第五話 もう一つの入口
隙間は、人一人が横向きになれば通れる程度の幅しかなかった。
壁を無理に崩した形跡はない。
むしろ、長い年月の中で少しずつ開いたようにも見える。
アシュレイは隙間の前に立ち、奥を覗いた。
淡い光が見える。
そして、風。
地下深くに閉ざされた場所から吹いてくるには、あまりにも冷たく、澄んでいた。
「先に確認します」
レオンが言った。
「お願いします」
レオンが身を屈め、隙間の向こうへ入っていく。
数秒後。
「通れます」
声が返ってきた。
アシュレイも続いた。
壁を抜けた瞬間、空気が変わった。
さきほどまでの狭い通路とは違う。
そこには、人が何人も並んで歩けるほどの空間が広がっていた。
壁は整えられた石。
床にも同じ石が敷かれている。
一定の間隔で柱が立ち、天井を支えていた。
アシュレイは足を止めた。
「……見覚えがあります」
レオンも周囲を見渡した。
「私もです」
以前、地下で見た施設。
その一部とよく似ていた。
壁の造り。
柱の配置。
通路の幅。
鉱山のためだけに作られた場所とは思えない。
「同じ施設でしょうか」
「断定はできません」
アシュレイはそう答えた。
「ですが、無関係とも思えませんね」
「ええ」
レオンは壁に手を触れた。
「少なくとも、同じ思想で造られています」
「思想?」
「人を運ぶだけなら、もっと簡単にできます。ここは、人と物の両方を長距離で移動させることを前提にしている」
アシュレイは通路の奥を見る。
一本道ではない。
正面と左右。
三方向へ道が伸びている。
「鉱山の地下施設というより……」
「地下の交通路」
レオンが言った。
「そう考えた方が自然でしょう」
その言葉に、アシュレイは答えなかった。
地下の交通路。
もし本当にそうなら、問題は規模だけではない。
どこへつながっているのか。
誰が使っていたのか。
そして、なぜ現在の記録から消えているのか。
アシュレイは正面の通路へ目を向けた。
その先に、何かがある。
そう思わせるような空気が漂っていた。
だが。
「待ってください」
レオンが言った。
足元を指差している。
そこには、土埃の上に残った跡があった。
足跡。
今度は、はっきりと分かる。
「新しいですね」
「ええ」
アシュレイはしゃがみ込んだ。
靴底の跡は、こちらへ向かっている。
そして、途中で消えていた。
「戻った形跡がありません」
「別の出口があるかもしれません」
「探しましょう」
二人は周囲を調べた。
壁際には古い木箱がいくつか残っている。
中身はほとんど空だった。
その隣には、錆びた金属製の器具。
用途は分からない。
さらに奥には、小さな部屋があった。
扉は開いている。
中には棚が並んでいた。
「記録庫でしょうか」
レオンが中を覗く。
「可能性はあります」
棚の多くは空だった。
しかし、一番奥に数冊の紙束が残されている。
紙は湿気で変色していた。
アシュレイが一枚を手に取る。
文字は薄い。
それでも、いくつかの単語は読み取れた。
鉱石。
地下水。
東側。
そして、境界。
「……境界」
アシュレイが呟く。
レオンが横から覗き込んだ。
「この言葉、何度も出てきますね」
「ええ」
アシュレイは紙束をめくった。
詳しい内容はほとんど残っていない。
だが、単なる鉱山の採掘記録ではなかった。
地下水の流れ。
岩盤の位置。
地中に存在する空洞。
それらを示した簡単な図。
さらに、複数の地点を結ぶ線。
「地図のようですね」
「そう見えます」
レオンが紙を受け取った。
「ただ……」
「何か?」
「この線、地上の道ではありません」
アシュレイは紙を見た。
確かに。
線は山の中を横切り、いくつもの場所をつないでいる。
途中には小さな印がある。
その一つに、現在の鉱山がある。
だが。
その先にも線は続いていた。
「この施設は、鉱山だけのために作られたものではない」
アシュレイが言った。
「そう考える方が自然でしょう」
レオンは紙を畳んだ。
「持っていきますか?」
「ええ。可能な限り記録してください」
「了解です」
そのとき。
通路の奥から、微かな音がした。
――コン。
二人が顔を上げる。
続いて。
――コン、コン。
間。
――コン。
そして。
――コン、コン。
三回。
間。
三回。
アシュレイは音の方向を見る。
さきほどまで感じていた風が、少し強くなった。
「またですね」
「ええ」
レオンは腰の道具に手を添えた。
だが、抜こうとはしない。
「今度は近い」
アシュレイは頷いた。
音のした方向へ進む。
数十歩ほど進んだところで、壁に文字が刻まれているのが見えた。
古い。
ところどころ削れている。
それでも、読むことはできた。
――境界。
その下に、さらに文字がある。
アシュレイは目を細めた。
「……また、この言葉です」
レオンが隣に立つ。
「何の境界でしょうね」
「まだ分かりません」
アシュレイは壁に触れた。
冷たい。
その向こう側から、風が流れている。
そして。
ごく僅かに。
光が漏れていた。
誰かが持つ灯りなのか。
地下に残された設備なのか。
あるいは、別の何かなのか。
判断するには暗すぎる。
「進みますか?」
レオンが尋ねた。
アシュレイはしばらく壁を見つめていた。
ここから先に進めば、さらに多くのことが分かるだろう。
同時に。
戻れなくなる可能性もある。
「……進みましょう」
アシュレイは静かに答えた。
「ただし、記録できるものはすべて残してください」
「分かりました」
二人は再び歩き始めた。
その先に何があるのか。
まだ、誰にも分からない。
ただ一つだけ。
この場所が、鉱山の奥に偶然残された空間ではないことだけは。
少しずつ、確かになり始めていた。
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