おーい、割るなよ? 割るなよ? 絶対に割るなよ?
「あの壺をお前たちに守ってもらいたい」
「壺?」
「ああ……あの壺はこの国が建国されるよりも昔――一〇〇〇年以上も昔から我が家に伝わっている壺だ。言い伝えによると世界を滅ぼそうとした悪魔が封印されているらしい」
ほぅ……。
俺はようやく違和感の理由を知れた。部屋に入ったときから妙な感覚があったのだ。
確かにあの壺から底知れぬ気配が漂っている。
あの壺には何かある。
俺は背筋にぞくりと――寒気ではなく快感を覚えた。
あれはひょっとすると、俺の退屈を少しくらいは紛らわせてくれるものかもしれない。
「こほん」
ルシフェルがわざとらしく咳をした。
いかんいかん。うっかり思考が飛んでしまった。いやあ……目の前のおっさん本人にまったく興味がないもので……。
「世界を滅ぼそうとした悪魔ってのは何だ?」
俺の質問にリテイルは大笑いで答えた。
「本気にしているのか? そんなわけないだろ! ただの言い伝えだよ、言い伝え!」
ひとしきり笑ってからリテイルが続ける。
「私にしてみればただのガラクタだが、大事なことはあの壺の言い伝えを真に受けている連中もいるということだ。現に狙っている連中もいて難儀しておる」
「そいつらから壺を守れ……という話か?」
「そうだ。先日、魔族の襲撃を受けたのだ」
「魔族……?」
「そうだ。あの壺を狙っていた。前の襲撃はなんとか防いだが、次もうまく行くとは限らない。なので、学校に頼んで勇者見習いを紹介してもらったのだ」
「あんたにとって価値のない壺なんだろ? くれてやればいいじゃないか」
「確かに私にはただのガラクタだよ。だが、あの壺には価値があるのだよ。国の祭事に使われているのだ。国の安寧を祈ってな。わが家が侯爵という過分な地位をいただいているのもそのおかげだ」
リテイルがさらに続ける。
「で、明日その祭事のひとつが執り行われるのだよ。王都の外れにある古びた寺院で数日間ちょっとした儀式があってね。場所が場所だけに守りにくい。そこで精鋭たる君たち勇者の力を借りたいのだよ」
なるほどね……。
実に面白そうじゃないか。壺の真偽は別として、他の部分が何というかとても嘘くさい(笑)
きっとラーロットくんが丹精こめて作ってくれた罠なのだろう。
楽しませてもらおうじゃないか。
どうせ今の俺に断る権限もないしね。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
オウマたちが帰った後、リテイルがグレイに合図を出す。グレイはうなずき、隣の部屋のドアを開けた。
その部屋から出てきたのは――
ラーロットだった。
「苦労をかけるな、侯爵」
「いえいえ、ファーブル家からのご依頼とあれば」
侯爵はすくっと立ち、ラーロットに向けて頭を深々と下げる。オウマたちとはまったく違うへりくだった態度だった。
「どうだ、オウマは?」
リテイルは露骨に不愉快そうな顔を作った。
「ふん、ただの小生意気な小僧ですね。礼儀のかけらもない。平民の分際で! 少しばかり学校で活躍して調子に乗っておる!」
「侯爵はお優しいな」
「なぜですか?」
「平民に礼儀があると思っておられる」
ラーロットの言葉にリテイルは腹を抱えて笑った。
「その通りですな! バカにバカと言って怒っているようなものでした。私もラーロットさまを見習うとしましょう!」
ラーロットは満足げにうなずくと壺をおさめたケースに近づいた。
「この壺――かなり古いな」
「ええ……一〇〇〇年以上前から伝わっているというのは本当の話です」
「世界を滅ぼす悪魔が封印されている、というのは?」
「オウマどもにも言いましたがね……ただの言い伝えでしょう。大方、私の先祖が王族に売り込むときに箔をつけるためについた嘘ですよ」
「ふん、悪いやつだ」
「先祖の話です。私は悪くありません」
リテイルが笑いながら肩をすくめる。
ラーロットは再び壺に視線を向けた。
正直なところ、薄気味悪い壺だと思っていた。言語化できないのだが、嫌な予感がして仕方がない。できれば触りたくもなかった。
だが――
今さら引くわけにもいかなかった。
この壺は兄の計画の鍵。この壺がラーロットの名誉を取り戻し、同時にオウマを追い詰めるための切り札となるのだ。
あの冷徹な兄に「嫌な予感がするからやめました」などと報告できるはずもない。
(そうだ、何をためらう必要がある!)
ラーロットは意を決した。
「リテイル侯爵。開けてくれ」
「わかりました」
リテイルがうなずいた。グレイが近づき、ケースの鍵を開ける。
ラーロットがケースに手を突っ込み、壺を取り出した。
「割るぞ、侯爵」
ラーロットはリテイルを見た。
「これはお前の家宝になるが、いいのだな?」
「はい。何度も申しましたが、ただの大昔の壺です。名工が作った美術品でもなければ、悪魔も封印されておりません。ただ――この壺を持つことで保っていた我が家の家格は失われてしまいます。本心で言えば手放したくはないのですが、ファーブル家の一大事とあれば致し方ありますまい」
ここが売り込みどきだとばかりにリテイルが価格をつり上げる。
面倒なやつめと思いながらもラーロットは黙って聞いた。
リテイルが念押しの一言を口にする。
「なので――約束だけは必ずお守りください」
「わかっている。我がファーブル家はリテイル家に一層の庇護を約束しよう。これから一〇〇年リテイル家は繁栄すると思え」
リテイルがにっこりと笑う。
「一〇〇年と言わず二〇〇年でも三〇〇年でも」
「それはお前の心がけ次第だ、リテイル」
そう言って、ラーロットは壺を床に叩きつけた。
壺が大きな音を立てて砕け散る。
もしも悪魔がいるのなら何かが出てくるかと思ったが――
何もなかった。
そこには砕けた壺だけが転がっていた。
ラーロットはふぅと息を吐く。
そして、気合いを入れ直した。
(行くぞ、オウマ。今度は俺がお前を踏み台にして駆け上ってやる。お前に踏まれる痛みを教えてやるぞ!)
ラーロットの胸に復讐の炎が燃え上がった。




