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国を守る嘘  作者: アゴウオカダ
第一部 若き外交官編 第三章 深層
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第二話 静かな村



 村長の家は、集落の中央から少し外れた場所にあった。


 以前訪れたときと、外観に大きな違いはない。


 ただ、扉が閉まっていた。


 アシュレイが二度、扉を叩く。


 返事はない。


「留守でしょうか」


 レオンが言う。


「確認しましょう」


 アシュレイが扉に手をかける。


 鍵は掛かっていなかった。


 ゆっくりと押し開ける。


 室内には、人の気配がない。


 机。


 椅子。


 棚に並んだ書類。


 どれも整然としている。


「荒らされた形跡はありませんね」


 レオンが室内を見回す。


「ええ」


 アシュレイは机へ近づいた。


 そこには一枚の紙が置かれていた。


 村の出入りを記した簡単な記録。


 日付は三日前。


 そこから先がない。


「三日前……」


 レオンが紙を覗き込む。


「最後に記録を書いた日ですね」


「そのようです」


 アシュレイは紙を裏返した。


 何もない。


 机の引き出しも確認する。


 鍵の掛かったものは一つもなかった。


 中には村人の名前が並んだ名簿や、鉱山から届けられた書類が入っている。


 だが、異常を示すような記述はない。


「突然、いなくなったのでしょうか」


「分かりません」


 アシュレイは名簿を閉じた。


「だからこそ、決めつけない方がいい」


 レオンが小さく頷く。


「相変わらず慎重ですね」


「慎重で済むなら、それに越したことはありません」


 アシュレイは部屋を見渡した。


 茶器が二つ。


 一つは机の上。


 もう一つは、その向かいの椅子の近く。


 どちらも片付けられていない。


 誰かがここで話をしていた。


 そして、その途中でいなくなったように見える。


「村長だけではなさそうですね」


 レオンが言った。


「ええ」


 二人は家を出た。


 外へ出ると、静けさが一層際立った。


 近くの家も調べていく。


 結果は、ほとんど同じだった。


 人はいない。


 しかし、生活の痕跡は残っている。


 食料。


 衣服。


 農具。


 家畜。


 どれも置き去りにされている。


 アシュレイは道の中央で足を止めた。


「……不自然ですね」


「はい」


 レオンが周囲を見渡す。


「でも、何が起きたのかは分からない」


「その通りです」


 アシュレイは答えた。


「分からないことを、分かったことにしない。それが今は一番大事でしょう」


 そのときだった。


「……お前たち」


 背後から声がした。


 二人が振り返る。


 少し離れた家の軒先に、老人が立っていた。


 痩せた身体。


 深く刻まれた皺。


 こちらを警戒するような目。


「村長を探しているのか」


「ええ」


 アシュレイが答える。


「何かご存じですか?」


 老人はしばらく二人を見ていた。


 やがて、小さく首を振る。


「……鉱山には近づくな」


「鉱山?」


「そうだ」


 老人の声が低くなる。


「昔から、あそこはおかしい」


 レオンが一歩前へ出る。


「昔から、というのは?」


「音だ」


 老人は鉱山の方を見る。


「地下から、音がする」


「どんな音ですか?」


 レオンが尋ねた。


 老人は答えなかった。


 代わりに、指を三本立てた。


「三回」


 指を下ろす。


「少し間があって……また三回」


 アシュレイとレオンが顔を見合わせる。


「いつ頃から?」


 アシュレイが尋ねる。


「俺が子供の頃からだ」


「そんなに昔から?」


「ああ」


 老人は頷く。


「だから、あそこには行くなと言われてきた」


「では、今回いなくなった人たちも?」


 老人の表情が変わった。


 ほんの一瞬だけ。


「……知らん」


 それだけ言って、老人は家の中へ戻ろうとする。


「待ってください」


 アシュレイが呼び止める。


「もう一つだけ」


 老人が振り返る。


「七つ目、という言葉に心当たりはありますか?」


 老人の顔から血の気が引いた。


 ほんの僅かな変化だった。


 だが、アシュレイは見逃さなかった。


「……誰に聞いた」


「記録からです」


 老人はしばらく黙っていた。


 やがて、掠れた声で言った。


「七つ目には行くな」


「なぜです?」


「知らん方がいい」


「それでは、判断できません」


「判断する必要もない」


 老人はそれだけ言うと、今度こそ家の中へ入っていった。


 扉が閉じる。


 レオンが小さく息を吐いた。


「……随分と嫌われましたね」


「嫌われたというより、恐れられているのでしょう」


「同じようなものじゃないですか?」


「違いますよ」


 アシュレイは鉱山へ目を向けた。


「恐怖には、理由があります」


「その理由を探すのが俺たちの仕事、というわけですか」


「少なくとも、ここまで来た以上は」


 レオンが苦笑する。


「やはり、来るんじゃなかったな」


「それは今さらでしょう」


「あなたは本当に容赦がない」


「事実を言っただけです」


 二人は歩き出した。


 鉱山へ向かう道ではない。


 村の中を、もう一度調べるためだ。


 老人の言葉は気になる。


 だが、それだけで鉱山へ向かう理由にはならない。


 何より、村人が消えたことと地下の音が同じ原因だとは、まだ決まっていない。


 アシュレイは歩きながら考える。


 記録から消えた坑道。


 存在しない経路。


 そして、昔から続いているという音。


 どれも別々の話に見える。


 だが、偶然にしては重なりすぎていた。


 そのとき。


 遠くから、音がした。


 ――コン。


 二人が同時に足を止める。


 ――コン。


 そして、


 ――コン。


 三回。


 静寂。


 アシュレイは鉱山を見る。


 レオンも同じ方向を見ていた。


「……またですね」


「ええ」


「今度は、近い」


 アシュレイは答えなかった。


 ただ、鉱山の入口をじっと見つめていた。


 そこには誰の姿もない。


 それでも。


 確かに何かが、地下で三度だけ音を立てた。


 そして、その音が消えたあと。


 村には再び、何もなかったかのような静けさが戻ってきた。


毎日20時20分投稿予定です。


もしよければ、ブックマークと評価よろしくお願いします。

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