第九話 三度目
三度。
そして、三度。
地下に響いた音は、それきり止まった。
「……これで三度目ですね」
リディアが言った。
アシュレイは答えず、壁を見ていた。
正確には、音が響いた方向ではない。
その反対側。
「どうしました?」
レオンが尋ねる。
「少し気になることがあります」
アシュレイは先ほど見つけた木箱のそばまで戻った。
床に残った引きずり跡。
足跡。
そして、壁の隙間。
一つずつ確認する。
「この跡を見てください」
「引きずった跡ですか?」
「ええ」
アシュレイは指先で示した。
「ここから壁まで続いています」
リディアが跡を目で追う。
「……木箱を運んだ跡?」
「おそらく」
「でも、木箱はここにある」
「だからおかしいんです」
アシュレイは木箱を見た。
箱そのものは古い。
だが、床に残った跡は新しい。
つまり。
「誰かが、この箱を動かした」
レオンが言った。
「そして、その後に元の場所へ戻した」
「その可能性があります」
「何のために?」
リディアが聞く。
アシュレイは答えなかった。
代わりに、木箱の底を持ち上げる。
軽い。
中身はない。
だが――。
「……これ」
箱の底に、薄い切れ込みがあった。
アシュレイが指を入れる。
板が外れた。
その下に、紙が一枚だけ挟まっている。
リディアが息を呑んだ。
「隠していた?」
「そうでしょう」
紙は古かった。
しかし、文字は比較的新しい。
簡素な記述だけが残されている。
――東側より入る。
――奥に続く。
――三度目は、音の後。
アシュレイの目が止まった。
「……三度目」
レオンが呟く。
「今の音と関係があるのでしょうか」
「分かりません」
アシュレイは紙を裏返した。
何もない。
「ですが、この記録を書いた人物は、音を知っていた」
リディアが言う。
「それだけは確かですね」
「ええ」
アシュレイは紙を畳んだ。
その時だった。
遠くで音がした。
三度。
一度。
そして――。
また三度。
三人は顔を見合わせた。
「……今までと違います」
リディアが言った。
アシュレイも気づいていた。
これまでの音は、
三度。
間。
三度。
だった。
今の音には、一度だけ別の音が混じった。
「誰かが、返した?」
レオンが静かに言う。
「その可能性はあります」
アシュレイは隠し通路を見る。
先ほどまで何も見えなかった奥。
そこに、わずかな光があった。
人が持つ灯り。
一瞬だけ。
そして消えた。
「今度は追いますか?」
リディアが聞いた。
アシュレイは少しだけ考えた。
「いいえ」
「またですか」
「ええ」
アシュレイは答えた。
「今度は、こちらから動く必要があります」
「どういう意味です?」
アシュレイは古い紙を見せた。
「相手が三度目を待っているのなら」
一拍置く。
「私たちは、三度目が何を意味するのかを先に調べます」
レオンが頷いた。
「追いかけるより、条件を確認する」
「そのほうが、この場所には合っています」
アシュレイはそう言って、来た道を振り返った。
東側の古い道。
地下構造。
グスタフの記録。
フェルナード家の記録。
そして、現在ここを探している誰か。
すべてが一本の線になり始めている。
ただし。
まだ、その線がどこへ続いているのかは分からない。
「一度、地上へ戻りましょう」
リディアが驚く。
「戻るんですか?」
「ええ」
「こんなところまで来たのに?」
「だからです」
アシュレイは微笑んだ。
「ここで分からないことを、ここだけで考える必要はありません」
三人は地下を後にした。
誰も気づいていなかった。
彼らが去った後。
隠し通路の奥で。
一度だけ。
小さな音が鳴った。
そして、その音に応えるように。
三度。
音が返ってきた。
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