第三話 古い記録
翌朝。
アシュレイは鉱山の管理事務所を訪れていた。
昨日、老人から聞いた「七つ目」という言葉が頭から離れない。
現在の鉱山に存在する坑道は六つ。
それはアシュレイ自身も確認している。
だからこそ、確かめる必要があった。
「古い坑道の記録を見せてください」
管理事務所の机を挟み、鉱山の管理者がアシュレイを見る。
「古い……とは、どの程度でしょう」
「現在使われていないものを含めて、すべてです」
管理者は少しだけ間を置いた。
「すべて、ですか」
「ええ」
アシュレイは穏やかに答えた。
「昨日から、少し気になることがありまして」
「……何でしょう?」
「七つ目の坑道についてです」
管理者の指が止まった。
ほんの一瞬だった。
だが、アシュレイは見逃さなかった。
「ご存じなんですね」
「いえ」
管理者は首を横に振る。
「そんな坑道はありません」
「今は、でしょう?」
「……」
沈黙。
アシュレイは急かさなかった。
こういうとき、相手に考える時間を与えることもまた交渉の一つだった。
隣ではレオンも黙って管理者を見ている。
帝国の調査人として、彼もまたこの場を観察していた。
「記録を見せていただけますか」
しばらくして、管理者は立ち上がった。
「少々お待ちください」
奥の棚から、分厚い帳簿を何冊か取り出してくる。
机の上に置かれたそれは、どれも古い。
表紙は擦れ、紙は黄ばんでいる。
「こちらが旧記録です」
アシュレイは一冊ずつ確認していく。
第一坑道。
第二坑道。
第三坑道。
第四坑道。
第五坑道。
第六坑道。
やはり六つ。
「これだけですか?」
「現在残っている記録では」
その言い方が気になった。
「では、残っていない記録がある?」
管理者は答えなかった。
アシュレイは帳簿を閉じる。
「もう少し古いものは?」
「あります」
「お願いします」
別の棚から、さらに古い地図が出てきた。
広げる。
紙の端は破れている。
鉱山の形も、現在とはかなり違う。
だが――
「……これは」
レオンが身を乗り出した。
地図の端。
現在の六つの坑道とは別に、一本の線が伸びている。
番号はない。
ただ、坑道らしき線だけが東側へ向かっている。
「七つ目……」
レオンが呟いた。
「そう考えることはできますね」
アシュレイは線を指でなぞった。
「ですが、正式な番号は振られていません」
「じゃあ、何なんでしょう?」
「それを調べる必要があります」
地図の裏側を見る。
何もない。
別の記録を開く。
そこには坑道の閉鎖について書かれていた。
しかし――
「閉鎖された理由がない」
アシュレイが言う。
「日付だけがあります」
レオンが記録を覗き込む。
確かに、
**閉鎖――**
という文字と日付。
その後に続くはずの説明がない。
まるで、そこだけ切り取られたようだった。
「事故の記録は?」
「ありません」
管理者が答える。
「崩落は?」
「確認されていません」
「なら、なぜ閉鎖したんです?」
「……古い坑道ですから」
「それだけですか?」
管理者は黙った。
アシュレイは追及を止めた。
今ここで無理に聞き出しても、答えが返ってくるとは限らない。
むしろ、警戒させるだけだ。
代わりに古い地図をもう一度見る。
東へ伸びる線。
現在の鉱山地図には存在しない。
そして、その先は――
地図の端で途切れている。
「この先は?」
「分かりません」
管理者が答えた。
「記録がないので」
アシュレイは管理者を見た。
その答えが本当なのか。
それとも、これ以上話したくないだけなのか。
判断するには材料が足りない。
「分かりました」
アシュレイは地図を畳んだ。
「少し借りても?」
「それは……」
「写しを取るだけでも構いません」
管理者は少し考え、
「……それなら」
と答えた。
レオンが地図を受け取る。
アシュレイは残された帳簿に目を落とした。
そこで、ページの端に小さな書き込みを見つけた。
鉛筆で書かれたものだった。
古い紙に、かろうじて残っている。
文字は短い。
誰が書いたのかも分からない。
ただ――
そこには、
**「下ではない。奥だ。」**
とだけ書かれていた。
「……」
アシュレイは黙ってその文字を見つめた。
「どうしました?」
レオンが尋ねる。
「これを見てください」
アシュレイは帳簿をレオンへ向けた。
レオンが文字を読む。
「……『下ではない。奥だ』」
「ええ」
「意味が分かりませんね」
「だからこそ、気になります」
アシュレイは帳簿を閉じた。
昨日聞いた音。
消えた村人。
存在しないはずの七つ目の坑道。
そして、この言葉。
すべてが同じ場所を指しているように思える。
だが、まだ確信はない。
何より――
古い坑道が地下施設へ繋がっているとは、まだ言えない。
「レオン」
「はい」
「東側を調べます」
「地図の先ですか?」
「ええ」
「管理者には?」
アシュレイは一度、管理事務所の奥を見る。
管理者は何も言わず、帳簿を整理していた。
「……まだ言わなくていいでしょう」
「分かりました」
二人が事務所を出る。
扉が閉まったあと。
管理者の手が止まった。
机の上には、さきほどアシュレイたちが見ていた古い地図がある。
管理者はそれを見つめる。
そして小さく息を吐いた。
「……もう、見つかったか」
誰に聞かせるでもなく呟く。
だが、その言葉の意味を――
アシュレイたちはまだ知らなかった。
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