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忍び寄りし甘き香り

「オウマくんのこと、好きなんでしょ?」

「……え……?」


 ミファーはセーラから思いもしない質問をされて――

 恥ずかしさで顔が熱くなった。


「え、そ、そんな……わ、わた、わたしは!」

「だってー……夕食のとき、オウマくんを見ているミファーの顔って言ったらもう……あれ完全に恋してる顔だったけど?」

「かかか、顔?」


 混乱したミファーは濡れた手で構わず自分の顔を触り出す。


(こ、恋してる顔!?)


 ミファーは気恥ずかしかった。

 恋という単語なんて意識したことがなかったから。


「そ、そそそそ、そんなことないですよ!?」

「あるあるぅ♪」

「しょ、小生はオウマさんを師匠として尊敬しているので! だから、そんな顔になったんだと思います!」

「もう、素直になりなよー。ずっと一緒にいたいとか――そういう気持ちはないの?」

「それは、あります……」

「それって恋じゃないの?」

「そ、そんな……!」


 ぶんぶんとミファーは首を振った。


「お、恐れ多いです! 小生ごときに! オウマさんは英雄となられるお方! 釣り合いがとれません! 弟子ですら小生にはもったいない立場なのに……!」

「すぐ卑下する。悪い癖だよ、それ」

「うう……申し訳ないです……」

「しゃんとしなって! 自信持って! オウマくんとミファーは釣り合ってるから!」


 セーラがそんなことを言う。

 だからミファーはほんの少しだけ、オウマと自分が寄り添って立つ姿を想像してみた。

 その姿が具体的になるたび――

 ミファーの自分の胸が熱くなるのを感じた。


「は、はわ……!」


 慌ててその想像を頭から追い出す。


「ダメです! オウマさんには小生なんかより、もっといい人がいますから!」

「うーん。なかなか頑固だねぇ。じゃあさ、逆に。どうしてそこまでオウマくんのこと尊敬できるの?」

「オウマさんがすごいからです!」

「そうね。でも、それだけじゃないんでしょ? すごい人ならたくさんいるじゃない?」

「それは――」


 ミファーは思い出す。あの夜のことを。暴走したミファーを止めてオウマは言った。ミファーの暴走を知っても言ってくれた。


 ――悩むな。お前ごときに傷つけられる俺ではない。任せろ。


 すべてを受け入れてくれたのだ。

 その言葉にミファーがどれだけ救われただろうか。

 勇気をもらっただろうか。


「オウマさんに救ってもらったんです。家族を失ってひとりぼっちになって……自分自身ですら好きになれなかったけど……死のうと思ったけど……それでもオウマさんは言ってくれたんです。大丈夫だって。受け入れてくれたんです」


 ミファーの告白を受けて、セーラがまじめな顔をになる。

 その口から、はあと息がこぼれた。


「大変だったんだねえ……ミファー」


 セーラは手を拭き、両腕でミファーの身体をそっと包み込む。

 セーラがひしっとミファーの身体を抱きしめた。

 ふわりとした香りがミファーの鼻孔をくすぐる。


「オウマくんだけじゃないよ。わたしだってミファーに言ってあげるからね。大丈夫だって」

「……ありがとうございます」


 その気持ちはとても嬉しかった。

 嬉しかったが――それはオウマの言葉とは重みが違う。

 オウマはミファーの暴走にたちむかい、すべてを受け入れてから言ってくれたのだから。

 だからこそ、オウマはミファーにとって永遠に特別な人なのだ。

 ミファーは口を開いた。


「オウマさんの側にいれるだけで幸せなんです」

「はー、健気だねぇ。よしよし」


 セーラがぽんぽんとミファーの背中を叩き、身体を離した。


「だけど、お姉さんはそれって恋じゃないのって言い続けるよ?」

「ううう……」

「ま、気が変わって告白したくなったら言いなよ。このネックレスを貸してあげるからさ」


 セーラがちょんちょんと首につけた赤いネックレスを指さす。


「そのネックレス、何かあるんですか?」

「これねー。幸運のネックレスなのよー」


 自慢げにセーラが笑顔を浮かべる。


「幸運?」

「そうそう。このネックレス買ってからバカについてて。街の古物商で見つけて買った安いものなんだけどね。いい買い物だったわー」

「どんないいことがあったんですか?」

「いいなって思っていた男の子から告白されたのよ!」

「あ、いいですね!」

「ま、もう別れちゃったけどね~」

「それ、本当に幸福なんですか?」


 そして、二人で笑い合う。


「でもね、他にもいろいろいいことが起こっているのは事実なの。だからきっと何かの力があるのは間違いない……はず!」

「ふぅん。幸運のネックレスか、すごいですね」

「せっかくだし、帰るまで貸してあげようか?」

「え、ええ?」

「苦労してるみたいだからねえ、ミファーも。この幸運のネックレスのパワーをじかに味わってみなさい!」


 そう言って、セーラが強引にネックレスをミファーに押しつけた。

 ミファーはちょっと驚いて、少しばかり恥ずかしかった。

 装飾品の類をつけたことがなかったからだ。


「に、似合いますかね……?」

「大丈夫。ミファーかわいいから! ほら、つけてつけて!」


 興味がないわけではない。

 ミファーは恐る恐るネックレスをつけてみた。


「……どうですか?」

「うんうん。似合う似合う。そして、幸運の女神の後光が差して見えるよ、わたしには!」


 セーラがまぶしそうに顔を手で覆う。


「ひょっとすると、オウマくんが告白してくれるかも。俺はミファーが好きなんだ、って!」

「もう! 冗談はやめてください!」

「じゃ、残りの皿洗いはわたしが片付けとくから。オウマくんのところに行ってきたら?」

「セ、セーラさん!?」

「若人の恋を応援したいのだよ、お姉さんは。ほらほら」

「べ、別にわたしとオウマさんはそういう関係では……」

「わかんないわよ~。なにがどう始まるかなんて。確かルシフさんはボランティア作業があったはず。今ならオウマくん一人だけなんじゃない? 二人でゆっくり話してきなよ」


 そんな感じで――

 なかば強引にミファーは炊事場から追い出された。


(……セーラさんは……)


 だが、別に嫌な感じではなかった。セーラが気を遣ってくれているのは確かだから。

 それに、なんだかんだでオウマと会えるのはミファーにとって嬉しいことではあった。

 ミファーはセーラから借りたネックレスをつんとつつく。


(ありがとうございます、セーラさん。もう充分に幸運のネックレスの効果がありましたよ)


 ミファーは心に羽が生えたかのような気分で、オウマのテントへと急いだ。


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