ザコ魔族二匹>俺たちは魔王の右腕と呼ばれた魔族! 俺(魔王)>記憶にないんだが……誰?
「ふぁ~あ」
目を覚ました俺はベッドから身を起こした。身支度して教会の一階へと降りる。
ホールまで歩いてきたとき、俺は少しばかり違和感を覚えた。
うーん……。
なんか誰とも会わなかったんだが……。
それなりに大きくはあるのだが、むちゃくちゃ広いわけでもない。そこにグレイ軍団五名、司祭のおっさん三名、俺たち二名の計一〇名がいるので、だいたい誰かと出会うことが多い。
すれ違うたびに非友好的な――というか敵意のある視線を向けられるので、どちらかというと会いたくない連中ではあるのだが……。
というか。
ぶっちゃけ建物から気配がない。足音も聞こえない。
おかしくないか、これ?
そのとき――
ばたんと礼拝堂に続く両開きのドアが開いた。
ルシフェルがホールに姿を見せる。
「魔王さま」
はっきりとルシフェルがそう言った。
誰かがいるときは小声でしか使わない呼称を。
「壺が消えています」
「え?」
俺は礼拝堂へと目を向けた。
確かに、グレイが置いた壺がきれいさっぱり消えていた。
「……どういうことだ? グレイたちもいないよな?」
「はい。状況から察するに、わたしたちを除く八名は偽の壺を持って逃げたということでしょうね」
「なぜだ?」
「何かが動き出した――そういうことでしょう」
「そうか……やっとか」
俺は唇をゆがめた。リテイルの配下のものどもと過ごす日々は実に退屈で不愉快だった。それを耐えたのも、この収穫をずっと待ち続けていたからだ。
「少し奥を探してきます。彼らが何か資料を残しているかもしれませんから」
「さすがにそれはないんじゃない?」
「どうでしょう。彼ら頭が悪そうでしたからね」
ふっと笑ってルシフェルは続けた。
「それに暇ですから」
そう言ってルシフェルは教会の奥へと消えた。
ああ、確かに……。
大きな動きがあるまで俺も暇なんだが、どうすればいいのやら。
だが、そんな心配は不要だった。
ぎぃと教会入り口のドアが開く。
夜気とともに入ってきたのは灰色のローブを着た男だった。年の頃は三〇半ばで陰気な雰囲気を漂わせている。
男が俺を見るなり言った。
「お前がオウマだな?」
「そうだが……俺はお前のことを知らないな」
「お前は有名だからな」
「学校の英雄とかいうあれか」
ややうんざりしながら俺が言うと、ローブの男が笑い出した。
うん?
「学校の英雄? いつの頃の話だ。大罪人としてだよ、指名手配犯のオウマ。お前は国から追われる身。間もなくこの教会を王国の兵たちを取り囲むだろう」
「ほお」
俺の心が少しばかり喜びに震える。
俺を罪人に仕立てあげ、国の兵まで動員する。
なかなか大きな絵を描いてくれているじゃないか。それくらいのことはしてくれないと張りがない。
「で……放っておけば捕まる俺になんの用だ? 親切心で教えにきてくれたのか?」
「俺の雇い主は念には念をいれる執念深いタイプでね。お前たちを動けなくなるまで痛めつけておけとのご命令だ。万が一にも逃げられることがないようにとな」
「お前がね……できるのか?」
「もちろんだ」
男が笑う。
その瞬間、ランタンに照らし出された男の影がまるでゴムのように伸び円状に広がる。
広がった影が盛り上がり、二体の異形が影から這い出してきた。
「……!?」
「俺は召喚士なのさ。俺のかわいい眷属どもを紹介しよう」
召喚士の左右に化け物が立っていた。
左にいるのは大男。むきむきにビルドアップされた上半身をさらけ出し、脚には黒いスパッツをはいている。手には巨大な槌を持ち、頭には黒い兜かぶっている。兜の中央に穴があり、そこから血走った巨大な単眼がのぞいている。
右にいるのは巨大な骨の蛇だ。長い骨の胴体に頭は人間の頭蓋骨。さらに骨の腕が四本ついている。腕は手首のところから鋭利な鎌に変わっている。身じろぐたびにかちゃかちゃと耳障りな骨のこすれる音がした。
双方とも身長が高く、三メートル近くはあるだろうか。
身体を折り曲げ、高いところから俺を見下ろしている。
「左がザ・ハンマー、右がザ・リーパーという」
そこで召喚士が高笑いする。
本当に気持ちよくて仕方がないような、自分の勝利を確信しているからこそできる腹の底から轟く大笑いだった。
「そうだ! お前の想像通りこいつらは魔族だ! しかもただの魔族ではないぞ! 魔王の右腕と呼ばれ、魔界を震撼させた力の持ち主だ! 勇者の卵であるお前ごときに勝ち目はない! ゼロだ! さあ、怯えるがいい! 震えるがいい!」
そして、二体の魔族も笑う。
「オマエ、シヌ、スグ!」
「クカカカカ、我ガ鎌ノ切レ味、ソノ身デ知レ!」
なるほど。魔王の右腕なのか。
俺は思った。
……こいつら……誰?
魔王の右腕らしい。そして、俺は魔王だ。であるならば面識があると思うのだが……。
びっくりするくらい記憶にない。
マジで誰なんだろ……。
え、忘れちゃったのかな……。いや、片腕忘れないだろ、いくらなんでも……。
男が叫んだ。
「オウマをやれ! だが、勢い余って殺すなよ? それは坊ちゃんの仕事だからな!」
男の命令に反応し、二体の魔族が動き出した。
巨大なハンマーが、四本の鎌が俺へと同時に襲いかかる。
襲い、かかる……?
襲いかかるでいいんだよな、これ……?
とてもノロノロとした動きだった。まだフレイアの攻撃のほうが鋭いレベルである。
おいおい、魔王の右腕なんだろ?
もうちょっと頑張れよ。
これじゃ、右腕どころか俺の足の小指の爪にすら届かないぞ?
俺は二人の攻撃を払った。
ハンマーが床にめり込んで轟音を響かせ、鎌が床をバターのように切り裂く。
俺は後ろに距離をとった。
「すまん、本当に記憶にないんだが、お前ら誰?」
二体の魔族は答えない。武器を構えなおして三メートルの高みから再び俺を威嚇するようににらみつける。
やれやれ……。
どうやら痛い目を見ないとわからないか……。
そのときだった。
「王が名を訊いているのです。無視するとは何たる無礼か」
とん、と床を蹴る音。吹き抜けになっている二階から何者かが飛び出した。
「おまけに――」
ずぐしゃあ!
派手な音ともに骨蛇の巨大な頭が床に叩きつけられる。
間髪入れずに大男の身体が投げ飛ばされ、くるっと回転して床にはいつくばった。
「頭が高い」
骨蛇の頭に直立する姿は――
「ルシフェル!」
「なんだか騒がしくなっているようですね、魔王さま」
ルシフェルがくすりと笑い、動揺するローブの男に視線を投げかけた。




