第七話 フェルナード
翌朝。
アシュレイたちは、一度地上へ戻ることにした。
地下に残された記録を整理する必要があった。
何より、グスタフ・ヴァイスの名前が出てきた以上、エドガー本人に確認したいことが増えている。
入口へ向かって歩いている途中だった。
「……誰かいます」
レオンが足を止めた。
アシュレイも立ち止まる。
前方。
薄暗い通路の先に、人影があった。
一人。
こちらへ向かって歩いてくる。
レオンが周囲を確認する。
アシュレイは手を上げた。
「待ちましょう」
人影が近づく。
足音が、石造りの通路に小さく響く。
やがて姿がはっきりした。
「アシュレイ」
聞き覚えのある声だった。
「……リディア」
リディア・フェルナードは、二人の前で足を止めた。
いつもの落ち着いた表情。
ただし、手には古びた革袋を抱えている。
「やはり、ここにいましたか」
「どうしてここへ?」
「古い記録を追っていたら、この場所に行き着きました」
リディアは革袋を軽く持ち上げた。
「正確には、ここへ続く道を記した地図が残っていたんです」
アシュレイは革袋を見る。
「フェルナード家の記録ですか?」
「ええ」
リディアは頷いた。
「以前から気になっていた資料でした」
レオンが口を挟む。
「フェルナード家にも、この地下の存在を示す記録が?」
「地下そのものについて明確に書かれていたわけではありません」
リディアは答えた。
「ただ、現在の地図と一致しない道がいくつか残っていました」
「それを辿ってきた」
「はい」
リディアは短く答えた。
「ここへ来るまでに、何度か古い道を探しました」
アシュレイは頷いた。
「なるほど」
リディアは革袋から一枚の紙を取り出した。
何度も折り畳まれた跡がある。
紙そのものも古い。
アシュレイが受け取った。
「これは……」
地図だった。
見覚えのある山。
現在の鉱山周辺。
だが、違和感がある。
「国境線が違いますね」
「ええ」
リディアは頷いた。
「私の家に残っていた記録では、これが正しいことになっています」
地図に描かれた境界線は、現在のものとは明らかに違っていた。
いくつかの地域が、現在とは別の領域として記されている。
そして。
鉱山の近くから東へ伸びる線が一本。
その線は山の内部へ向かっている。
アシュレイは黙って地図を見た。
「いつのものですか?」
「正確には分かりません」
「分からない?」
「記録が途中で途切れています」
リディアは淡々と答えた。
「この地図と一緒に保管されていた資料もありますが、肝心な部分だけ抜けています」
「誰かが持ち出した?」
「可能性はあります」
リディアは少し間を置いた。
「ただ、最初から存在しなかった可能性も否定できません」
レオンが地図を覗き込む。
「境界線の変更記録は?」
「残っていません」
「それは妙ですね」
「ええ」
リディアはアシュレイを見る。
「だから調べています」
アシュレイは地図を返した。
「この場所について、フェルナード家はどこまで知っているんですか?」
「ほとんど何も」
意外な答えだった。
「ただ」
リディアは革袋から別の紙を取り出した。
「何度か、同じ言葉が記録されています」
紙には短い文章が書かれていた。
――境界を越えてはならない。
アシュレイの目が止まる。
「……これも」
「ええ」
リディアは頷いた。
「あなたたちも見つけたのでしょう?」
「はい」
アシュレイが答えた。
「地下の壁にもありました」
リディアの表情が僅かに変わった。
「壁に?」
「ええ」
レオンが答える。
「同じ言葉が刻まれていました」
「なら、私の家の記録だけではありませんね」
「そうなります」
しばらく沈黙が続いた。
地下に残された記録。
グスタフ・ヴァイスの名前。
フェルナード家に伝わる地図。
現在とは異なる国境線。
そして、繰り返される言葉。
それぞれが別々の場所から、この地下へ向かっている。
だが。
まだ一つの答えにはならない。
「リディア」
「はい」
「なぜ、今になって調べ始めたんですか?」
アシュレイが尋ねた。
リディアは少しだけ考えてから答えた。
「私が調べ始めたのは、地図そのものが理由ではありません」
「他にも何か?」
「数年前から、古い資料を探している人間がいたんです」
レオンが顔を上げた。
「誰です?」
「分かりません」
「帝国?」
レオンが尋ねる。
リディアは首を横に振った。
「それも分かりません」
「王国の人間という可能性は?」
「否定できません」
リディアは淡々と答えた。
「ただ、私の家に残っていた資料と似たものを探していたようです」
「何を?」
「地下の構造を示す記録です」
アシュレイは考え込んだ。
グスタフも、この場所を調べていた。
フェルナード家にも、この場所へ繋がる記録がある。
そして、それを探している人間までいる。
「その人物は、ここへ来ている可能性がありますね」
レオンが言った。
「私もそう考えています」
リディアが答える。
「だから、私も来ました」
そのとき。
通路の奥から音が響いた。
――コン。
三人が振り返る。
続いて。
――コン、コン。
間。
――コン。
――コン。
――コン。
いつもの音。
三回。
間。
三回。
リディアの表情が変わった。
「……これです」
アシュレイが彼女を見る。
「知っているんですか?」
「ええ」
リディアは低い声で答えた。
「家の記録にありました」
「音の記録まで?」
「はい」
リディアは通路の奥を見る。
「ただ、意味は書かれていませんでした」
「誰が記録したんです?」
「分かりません」
また音が響く。
今度は少し遠い。
リディアは音の方向を見つめた。
「この音が、昔から記録されていたんです」
「昔から?」
「はい」
「どれくらい前です?」
「正確には分かりません」
リディアは首を横に振った。
「記録そのものが古すぎます。ただ、少なくとも現在の国境が定められる以前の資料にも、この音について触れた記述があります」
アシュレイは黙った。
現在の鉱山。
古い国境。
地下施設。
そして、昔から続く音。
すべてが少しずつ繋がり始めている。
だが。
まだ答えにはならない。
「リディア」
「はい」
「あなたが知っていることを、すべて聞かせてください」
リディアはアシュレイを見る。
「あなたも、同じように話してくれますか?」
アシュレイは一瞬だけ黙った。
レオンがいる。
帝国の人間がいる。
それでも。
ここまで情報が重なった以上、完全に別々に動く方が危険だった。
「分かりました」
アシュレイは頷いた。
「こちらが確認したことも話します」
リディアは小さく頷いた。
「では、交換しましょう」
地下に残された記録は、少しずつ繋がり始めていた。
だが、それによって見えてきたのは答えではない。
むしろ。
この場所を知ろうとしている人間が、自分たち以外にもいるという事実だった。
毎日20時20分投稿予定です。
もしよければ、ブックマークと評価よろしくお願いします。




