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国を守る嘘  作者: アゴウオカダ
第一部 若き外交官編 第三章 深層
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第四話 東側の道



 鉱山を出てから、東へ向かう道は次第に細くなっていった。


 現在使われている坑道へ続く道とは違う。


 人の手が入らなくなってから、かなりの時間が経っているのだろう。道の両脇には草が伸び、ところどころ地面そのものが見えなくなっている。


 それでも、完全に消えてはいなかった。


「……地図の線は、この辺りですね」


 レオンが古い写しを覗き込みながら言った。


「ええ」


 アシュレイは足を止めた。


 目の前には、木々の間を縫うように続く細い道がある。


 地図に描かれていた線と、ほぼ同じ方向だった。


「ただの獣道には見えませんね」


「そうですね」


 アシュレイは周囲を見渡した。


 道幅は人が一人、二人通れる程度しかない。


 だが、地面は不自然なほど平らだった。


 草に覆われていて分かりにくいが、土の下に硬いものがある。


 アシュレイが靴先で草を払う。


 その下から、灰色の石が現れた。


「……舗装されています」


「この場所を?」


「少なくとも、誰かが通るために整えたのでしょう」


 レオンがしゃがみ込み、石の表面を指でなぞった。


「かなり古いですね」


「それでも残っている」


「地面に埋まっているからでしょう。道として使われなくなった後も、上から土が積もっただけのようです」


 レオンは立ち上がった。


「行きましょう」


 その言葉に、アシュレイは一瞬だけ彼を見た。


 帝国の人間。


 それでも、今この場においては調査人としての判断を信頼できる。


 少なくとも、目の前にあるものを見落とさないという点では。


「ええ」


 二人は再び歩き始めた。


 しばらく進むと、木々が途切れた。


 その先に、石造りの構造物が現れた。


 建物というには小さい。


 しかし、自然にできたものでもない。


 地面から少しだけ盛り上がった石の壁。


 その中央には、人が通れるほどの開口部があった。


 ただし、半分以上が崩れた石で塞がれている。


「入口……でしょうか」


「そう見えますね」


 アシュレイは近づいた。


 崩れた石の隙間から、内部へ続く暗闇が見える。


 そして、その手前の地面に。


 足跡があった。


「レオン」


「見えています」


 レオンはすぐにしゃがみ込んだ。


 足跡は一つではない。


 数人分。


 古いものも混じっているが、その中に明らかに新しいものがあった。


「雨は?」


「ここ数日は降っていません」


「なら、この足跡はそれほど古くない」


「ええ」


 アシュレイは入口を見た。


 誰かが最近ここを通った。


 それだけで、地図の価値は大きく変わる。


「鉱山の管理側が使った可能性は?」


「可能性はあります。ただ、現在の坑道からここへ来る理由が分かりません」


「そうですね」


 アシュレイは少し考えた。


「では、誰かが記録にない道を使っている」


「あるいは、記録にない場所を探している」


 レオンの言葉に、アシュレイは視線を向けた。


「……その可能性の方が厄介ですね」


「同感です」


 二人は入口の前に立った。


 崩れた石の隙間には、一人ならどうにか通れそうな空間が残っている。


 アシュレイが先に中を覗き込む。


 暗い。


 だが、完全な闇ではなかった。


 奥に、ごく薄く光が見える。


「明かり?」


「反射かもしれません」


「確認しましょう」


 アシュレイが身をかがめた。


「先に私が」


「いえ」


 レオンが制した。


「こういう場所では、前に出る人間より後ろを見る人間の方が重要です」


 アシュレイはわずかに笑った。


「なるほど。では、お願いします」


「素直ですね」


「あなたが言うときは、たいてい理由がありますから」


「それは信頼されていると受け取っていいんでしょうか」


「調査人としては」


「そこは強調するんですね」


「帝国の人間ですから」


 レオンは苦笑した。


「それなら、仕方ありません」


 二人は中へ入った。


 内部は、予想していたより広かった。


 壁は石造り。


 床も同じように石が敷かれている。


 天井には一定の間隔で梁のようなものが残されていた。


「……鉱山の坑道とは違いますね」


 レオンが呟いた。


「ええ」


 アシュレイも周囲を見た。


 以前見た地下施設と似ている。


 壁の造りも。


 通路の幅も。


 人が作業するためだけではなく、人や物を移動させるために設計されたような構造も。


 だが、同じ場所だと断定するには材料が足りない。


 アシュレイは歩みを進めた。


 しばらくすると、床に何かが落ちているのが見えた。


「これは……」


 レオンが拾い上げる。


 錆びた金属片だった。


 形を見る限り、何かの道具の一部らしい。


「鉱山用の道具でしょうか」


「おそらく」


 アシュレイは金属片を見た。


「ですが、今の鉱山で使われているものとは違いますね」


「古い型?」


「そう思います」


 レオンは金属片を布で包んだ。


「持っていきます」


「お願いします」


 そのときだった。


 ――コン。


 二人の足が止まった。


 暗い通路の奥から。


 音がした。


 ――コン、コン。


 短い間を置いて。


 ――コン。


 そして。


 ――コン、コン。


 三回。


 間。


 三回。


 アシュレイは息を潜めた。


 村で聞いた音と同じだった。


「……聞き間違いではなさそうですね」


 レオンが低く言う。


「ええ」


「どうします?」


 アシュレイはしばらく黙っていた。


 音がした方向を見る。


 一本道ではない。


 少し先で、通路が左右に分かれている。


 音がどちらから聞こえたのか、正確には分からない。


「先へ進みましょう」


「追いますか?」


「いいえ」


 アシュレイは首を横に振った。


「音そのものを追うのではなく、この場所を確認します」


 レオンが頷いた。


「音を出しているものが何であれ、こちらの判断を急がせたい可能性がありますからね」


「そういうことです」


 二人は慎重に進んだ。


 左の通路には何もない。


 右も同じだった。


 だが、少し進んだところで、アシュレイが足を止めた。


「……ここです」


 壁に、細い亀裂が走っていた。


 崩れたものではない。


 壁そのものに、何かが押し開かれたような隙間がある。


 アシュレイが手を近づける。


「冷たい」


「空気が流れています」


 レオンも手をかざした。


 確かに、隙間から微かな風が出ている。


 そして。


 奥から、ほんの僅かに光が漏れていた。


 人工の光なのか。


 それとも、別の何かなのか。


 まだ分からない。


 アシュレイは隙間の向こうを見つめた。


 古い地図に描かれていた道。


 記録から消えた坑道。


 そして、この場所。


 すべてが一本の線でつながり始めている。


 だが、その線がどこへ続いているのかは、まだ見えない。


「レオン」


「はい」


「この先に何があると思いますか?」


 レオンは少しだけ考えた。


「それを確かめるために、ここまで来たんでしょう」


 アシュレイは頷いた。


「……そうですね」


 隙間の向こうから、冷たい風が吹き続けていた。


 二人の知らない地下へ向かって。


 まるで、誰かがまだその先にいることを知らせるように。


毎日20時20分投稿予定です。


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