虎口
翌日、俺とルシフェルはリテイル侯爵の家へと向かった。
そこでグレイと昨日の四人組と合流、移動したのは王都の外れにある古びた教会だった。
教会はまばらに木が生える森の中、雑草がぼうぼうに生えた道を行った先にある。
教会を囲むように大きな墓地が広がり、建物自体も大きく立派だ。だが、使われなくなって久しいのだろうか、今では忘れ去られたかのようにオンボロだった。
墓地を突っ切り、俺たちは教会へと入る。
「司祭どの! リテイル侯爵からの使いのものだ!」
グレイが叫ぶと、奥から三人の爺さんが出てきた。
人いたのかよ、ここ。
「これはこれは。グレイどの、お久しぶりですな」
「司祭どの。今年もよろしく頼むぞ」
挨拶もそこそこに俺たちは礼拝堂へと入る。
グレイは持ってきた木の箱から例の壺を取り出して祭壇に置いた。
「今日から一週間ここで司祭たちが壺に祈りを捧げる。俺たちの任務は壺を守ることだ。ここに泊まり込み、交代制で壺を見張る。忘れるな、この壺を狙っている連中がいることを! 王都を外れ、人も少ないこの教会は襲撃するなら絶好のポイントだ。各自、気を引き締めるように。万が一は許されないぞ!」
というわけで、監視任務が始まった。
俺とルシフェルの当番は夜中だった。
壁に掛けられたランタンの、ぼうっとした明かりが祭壇の壺を静かに照らしている。
静かな夜の礼拝堂――
ルシフェルが口を開く。
「で、魔王さま。あの壺をお割りになられるのですか?」
「まさか」
俺は笑った。
「だってあの壺、偽物じゃん」
同じ色、同じ形。古びた汚れもうまく再現している。確かに一見すると昨日と同じ壺だが、明らかに違う。
あの壺からは何も感じない。ヤバい感じがしない。
ただの壺。
昨日と同じものであるはずがない。
「そうですね。見事なまでに偽物です。ついでに言うと、あの司祭も偽物です」
「え、そうなの?」
「はい。昼間に一時間ほど儀式と称してここにこもっていましたが、魔法で盗み聞きしてみたら下世話な雑談を楽しんでおられましたので」
「おいおい……」
「あと、この教会も普段は使われていませんね。慌てて掃除くらいはしたようですが、教会自体の傷み方が激しすぎます。補修くらいはするべきでしたが、工事となると人目について時間もかかる。いろいろ難しかったのでしょうね」
「あら……」
名探偵ルシフェルの目はごまかせないようだ。
偽物の壺。偽物の司祭。偽物の教会。
「てことはやっぱり――」
「罠ですね」
あっさりルシフェルが断定する。
「……狙いはなんだろうな?」
「グレイは言っていましたね。任務中はこの教会から絶対に出ないようにと。食料などの買い出しはグレイが一人でやると。わたしたちを王都から引き離したい――そんなところでしょう」
「てことは、王都で何か動きがあるってことか?」
「今からグレイを締め上げて吐かせましょうか?」
確かにそれなら話は早い。だが。
「いや……いい」
俺は首を振った。
「せっかくのおもてなしだ。相手が積み上げきる前に崩すのはマナー違反だと思わないか?」
ルシフェルが口の端を持ち上げた。
「どうせ崩すのなら、積み上がってからですか」
「そうだ。でないと相手も不完全燃焼だろうよ」
俺はふふっと笑う。
言い訳の余地すら与えない。お前たちの造り上げた完璧を完膚なきまでにたたきつぶしてやろう。
チャンスはくれてやるんだ。せいぜいあがいて、少しくらいは俺に退屈を忘れさせてくれよな?
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
オウマたちがフレイアの家を辞してから数日後――
フレイアは家の訓練所で剣の練習をしていた。
「やあ……とう……てい……たあ……」
どうにも気合いが入らない。
しまいには剣を床につき、フレイアにしては珍しく大きなため息をついた。
真剣勝負での敗北を鬼の母親にバレたことが原因だ。
あの後、母親に詰めに詰められた。
なぜ真剣勝負での敗北を黙っていたのか、オウマくんのことをどう思っているのか、家訓のことは覚えているのか、などなど。
母の言わんとすることはこうだった。
――家訓に従い、オウマくんと結婚する意思はあるのですか!?
フレイアの答えはこうだった。
そんなこと言われても困る!
もちろん、口には出せないが。
(そもそも、それはわたし一人が決める話ではなく、相手の――オウマの気持ちもあるわけで……)
父の取りなしで母は矛を収めたが、最後にこう言い捨てた。
「今すぐ答えを出せとは言いません。ですが、いつかは答えを出しなさい!」
母の左目は「なるべく早くよ?」と言い、母の右目は「もちろん家訓に従うのよね?」と言っていた。
実に恐ろしい。
パーティキュル家では平民との結婚は支障にならない。名うての剣術家だった母自身が平民の出だからだ。強ければそれでいい。実に武門らしい考え方だった。
フレイアが何度目かのため息をついたときだった。
こんこんとドアがノックされた。
『フレイアちゃん? パパだけど?』
「父上、何か用ですか?」
『大変な話を聞いたんだ! 入っていいかい?』
「はい、どうぞ」
ドアが開き、父の大きな身体がのっそりと部屋に入ってきた。
フレイア父は娘の顔を見ると心配そうな表情を作った。
「フレイアちゃん!? ちょっとやつれてない!?」
「ま、まあ……」
「あんまり気にしなくていいからさ。掟とか無視してフレイアちゃんは自由に相手を見つければいいとパパは思ってるよ?」
「ありがとうございます。でも母上が……」
そこで、はっとしてフレイアは会話を切った。
「それより父上、大変な話とはなんでしょうか?」
「ああ、それだよ!」
ぱんとフレイア父が両手を叩く。
「さっき王城で聞いた話なんだ。フレイアちゃん、落ち着いて聞いて欲しいんだけど――」
「はい」
「指名手配されたんだ! オウマくんが!」
「は?」
「王への反逆罪に問われている! 今、ファーブル家のラーロットが部隊を率いてオウマくんを追っているらしい!」




