最強魔王の慈善活動(役に立たない)
難民たちのためにボランティアをしよう――
というわけで、俺たちは難民キャンプまでやってきた。
王都に行くときに使った転送門で国境付近にジャンプし、そこから一時間ほどの場所にある。
メンバーは俺とルシフェルとミファーの三人だけ。
フレイアは留守番となった。
「民が困っているのだ! 貴族として見過ごすわけにはいくまい!」
フレイアもノリノリで参加する予定だったが、学校から待ったがかかった。募集は平民のみらしい。
それでも食ってかかったフレイアだったが、
「一部の貴族が参加すると、参加しなかった貴族の立場が悪くなるからダメ」
と言われて諦めた。かなり怒っていたが。
「これは腐敗だ! わたしは王国貴族として悲しいぞ!」
正しい行いをしようとしたものが割を食う。
変な世界だね、人間界って。
俺たち三人はフレイアと別れ、難民キャンプにやってきた。
服装はいつもどおりの学生服だが、食料など山盛りの物資を詰め込んだバカでかいバックパックを背負っている。
別に『難民キャンプ』という場所があるわけではなく、単に難民たちを保護している区域をさすようだ。
だだっ広い平野に何百人もの人がいる。
大半の人たちは汚れた服をまとい、疲れた表情を浮かべて座り込んでいた。彼らの間をかきわけるように身なりの整ったボランティアらしき人たちが忙しく行き交っている。
俺はミファーに訊いた。
「ここにキャンプ張ってどれくらい経つの?」
「一ヶ月くらいです。小生は休日だけですが、ずっと誰かしらボランティアの人がいるので、けっこう設備は整っているんですよ」
ミファーが指をさしながら順に施設を教えてくれた。
「あそこが難民用のテントですね。で、少し離れたあそこが炊事をする場所。あちらが洗濯物を干す場所。最後にあそこがボランティア用のテントを張る場所です」
ミファーが歩き出す。
「じゃ、わたしたちのテントを張りにいきましょう!」
まさにミファー先生である。
テントの準備が終わった後、ボランティア本部? みたいな場所に行って持ってきた食料などを受け渡した。
ミファーが難民キャンプを眺めながら言った。
「さて、仕事を割り振ってもらいましょうか」
「あら、ミファーじゃない?」
そう声をかけてきたのは赤い髪の女だ。フレイアのダークレッドとは違う真っ赤な色。緑色のシャツの上に茶色い半袖の上着と半ズボンを着ている。年の頃は二〇過ぎだろうか。首にかけた赤いネックレスが印象的だった。
ミファーがぺこりと頭を下げる。
「あ、セーラさん! お久しぶりです!」
「今日も来てくれたんだね。人手が足りないから助かるよ。さすがは未来の勇者さま!」
「いえいえ、そんな! 小生これくらいしかできませんから。今日も頑張ります!」
「頼むよ、期待してるから」
そこで俺が割り込んだ。
「知り合いか、ミファー?」
「はい。こちらの方はセーラさんと言いまして。小生と同じくボランティアの人です。こちらにくるたびに小生の面倒を見てくれるありがたい人なのです」
「セーラです。……あれ、こっちの男の子、ひょっとして君がオウマくん?」
「む。どうして俺の名前を?」
「だって、ミファーからよく聞くからね。すごく頼りになる師匠がいるって。ふぅん」
じろじろと俺を見る。
いったいミファーは俺の何を話しているんだろう……。
「それとセーラさん、こちらがオウマさんの妹のルシフさんです」
「ルシフです。よろしくお願いします」
ルシフの顔を見た瞬間、セーラはびっくりした様子で目を見開く。
まるで世界がひっくり返ったかのような表情だ。
「あ……え……?」
「なにか?」
ルシフェルが小首をかしげる。
セーラがぱっと顔を明るくして言った。
「むっちゃ美人じゃーん!」
言葉を失うのも無理はない。ルシフェルは信じられないレベルで顔が整っている。
……とはいえ、ちょっと驚きすぎじゃない? って気もするが。大げさな人なのだろうか。
「美人がいると華やぐからね。避難民の人たちもきっと喜んでくれるよ。だけど――」
指をピッと立ててセーラが続ける。
「ストレスたまっている人も多いからさ! セクハラとかしてくるやつもいるかも! そういうので困ったら言ってね?」
「大丈夫ですよ。そんなやからは――」
ルシフェルはにこやかな笑顔のまま、くいっと手を回した。
「軽くひねりますから」
怖ッ!
ルシフェルのひねるって骨を砕くレベルだろうからなあ……。
セーラは俺とルシフェルに握手して言った。
「じゃ、短い間だけどよろしくね。頑張ろー!」
手を振ってセーラが離れていく。
いよいよ俺たちの仕事が始まった。
俺とルシフェルはミファーと別れ、炊事場に向かった。俺たちに割り当てられたのは炊き出し作り。大鍋でシチューを作るそうだ。
炊事場ではボランティアの人たちが慣れた手つきで野菜を刻んで準備している。
俺の目の前には包丁とじゃがいも、にんじんが置かれていた。
ルシフェルが俺を見て言った。
「ところで魔王さま。前からずっと疑問に思っていたことがあるのですが」
「なんだ?」
「魔王さまは料理経験がおありなのでしょうか?」
「と、当然……だろ?」
俺は包丁を手に取った。そして、だん! と野菜に向かって振り下ろす。じゃがいもが真っ二つになった。
「ほら。切れたじゃないか?」
「素晴らしい切断力ですね。でも、野菜の調理で『切断力』という言葉はあまり使わないような」
うん……俺もそう思う……。
「それに他のボランティアの人たちを見ると、もっと包丁の扱いが繊細ですよね? そんな大上段から振り下ろす一撃必殺みたいな切り方ではないような」
うん……俺もそう思う……。
「そもそもジャガイモってまず皮をむくものでは?」
言われてみると……そうだね……。
「料理経験ありませんよね?」
「肉を、たき火で焼いたことくらい、なら……」
「料理経験ありませんよね?」
「木からリンゴをもいだことくらい、なら……」
「料理経験ありませんよね?」
「人が作るのを横で見――」
「料理経験ありませんよね?」
「料理経験ありませんよね?」
「料理経験ありませんよね?」
「料理経験ありませんよね?」
「料理経験ありませんよね?」
「はい……」
鬼のように詰められた。
ていうか、悪鬼だった。
ルシフェルは俺がボランティアを断らなかったので、少しばかりご機嫌ななめなのだ。
俺は小さな嘘がバレて落ち込む子供のようにしょんぼりする。野菜くらいなら軽く切ってごまかせると思ったのだが……。
「い、いや、だけどさ……ルシフェル。お前も家事できないだろ?」
こいつが料理をしているのを見たことがない。もとは天界の戦闘用天使なのだ。料理なんて――
「できるに決まってるじゃないですか」
ルシフェルは俺から包丁を奪うとものすごい手さばきでじゃがいもの皮をむき、きれいな形に切り刻んだ。
「お、おお! すげえ! プロっぽい!?」
「魔王さまと一緒にしないでもらえますかねえ?」
ルシフェルが勝ち誇った顔を俺に向ける。
く……くそお……しかし、言い返せない!
そんなわけで俺は料理担当をお役御免になった。班長に俺の無能力が見抜かれてしまい、他の仕事をすることになったのだ。
代わりに与えられた仕事は給仕である。
炊き出しは列に並んでもらうものだが、小さな子供や老人など体力的に厳しい人たちにはこちらから配って回るらしい。
食料を配る――
さすがにそれくらいはできるさ。
この最強魔王を見くびらないでもらいたいな!
俺はシチュー皿をお盆にのせ、遊んでいる三歳くらいの小さな子供たちにいそいそと近づいた。
「おーい。食べ物だぞー」
俺はフレンドリーな表情で子供たちに近づく。
駆け回っていた子供たちはぴたりと足を止めて俺を見た。
「ほーらほーら。おいしいシチューだよー」
「わーい」
シチューの香りにやられた子供たちがぱたぱたと寄ってくる。
この子供たちの無邪気さよ。無条件に俺を信頼し、俺を受け止めようとしてくれる。
いいよ。飛び込んでおいで! お兄さんが力いっぱい抱きしめてあげよう!(魔王だけど)
「おいでおいで!」
だが、子供たちの足は俺から少し離れた場所でぴたりと止まった。そして、まるでサバンナの真ん中でライオンにでも出会ったかのような不安そうな顔をしている。
え、ど、どうしたの?
俺はシチュー皿をかたかたと揺すった。
「熱々でおいしいシチューだよー」
そう言いながら、俺が一歩踏み出した瞬間――
「びやああああああああああああ!」
子供たちが一斉に泣き出した。
え、えええええええええええ!?
これはいけない!
俺は泣き出した子供をあやそうとさらに一歩前に進んだ。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
子供たちの泣き顔が号泣へとシフト。
文字通り、蜘蛛の子を散らしたかのように逃げていく。
「あのお兄ちゃんが怖いいいい!」
「背中ぞくぞくするぅ!」
なんて口々に言いながら。
俺は冷めていくシチューを片手にぽつんと平野に取り残された。
俺はショックを受けながら、自分の顔をぺたぺた触った。
そんなにおっかない顔だったっけ……。
それとも笑顔が引きつっていた?
いずれにせよ。
世の中には――
食料を配ることすらできない最強魔王がいるらしい。




