フレイアさんちのお宅事情
フレイア父は上機嫌だった。
そして、そわそわしていた。熊のように居間をうろうろとしている。
娘のフレイアから「今日はクラスメイトのオウマと妹のルシフが泊まりにくる」と聞かされていたからだ。
王都でこの二人の名声は広まりつつある。
ごく短期間で学校の英雄まで上り詰めた平民オウマ。そして、とんでもなく美人と名高い妹のルシフ。
この二人と会えること――そして、そんな二人と自分の自慢の娘がかなり親しい仲だということがフレイア父は嬉しかった。
ソファに座る妻へと顔を向ける。
「母さん、どんな子たちなんだろうね?」
「あなた、妹のルシフさんの美貌が見たいだけなのでは?」
巨体の父に比べると柳のように細い母がちくりと言ってきた。
「おやおや、母さん。妬いているのかね?」
「妬く……? 鼻の下を伸ばしたあなたに焼きを入れるの間違いでは?」
フレイア父はぞっとした。若い頃、王都で『鬼の剣客小町』と名をはせていた妻は怖いのだ。体格の差があるのに、妻に剣で勝てたのは後にも先にも一度だけだった。
「ただ、わたしも気になっていることがあるの」
「なんだい?」
「あの子、ひょっとしてオウマさんに真剣勝負で敗れたんじゃないかしら」
「え、ええ……? それはないだろ? まだ入学して間がないのに」
「噂だとあの子、オウマさんを師と呼んでいるらしくて。あの子の性格からして完膚なきまでに叩きのめされなければ、そんなことにならないと思うのだけど」
「し、真剣勝負かあ……」
フレイア父は渋い顔をした。
武門のパーティキュル家には掟がある。
――異性に真剣勝負で負けた場合、その異性と結婚すること。
「もうそういう時代じゃないしなあ……あんまり気にしないでもいいんじゃないのかな……フレイアちゃんには自由に恋愛して――」
「だからあなたは甘いのです!」
びっくりするような大声の一喝だった。まさに文字通りの『喝』。フレイア父は鼓膜と肌がびりびり震えるのを感じた。
「掟は掟! 家訓は家訓! 祖先が連綿と伝えたものを守らずして家が成り立ちますか!?」
「ま、まあ、そうだけど……」
「それにあなたも掟に従ってわたしと結婚したではありませんか?」
「……で、でも俺は掟だから結婚したわけではなくて……お前のことが好きだからだぞ?」
お、これいい感じになれるんじゃない?
そう思ったフレイア父がそっと妻に手を伸ばす。
だが、フレイア母はすっと立って夫の手から逃げた。
「あの子に聞いても口を割らないと思うの。オウマさんにそれとなく訊いてみるしかないわね」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「宿の手配はできているのか? 平民だと一生泊まれないような豪華な宿を用意してやっているが?」
という嫌みたっぷりのリテイル侯爵の申し出を断り、俺たちは侯爵の屋敷を出た。
フレイアが家での宿泊を申し出てくれてよかった。
そうでなければ宿無しになるところだっただろう。
俺たちはフレイア家を目指して王都を歩いていた。
「で、ルシフェル、どう思う?」
「罠でしょう」
「そうだよな」
「魔王さまでも見抜けるレベルとか(笑)」
「敬意!?」
「ま、罠の練度とかどうでもいいのですけどね。どうせどれだけ芸術的にハメられても感心するだけで。殺されるはずもありませんし」
「だよなあ……」
俺とルシフェルが本気を出せばこの王都を半日で焦土にできる。消極的な手段でよければ、転移魔法で魔王城に帰ってもいい。他の方法だっていくらでもある。
最強ゆえに――
俺たちはあらゆるリセット技を持っている。
奴らの思い込みを無視して、奴らの常識外からいくらでも攻撃できるカードを持っているのだ。
ルール無視でチートし放題の俺たちをハメようなど無駄な努力でしかないのだが。
「それよりも」
ルシフェルが話を変えた。
「気になるのはあの壺ですね」
「ああ、壺な。なんかヤバい気配がしてたよな」
「あの侯爵もヤバいですよ。あれだけの気配がわからず『ただの壺(笑)』とか言ってて。いや、笑いたいのはこっちだよみたいな。笑いをこらえるのが辛かったです」
「あの壺さ、任務の途中でわざと割ってみよっか?」
「やめてください。面倒なのはごめんです」
「ダメか……」
「でも、あの壺、彼らが割ってるかもしれませんよ? オウマさんをハメるためとか言って。勘ですけど」
「いやあ……ないだろ。あれだけヤバそうな雰囲気が漂ってるのに。人間が割るとか自殺行為だぞ」
「ないですよねえ。さすがに。そこまでバカじゃないですよねえ」
「さすがになあ。そこまでバカじゃねえよ」
なんて話をしているうちに俺たちはフレイアの屋敷についた。リテイル侯爵に劣らない庭付きの立派な邸宅だ。
フレイアが話をつけていたらしく、俺たちは使用人に案内されてすんなりと本邸まで来た。
「ここでお待ちください」
使用人はそう言うと、俺たちを玄関で待たせて奥に引っ込む。そして、フレイアをともなって戻ってきた。
「よくぞ来てくれた!」
満面の笑みでフレイアが歓迎してくれた。
「フレイア、邪魔するぞ」
「遠慮するな! のんびりしてくれ!」
ああ……フレイアに癒やされる……。
なんかもうリテイル侯爵とか面倒なやつの直後だけに……。
そのとき俺はふと気がついた。
「おや?」
俺はびっくりしてしまった。出発したときは俺たちと同じく学生服に身を包んでいたフレイアが緑色のドレスを着ていたからだ。丈の長いスカートが印象的だ。
あくまでも俺が感じる勝手な雰囲気の話なのだが、フレイアって永遠の少年みたいな感じで、いつも半袖半ズボンで剣をぶんぶん振っているような印象がある。
そんな俺の思い込みを一瞬で壊してしまうくらい今のフレイアは美しかった。
フレイアが女性であることを俺に思い出させるほどに。
「なんだか見違えるな」
俺がそう言うと、フレイアが恥ずかしげに身じろぎする。
「あまりわたしの趣味ではない服なのだが……動きにくくてな。しかし、わたしも貴族の子女。こういう服も着なければならないのだ。似合わないだろ?」
「いや……かわいいんじゃないか?」
「か、かわ……!」
その瞬間、フレイアは顔を真っ赤にしてうつむいた。慌てて口を押さえている。
なにをやっているんだろう……?
「そ、そうか、かわいいか……ま、まあ、たまにはここここういう格好をしてもいいかな……」
うんうんと上機嫌に頷いたフレイアだったが、すぐ暗い顔になってしまった。
「ん、どうした?」
「いや、ちょっと手違いがあってな……両親がいるのだ」
「両親?」
「最近、こちらに滞在していてな……予定ではもう領地に帰っていると思っていたのだが……日にちを延ばしてまだいるらしい」
「仲が悪いのか?」
「いや、すこぶるいいぞ。オウマが泊まりにくるという話をしたら、君にとても興味を持ってしまってな……申し訳ないが、挨拶をしてもらえないか?」
「なんだそんなことか。泊まらせてもらうんだ。喜んでやるよ」
「その前にひとつお願いがあるんだが」
神妙な顔でフレイアが言う。
「なんだ?」
「わたしと真剣勝負をしたことは言わないでくれ」
「え、真剣勝負……?」
真剣勝負なんてしたっけ……?
正直なところ、俺は思い出せなかった。弟子にしてからのは訓練だから違う気がするが……。
最初の、俺が剣をへし折った模擬戦だろうか? でも模擬戦だしなあ……その後にフレイアが聖剣を持ってきたやつだろうか? いや、違うな……だってあのとき別に俺は本気じゃなかったし。
いつのことだろう……。
俺が確認しようとしたら――
「頼んだぞ」
そう言ってフレイアがずんずんと奥へと進んでいく。
タイミングを逸してしまったか……。
ま、いいや。
そうして、俺たちはフレイアの両親が待つ部屋までやってきた。
フレイアがドアの前でぴっと背中を伸ばして言った。
「フレイアです。クラスメイトのオウマと妹のルシフを連れて参りました」
え、なに。軍人?
実の両親に対して気合い入りまくりなんだけど。
『うむ。入りたまえ』
ドア越しに男の声がした。
ドアを開ける前に俺はこっそりフレイアに耳打ちした。
「ご両親、怖いの?」
「両親というより、母上がな……」
小声でこそっと答えるとフレイアはドアを開けた。
部屋の中央には複数人で座れるテーブルがどかんと置いてあり、向こう側に中年の男女が座っていた。
男性は筋肉もりもりのマッチョな大男。フレイアと同じ赤い髪を短く刈っている。筋肉が盛りすぎで貴族服がぱっつんぱっつんになっている。
女性は男性に比べてずいぶんとほっそりしている。胸まで伸びた黒い髪も手入れされていて、見るからに上品なおばさまだ。
さすがに両親らしくフレイアの面影がどちらにもある。
「オウマ、こちらが両親だ」
フレイア父がにっこりと笑顔を浮かべた。
「私がフレイアの父、こちらが妻だ。そう肩肘張らずに気楽にしてくれていい。そこにかけてくれたまえ」




