第九話 嘘を守るもの
地下施設から戻った後。
アシュレイはほとんど眠らなかった。
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机の上には、あの紙が置かれている。
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『国を守るための嘘は』
『いつか国を壊す』
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何度読んでも。
意味は変わらない。
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しかし。
気になるのは文章ではなかった。
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なぜ。
自分に向けたのか。
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「悩んでいますね」
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声に振り返る。
ミレイだった。
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「顔に出ていますか」
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「少しだけ」
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「珍しいですね」
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ミレイは椅子に座る。
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「いつものあなたなら、すぐに分析を始めます」
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「分析しています」
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「違います」
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即答だった。
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「あなたは今、考えている」
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「何が違うのかを」
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アシュレイは黙る。
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確かに。
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犯人の目的。
地下施設の価値。
帝国の関与。
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それらは考えられる。
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しかし。
一番引っかかっているのは。
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自分の信念だった。
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「ミレイ」
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「はい」
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「嘘は、悪だと思いますか」
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突然の質問。
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ミレイは少し考える。
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「場合によります」
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「便利な答えですね」
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「諜報員ですから」
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ミレイは淡々と言う。
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「嘘で人を救うこともあります」
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「でも」
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「嘘をついた本人が、その嘘を正義だと思った瞬間」
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「危険になります」
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アシュレイは顔を上げる。
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「なぜですか」
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「自分を疑わなくなるからです」
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その言葉は。
深く残った。
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その日の午後。
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帝国外交官レオンから面会の申し出が届いた。
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「また彼ですか」
ギルが警戒する。
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「警戒するのは正しいです」
アシュレイは答える。
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「ですが」
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「会わない理由にはなりません」
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街外れの小さな館。
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そこにレオンはいた。
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「お久しぶりです」
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「数日前に会ったばかりですが」
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「外交官にとって数日は長いですよ」
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レオンは笑う。
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しかし。
その表情は以前より少し疲れていた。
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「あなたも知ったようですね」
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「何をですか」
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「地下施設」
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アシュレイは警戒する。
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「なぜ知っているのですか」
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「帝国も調査していたからです」
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あっさり認める。
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「つまり」
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「帝国はヴェルナを狙っている」
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「半分正解です」
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レオンは答える。
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「では、残り半分は?」
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「帝国の全員が同じ目的ではない」
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レオンは窓の外を見る。
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「大国というものは」
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「一人の意思では動きません」
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「皇帝の命令」
「軍の判断」
「貴族の利益」
「商人の欲望」
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「全てが絡みます」
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アシュレイは理解する。
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帝国という巨大な存在。
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それは一つの意思を持つ怪物ではない。
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多くの人間が動かす巨大な仕組みだ。
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「では」
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「あなたは何を求めているのですか」
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レオンは少し黙った。
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「戦争を避けたい」
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意外な答え。
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「帝国外交官としては」
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「珍しいですか?」
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「いえ」
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アシュレイは首を振る。
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「大国の人間ほど、戦争の代償を知っていると思っています」
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レオンは少し笑った。
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「やはり面白いですね」
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「あなたは帝国を恐れている」
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「しかし」
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「帝国の人間を一括りにしない」
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その時。
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レオンの表情が変わった。
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一瞬。
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ほんの一瞬。
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警戒。
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アシュレイは見逃さない。
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「何かありましたか」
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「……」
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レオンはため息をつく。
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「あなたは本当に厄介ですね」
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「褒め言葉として受け取ります」
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「では忠告です」
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レオンは声を落とす。
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「ヴェルナで起きていること」
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「帝国と王国の争いだと思わない方がいい」
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アシュレイは目を細める。
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「では何ですか」
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レオンは答える。
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「誰かが」
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「帝国と王国が争うように仕向けている」
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静寂。
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アシュレイの中で。
点だった情報が繋がり始める。
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軍の移動。
失踪者。
地下施設。
脅迫。
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全ては。
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戦争を起こすための準備なのか。
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「なぜ私に教えるのですか」
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アシュレイが聞く。
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レオンは少し笑った。
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「簡単です」
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「あなたが失敗すると」
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「私も困るからです」
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敵。
味方。
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そのどちらにも分類できない男。
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それが。
レオンだった。
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その夜。
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アシュレイの元へ最後の報告が届く。
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『失踪者三十七名』
『全員、死亡確認』
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短い報告。
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しかし。
その下に続きがあった。
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『ただし』
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『一名を除く』
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アシュレイは息を止める。
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名前。
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そこに書かれていた名前は。
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ヴェルナ鉱山の元技師。
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そして。
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アシュレイの父が生前、唯一信頼していた人物だった。
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