第四話 東側の道
鉱山を出てから、東へ向かう道は次第に細くなっていった。
現在使われている坑道へ続く道とは違う。
人の手が入らなくなってから、かなりの時間が経っているのだろう。道の両脇には草が伸び、ところどころ地面そのものが見えなくなっている。
それでも、完全に消えてはいなかった。
「……地図の線は、この辺りですね」
レオンが古い写しを覗き込みながら言った。
「ええ」
アシュレイは足を止めた。
目の前には、木々の間を縫うように続く細い道がある。
地図に描かれていた線と、ほぼ同じ方向だった。
「ただの獣道には見えませんね」
「そうですね」
アシュレイは周囲を見渡した。
道幅は人が一人、二人通れる程度しかない。
だが、地面は不自然なほど平らだった。
草に覆われていて分かりにくいが、土の下に硬いものがある。
アシュレイが靴先で草を払う。
その下から、灰色の石が現れた。
「……舗装されています」
「この場所を?」
「少なくとも、誰かが通るために整えたのでしょう」
レオンがしゃがみ込み、石の表面を指でなぞった。
「かなり古いですね」
「それでも残っている」
「地面に埋まっているからでしょう。道として使われなくなった後も、上から土が積もっただけのようです」
レオンは立ち上がった。
「行きましょう」
その言葉に、アシュレイは一瞬だけ彼を見た。
帝国の人間。
それでも、今この場においては調査人としての判断を信頼できる。
少なくとも、目の前にあるものを見落とさないという点では。
「ええ」
二人は再び歩き始めた。
しばらく進むと、木々が途切れた。
その先に、石造りの構造物が現れた。
建物というには小さい。
しかし、自然にできたものでもない。
地面から少しだけ盛り上がった石の壁。
その中央には、人が通れるほどの開口部があった。
ただし、半分以上が崩れた石で塞がれている。
「入口……でしょうか」
「そう見えますね」
アシュレイは近づいた。
崩れた石の隙間から、内部へ続く暗闇が見える。
そして、その手前の地面に。
足跡があった。
「レオン」
「見えています」
レオンはすぐにしゃがみ込んだ。
足跡は一つではない。
数人分。
古いものも混じっているが、その中に明らかに新しいものがあった。
「雨は?」
「ここ数日は降っていません」
「なら、この足跡はそれほど古くない」
「ええ」
アシュレイは入口を見た。
誰かが最近ここを通った。
それだけで、地図の価値は大きく変わる。
「鉱山の管理側が使った可能性は?」
「可能性はあります。ただ、現在の坑道からここへ来る理由が分かりません」
「そうですね」
アシュレイは少し考えた。
「では、誰かが記録にない道を使っている」
「あるいは、記録にない場所を探している」
レオンの言葉に、アシュレイは視線を向けた。
「……その可能性の方が厄介ですね」
「同感です」
二人は入口の前に立った。
崩れた石の隙間には、一人ならどうにか通れそうな空間が残っている。
アシュレイが先に中を覗き込む。
暗い。
だが、完全な闇ではなかった。
奥に、ごく薄く光が見える。
「明かり?」
「反射かもしれません」
「確認しましょう」
アシュレイが身をかがめた。
「先に私が」
「いえ」
レオンが制した。
「こういう場所では、前に出る人間より後ろを見る人間の方が重要です」
アシュレイはわずかに笑った。
「なるほど。では、お願いします」
「素直ですね」
「あなたが言うときは、たいてい理由がありますから」
「それは信頼されていると受け取っていいんでしょうか」
「調査人としては」
「そこは強調するんですね」
「帝国の人間ですから」
レオンは苦笑した。
「それなら、仕方ありません」
二人は中へ入った。
内部は、予想していたより広かった。
壁は石造り。
床も同じように石が敷かれている。
天井には一定の間隔で梁のようなものが残されていた。
「……鉱山の坑道とは違いますね」
レオンが呟いた。
「ええ」
アシュレイも周囲を見た。
以前見た地下施設と似ている。
壁の造りも。
通路の幅も。
人が作業するためだけではなく、人や物を移動させるために設計されたような構造も。
だが、同じ場所だと断定するには材料が足りない。
アシュレイは歩みを進めた。
しばらくすると、床に何かが落ちているのが見えた。
「これは……」
レオンが拾い上げる。
錆びた金属片だった。
形を見る限り、何かの道具の一部らしい。
「鉱山用の道具でしょうか」
「おそらく」
アシュレイは金属片を見た。
「ですが、今の鉱山で使われているものとは違いますね」
「古い型?」
「そう思います」
レオンは金属片を布で包んだ。
「持っていきます」
「お願いします」
そのときだった。
――コン。
二人の足が止まった。
暗い通路の奥から。
音がした。
――コン、コン。
短い間を置いて。
――コン。
そして。
――コン、コン。
三回。
間。
三回。
アシュレイは息を潜めた。
村で聞いた音と同じだった。
「……聞き間違いではなさそうですね」
レオンが低く言う。
「ええ」
「どうします?」
アシュレイはしばらく黙っていた。
音がした方向を見る。
一本道ではない。
少し先で、通路が左右に分かれている。
音がどちらから聞こえたのか、正確には分からない。
「先へ進みましょう」
「追いますか?」
「いいえ」
アシュレイは首を横に振った。
「音そのものを追うのではなく、この場所を確認します」
レオンが頷いた。
「音を出しているものが何であれ、こちらの判断を急がせたい可能性がありますからね」
「そういうことです」
二人は慎重に進んだ。
左の通路には何もない。
右も同じだった。
だが、少し進んだところで、アシュレイが足を止めた。
「……ここです」
壁に、細い亀裂が走っていた。
崩れたものではない。
壁そのものに、何かが押し開かれたような隙間がある。
アシュレイが手を近づける。
「冷たい」
「空気が流れています」
レオンも手をかざした。
確かに、隙間から微かな風が出ている。
そして。
奥から、ほんの僅かに光が漏れていた。
人工の光なのか。
それとも、別の何かなのか。
まだ分からない。
アシュレイは隙間の向こうを見つめた。
古い地図に描かれていた道。
記録から消えた坑道。
そして、この場所。
すべてが一本の線でつながり始めている。
だが、その線がどこへ続いているのかは、まだ見えない。
「レオン」
「はい」
「この先に何があると思いますか?」
レオンは少しだけ考えた。
「それを確かめるために、ここまで来たんでしょう」
アシュレイは頷いた。
「……そうですね」
隙間の向こうから、冷たい風が吹き続けていた。
二人の知らない地下へ向かって。
まるで、誰かがまだその先にいることを知らせるように。
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