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使徒たちの帰還

 森の奥にいるはずの狼人種が現れ、襲いかかってきた――

 ミファーから報告を受けたキャンプの責任者たちは動転しながらも適切な対処を行った。


 そのひとつがセーラの遺体の埋葬だ。


 セーラはひとりでボランティアに参加していた。よって誰もはっきりとした身元を知らなかったため、この地に葬ることとなった。

 ボランティアたちはセーラの遺体を、森を出てすぐのところにある空き地に埋めた。

 昼下がり、祈りを捧げる神官と交流のあったボランティアたちに見送られてセーラの小さな葬儀は終わった。

 不幸な仲間との別れを終え、人々は重い足取りで帰っていく。


 誰もいなくなり――

 そこは今までどおり、何者もいない静かな風景となった。

 太陽は沈み、昼の明かりは消えて。

 やがて夜が訪れる。

 虫の鳴き声と静かな風の音だけがする闇の底に沈んだ世界。


 その中に、不意に人影が姿を見せた。

 背に大きな翼を広げた人影が。


 迷いのない足取りでセーラの墓までやってくると影は立ち止まり、その隻眼でじっと墓を見下ろす。

 風がさあっと吹き、空になった左腕の袖が揺れた。


 人影の正体は軍服を身にまとったミカエルだった。


 ミカエルは地に片膝をつくと、ためらいなく右手で地面をえぐる。

 その右手が何かを地面の底から引きずり出した。


 何か――セーラの遺体。

 ボランティアたちによってきれいに清められたセーラの上半身が土の中から身をのぞかせていた。


 セーラの遺体は瞳を閉ざし、微動だにしない。

 ミカエルが冷然とした視線をセーラに向けた。


「いい加減に死んだふりはやめろ、カマエル」


 言った瞬間、死体であるはずのセーラの目がばちっと開いた。その口元がにやりと歪む。


「おはようございます、ぐんだ――!?」


 最後まで言わせず、ミカエルがセーラ――カマエルの身体を引きずり出し、外へと放り投げた。

 カマエルは軽やかに態勢を整え、音もなく着地する。身体についた土を払った。


「雑ですよー、軍団ちょー?」

「仕事をサボって寝たふりしているお前が悪い」

「サボっただなんて人聞きが悪い! 仕事が終わったから休んでいただけですよ?」


 カマエルが得意げに肩をすくめる。


「七支刀が第四刃、ちゃんと依り代に渡しましたから」


 それがカマエルの任務だった。

 流浪の旅人セーラとなってミファーに接触、友好関係を築いた頃に死亡したふりをして遺品の赤いネックレスを託す。

 あの赤いネックレスには七支刀が封印されているのだ。

 森の奥にいる狼人種を誘い出したのもカマエルだ。カマエルは狼人種の集落を襲撃してミファーの元まで追い立てた後、何食わぬ顔でミファーと合流したのだった。

 ミファーから漂っていた天界の香りもカマエルのものだ。ミファーを抱きしめることで香りをつけ、ルシフェルを誘い出したのだ。


「しっかし、面倒なことしますね。聖剣をこっそり渡すだけなのに、こんな回りくどいまねを……」


 カマエルの軽口にミカエルは珍しく内心で同意した。

 付け加えるとするならば、それに天界の最高位天使カマエルまで当てている。

 正直なところ、手をかけすぎているとミカエルは思う。

 だが、それには意味があるのだろう。


 なぜならそれが――


「いと高き御方の意志、いと高き御方の指示だ、カマエル。我らが意を挟む余地などはなく、それは常に正しい」

「アイアイ、軍団ちょー」


 カマエルが手をひらひらと振る。


「で、軍団ちょーのほうはどうだったんですか? ルシフェルぱいせんとは会えたんですよね?」


 カマエルの目がミカエルの失われた左腕を見る。


「けっこう苦戦されたんで?」

「これは顕現の時間切れによるものだ。身体を維持できなくなった、それだけだ」


 面白くもなさそうにミカエルが空っぽの袖を指で弾く。


「魔王の邪魔が入った」

「魔王!」


 ぱんとカマエルが手を叩く。


「そんな胸熱展開になっていたんですかあ!? 呼んでくれたら良かったのに。自分と軍団ちょーと七支刀持ちの依り代三人だったら、討ち取れたんじゃないですか?」

「魔王を甘く見るな、カマエル」


 ミカエルは魔王に殴られた左頬を撫でる。


「あれは強い」

「軍団ちょーにそう言わせるほどですか」

「それにあの時点で我は時間切れになっていた。戦うとなると、お前が中心になるぞ?」

「いやー……ちょっとお腹痛い感じっすね……」


 カマエルの戯言を聞き流し、ミカエルは指を鳴らした。

 掘り起こされた墓の穴が埋まって元へと戻る。


「天界へと戻るぞ」


 ミカエルが右腕を振った瞬間、二人の足下を囲むように光り輝く魔法陣が現れた。

 足下の輝きが増していく中、カマエルが盛大にため息をつく。


「あーあ、軍団ちょーとは会わずにすませたかったのにな……顕現の手伝いしたのバレバレじゃないっすか。寝ていたうちに先に帰っててくださいよ。これ、自分も怒られるパターンじゃないっすか」

「安心しろ。お前は無関係だと少しくらい弁護してやる」

「少しって! そこは盛大にお願いしますよ、軍団ちょー!」

「……カマエル。間もなく天界だ。口の利き方に気をつけろ」


 ぎろりとミカエルがカマエルをにらむ。

 瞬間、にやにやとしていたカマエルの顔から表情が消えた。


「はい。軍団長。存じております」


 天使は人形。神の人形。

 そこに意志はなく、ただ命令と遂行だけが存在する。

 ミカエルがひとり静かにうなずく。


(そうだ。それでいい。それこそが美しき天界のあり方)


 魔法陣が消え去り、二人の天使の姿が光となって消えた。


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