るルシフェルは首を振る。
「おそらく特に動きはないでしょう」
「え、ええええ!? そ、そうなの?」
俺はがくっとなった。肩すかしを食らった気分だった。
天使軍とバチバチやれると思ってちょっと喜んでいたんだけど。
「でもさ、天使の軍団長が来たじゃん? 軍団長だぜ?」
「あれはミカエルの独断による出撃ですからね。天界の意向ではありません。勝手に出てきただけです」
「じゃあ、あのミカエルとかいうやつがまた襲ってくる可能性は?」
「それもないでしょう。しばらく動けなくなるでしょうから」
「しばらく、動けない?」
「勝手に出てきた――つまり、天界の命令ではない顕現をした。これは天界だと厳罰の対象となります」
「厳罰……どういうの?」
ルシフェルは不愉快そうに眉根にしわを刻んだ。
「申し訳ありません。あまり言葉にしたくありませんね。すべての天使がそれを畏怖するとだけお伝えいたします」
「ああ……」
ルシフェルの声は嫌悪感に満ちていた。そんな声で言われたら重ねて問う気も失せてしまう。
怖いなー怖いなー天界。
もうちょっとゆるーい感じにならないの? ルシフェルとかも敵として始めて出会ったとき、まじで鬼みたいな感じだったし……。
「それに、ミカエル本人が次に来るときは天界の了承を得てからと言っていましたからね。鉄の意志を持つ彼女がそう言ったのならそうなんでしょう」
「そうか」
そう言って、俺はルシフェルの右手に視線を送った。
「右手、痛むのか?」
「気づかれましたか」
「そりゃな……右手かばってるよな」
ルシフェルが右腕を持ち上げて、不愉快そうに眉をしかめた。
「もともと痛めていたんですよ。ミカエルとの戦いで悪化したみたいでして。でも大丈夫ですよ。しばらくすれば治りますから」
「そうか……」
俺は少しばかり反省していた。
ルシフェルは丸投げするとぶつぶつ言いながらも何でも片付けてくれるのでつい甘えてしまっていた。
鋼鉄の副官みたいに思っていたけど、こいつだって疲れるときもあれば身体が痛いときもあるのだ。
気にかけていなかった俺が悪い。
やはり適度な慰労は必要だろう。
「よしわかった」
俺はひとつうなずいた。
「もうすぐ夏休みだったっけ?」
「そうですね」
四月に入学していろいろあったが、そうこうしているうちに六月も終わろうとしている。
七月に入ればあっという間に長い休みだ。
「一度、魔界に戻るか」
「戻ってどうするんですか?」
「お前の腕の療養も兼ねて温泉に行こう。魔界温泉」
「……夏の暑い時期に、ですか?」
「いやいやいやいや! そこは寒い地方だから! それに腕の治療がメインだから!」
ルシフェルがくすくすと笑う。
「大丈夫ですよ。魔王さまのお気遣いは伝わっておりますから」
というわけで俺たちの夏の予定が決まった。
ちょうどバルドゥスがつぶやいていた先代魔王のことも気になっていたので、余裕があればそれも調べてみよう。
「そう言えば」
そう言って、ルシフェルが眠っているミファーに視線を送った。
「今回はミファーが奮闘したおかげで、魔王さまの名声は特に高まりませんでしたね」
「いいんじゃない? 俺、空気だったし。ミファーが殊勲賞だ。よく頑張ったぞ」
「でもこう……さすがはオウマくん! 魔王を倒すのは君だ! が最後にないとすわりが良くないんですよねー」
「ホントそういうのいいから……マンネリだよマンネリ」
「お約束って大事ですよ?」
なんて話をしていたら――
ノックもせずにばたんとドアが開いた。息を切らした様子で若い男が駆け込んでくる。
「す、すいません! 夜分遅く! じ、実は狼人種の集団にキャンプ場が包囲されてしまって! 戦える人間は武器を持って備えてもらっています! お疲れのところ申し訳ないのですが、勇者学校の生徒さんにもお手伝い願えないかと……!」
俺とルシフェルは顔を見合わせた。
ルシフェルがくくくと笑う。
「お約束って大事ですよ?」
俺はルシフェルの言葉を聞き流して男に声をかける。
「けっこういるのか?」
「おそらく、一〇〇はくだらないかと……!」
一〇〇ねえ……。
立ち上がった俺を見て、男が歓喜の声を上げた。
「ありがとうございます! 武器を持つ人が増えれば、狼人種も恐れをなして逃げるかもしれません! まずは牽制をお願いします!」
「牽制ねえ……」
俺はふっと笑った。
「牽制は構わんが、別に倒してしまっても構わんのだろ?」
かくして――
俺は狼人種の群れをあっさり撃退した。俺にとって狼人種の一〇〇や二〇〇などものの数ではない。
適度に力を示した後、翻訳魔法で「ここは人間の領地だから二度と来るな。森の奥には行かないよう人間たちには言っておく」と伝え、狼人種のメンツを立てるために幾ばくかの食料と日用品を与えて森へと帰らせた。
その辺をうまくまとめてキャンプ場へと戻ると、人々は不安げだった目をきらきらさせて俺を迎えた。
「すごい……狼人種の群れをあんなにあっさり追い払うなんて!」
「何者なんだ、彼は……!」
「勇者学校の生徒でオウマさんって名前よ!」
「同じ勇者学校の三つ編みの子が言っていたけど、学校でも英雄扱いされてるんだって!」
「いずれ魔王を倒す逸材らしい!」
「すごい、そんな人がボランティアに来てくれてたなんて……!」
「料理ひとつできない使えない子だと思ってた!」
ごめんな……ボランティアでは役に立てなくて……。
その夜のうちに、あっという間にオウマの名前は難民キャンプ全体に広まっていた。
俺は頭が痛くなった。
「またこのオチかよ……」
そんな俺の背中を、いつもの皮肉げな笑みを浮かべたルシフェルがぽんと叩いた。
「見せ場があってよかったじゃないですか。これがなかったら魔王さまの見せ場ってミファーにセクハラしただけですよね?」
「いやいや、もう忘れてよ、それ……」
反省してますので……はい……。
「いいじゃないですか。有名になるのは。ここにはいろいろな場所から来た多くのボランティアたちがいます。彼らがオウマの名をあちこちに伝えることで、より広い範囲にその名は轟くことでしょう!」
「お前の、俺の嫌がるポイントを的確にえぐってくるスタイルは才能だと思うよ……」
そんな俺の手をとるものがいた。目を覚ましたミファーだ。
彼女は尊敬のまなざしで俺を見上げていた。
「すごいです! さすがはオウマさん! 小生では一〇匹くらいが限界の狼人種を、あんなにたくさん! しかも無傷で! さすがは平民界の超新星!」
スターじゃなくなった。
いや、超新星だからスターではあるのか……。
「小生、ずっとついていきます! 一緒に魔王を倒すために頑張りましょう、オウマさん!」
うん……。
そうだね……。




