第六話 消えた三十七人
翌朝。
アシュレイは鉱山へ向かった。
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ヴェルナ北部。
小さな山間部にある鉱山。
ここは昔から鉄鉱石が採れる場所だった。
帝国にとっても。
リーヴェルト王国にとっても。
価値のある場所。
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「三週間前まで、ここは普通だった」
案内役の男が言う。
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名はハロルド。
ヴェルナ自治評議会の役人。
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「普通、とは?」
アシュレイが聞く。
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「帝国の商人が来る」
「王国の商人も来る」
「地元の人間が働く」
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ハロルドは鉱山を見る。
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「誰も満足していない」
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「ですが」
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「誰も完全には困っていない」
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アシュレイはその言葉を覚えた。
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外交において。
完全な味方も。
完全な敵も。
そう多くない。
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鉱山内部。
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道具が残されている。
作業服。
食器。
個人の荷物。
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しかし。
人間だけがいない。
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「争った形跡は?」
ギルが聞く。
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「ありません」
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「逃げた?」
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「それも違う」
ハロルドは答える。
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「彼らは荷物を置いたまま消えています」
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アシュレイは周囲を見る。
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不自然。
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人間が突然いなくなる時。
必ず何かが残る。
恐怖。
争い。
痕跡。
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しかし。
ここには。
「いなくなった後の生活」
だけが残っていた。
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「失踪した人間の名簿を」
アシュレイが言う。
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ハロルドが渡す。
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三十七名。
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鉱夫。
技師。
運搬員。
共通点はないように見える。
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だが。
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「この人たちは全員」
アシュレイが指を止める。
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「鉱山の奥部に関わっている」
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ハロルドの表情が変わった。
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「……気づきましたか」
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「何か知っていますね」
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沈黙。
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数秒後。
ハロルドはため息をついた。
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「あなたも、あの人と同じですね」
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「あの人?」
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「帝国の人間です」
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アシュレイの目が細くなる。
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「帝国外交官ですか」
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「違います」
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ハロルドは首を振る。
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「軍人です」
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空気が変わる。
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「いつ来た?」
ギルが聞く。
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「二週間前」
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「なぜ報告しなかった?」
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ハロルドは答えなかった。
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アシュレイが代わりに聞く。
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「怖かったからですか」
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ハロルドを見る。
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「帝国が?」
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「違います」
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少し間を置いて。
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「王国が」
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ギルが眉をひそめる。
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「我々が?」
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「あなた方は理解していない」
ハロルドは言った。
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「帝国が強いことは、皆知っています」
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「でも」
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「帝国は強いから、何をするか分かる」
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その言葉に。
アシュレイは黙る。
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「問題は」
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「弱い国が、強い国を恐れて真似を始めることです」
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ハロルドは続ける。
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「王国も帝国も」
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「結局、自分たちの都合でこの土地を見る」
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厳しい言葉。
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しかし。
アシュレイは否定できなかった。
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夜。
宿に戻ったアシュレイは資料を並べる。
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「帝国軍人」
「鉱山奥部」
「失踪者」
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情報が繋がりそうで繋がらない。
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「何を見落としている……」
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そこへ。
ミレイが入ってくる。
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「考えすぎです」
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「そう見えますか」
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「はい」
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ミレイは机を見る。
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「あなたはいつもそうです」
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「情報が足りない時」
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「自分の責任で埋めようとする」
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アシュレイは黙る。
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その時。
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窓の外。
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小さな音がした。
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ギルが即座に剣へ手を伸ばす。
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「誰だ!」
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外へ出る。
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そこには。
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一枚の紙が落ちていた。
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アシュレイが拾う。
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短い文章。
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『探るな』
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その下に。
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もう一文。
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『次に消えるのは、お前だ』
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部屋が静まる。
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ギルが言う。
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「脅迫ですか」
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アシュレイは紙を見る。
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そして。
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「違います」
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「これは」
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「警告です」
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彼は理解していた。
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本当に殺したい相手なら。
こんな紙は残さない。
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つまり。
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相手は何かを伝えようとしている。
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問題は。
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「なぜ、わざわざ警告するのか」
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だった。
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