オウマの秘密(魔王軍SSS級機密事項)
生徒たちの前で勲章をもらった数日後。
俺とルシフェルは寮の部屋にいた。俺はテーブルで宿題をやっていて、早々と宿題を片付けたルシフェルは本を読んでいる。
「ところで魔王さま。前からずっと疑問に思っていたことがあるのですが」
そう言ってルシフェルが読んでいた本を脇に置く。
本のタイトルは『よくわかる赤ちゃんの作り方』だった。
「なんだ?」
「魔王さまは女性経験がおありなのでしょうか?」
「は?」
え、今なんて言ったの、こいつ?
じょ、女性経験……?
「えと……女装経験って言いたかったの?」
「それはそれで興味がありますが、違います。では、わかりやすく質問しなおしますね」
じっとルシフェルは俺を見てから言った。
「童貞ですか?」
「はあ!?」
ここここここここいつは何を質問してくるんだ!?
「え、い、いや、え、どうしてそういうこと訊くの!?」
「は? ずっと疑問に思っていたからですが?」
「いやいやいやいや! そういうの訊かないじゃん、普通? 訊かれても困るじゃん? お、お前だって、しょ、しょしょしょしょ、処女なの、とか訊かれたら嫌でしょ!?」
「わたしは処女ですが?」
さらっと答えやがった。
始めて知った情報だった。
「え、そ、そうなの?」
「だってわたし、対魔王抹殺用に造られた戦闘用天使ですからね。天界時代は戦闘戦闘戦闘の日々。こっちにうつってからは鬼の副官扱いで魔族に怖がられていますから」
「そ、そうなんだ……」
「ていうか、女性に自分は処女でーすとか言わせるのってどうかと思いますよ。セクハラです」
「最初に訊かれたのは俺ですよね!? 最初に虐げられたのは俺ですよね!?」
「で、童貞なんですか?」
「話の流れ!?」
「で、童貞なんですか?」
「ど、どどどどうしてそういうこと訊くんだよ……」
「前から疑問だったのですよ。副官になってからずっと魔王さまを見ていますが、暇だーって言って玉座にだらしなく座っていたり、部屋をうろうろしていたりするだけで、女っ気がないですよね」
「俺の日常を極端に四捨五入するのはやめてくれないかな?」
「でも、だいたいあってるでしょ?」
「うん、だいたいあってる……」
「そんな日々を見てふと思ったのですね。権力者ってだいたい女性を侍らせるじゃないですか。でも魔王さまはその様子がない。この人ひょっとして超奥手なのかなあ……ていうか、童貞では? と」
「なるほど……」
「で、童貞なんですか?」
「どどどどどどどどどど童貞ちゃうわ!」
「様式美ですねえ」
そう言って満足げにルシフェルがうなずいた。
「魔王さまは童貞、と」
「ちょ、ちょっと待て! 違う! 俺は童貞じゃない! 本当だ!」
ルシフェルが驚いたような顔で俺を見た。
「そんなに強がらなくてもいいですよ?」
「い、いや本当なんだ……たぶん」
「たぶん(笑)」
「待て、俺の話を聞いてくれ!」
「わかりました、聞きましょう」
「魔界を統一したときのことだ。手勢みんな参加の大宴会を開いたんだよ。知ってる?」
「いえ。わたし魔界統一時って天界にいましたよ。まだ生まれてもいなかったかも」
「あ、そっか。副官はお前じゃなかったな。当時の副官がだな、その宴会の後、女っ気のない俺に気を利かせて、その、えーと……」
「ハーレム的なものを用意してくれたと」
「そうなんだ」
「王のお相手ができるのだから喜ぶがいい、みたいな感じで無理やり集めたのですか?」
「いや、サキュバスを一〇〇人だ」
サキュバスとは淫魔と書く女の魔族だ。男の精を集めることで力を増すという変わった特性を持つ。
ようするに、その道に長けたエロい姉ちゃんなのだ。
彼女たちにしてみれば男女のまじわりなど普通のことなので、無理やり集めたどころか、よっしゃ来い! くらいの感じである。
「なるほど。ならば合意の上なのでしょうね」
「そうだな」
「宴が終わって部屋のドアを開けると、そこには一〇〇名にも及ぶ絶世の美しきサキュバスたち! それはもう熱い夜をお過ごしになったと存じ上げますが――」
そこでルシフェルが首をかしげる。
「なぜに、たぶん?」
「宴が思いのほか楽しくてな、むっちゃ酒を飲んだんだよ。部屋に帰った時点でへべれけに酔っていて」
「ほうほう」
「サキュバスたちが『おかえりなさいませ、ご主人さま』と俺を迎えてくれたのまでは覚えているんだが――」
俺は当時の記憶をたどった。
もう何度もたどっているが、結果は変わらない。
「うい~って答えた後、気づいたら朝になっていた」
「朝チュンですね」
「まあ……俺ひとりでベッドに寝てたんだけどな……」
「うっ」
そう言ってルシフェルは顔を背け、指で目頭を押さえた。
「サキュバスたちに昨日の夜はどうだった、と聞いたら、みんな『大変よろしゅうございました』『さすがは魔王さまでございます』って言うんだ。誰も目を合わせてくれなかったけど」
「それはもう完全に未遂じゃないですか」
「い、いや……どうだろう。たぶん、と言っていいくらいの可能性はある……んじゃないかな」
「ないほうがいいかもしれませんよ?」
「どうして?」
「仮にその夜、めくるめくファンタジーがあったとしましょう」
「あったとしよう」
「やっぱり童貞ですよね?」
「どうして!? ファンタジーあったのに!?」
「サキュバスって、そういう男女のアレのプロですよね?」
「そうだな」
「プロということは、サキュバスで卒業しても童貞から素人童貞に変わっただけでは?」
「がっ……!」
「お話をうかがう限り99%童貞だと思いますが、それを強弁して突破しても1%の先に待ち受けるのは素人童貞という現実。潔く99%をお認めになられたほうが、せめてプライドは保たれるのではないでしょうか?」
「……そうかもしれないな……」
俺はずぅんと沈んだ。
なんだかもう、とっても恥ずかしい……。
「魔王さま、童貞というのはそれほど負い目なのですか?」
「い、いや、まあ、男としては……なあ……」
「解決策があります」
「え、マジで?」
「魔王さまの副官ですから当然です」
「どんなの?」
「魔王さまは王です。王の命令には絶対服従。よって王の権力をもって命じられればよろしいのです。閨の相手を務めよ、と」
「え、ええ……!? い、いや、そういうのは無理やりってのはダメなんじゃないかな……愛し合った二人じゃないと……」
「意外とロマンチストなんですね」
「そ、そうかな……普通だろ?」
「そうですね。ですが、こういう考え方もあります。これはわたし個人の意見ではありますが」
わたし個人の意見、と強調してからルシフェルが続ける。
「全身全霊をもって仕える側としては、たとえそれが一夜だけの関係であっても、そのお相手を務められることは光栄なものですよ」
「ほう」
……。
……え?
ちょっと整理しよう。
ルシフェルの言葉によると、部下として主の相手を務めるのは光栄という考え方もある、らしい。
重要な点は――
その言葉の前に、自分の考えだと強調した点。
つまり、こういうことではないのか?
ルシフェル的には俺の相手を務めるのはオッケー。
……え?
それはつまり――
俺は思わずルシフェルを見た。
ルシフェルは何も言わない。ただ、いつもとは違う慈愛に満ちたうるんだ瞳で俺を見つめている。




