初公開! 魔王流消火術! いい子はマネしちゃダメだからね!(マネできない)
「死なせないけどな」
俺の言葉を聞くと同時――ミファーの独り言が止まった。
燃え上がる森の中にたたずむ少女は、ぎこちない動きで首を動かし俺をじっと凝視した。
「排除する」
短く言うとミファーは意外としっかりした足取りで俺の前まですたすたと歩いてきた。
俺の前で足を止め、じっと俺を見上げる。
その口がゆっくり薄く息を吸い――一息で吐いた。
刹那。
ミファーの右こぶしが俺の腹部を打つ。
――つあっ!?
久しぶりに感じるレベルの『痛み』だった。例えるなら人が人から殴られたときに覚える当然の痛みというべきか。
ミファーのこぶしの威力はすさまじく、俺の身体を貫通してまき散らされた衝撃が炎に包まれた森全体を揺らす。
俺は片目をつむった。
「やるじゃないか、ミファー。俺に防御を考えさせたのは敵だった頃のルシフェル以来だよ」
俺のおしゃべりなど関係ないようにミファーが再びこぶしを握り、俺へと殴りかかる。
なるほど、確かにすばらしい威力。
この魔王にダメージを通すとはな。
だが――
しょせんはそれだけだ。
俺はミファーのこぶしをこともなげに払った。
「悪いな。無警戒に食らえば少しばかり痛いだけなんだ。残念だが、その程度だとちょっと力を出すだけで無力化できる」
俺は右手の指をばきばきと鳴らした。
「それに力の伝達率も悪い。力を振り回し、ばらまいているだけ。いいか、力というものは収束させてこそ破壊力が増すんだ」
俺は右手を握りしめる。
「消火のついでだ。師匠として教えてやろう。力あるものの一撃というものを。心配するな、もちろん手はぬくさ。今のお前なら死にはしないだろう……ちょっと痛いが我慢しろよ」
俺は握りしめた右こぶしをミファーの腹に叩き込んだ。
衝撃が大地を揺るがし、大気をきしませる。まるで透明の獣が荒れ狂うがごとく千々に破壊の奔流が吹き荒れる。
そして――
ミファーの背後の森が消し飛んだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
燃え上がる森の前には平民と貴族の寮生たちがごった返していた。
「何が起こっているんだ!」
そう言ったのは騒ぎを聞きつけてやってきたフレイアだ。
「おお、フレイア! 見たままだよ、森が燃えてるんだよ! 消したくてもここまで燃え広がっていると手がつけられない!」
知り合いの貴族が叫ぶように言う。
「森の中に誰かいるのか?」
「ラーロットたちが入っていくのを見たっていう話がある」
「ラーロットたちが?」
フレイアは嫌な予感を覚えた。
ラーロットは重傷で寝込んでいるはずだった。そんな男が怪我を押してまで森に行く理由とはなんだろうか。
「あ、あの、フレイアさま……」
おそるおそるという感じで平民が近づいていくる。
「ミファーが森に行くというのを聞きました。あと、その話をしたらオウマも血相を変えて出ていって」
フレイアの予感はあっという間に答え合わせされてしまった。
ラーロット、ミファー、オウマ。
この三人がたまたま偶然、同じタイミングで森に入るはずがないだろう。おまけにその森は派手に燃えている。
フレイアは舌打ちをした。
「わたしが助けにいく! 道を開けろ!」
フレイアは叫んだ。
前に出ながら、深呼吸しつつ理力を練り上げていく。
彼女の二つ名は『灼炎姫』。理力を炎に転化することができる。つまり、彼女が理力を展開すれば炎によるダメージを受けることはない。
フレイアが前に出た、そのときだった。
どぉん……!
まるで大きな太鼓を叩いたかのような音がした。赤く燃え上がった森がざわりと揺れ、振動した大気が風となりフレイアの頬をなでた。
後ろの寮生たちから悲鳴が上がる。
「な、なんだこれ……!?」
「何が起こっているんだ?」
だが――
次の異変はさっきの比ではなかった。
それはまるで、森の中央で圧縮した空気が爆発したかのような衝撃と音だった。
「うわあああああ!?」
寮生たちが悲鳴を上げる。
大瀑布のような突風が吹き荒れた。
巨大な奔流は折れ砕けた樹木、めくれ上がった土、燃え上がった炎、森にあるすべてを容赦なく粉砕し押し流す。
大気だけではない。地面も揺れた。まるで巨人が巨大な槌を叩きつけたかのような大きな揺れ。多くの寮生はバランスを崩し、地面にしがみつくようにへばりついている。
フレイアはバランスこそ保っていたが、それをするだけで精一杯だった。
そして、フレイアは見た。
顔を覆った両腕の隙間から、その光景を。
森の半分が一瞬にして消し飛んでいたのだ。そこに生えていた木の九割は消失し、わずかに根元を残すだけ。広大な荒れ地がそこに広がっていた。
「な、何という……」
フレイアは身体が震えるのを止められなかった。
誰がこれを成したのか。フレイアには思い当たる名前がひとつだけあった。
もちろん、オウマだ。
彼が強いことは想像していたが、ここまでの力を持っているとは思わなかった。
何をしたのかわからないが、森半分を消し飛ばすなど常識では考えられない。
自分がどんな化け物を相手にしていたのか――
それを思うと、フレイアは恐怖すら覚えた。
そのときだった。
荒れ地の奥からぼんぼんぼんと三つの影が飛んできた。
三つの影がフレイアたちの前にどさりと落ちる。
ラーロットと、その取り巻きたちだ。三人とも煤だらけで気を失っていた。
影が飛んできた方角に目を向けると、一人の男が誰かを抱きかかえて悠然とした足取りでこちらへとやってくる。
オウマとミファーだ。
オウマはフレイアの前に立った。フレイアの後ろにいる生徒たちを見てオウマがため息をつく。
「おいおい。ちょっと騒ぎが広がりすぎてないか?」
「森が火事になって、その森が吹っ飛んだんだ。それはみんなびっくりするだろ……君がやったのか?」
「え!? いや……ど、どうだろう? なんか俺にもよくわからないんだよな……急に森が吹っ飛んでさ。ラッキーラッキー」
「もう少し嘘をつくのがうまくなったほうがいいぞ」
そう言ってフレイアはオウマの胸元で目をつむっているミファーに目を向けた。
「ミファーは無事か?」
「ああ。気を失っているだけだ。じきに目を覚ますだろう」
「わかった。なら――」
フレイアはオウマの胸にこぶしを押しあてた。そして、にっと笑って言った。
「さすがだ、わが師よ」




