オウマくん、退学!?
――オウマくん、このままだと君は退学じゃ。
なかなかセンセーショナルな言葉を学長から聞いた後、俺はいつもの空き地でフレイアたちの訓練につきあった。
訓練が終わった後、フレイア、ミファー、俺の三人は木陰に座って話を始めた。ちなみにルシフェルは離れたベンチで本を読んでいる。
フレイアが口を開いた。
「もうすぐ夏休みだな」
いつの間にか季節は夏になっていた。日差しが熱すぎて、訓練をするとすぐ汗だくになる。
七月の後半から八月末まで長い夏休みが始まるのだ。
フレイアが続ける。
「みんなはどうするつもりなんだ?」
「どうする、とは?」
首をひねる俺にフレイアが補足した。
「学校が閉まるので寮も閉まるだろう? なので故郷に戻ったりするのかなと」
「え、そうなの!?」
寮も閉まっちゃうんだ。知らなかった。
「フレイアはどうするんだ?」
「わたしは王都に戻ろうと思う」
「両親は領地にいるんだろ? 領地には帰らないのか?」
俺の問いにフレイアは疲れた表情を浮かべた。
「い、いや……いろいろあってな……今は母上とあまり会いたくない気分なんだよ……」
母親と会いたくない……なんだろ……。
若い人間には反抗期というものがあるらしいので、それだろうか。
マジメそうに見えてもフレイアも微妙なお年頃。いろいろあるのだろう。大変だな、フレイア。
「フレイア、何か悩みがあるなら遠慮せずに相談してくれよ」
俺がそう言うとフレイアは顔を真っ赤にして小声でぶつぶつと言い出した。
「あ、ありがたいが……その……人に相談できるものではないし……特にお前には相談できないし……」
え、俺には特に相談できないの?
何だかちょっと悲しいね……。
「わたしの話はどうでもいい! オウマ、お前はどうなんだ!?」
「俺か。俺はルシフと魔界に戻るよ」
ルシフェルの痛めた右腕を癒やすためにな。
そのとき俺は――
俺を見つめるフレイアとミファーのきょとんとした視線に気がついた。
え、どうしたの?
ミファーの口が開いた。
「まか、い……?」
……。
……………………。
ああああああああああああああああああああああああ!
魔界!
――魔界に戻るよ。
言っちゃった!
魔界!
魔界に戻るって、言っちゃった!
「魔界に戻るとは……どういう意味だ……?」
フレイアが驚いたような顔で俺を見る。
あ、ああ……どどどどどうしよう……。
とりあえず冗談でしたー! って逃げればいいのかな……だけどそういうのって猜疑心が残ったりするんだよな……。
助けて! 助けて、僕の有能な副官!
「よく勘違いされるのですけど、魔界ではなくて」
ルシフェルが本をぱたんと閉じた。
「マ・カァイ。わたしたちの故郷の名前です」
「マ・カァイ?」
首をかしげるフレイアにルシフェルが答える。
「はい。秘境中の秘境で住民でなければ入ることすらできない小さな地方なので皆さまはご存じないと思いますが。わたしと兄は故郷のマ・カァイへと戻る予定です」
ルシフェルが口からでまかせをつらつらと並べている。
ホントこんな適当なアドリブがどうして出てくるのか。
特に秀逸なのは『住民でないと入ることすらできない』だ。おかげでフレイアたちが「行ってみたい」と言っても断ることができる。
頭の回転が速いんだろうなあ……。
言ってる内容はバカみたいだけど。
ぎろり。
うお!?
むっちゃルシフェルににらまれた。
また俺の心の中を読んだの……? 怖いわー……。
「そうか。マ・カァイか……ふむふむ。聞き間違いだったか。そうだよな、魔界のはずがないよな。魔界は魔族の住む場所だしな。魔界が故郷のはずがないよな。魔王を倒すはずのオウマがな! すまんすまん!」
ぽんぽんとフレイアが俺の肩を叩く。
はい……マジですいません……りょ、良心が……痛む……。
「い、いや……俺も発音が悪かったから……はは、はは……」
とりあえず、ごまかし切れた。
俺はミファーのほうを向いた。
「で、ミファーはどうするんだ?」
「小生は、簡易宿舎のほうに移ろうかと……」
「何それ?」
「王都近くの街にある寮生用の宿舎です。故郷に戻る予定がない学生はそこの部屋を借りられるんです」
「故郷に戻らないの?」
「あー……」
困ったような表情を浮かべてミファーが続けた。
「前にもお話ししましたけど、小生の両親は亡くなっておりますので――」
……そうだった。
魔族に村を襲われて全滅したんだったか……。
「ごめん、ミファー……嫌なこと思い出させて」
「いえいえいえ! そんな! 気にしないでください、師匠! ……育ててくれた親戚はいい人たちなんですけど、あまり迷惑はかけたくないので、こちらに逗留しようかと思っています!」
「そっか……」
「……ミファー」
そう言ったのはフレイアだ。
「お前さえ良ければ家にくるか?」
「家?」
「王都のパーティキュル邸――わたしの家だ」
「い、えええええええええええええええ!?」
いきなり大声でミファーが叫んだ。
「え、え、え。フ、フフ、フレイアさまの、お屋敷!? 貴族さまのお屋敷に小生が、住む……? そそそそそういうことですか?」
「そういうことだが?」
「ああああ、ありがたいですが! 小生がごとき平民にそんな心遣い感謝いたしますが! とととと、とても受け取れません! オウマさんだって無理ですよね、そんなの!?」
「え? 王都に行ったとき普通に泊まったけど?」
「そうだったー!」
だが、そこでくじけずミファーが首をぷるぷる振る。
「いえいえ! 師匠は平民界の超新星! 平民界の治外法権!」
ち、治外法権? 平民界シリーズに新しい概念が生まれた。
ていうか、治外法権って言葉、この場合あってんの?
「小生がごとき、一般平民ではそんな栄誉――」
ぶんぶんと振っているミファーの手をフレイアがつかんだ。
「平民とか貴族とかそういう話はどうでもいいんだ、ミファー。わたしは友人としてお前を招待したい」
尊敬する貴族のフレイアにそこまで言われ――
ミファーは顔を上気させて言った。
「あ、ありがとうございます! そ、そんなこと言ってもらえるなんて、小生、小生は……!」
「来てくれるな?」
「はい! お邪魔させてもらいます!」
そんな二人のやりとりを俺は心地よい気持ちで眺めていた。
ミファーとフレイア。俺を接点として知り合った二人だ。二人が仲のいい友人になってくれると俺も嬉しい。
なかなかいいことしてるじゃないの、オウマくん。
「ところで」
そこにルシフェルの声が割り込んできた。
「先ほど学長室に呼ばれていましたけど、何の話だったんですか?」
「ん? ああ……」
俺は淡々とした口調で言った。
「俺、退学寸前らしい」
「「なっ!?」」
ミファーとフレイアが同時に驚きの声を上げる。
ルシフェルだけは表情を変えなかった。
「やはりですか」
「やはりって?」
「理力点ゼロのせいですよね?」
さすがルシフェル……そこまで読めているのか……。
学長の話を簡単にまとめるとこうだ。
この学校には基準に満たない生徒を退学にするシステムがある。勇者という仕事は危険と隣り合わせの仕事だ。基準に満たない生徒を落とすことで命を守るという側面もある。
その基準のひとつが、理力値だ。
理力とは勇者の力の根幹を成す。勇者の能力など理力の高低で決めても差し支えないくらい、その大小は絶対的なのだ。
だから、理力が低い生徒は――
「基本的に学期末で退学となる。そもそもゼロの人間が入学できることがありえないのじゃがな……」
学長はそう言った。
だが、理力ゼロの俺は主席候補で大貴族のラーロットを倒し、見事に入学を果たした。
理力ゼロが理力八〇〇〇を倒すという矛盾を成し遂げて。
「君は規格外なのじゃよ、オウマくん。理力ゼロであっても――君の活躍は儂もよく知っておる。王も期待しておる。間違いなく一年生の最強は君じゃろう。じゃが、この学校には君という規格外の強さを受け入れる下地がないのじゃ」
理力ゼロは退学。
それはこの学校の絶対ルールなのだ。
「そんなバカな話があるか!」
フレイアが地面を叩いた。
「学校の決まりなど! 理力など関係なくオウマが強いのは自明ではないか!」
そう言って、フレイアが立ち上がった。
「抗議だ! 今から学長室へ行くぞ!」
「……いえ、フレイアさま。もう少々お待ちください」
呼び止めたのはルシフェルだ。
フレイアが腰を下ろすのを待って、ルシフェルが俺に訊く。
「除外規定の話はなかったのですか?」
「……詳しいな?」
「そうですか? 生徒手帳の学則欄に全部書いていますよ? 読んでますよね、もちろん?」
ルシフェルの言葉に俺たち三人はさっと顔を背けた。
学則ってあったんだ……あったことすら始めて知ったよ……。
「……学長は退学を免れる方法も教えてくれたよ。今月行われる武術大会でいい成績を残せってさ」
学校のルールは学校の成績で覆せる。
結局、理力ゼロであっても学校の成績という実績があれば何の問題もないのだ。
そして、その最大のイベントが武術大会だ。
学長は言った。
「学業成績が優秀なものは上記に当てはまっても退学とはならない――これが除外規定じゃ。武術大会でせめて予選突破、できれば本戦で中位以上の成績を残してくれ。さすれば儂の職責に賭けて君の退学を無効にしよう。大会は二年三年と合同で、あのキルビス・アーガイルも出てくるが、君ならば成し遂げられると信じておるよ」
キルビスって誰? とは思ったが、もっと根本的な部分でよくわかっていなかったので俺は黙っていた。
というわけで、ここで根本的な部分の質問をした。
「で、武術大会って何なの?」
俺の質問に、フレイアもミファーもぎょっとした。
あ、あれ……お前たちも知らないと思ったんだけど、これって有名なイベントなの?
でも名前の通り武術の大会なんだろ? 俺って最強魔王だし。ちょちょいのちょいだよね?
ルシフェルがぼそっと言った。
「……予選が不安なんですよね……兄上さま、方向音痴だし」
え?
方向音痴とか関係あるの?




