第十話 消された記録
地上へ戻る頃には、空が白み始めていた。
三人は鉱山の管理施設へ向かった。
誰も口を開かなかった。
地下で見つけたものが多すぎた。
古い記録。
東側へ伸びる道。
隠された通路。
そして、そこを探している誰か。
管理施設に戻ると、アシュレイは机の上に古い地図を広げた。
その隣に、地下で見つけた記録を並べる。
「まず、分かっていることを整理しましょう」
レオンが椅子を引いた。
「賛成です」
リディアも向かいに座る。
アシュレイは地図を指した。
「現在の鉱山記録では、坑道は六つ」
「はい」
「ですが、古い地図には東へ続く道がある」
リディアが頷く。
「そして、その先に地下構造がある」
「正確には、地下構造へ続く入口が複数ある可能性があります」
レオンが補足した。
アシュレイも頷いた。
「次に、記録です」
一枚の紙を机に置く。
そこには、グスタフ・ヴァイスの名前が残っている。
「グスタフは東側旧坑道から地下構造を確認している」
リディアが読む。
「ですが、施設を発見したとは書かれていません」
「ええ」
アシュレイは続けた。
「その後、エドガーが鉱山の調査中に地下施設を発見し、王国へ報告している」
レオンが腕を組む。
「つまり、少なくとも二つの時期に調査が行われている」
「そうなります」
「しかし」
リディアが別の紙を出した。
フェルナード家の記録だった。
「私の家に残っている記録では、もっと古い時期から、この周辺について調べていた形跡があります」
アシュレイが目を向ける。
「どこまで遡れますか?」
「正確には分かりません」
リディアは紙をめくった。
「途中の記録が抜けています」
「抜けている?」
「はい」
リディアは一枚のページを指した。
前後の文章は繋がっている。
だが、その間だけ数ページが欠けていた。
「破れたのではありません」
「最初からない?」
「おそらく」
アシュレイは黙ってページを見た。
記録が古い。
だから失われた。
そう考えることもできる。
しかし。
地下で見つけた記録。
王国の記録。
フェルナード家の記録。
どれも、肝心な部分だけが残っていない。
「偶然ではない、と?」
レオンが聞いた。
「まだ断定はできません」
アシュレイは答えた。
「ですが、同じことが何度も起きています」
リディアが静かに言った。
「誰かが消した」
「その可能性はあります」
「何のために?」
アシュレイは答えなかった。
机の上に並んだ資料を見る。
地下構造。
東側旧坑道。
消えた記録。
そして、三度の音。
一つずつなら、ただの古い出来事だ。
だが。
繋げると、別の意味が見えてくる。
「一つ、気になることがあります」
アシュレイが言った。
「何です?」
レオンが顔を上げる。
「地下にいた人物は、あの場所を初めて見つけたわけではありません」
リディアが頷く。
「そうですね」
「それどころか」
アシュレイは古い地図を指した。
「この場所を知っている人間が、何代も前から存在していた可能性があります」
部屋が静かになった。
レオンが資料を見る。
「それなら、問題は誰が最初に見つけたかではない」
「ええ」
アシュレイは答えた。
「なぜ、知っていた人たちが記録を残さなかったのか」
リディアが、フェルナード家の記録に目を落とす。
そのページの端。
小さな文字があった。
今まで気づかなかった。
――境界の内側にあるものは、外へ持ち出してはならない。
リディアの表情が変わる。
「……これ」
アシュレイが見る。
「以前の記録と同じ言葉です」
「『境界を越えてはならない』」
リディアは頷いた。
「少し違います。でも、意味は同じです」
アシュレイはその文字をしばらく見つめた。
そして。
「境界」
小さく呟いた。
第二章で越えた国境とは違う。
地下に残された古い言葉。
フェルナード家が守ってきた記録。
そして、鉱山の東側に残された道。
「この言葉が指している境界は、国境ではないのかもしれません」
レオンが顔を上げた。
「では、何の境界でしょう」
アシュレイは答えなかった。
まだ分からない。
ただ。
地下へ続く道の先に、国と国の境目とは別の何かがある。
そんな気がしていた。
その時。
管理施設の外から声がした。
「アシュレイさん」
鉱山管理人だった。
「東側の道について、少し思い出したことがあります」
三人が顔を上げる。
管理人は少し迷ってから言った。
「昔、あそこへ行った人間が一人だけいたそうです」
「誰ですか?」
アシュレイが尋ねる。
管理人は答えた。
「名前は……」
一瞬、言葉を止める。
「エドガー・ヴァイスです」
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