試合長引かせて相手を痛めつけるのって負けフラグだよね?
模擬戦の授業が始まった。
「次、ミファー!」
「は、はい!」
俺の隣で三角座りしていたミファーがぴょこんと立ち上がった。
「ミファーと戦いたいものは!?」
審判をかねる教師の視線が俺たち平民に向けられる。基本的に平民は平民同士、貴族は貴族同士としか対戦しないという暗黙のルールがあるらしい。前にフレイアが俺に挑んできたのはラーロットからの命令があったからだ。
じゃあ、俺がいってやるかあ……。
などと思っていたら。
「こっちだ、教師」
思いも寄らない場所から声がして、思いも寄らない人物が手を上げていた。
ラーロットだ。
教師はぎょっとしたようだが――特には何も言わなかった。
ラーロットが刃のない剣を持ってゆらっと前へと出る。
ごりごりの貴族主義で平民を毛嫌いしているラーロットがなぜわざわざ出てくる? 俺は嫌な予感を覚えた。
「き、貴族さまが相手とは……しょ、小生……うー」
とか言いながら試合場へと向かうミファー。
「ミファー」
「?」
「気をつけろよ」
「は、はいっす!」
ミファーとラーロットが試合場中央で向かい合う。
そのとき――
俺は気がついた。ラーロットの目は目の前に立つミファーではなく、俺をじっと見つめていることに。
やつの口元が不快な形に歪んでいる。
見ていろよ、とでも言うかのように。
「はじめ!」
開始してすぐ――
多くの人間は気がついた。それが試合などではなく、ただの公開リンチであることに。
ラーロットの速さにミファーはまったくついていけていない。
「はっ、たっ、やっ!」
「はは! 当てるつもりの攻撃か、それは!?」
彼女の経験の浅い剣が振り下ろされる頃には、もうラーロットはミファーの横に回り込んでいた。
そして、隙だらけのミファーに一撃を叩き込む。
「ぐぅ!」
だがそれは戦闘不能を狙う全力の一撃などではない。小突くような、相手の意志と体力を削る一撃――周囲の人間に見せつけるかのような一撃だ。
「そぉら、そぉら、そぉら!」
ミファーはじわじわと痛めつけられていった。
すでに勝負はついている。
ただミファーが諦めず、ラーロットが終わらせないだけ。
ミファー自身も激しく傷つき、そして見ている俺たちまで気分の悪くなる試合。ただラーロットだけが気持ちよくなっている試合。
普通に――
クソだな。
「もういいだろ……負けを認めろよ、ミファー」
俺は小さくつぶやく。
だが、ミファーの気持ちはわかっていた。
――小生は勇者になって人々を守りたいのです!
ミファーはそう言っていた。その気持ちがきっとミファーを諦めさせないのだ。この戦いから何かを学び取ろうと必死なのだ。
そんな心意気を知るからこそ――
ミファーをいたぶるラーロットが許せなくなってくる。
「ミファー」
審判である教師が口を開く。
「降参したらどうだ?」
「だ――」
ミファーが口を開いた瞬間、ラーロットが大声で割り込む。
「どうした? オウマの弟子になったんだろ? あのオウマの! 諦めるなよ! オウマの、師匠の顔に泥を塗ってしまうぞ!」
あいつ!
ラーロットの狙いは明白だった。
ミファーの言葉を遮ることで試合放棄を邪魔したこと。
そしてもうひとつ――これこそが本命。
ミファーと俺の関係をみんなの前でぶちまけること。つまりこのミファーへのリンチは俺への当てつけだと暗に言っているのだ。
「え、そうだったの? ミファーが?」
「知らなかったの?」
「オウマに近づくとああなるのか……」
驚きと不安の声が主に平民たちのグループから聞こえる。
効果的な一言だった。ミファーが俺の弟子になって日は浅い。その事実を知る生徒はまだ少ない。
それを知らしめることで効果を最大限に引き出している。
だが、俺は少しばかり気になる点があった。
あの貴族のバカ息子に、そこまで機転が利くとも思えないのだが。
それに――平民に興味がなさそうなあいつが平民ですら知らない弟子の話をなぜ知っているんだろう?
ざわつく生徒たち。
模擬戦は一気に終局へと近づいていた。
ミファーの発言を許さず、一気にラーロットがたたみかける。
「終わりだ、平民!」
ごっ!
ラーロットがミファーのこめかみめがけて剣を振り抜いた。かわせなかったミファーはそれをまともに喰らう。
刃のない剣とはいえ――頭を狙えば命に関わる。
白熱した接戦ならばいざ知らず、これほどの実力差ならばそんな危険なこと、言われるまでもなく禁じ手だ。
ミファーと知り合った期間は短かったが――
それでも俺の胸は怒りに震えた。
いや、期間などどうでもいいのだ。
俺は昔から決めていた。俺に付き従ったものには寝床と仕えることへの誇り――矜持を与えると。
それは決して俺からは見捨てないという誓い。
俺に従うものへの攻撃は俺への攻撃とみなす。
魔界統一時代から俺はずっとそうやってきた。
いいだろう、ラーロット。
お前からの挑戦状を受けてやろう。
貴様が何者の手を噛んだのか、思い知るといい。
お前は俺がつぶす。
「勝者、ラー――」
教師の声が不自然に途切れた。
「魔王さま。まだ終わっていないようですよ」
ルシフェルがそう言った。
試合場に目を向けると、異様な光景が目に飛び込んできた。
あとは崩れ落ちるだけのミファーの身体が、まるで時間を巻き戻したかのように元の態勢に戻ったのだ。
ラーロットが見開いた目でミファーを見ている。
ミファーの表情はぼんやりとしていた。半開きの口はゆっくりと動き何か謎の言葉をつぶやいている。
うろんな顔。
その目はじっと眼前のラーロットを見ている。
「ひっ」
気圧されたラーロットの口から情けない声が漏れた。
ミファーが、動く――




