お前の辞書に「でちゅね」って言葉があったことに驚きだよ
「何やってるんですか、魔王さま?」
冷めたシチューを片手に呆然とたたずむ俺に――
逃げ出した子供のひとりを抱きかかえたルシフェルが話しかけてきた。子供はぐすぐすと鼻を鳴らし、俺を怯えた目で見ている。
あまり人前で俺を魔王とは呼ばないルシフェルだが、いるのは小さい子供だけなので気にしていないようだ。
「ルシフェルか……あれ? お前、料理は?」
「終わりました。それで魔王さまを探していたのですが」
「そうか……俺はさ、子供に料理を持っていったんだよね」
「はい」
「そうしたらさ、むっちゃ逃げられた」
「ああ~」
納得した様子でルシフェルがふむふむとうなずく。
「この子とか、あの子たちですか?」
ルシフェルが目を向けたのは抱きかかえている子供と、後ろから遠巻きに俺たちを見ている子供たちだ。
「うん、そう」
「三歳くらいの子供たちですか。それは仕方ないですね。怯えていたでしょう?」
「なんでわかるの!?」
「魔王さまの副官ですから当然です」
にやりとルシフェルが笑みを浮かべる。
「だって、魔王さまからオーラ出てますから」
「オ、オーラ?」
そうなの!?
「強者のオーラって言うんですか? 周りを威圧する感じの、オラオラなオーラが出てますよ」
「マジで? でもフレイアとかミファーは何も言わないけど?」
「たぶん感情が昂ぶらない限りは微弱なんですよ。普通だと気づかないでしょうね。でも小さい子供は敏感ですから」
「ああ……」
俺ってそんな怖いオーラ振りまいてたんだ……。
ルシフェルが抱いている子供をあやし始めた。
「あのお兄ちゃんが怖かったでちゅね~」
俺は耳を疑った。
でちゅね!?
でちゅね!?
でちゅね!?
そんな言葉、お前の辞書にあったの!? ドエスのお前の辞書に!?
だが――
「意外とお前が子供をあやすのって絵になるな」
「だって……わたし天使ですからね。一応」
ああ……そう言えばそうだった。こいつにはそんな牧歌的な属性がついていたんだ。ドエスの印象しかないのですっかり忘れていた。
ルシフェルがぎろっと俺をにらんだ。
「すいません、 魔王さま。あっち行っててください。オーラが邪魔です」
最強の魔王なんですが副官から邪魔だと言われて雑に扱われています。泣いていいですか。
なんて小説でも書いたら人気出るだろうか。
「ぼーっとしないで。早くあっちに。子供が泣き止まないじゃないですか」
「は、はい……すいません……」
「シチュー、それは置いていってください。わたしがやっときますから。ね~気の利かないお兄ちゃんでちゅね~。ダメでちゅね~怖いだけでちゅね~」
俺が離れると子供たちがルシフェルに近寄っていく。
ルシフェル超笑顔だった。見たことないくらい笑顔。
あいつ、あんな顔できるんだなあ……。いつも顔に角度つけるの趣味なの? みたいな皮肉げな表情してるのに。
超美人のルシフェルが優しげな笑みを浮かべて子供たちの相手をしている姿は、さながら宗教画のように美しい。
それは幻想的ですらあった。
魔族の俺に天界の美しさを信じさせるほどに。
俺はその美しさに引き寄せられて――
思わず一歩前に踏み出す。
その瞬間。
「びえええええええええええええええええええええええ!」
子供たちが泣いた。
「魔王さま」
心底げっそりした顔でルシフェルが俺を見た。
「ええと……がんばる副官をいじめて楽しんでます?」
「マジ……ごめん……」
俺はそそくさとその場を去った。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
夕方から夜に変わろうとする頃――
ミファーは割り振られた作業を終え、オウマたちと合流した。ちょうどルシフがオウマに小言をこぼしているところだった。
「ボランティアに参加するという志は素晴らしいとは思いますが、ご自身の能力を見極めてポジティブな影響を与えられるかどうか判断する必要があるのではないですか? ダメだったらわたしに丸投げしたらいいやと思っていたりしますか? 思っていますよね? 気前よくなんでもやるーなんてカッコつけるのやめてもらえませんかね? わたしが苦労するんですけど?」
くどくどくどくどくど……。
ルシフのオウマへの小言はいつものことだが、今日は密度が違った。
「いや……もうホントね……ごめん! ごめん!」
肩を落としたオウマがぺこぺこしている。
どうやらオウマは慣れないボランティアに苦労したようだ。
ルシフがかなり活躍したのはミファーも知っていた。美人で目立つために「ミファーと一緒にきた美人の子、すごいね! 大助かりだよ!」とよく声をかけられた。
「オウマさん。あまり肩を落とさないでください。大丈夫ですよ。薪拾いとか、周辺の警備とかそういう仕事もありますから。明日はそういうのをやりましょう」
「ミ、ミファー、お前は優しいな……」
「そ、そんなことないです!」
ミファーは手をぶんぶん振る。
「ルシフも俺のことをもう少し優しく扱ってくれるといいんだが」
「何か言いましたか? 兄上さま?」
「い、いえ……! なにも!」
二人のやりとりがおかしくてミファーはくすくす笑う。
オウマは嘆いているが、ミファーはルシフも優しいと思っていた。彼女はオウマにだけはやたらと辛辣な物言いをするが、文句を言いつつもなんだかんだでオウマの世話を焼いている。
仲の良さそうな二人を見るのがミファーは好きだった。
三人は屋外に置かれたテーブルに座り、余り物のシチューを食べ始めた。
そのときだった。
「やっほー、ミファー」
そこには真っ赤な髪のセーラが立っていた。
「わたしも混ぜてもらっていい?」
「もちろんです! あ、でもオウマさんたちは――」
「別に構わないぞ」
セーラを加えた四人での夕食が始まった。
ミファーとセーラはボランティアで出会った。セーラが話しかけてきて一緒に作業をしたのが縁だ。ボランティア――というか野外での活動にセーラは慣れていているようで最初の頃、ミファーはよく助けてもらった。
どうしてそんなに詳しいんですか、とミファーが聞くとセーラは答えを教えてくれた。セーラはどこかの研究所に所属していて森など自然の生態調査を行う仕事をしている、と。
フィールドワークが得意なので、こういう呼びかけには答えるようにしているらしい。
「――というわけよ」
セーラが自己紹介を終えた。オウマが口を開く。
「率先してボランティアとはなかなかやるじゃないか」
「はっはっは! 人間ってのは助け合いが大事だからね。でももっと褒めてくれていいよ、若人よ!」
そこでセーラが、あっ、という顔をした。
「オウマくん! 君の自己紹介もしてよ!」
「俺?」
「そうそう。聞きたいな。ミファーの師匠なんでしょ?」
「いや……もう……俺なんて料理もできない子供にも泣かれる役に立たない男だよ……」
オウマが暗い表情でどんよりしている。
「でもミファーから聞いてるよ? 同じ勇者候補生で学校ではすっごく活躍してるって?」
「うーん……それほどでもないさ」
「そ、そんなことないです! オウマさんはすごいです!」
ミファーは声を張り上げた。落ち込むオウマをはげましたいと思ったからだ。
「オウマさんは最近、王さまと謁見して『国の希望』とまで言われたんです! まさに英雄、平民界のスーパースターなんです!」
「へえ! すごいじゃない!?」
セーラがきらっとした目でオウマを見る。
そんな様子にミファーは喜びを覚えた。
オウマはすごい。オウマは素晴らしい。性格も能力も。ミファーはそれをみんなに知ってもらいたかった。
いつの日かきっと、みんながオウマを称えるだろうが――今の無名時代はミファーが声に出すことで、少しでも多くの人にその事実を伝えたかった。
オウマにはいつも輝いていてもらいたい――
そんなオウマの姿を見るだけでミファーの心は高揚するのだ。
ミファーはオウマの輝く背中をずっと追いかけていたかった。
「じゃ、わたしもスーパースターって呼んじゃおうかな?」
「いや、別にスーパースターじゃないから。ミファーが勝手に呼んでいるだけで……」
その後もあーだこーだと雑談を続けて夕食はお開きとなった。
ミファーは夕食会に満足していた。オウマもルシフも、そしてセーラもミファーの大切な友人だ。彼らがいい感じに仲を深めたのはとても嬉しい。
幸せな気持ちでミファーは食事の後片付けを始めた。
ミファーとセーラは並んで皿洗いをしていた。
ミファーは支給品の布を手にとってぎゅっと握った。水がぽたぽたとあふれ出す。魔法によって水が編み込まれた布だった。その布を使って皿を洗っていく。
「いやー、オウマくんってすごいんだねえ」
うんうんとうなずきながらセーラが言う。
「そうなんです! オウマさんはすごいんです! 心の底から尊敬しています!」
「そんな人と出会えてよかったね、ミファー」
「はい。弟子になれてよかったです!」
「弟子、ねえ……」
意味ありげにセーラが笑う。
「――弟子のままでいいの?」
「え?」
ミファーは首をかしげてセーラを見た。セーラは皿を洗う手を止めてじっとミファーを見返す。
「ねえ、ミファー」
「はい?」
「オウマくんのこと、好きなんでしょ?」




