第五話 国境の向こう側
王都を出て三日。
アシュレイ一行は、北へ進んでいた。
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馬車の中。
向かいに座るギルが、何度目か分からないため息をつく。
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「何か言いたいことがありますか」
アシュレイが聞く。
「ある」
「聞きます」
「休め」
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即答だった。
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「昨日は?」
「資料を確認しました」
「一昨日は?」
「移動中に」
「寝たか?」
「少し」
「少しとは?」
「三時間ほど」
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ギルは頭を抱えた。
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「お前、自分が倒れたら全部終わるって考えたことないのか」
「あります」
「なら」
「だから倒れないようにしています」
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ギルは黙った。
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「そういうところだ」
「何がですか」
「自分だけで全部解決できると思っているところ」
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アシュレイは反論しようとして。
やめた。
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否定できなかった。
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ヴェルナへ向かう一行は、
アシュレイ。
護衛役のギル。
灰色塔のミレイ。
そして数名の補佐官。
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外交使節団としては少人数。
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理由は単純。
大きな集団で行けば。
相手は警戒する。
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今回必要なのは威圧ではない。
話を聞くことだった。
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昼過ぎ。
一行は国境検問所へ到着した。
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「止まれ」
兵士が槍を向ける。
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しかし。
兵士の装備は王国軍とは違っていた。
帝国式でもない。
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「ヴェルナ自治警備隊」
ミレイが小声で言う。
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兵士が書類を見る。
「リーヴェルト王国の外交官?」
「はい」
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兵士はアシュレイを見る。
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「若いな」
「よく言われます」
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「王国は人材不足なのか?」
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少し失礼な言葉。
しかし。
アシュレイは怒らない。
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「そうかもしれません」
「認めるのか」
「必要な場所に必要な人間を置いているだけです」
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兵士は少し笑った。
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「変な外交官だな」
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通行許可が下りる。
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国境を越えた瞬間。
アシュレイは違和感を覚えた。
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景色は大きく変わらない。
山。
森。
街道。
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しかし。
人々の表情が違う。
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王国では。
帝国への恐怖があった。
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ここでは。
別の感情がある。
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諦め。
警戒。
疲労。
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「歓迎されていませんね」
ギルが言う。
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「当然です」
アシュレイは答える。
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「彼らから見れば、我々も大国側の人間です」
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ミレイが見る。
「王国は大国ではありません」
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「彼らにとっては関係ありません」
アシュレイは言った。
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「自分たちの土地へ来る権力者は、全て同じに見える」
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その言葉に。
ミレイは少し黙った。
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夕方。
一行はヴェルナ最大の街へ入った。
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街の中央。
三つの旗が掲げられていた。
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一つ。
帝国旗。
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一つ。
リーヴェルト王国旗。
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そして。
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一つ。
ヴェルナ自治旗。
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アシュレイは足を止めた。
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「珍しいですね」
ギルが言う。
「普通、一つの街に三つの旗はありません」
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ミレイが答える。
「ここでは、それが普通です」
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三つの旗。
三つの影響。
三つの考え。
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ヴェルナとは。
誰かの国ではない。
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誰かの国になりきれない場所だった。
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その夜。
宿で情報整理をしていると。
一人の少女が訪ねてきた。
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「あなたが、王国から来た人?」
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護衛が警戒する。
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しかしアシュレイは手で止めた。
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「そうです」
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少女は周囲を確認する。
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「なら、伝えて」
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「何を?」
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少女は小さな声で言った。
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「父さんたちは」
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「帝国に連れていかれたんじゃない」
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「誰かに消された」
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アシュレイの表情が変わる。
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「あなたのお父さんは?」
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「鉱山で働いていました」
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「いつから?」
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少女は答える。
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「三週間前から」
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そして。
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「同じ日に消えた人が」
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「三十七人います」
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第一章で届いた報告。
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失踪者三十七名。
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その数字が。
現実になった瞬間だった。
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